19.スマイリー・ロジャー、金城を怒らす
アバタドライブと、シンクロライド。二つを続けてやってみて、疲労度の歴然とした違いに驚く。自宅の四畳半、棺桶の蓋がスライドして開く。ウッカリ足を踏み出しても起き上がれないので、一呼吸して自分の身体の軸が重力方向に対して九十度変化していることを確認する。
それから迫神はゆっくりと身体を起こした。帰ったら仮眠を少しとって、それから仕事に向かおうと思っていたので、帰ってきたときのままの部屋の状態だ。
頑張って汚したつもりもないのに、雑然とした部屋をなんとなくながめて、ちょっとだけ落ち込みそうになる。シンクロライド・システムが不調になって、メンテナンス技師がくる可能性があるなら、もうちょっといつ何時、誰に見られてもかまわない程度に片付けておくべきだと、次のオフの日は片付けだと心に決める。
食べようと思って買ってきていたのに、なんとなくそのままで、DKに置いてある小さなテーブルに放り出していた弁当を見る。
空腹を思い出したけれど、とにかく、ずっと連続でライドしている亜衣里の疲れ切った表情を思い出すと、それに手をつける気になれなかった。多分、彼女は水分を補給したぐらいで保志に話を聞くためにやってきたに違いない。
シンクロライドしている間、最低の代謝で済む様にコントロールされてるとはいえ、長時間ライドの場合、基礎代謝分を補ってやらないと、最悪の場合、命に関わる。長期間の連続ライドをする場合は、普段迫神たちがやっているように、昏睡に近い状態に身体の機能をおとすのではなく、ニア・コールドスリープと呼ばれる状態にまで、つまり仮死に近い状態にまで体機能を制限してやらなければいけない。
完全に凍らせてしまうと、細胞組織が破壊されてしまう。その壁を人類の技術はまだ越えていない。その技術の壁を越えれば、人はもうちょっと遠くまで行けるようになるのかもしれない。それが人類の規模からいって、もはや必要なこととは、迫神には思えないのだけれど……。
そんなわけで、この短期ライドと長期ライド中に生身の身体が経験している睡眠の種類の違いは、多分熊の冬ごもりと、爬虫類や両生類の冬眠ほどの違いぐらいだといえば、分かりやすいだろうか。少なくとも、亜衣里のあの様子では、きっちりと保志から納得できるまで話を聞くためだけに、疲労困憊なところを押してライドしたのだろう。迫神とどっこいで、食事をするのを忘れているにきまっている。または、覚えていたとしても、そういう気になれなかった可能性がある。
亜衣里は何も言わなかったけれど、多分、あの日本では未だに珍しい、武装集団による学校占拠事件に出動して、何かを見て、最悪というものを味わうことになったのだろう。いつも明るい彼女が、刺々しく保志を責めていたが、全身で泣いているように思えた。好きという自分の気持ちに気づいた目で見ると、あの半端な理由だったらただでは済まさないと挑むような姿勢で泣いていたのだろう亜衣里が、労しかった。
すぐに携帯を見て、亜衣里からのメールを確認して、それから移動手段を考える。宇宙との距離を思えば、本当に近いところに亜衣里の住処はあった。けれど、走っていくには遠すぎる。この時間、さすがに公共交通機関は死んでるだろう。タクシーしかないか……。
そのまま飛び出そうとして、ふと思いなおした。生身あいあいと初めて会うかもしれないのだ。彼女が啓介の野郎のファンだというなら、むさ苦しいのは問題外に違いない。土台の持ち物が違うのだから勝負にはならんが、『不潔』は可能なだけ排除しておくにこしたことはない。
けれど、洗面台に直行し、鏡の中の自分のむさ苦しさを睨むように見るにつけ、短時間での修正は不可能だと認識するしかなかった。
――仕方ない。
ざぶざぶと顔だけ洗って、取りあえず顔の上をこってりとコーティングしていた、脂だけ排除する。見掛け的には変わっていないだろうけれど、少なくとも自分はさっぱりした。
