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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(上)
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アウラとグレイス

 宝物庫内、六剣聖アウラとグレイスの二人は逃走する。

 二人は完璧な隠行(おんぎょう)を駆使していた。にもかかわらず気づかれたのだ。


「なんだ!? あいつ! ヤベェぞ!?」

「信仰のために命を捧げる覚悟はありますが……犬死とわかっていて死ぬつもりはありません」


 宝物庫内を引き返しながら修道女の二人は失敗を悟っていた。

 偵察からの情報は得ていたが、実際に対峙してみると大きな隔たりがあった。


 グレイスは大腿に備えられた革ベルトからクナイのような飛び道具を抜き取り、投擲しながら距離をとる。


「いいぞグレイス! もっと出せ! その股座(またぐら)からもっと出せ! その太ももを晒してもっと!」

「馬鹿なこと言ってないで貴女(あなた)も手伝いなさい! もうこれで最後ですよッ!」


 言いながらグレイスは最後の一投をすると再び逃走する。

 その狙いは壁に備えられた魔石灯だった。見事に命中しその魔石灯は破壊された。

 辺りが暗くなると数舜の時を稼ぐことに成功する。


 しかし、すぐにボッと光が灯る。魔法の光だ。

 今度はアウラがその光にめがけて投げナイフを投擲した。


「やったか!?」


 その一縷の望みはあえなく潰えていた。

 ナイフは魔力の障壁らしきものに刺ささりアルヴィトの手前の空中で静止していた。


「一瞬で力の差を理解したのは称賛に値します。ですが逃がすとお思いですか?」


 アルヴィトが手にした黒い杖を振るうと、逃げる二人を追い抜くように影が走った。

 あっ、と驚く間にその影に二人は方足を取られて転倒していた。


「例えばこれですが、ただ転ばせる魔導具です。もっとも魔力の込め方次第では足を引きちぎるでしょうが」


 アルヴィトは別の魔導具を手にする。今度は緑の杖だ。


「そしてこれですが、捕縛する魔導具です。その蔓は魔力を吸い取ります。隷属の首輪と同等の効果です」


 言った通りに地中から現れた蔓が二人を縛り締め上げた。


「あぐっ!」

「ぐッ……馬鹿な!? こんなあっさりと捕まるのか!?」


 二人は痛みに苦しみながらも動揺を隠せない。

 魔力を吸い取られては魔法も放てなかった。


 赤子の手をひねるとはまさにこうした事を言うのだろう。

 その表情は屈辱に懸命に耐えていた。

 二人とて六剣聖とまで言われるようになるために修練を欠かした事はない。

 どうにか脱出して次の機会を狙おうと……


「他にもここには沢山の魔導具がありますよ。どうしましょうか? 切り刻まれたいですか? それとも精神を迷宮に落としましょうか? 一生、消えない呪いをかけるという手もありますね……」


