宝物庫
アリシアとエリスは馬車に乗ってアルフヘイム王都へと到着していた。
周囲にはミスト将軍をはじめ要人を乗せた軍馬が連なっている。
最後尾には一番多くの兵士達に護られた女王の一団だ。
「まさか、またとんぼ返りするとはね。二度と帰らない覚悟だったのに」
「それは何度も聞いたわよ。早くアストリアへ帰りたいからって……」
「だって……」
そうしてため息をつくのは何度目か、アリシアはエリスに窘められていた。
「いい? これは重要な任務と考えなさい。これは両国のためになるわ。それをソニアに託されたの。わかる? 言うなれば私達はもうアストリアの外交官なのよ」
「ええっ! そうだったの!? 」
「そうなのよ。だから手土産無しでは帰れないわよね」
「分かった! 私、頑張るわ!」
俄然やる気になったアリシアを見ながら、こいつチョロいなと思わずにはいられないエリスだった。
エリスの言ったことは間違いではない。正式に辞令があったわけではないが、国宝の一つである緑の書と紫の書を託されるということは当然そうした意味合いも含まれていた。
「娘を嫁に出すような心境なのかしら……」
そうエリスはアルヴィトの心境を慮る。どこまで狙いがあるのかわからないが、陛下とアルヴィトの間で相談があったことは間違いなかった。
「つまりは嫁入り道具ね! 待っててソニア。緑の書を取りに行ってすぐに帰還するわ!」
アリシアのやる気がおかしくなっているのを見て、エリスはしまった余計な一言だったか……と反省していた。
しかし、アリシアの想いとは裏腹に現状はそう簡単にはいかないはずだった。
何しろフンババの爪痕は一地方都市を壊滅にまで追い込んだのだ。その復興もまだこれからで仕事は山積みだ。二人の故郷でもあり、同行した以上はそれを見て見ぬふりなどできない。
女王陛下のアストリア訪問は決まっているが、進捗状況しだいでは先延ばしになるだろうことが予測された。
「それは状況次第よね……」
エリスの冷静な物言いに再び落胆しかけたアリシアだったが……
それを聞いてミスト将軍が馬を近づけて来る。
「なに、そう手間は取らせないさ。今はアストリアとの協調が何より優先される。先に先生と緑の書を取りに行ってくれ。お前達の修行も込みだからな。それから余裕があれば手伝ってくれればいい」
「わかったわ」
アリシアが了承してエリスも頷く。
それからその言葉通りに大通りを進む隊列は王城へと帰還する女王達と、湖へと向かうアルヴィト達へと別れて行った。
湖畔へと到着すると休憩を挟みながら、湖の中心にある聖樹の小島へと渡るために小舟を準備する。
準備が整うと小舟で聖樹の小島へと渡る。
何艘もあった小舟も護衛の数でいっぱいになった。
「さすがにこの人数は……狭いわね」
不平を漏らすアリシアだったが……
「我慢してくださいね。何しろ国宝が揃っているのですから」
とのアルヴィトの言に、緊張して余計に帰りたくなるアリシアだった。
巨大な聖樹が根を下ろす小島。
その一画に宝物庫ともなっている祠がある。枝分かれした聖樹の根を基に造られた洞窟のような祠である。
宝物庫なのでその門の前には常時エルフの神官兵が見張りをしている上に、結界が張られていた。
船着き場から少し歩いて宝物庫の門前へと着く。
常時交代で門番をしているエルフ兵にアルヴィトが話を通す。
アルヴィトが門へ手をかざして張られた結界を解除すると、門は大きな音を立てて開いていった。
「行きましょう」
そうしてアルヴィトは門前を護る兵を残して、護衛の兵達と共に宝物庫の中へと進む。
時折、数人の兵士が魔石灯を壁にかけながら進んで行った。
宝物庫内を先導するアルヴィト。その後ろへついて歩くアリシアとエリスは驚嘆を隠せなかった。
「はじめて入ったけど、こうして見ると私達の国って凄かったのね」
「ええ……これは確かに」
それを見たアリシアの感嘆にエリスも同意せざるを得ない。
幾つもの防壁を抜けた先、その広間にはありとあらゆる魔導の逸品が納められていた。
「我々の祖先たちが後の為にと少しずつ集めた品々です。どうです? 誇って良いのですよ?」
アルヴィトはそう冗談っぽく言うが、二人は圧倒されてそれ以上の言葉は出て来なかった。
宝物庫内までついてきた衛兵達は防壁の傍で守りを固めている。今はアルヴィト、エリス、アリシアの三人だ。
「さて、目的の品は最奥です」
アルヴィトの案内に従って、宝物が陳列された中を奥へと進む。
そうして進むと、正面の台座の上にそれは安置されていた。
「まるで御神体ね」
「ああ。それだけ我々エルフ族にとって重要な物なのだろう」