それに、柄にもなく鏡を覗いた時間は無駄ではなかった。電話で二十四時間街を走り回っているタクシーを呼ぶ方が、流しているのを捕まえるより確実だと思いついたからだ。ネットで調べて、タクシー会社に電話をかけ、至急で配車してもらうよう依頼すると、隙間時間は身なりを整える方に費やすより、人間としてのダイレクトな気持ちよさを維持する方を選ぶことにした。
冷えきった弁当を開けると、ごはんを二口、三口飲み込んだ。実感として、胃腸が喜んでいるのが分かる。セレの生育期における快感添加による犯罪率低下ついての考察は、まあ検証するようなもんでもないけれど、真実の一面だとは思う。
一気に最後まで食べてしまいたくなったのをぐっと我慢して、冷蔵庫を開け、胃と食道の境目辺りでもそもそしていた塊を、ボトル入り緑茶で無理やり胃袋に送り込んでやる。と、ペットボトルは冷蔵庫に戻さないで手にしたまま、迫神は玄関に向かった。
亜衣里が目を覚ましたら、取りあえず水分補給が一番必要だろう。乾いた身体に、ただの緑茶は甘露という言葉そのままにとして染みわたるぐらいに旨かった。
住所が示す、ちょっと洒落た外装の集合住宅の前で止まったタクシーから下りると、ちょっと年配の、多分保志美耶子と同じぐらいの年頃の女性が、こんな時間なのもに関わらず、エントランスの前で出入りするものを通せんぼする位置で仁王立ちになっていた。闇夜でも絶対に車に轢かれることはなさそうなシルバーのツナギに、夜なのに大きいサングラスで顔の半分が隠れている。若作りにしているが、口元と喉の皺が隠せない年齢を語っている。
こんな時間に女性が、なぜこんなふうに、ここに立っているのだろうと思う間もなく、アンタッチャブルという単語が迫神の頭にフラッシュと共に思い浮かんだ。
――このおばさん……怪しすぎる……。
立っていたのはSSS(SATサポートスタッフ)の金城だった。彼女にしてみれば、迫神の年頃の男から、おばさん扱いされるのは心外だったに違いない。
迫神が、なるべく目を合わさないように自らに言い聞かせて、女の横をすり抜けようとしたとき、その女性が呟いた。
「東京地裁の半六判事こと……迫神平和君、三十三歳独身……。これは、君のことで当たってる?」
ぶっと、迫神は噴き出しかけた。なんで、三十三歳独身まで知ってるんだ。
「何者ですか、あなたは」
「桜田門のSAT、制圧一班の名物レコン、相澤亜衣里のサポートスタッフの金城よ」
「ああ……、あなたが金城さんですか」
金城の名前なら、あいあいから何度も聞いたことがあった。往年の名SAT隊員。今は後継育成とそのカウンセリングに当たっているとかで、信頼しているだけでなく、女性が少ない職場だから、お姉さんのように慕っているとか、そんなことを言っていたと思う。
お姉さんのようにという形容詞が、この金城に相応しいところかどうかは以後の検討を要するとして、一人であいあいの部屋にいきなり押しかける気まずさに比べたらと、そう思うと正直助かったと思った。
「あら、あいあい、私の噂してたの。どうせろくなこと言ってなかったでしょう」
「そんなことありませんよ。ところで、相澤さんからの依頼ですか?」
「そうなのよ、SSCで夜中に起こされたのよ。美容に悪いけど、しかたないじゃない。システムエラーで身体に帰れないから、勢いでうっかりあなたに鍵を渡してしまったけど、助けてくださいって、泣きつかれたんだもの。……そりゃそうよ。どう考えても一度も会ったことのない男性に、部屋に侵入されるのって、女にしてみりゃたまらないわ。しかも連続ライドしたならヘトヘトに決まってるじゃない。どう考えたって無防備な状態でしょうが。はいどうぞ、レイプしてくださいって言ってるようなもんじゃない」
あいあいにとって、自分に触られるのは、レイプと一緒なのかと思うと、さすがに落ち込む。迫神は世の中の哀愁のすべてを背負いたくなった。