 その想いを打ち砕くがごとく、そう言いながら人影はゆっくりと歩み迫る。


「ああ……ちなみにすでに退路は封鎖してあります。逃げても無駄ですよ」

「何だと……」


 二人は驚き首だけ振り返らせて見ると、確かに先の方で内壁が閉じられていた。

 二人はそれに眩暈すら覚えた。

 そこは一つの極小の魔窟(ダンジョン)だったろう。

 少なくとも逃亡を図った二人にはそう映っていた。


「先生を怒らせると怖いわよね……」

「ああ……とくにアリシアはよく怒らせてたからな」

「それを言わないでよ……」


 それにはエリスとアリシアも恐れるほどだった。特にアリシアは過去を思い出して身震いしていた。


「くっ……殺せ!」


 そう言いながらも捕まった二人は意外にも大人しくしていた。

 というより幾つも考えてあった脱出の手段は全て看破され、打つ手がなくなったというのが現状だったが……



 アルヴィトは怒りを溜めながらも冷静だった。さすがにその点は歴戦の貫禄がある。


「殺すのは簡単です。ですがその前に所属と目的を吐いてもらいましょうか」


 動けない二人をアルヴィトが見張り、エリスとアリシアが二人の武装を解除する。


「なによ……これ……」


 アリシアが驚いたのはその修道服には多くの簡素な武器が隠されていたためだ。

 およそ聖職者が身に着けるものとは思えない。


「まさか靴や下着まで……護身用にしても度が過ぎているわね……先生どうしますか?」


 エリスも驚きアルヴィトへ指示を仰ぐ。


「……仕方ありませんね。脱がしましょう」

「ちょっと!」


 その言葉にはさすがに色めき立つ二人だったが……


「反論できる立場ですか?」

「……いえ、何でもないです」


 アルヴィトの一睨みで意気消沈した。

 丸裸にして二人の武装を解除させると、アルヴィトは近くのエルフ兵の死体に近づく。


 そして祈りを捧げると、その外套を借りる。

 その折に傷跡を見てしばらく思案顔になっていたが、戻って来るとその借りた外套を二人へ投げて寄越した。


「それでも着ていなさい。修道服は危険ですから没収します。どうやら噂の暗殺者ギルドの方々のようですから」

「先生、それってどういう……?」


 エリスとアリシアは二人に外套を被せながらアルヴィトに聞いた。


「あの手慣れた傷跡……ほぼ全員が一撃で仕留められています。暗殺術を専門的に習得しなくては成し得ないほどに」


 それには自慢するかのようにあっさりと答えが返って来た。


「……その通りだ。と言っても暗殺者ギルドってのは私達が名乗ったわけじゃない、正式名称は「断罪の剣」だ」

「アウラ!?」

「別に秘密にする事でもないだろう? 暗殺術だって合理性を求めた結果であって、暗殺者ギルドだからってわけじゃない」

「合理性を求めるから秘密にするのです! 身元がバレれば廃業でしょう?」

「ああ、そうか……まあいい機会なんじゃねえか……どうせもう廃業だろ。失敗したし」

「……貴女は」


 言い合っていた二人はそこではっと気づく。

 アルヴィトの冷ややかな視線が二人に刺さる。


「ここに来た理由を知りたいのですが? それともお仕置きが必要ですか?」

「いえ……すみません」

「全部話す。だが、できればこいつは、グレイスは許してやってくれないか? こいつは孤児院を運営してるんだ。先の大戦での戦災孤児も多い。あんたらに非があるとは言わねえが、責任の一端くらいはあるはずだろう?」


 素直に謝罪するグレイスに対してアウラはそう懇願していた。


「アウラ! そういう裏切りはいらないのですよ! それにこれはもはや戦争なのです。同情はいりません。殺しなさい」


 それを聞いたエリスとアリシアは自分達と同じような境遇に動揺していた。


「先生……どうしますか?」

「一先ず私が預かりましょう。どうやら詳しい話を聞かせて貰わなくてはならないようですからね」


 その言葉にエリスとアリシアはほっと息をつく。

 緊迫した空気は幾分か和らいでいた。


「殺しはしません。ですが、赦すわけではないことを肝に銘じておきなさい」


 そのアルヴィトの嚇怒のこもった言葉に捕まった二人は、言葉もなく頷くのだった。



 薄暗い宝物庫の中、観念したグレイスは話を始める。


「私は断罪の剣、俗に言う暗殺者ギルド。その六剣聖が一人、グレイス。そして隣が同じくアウラ。我等は女神アストライア様を信奉し、その正義を成す事が目的の教団です」

「正義ですか? ただの強盗にしか見えませんが……続けなさい」


 その言葉に悔しそうにするグレイスとアウラだったが、それもその通りだと二人もわかっていた。


「……事の起こりは神獣フンババが倒されたことです。神界ではこれを重く見て、我等に『七識の書』の回収の命が下されました。

 ただ……その意見は割れているらしく、神が地上のことに首を突っ込むべきではないというものもあったらしいですが。

 ともかく我等の長はその一方の神託を受け取りました。そして私達が受けた命令は『緑の書』と『紫の書』の回収です」


 緑の書がアルフヘイムの国宝となっていることは情報通の間では有名な話だ。

 そしてフンババ戦での「紫の書」と「青の書」の活躍。そこには大勢の冒険者や協力者もいた。密偵も紛れ込み易かったはずだ。

 そこでの噂が流れて二人に回収の命令が出たのだろう。


「我等の教義は正義を成すことです。迷いはありましたが、これも正義のためと思えばこそ……」

「殺した者達にもその正義とやらを押し付けるのですか?」


 アルヴィトは辛辣な言葉を投げかけるが……


「ならばどうしろと言うのです! アイリーンのように命令を無視して仲間を斬れと? それが正しいとでも!? 結局どちらを斬るかでしかない!

 反対に私達が斬られたところで命令は他の誰かに移るだけだというのに! そしてまたその誰かが貧乏くじを引かされる!

 先に孤児院と言いましたが、実情は断罪の剣の養成所です。だからこそ私達は負けるわけにはいかないのに……」


 その激昂したグレイスの言葉に同情しながらも、そこにアリシアとエリスは気になる言葉があった。


「ちょっと待って、アイリーンってあのアストリアの!? 仲間を斬った? それに七識の書の回収って……」

「ああ……知り合いだったか? 我等と同じ教団に属している。いや、いたが最近になって裏切って抜けた。我等と同じように『青の書』の回収を命じられていたはずだが……」

「ええっ!? すぐに知らせないと!! それってソニアが狙われてるってことじゃない!!」


 アウラの説明でエリスとアリシアは驚く。グレイスは言った「命令は引き継がれる」と、ならば……

 そこでアルヴィトは迫力を増して迫る。


「詳しく話しなさい。断罪の剣について、六剣聖についてそしてその長について……その規模から住処まで、貴女方が知っている全てを……

 先に言っておきますが、嘘をついても無駄ですし自白を促す魔導具もここには揃っていますので、廃人になりたくなければ素直に話すことです」


 捕まった二人はゴクリと息を呑んだ。


「はい……」


 グレイスとアウラは互いに補い合い、粛々と知っていることを全てを話すのだった……



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