「なに、一丁前の青少年みたいに落ち込んでるのよ。行きましょう、急ぐんでしょう」
「どうせ信じないでしょうけど、これでも男はピュアなんですよ」
迫神が愚痴を言った。
「あら……意外というのね。もっと、面白みのない子だと思ってたんだけど」
あいあいからの噂話では、自分は面白みがない男だと、そういうことなんだろう。あいあいを恋人にする山脈ってやつが、ひときわ高くそびえ立ったような気がした。
「ほら、さっさとくる。私が許可する」
亜衣里の部屋に入るのに、金城の許可が要るとは知らなかった。
「どういう文脈ですか、どういう」
「ほら、迫神君はさあ、朴念仁で、不感症。ついでに空気が徹底的に読めない最上級の鈍感で、及び奥手で照れ屋で、乃至、自己評価低い魅力零野郎。あと、何か言い忘れてたかな」
初対面の怪しいおばさんに、どうしてここまで虚仮にされるいわれがあるのかと思うと、怒るべきだと思うのだけれど、あまりにもその言葉が出てくるスピードがF1級なのと、それらを言っているのが、亜衣里なんだろうと思うと泣けてくるのとで、怒る気すらやってこない。
「ああ、そうだ。最初に聞いとかなきゃ。迫神君、あなたさ、あいあいのこと……どう思ってるの? そうそう、あいあい情報だとあなたとことんズレてるみたいだから、ちゃんと前提もはっきりさせとかないと。同僚としてとかSAT隊員としてとかじゃなくて、あのあいあいを女として、どう思ってるか。私が聞きたいのはそれだけ」
今日はどういう日なのだろう。セレにも突っ込まれ、そして見知らぬ女性からも、煮え切らないできた態度を責められる。自分としては、あいあいをどうにもこうにも好きだというのに、ようやく今日気付いたばかりなのだ。気づいてないなら何もしようもないじゃないか。なのに、どうして世の中はこんなに人を急がせるんだろう。
「……イチゴ……」
「え?」
迫神の答えが、金城の回答文例集になかったのか、彼女はサングラスをカチューシャの位置にまでずり上げて、見つめてきた。強い光を宿して、綺麗に澄んだ瞳だった。
「イチゴって……果物のあの赤い、粒々の?」
「好きなんですよ。あれ。……たまに無性に食べたくなる……」
一瞬、金城は目を白黒させ、それから大仰な身振りで噴き出した。
「何よ、あいあいのうそつき。全然朴念仁じゃないじゃない。迫神君、あんた最高。あの子が惚れるだけのことはあるわ。あはは、その回答気に入った。あんた、よかったね。無茶してもレイプにならんからって、金城さんが教えといてあげる」
「え……」
今度は迫神が凍りついた。
――あいあいが……だれに惚れてるって?
瞬間迷子モードの迫神をうっかり置いていきそうになって、金城は自分が鍵を持っていないことに気付いていらいらと立ち止まる。
「はやく行くわよ。迫神君、さっさと鍵開けて。解錠するのに、こんなところで警官がマスターキー使うわけにいかないでしょう?」
金城の半歩後ろに少し並ぶ様にして廊下を歩くと、彼女が足音をほとんどたてないことに気付いた。金城は迫神を従えて長い通路を歩いていたが、響いて聞こえる靴音は一つにしか聞こえなかった。往年の名SAT隊員。亜衣里の言葉が蘇る。立ち居振る舞いの一つひとつに、雑さが一つもない。
武道を嗜む者としての迫神の尊敬を、歩き方一つで獲得したことも知らないで、金城は、何度も来たものだけが持つ勝手知ったる迷いのなさで一つの扉の前に立った。
「ここ。キーデータ入ってるんでしょ? 携帯貸して」
金城が迫神の携帯を受け取って、呼び鈴の横にあるスキャナに押し当てると、がちゃりと古風な音と共に鍵があいた。
――あ、生身あいあいと、……初顔合せ。
とたんに、迫神は緊張した。
「あの子は、迫神さんは絶対に部屋に入れるなって、泣いてたけど、私は見るべきだと思う。あの子のこと、よく分かるから……」
「相澤さんが嫌がっていたなら、私は遠慮しておいたほうが」
迫神が躊躇した。
「だれだって、自分がイタイと思ってる部分は触られたくない。だけど、手当てっていうでしょ。痛いところに触れることで癒せることもある。あの子のお母さんも、多分、そんなに悪気はなかったんだと思うんだけど、外見的な意味で、女の子は可愛くなきゃだめだって思い込ませてしまったんだよねぇ。あの子に。……あのあいあいでしょ。自分が可愛くないってことに、非常に確信があるから、可愛い小さな女の子になれなかった自分がいつまでも許せないみたいなの。あの子の可愛さが分かる男が少ないってのも問題なんだけどねぇ……」
オープンセサミ。迫神の目の前にカオスというより、シュールの域に届いている乙女の部屋が出現した。こんなところで、あのあいあいは、落ち着けるんだろうか。中途半端に乙女チックならば失笑の一つも出て来ると思うのだけれど、ここまで徹底してると逆に感心してしまう。
「こっちは、あの子が女の子ごっこするときの部屋。で、あの子の棺桶は仕事場……」
靴を脱ぎすてて部屋に上がると、金城は最短距離でデコラティブルームを通りすぎてスライドドアを開けた。
そちらはこれでもかというように無駄を排除した、殺風景という趣まである部屋だった。学生のような勉強机にある本棚には、法解釈や、判例集分析や、司法試験対策の参考書がきちんと並んでいる。
きっちりと手順を馴染ませておけば、いざというときに迷わないで済むという彼女の持論がそのまま生きてるような部屋だ。けれど……。
「……棺桶……ない?」
「ここに置いてあったんですか? 間違いなく」
ざっくりと切り取った如くに、何もない空間がそこにあった。
「あのさ、隣の部屋見たでしょうが。ここにしかあんなデカいもん、おけるわけないでしょう?」
「でも、ないってことないでしょう……」
「トイレとか、風呂場に入れると思う? 一応精密機器よ」
絶対にないと断言しつつ、それでも部屋数がないのか、金城はバスルームへの扉を開けた。女の子のにおいがたちこめているような気がして、なんとなく気恥ずかしい。
「迫神君、来て、早く」
バスルームへ消えた金城が、大きな声で迫神を呼んだ。何かあったのかと、バスルームに飛び込む。と、そこには、石鹸なのか、化粧品なのか、それとも香水とかの類なのか、甘いようなほの酸っぱいようなにおいが仄かに漂っていた。シンクロライドモード限定の今までのあいあいとの付き合いで、彼女に関して嗅覚情報と味覚情報はまったくゼロだ。酷く新鮮な感じがした。
金城が指さしていた先には、女の子のタシナミというやつなのか、大きな姿見が壁の一面を占めていた。けれど問題は姿見ではなくて、その上に口紅で書かれていたものだった。口紅の太い線のためなのか、単に絵心がないやつが書いたせいなのか、頭蓋骨というよりピースマークのように見える顔の下にバッテンの……。
「ジョリー・ロジャー……」
迫神は文字を読もうと近付いた。
――愛すべきバッパー殿 並びに、その三分の二のタマゴ君に警告する。
君たちは大いなる間違いを犯している。
強盗では我々はない。正義の行使者である。
我々の活動の妨害を続けるのは、人類にとっての敵対行為だ。
富は、貧困へと流れる必要がある。富を集中させるのは愚かだ。
即刻、その愚かな振る舞いをやめるのだ。
君たちが誠意を見せれば、大事な棺桶は取り返せると思いたまえ。
迫神が握り拳をどこに叩きつければ、何も壊さずに済むだろうかと、ごく真面目に考えたとき、隣でガキンと何かがぶち壊れる音がした。
「ジョリー・ロジャーっていうの? このド外道、現役のSAT隊員にちょっかいかけてタダで済むと思ってるなんて、いい根性だ……」
洗面台の方にくっついている鏡の中央が金城の拳で粉々になっていた。見事な一撃だが、褒めている場合ではない。
「金城さん、落ち着いて」
「落ち着く? お前、状況分かってンのかぁ。今怒らんで、人間いつ怒るんだ、馬鹿野郎。落ちつくなんざぁ、そんなん、ド阿呆どもを叩きのめしてからで結構よ。桜田門は東京の法律だぁ」
保志の法律論とはまったくガチ対立しそうな発言をかまして、金城が銀ピカのツナギの胸ポケットから携帯を取り出した。
「へーちゃん? あいあいが棺桶ごと攫われた。緊急捜索隊員募集。非番の連中かき集めて……何、無理ィ? 学校がまだ立て込んでて非番なんかいねぇ? だったら、アンタはあいあい見捨てるのか? うん、うん、悪かった。言い過ぎた」
金城は電話を切ると、すわった目つきで迫神をにらんだ。
「学校やっつけるまで、動けないって抜かしやがる……」
「あ……当たり前だと思いますけど……。でも、保志総司官の予測だと、学校の件の黒幕も……多分、ジョリー・ロジャーと根っこは一つだって」
金城は腕組みをした。
「でも、学校は完全に硬直だ。日本人の大嫌いな強行突入でもしなきゃ、向こうが消耗するのを悠長に待つパターンだ。最悪だね……。だけど、あいあいは、そんなに待てない。ほとんど一日、水分と栄養分補給してないからね。二回目にライドする前に何か補給してたとしても、基本的な疲労値は高い。災害出動の考え方と一緒でいいと思う。あいあいは長時間ライドを想定してないで乗ってるはずだろ? ケアなしで棺桶に閉じ込められたままだと予測すると、生死分岐点は七十二時間」
生死分岐点という金城の言葉がとっさに何を意味するのか、迫神には分からなかった。
金城は続けた。
「だけど、一日の半分、十二時間ぐらいはそもそも切迫してからスタートだと考えていい。二日と半分、六十時間以内にちゃんと取り返さないと、あいあい……死ぬよ」
――死ぬ? あの……あいあいが?
「さてと、金城さん……、どこから攻めたらいい?」
金城は自分にそういうと、携帯をもう一度取り出した。カメラを起こして鏡の文面を写真におさめると、さくさくと転送してそれからコールした。
「ああ、あいあい? 私、金城よ。最悪の事態発生。アンタの棺桶行方不明だ。詳しくは、メール添付の写真を見ること。いい、私とあんたの迫神さんで、絶対にみつけてやるから、アンタは本体が消耗するようなこと一切しちゃだめだよ。ソファでも借りてのんびり寝てなさい。いい? 一歩でも動いたらぶん殴るからね……うん? 分かった」
あいあいと話していた金城が、自分の携帯を迫神に突き出した。
「話したいって……」
迫神は受け取って耳に当てる。息づかいが聞こえる。
――見ちゃったでしょ……部屋。
「うん」
あのジョリー・ロジャーのメッセージを読めば、それを金城が迫神に見せないはずがない。
――笑っていいよ。バカみたいだらね。自分でも分かってる。
「うん、バカみたいだ」
萎れた声が、お陽さまみたいなあいあいらしくもない。
――……最低なやつ。少しは言いよどんでくれてもいいのに……。
迫神はあいあいに何というべきなのか、少なくともその時点ではまるで迷わなかった。
「あいあいはそのままで十分可愛い……」
――うそつき……。言ってたでしょ。私聞いたんだから……。まさか、とんでもないって。
ああ、あれをあいあいは聞いたのか。タイミング悪すぎだ。迫神はもう一度微笑んだ。
「うん、惚れちまったかって聞かれたからね。今更……だ。ずっと……ったから」
いつもの照れで、消え入りそうな声になった迫神の後頭部を金城が殴りつけた。
「たわけども。悠長に睦言交わしてる場合か。現場検証。聞き込み、通信記録トレース。差し当たってできることは全部やるんだから。今日どこまで手がかりを追えるかが勝負よ。ああ、……あはは、私もバカだねぇ。」
いきなり金城が五秒ほどがははと笑った。
「よく考えたら誘拐はSAT仕事じゃないね。捜査一課のSIT呼びつけりゃいいんじゃない……。宇宙人は宇宙でだけ悪さしてればいいものを、スマイリー野郎、桜田門のお膝元でいい根性だ。舐めたことやらかした、愚かさ加減を、徹底的に後悔させてやるわよっ」