「本当に良いのかしら……そんな大事な物を……」
アリシアはエリスに不安を漏らしていた。
それを聞いたアルヴィトはその不安を払拭するような笑顔で語る。
「先も言ったように先人達が後の為にと集めた物です。使わなければ文字通りの宝の持ち腐れでしょう。今までその使い手は現れませんでしたが、私達はアリシアにその可能性を見たのです」
「先生……」
その言葉にアリシアは感動したように言葉を詰まらせていた。
「紫の書も同様でしたが、私が使えたので……まあ、それは今は良いでしょう。結界を解きますので少し下がっていてください」
一際厳重に保管されたそれには結界が張られていた。
そう言われて、アリシアとエリスはアルヴィトの後方へと一歩下がった。
〈聖樹は大気を創り風を纏う〉
アルヴィトがエルフに伝わる古語で聖句を唱えるとその結界は解かれた。
解放されたように緑の書から緑光が溢れ出し、一瞬輝くと次第に収まっていった。
アルヴィトはアリシアへ向き直ると頷く。
その意を汲み取ってアリシアはアルヴィトの隣へと並び立つと、導かれるようにそれに手を伸ばした。
†
巨大な聖樹が根を下ろす小島。
今はその衛兵の数は普段の数倍となっている。そして結界が解かれ宝物庫の門が開いているのは中で緑の書の譲渡が行われているからだった。
今、その開いた門の前に二人の異邦人が現れていた。その二人はエルフではなく修道女の出で立ちだ。
「数日前の夜からこの島へ潜入して……聖樹の根を枕にして潜んでようやく……長かった。もっといい方法があったんじゃないのか?」
「ならばそのいい方法というのを教えていただきたいですね。他に誰にも気づかれずに湖の中心にあるこの島へ渡る方法があるとでも? しかもエルフ達は耳が良く気配も勘付かれやすい。強行したところで門が開いて無ければ目的の物は手に入らないのですよ? さらに言えばここはエルフの王都中心、その宝物庫ともなれば発見されただけで死罪でしょうね?」
捲し立てるように言葉を続ける相手に、不満を述べた修道女は後悔する。
「怒ってますか……グレイスさん」
「ええ。不満を口にするより仕事を終えましょうか。アウラ」
「……わかったよ」
修道女の一人、アウラと呼ばれた女はそれでも出かかる不満をぐっとこらえるのだった。
「この溜りに溜まった鬱憤をエルフを嬲るというので晴らすのも楽しいのかもな」
「それには賛同しかねますね……我等は曲がりなりにも六剣聖と呼ばれる者。聖人としての振舞いが要求されるのですよ」
「ハッ、何が聖人だよ。強者がそう呼ばれるだけじゃねえか。それにアイリーンは裏切ったんだろ? だったら、もう五剣聖じゃねえか」
「……そうですね。己が道を見失うとは悲しい事です」
グレイスと呼ばれた修道女は本当に悲しげにしている。それを見てアウラも思う。
「……しかしあいつが裏切るなんて信じられねえな」
「彼女なりの決断があったのでしょう。貴女は平気で裏切りそうですが……そのお目付け役として付き合わされる私の身にもなっていただきたいものですね」
「フン、よくわかってるじゃないか。だが、安心していい、当面は裏切らないさ。アイリーンのおかげで面白くなってきたからな」
二人とも気が立っているのか、攻撃的な会話を交わしていた。ただそれは仲の良いようにも見える。
「それにも賛同しかねますね」
「お前は堅すぎなんだよ」
そんな話をしている二人の周囲にはすでに数多のエルフの衛兵の屍が転がっていた。それは宝物庫の門を護っていた番兵達だ。
二人の他に周囲に人は居ない。潜入任務は少数精鋭が鉄則だ。エルフの王都ともなれば尚更だった。
その二人は暗殺者ギルドと呼ばれる所以を余すところなく発揮していた。
「ところで目的は覚えてますね?」
「ああ。緑の書の回収だろう?」
「ええ、それに加えて紫の書もあるらしいのでそちらの回収もです。だから私たち二人なのです」
「そうだったのか。だが、二つも手に入れば大手柄だな。やってる事は強盗や盗掘と変わらない気がするが……」
「それは言わないでください」
「アイリーンが裏切りたくなる気持ちがわかる気がするよ」
六剣聖である二人であるからこそ、その違和感は拭いされなかった。しかし……
「今まで殺してきた者達に泣いて詫びろとでも? 周りを見なさい。今更、後には引けないでしょう? 貴女も私も。すでに私達はアイリーンとは違う意味で決断を下したのです」
そう言ってグレイスが指すのは周囲にあるエルフ兵達の屍だ。
その目には殺してしまった者達のためにも、止まれないとの決意の光があった。
「わかってるさ。だが……噂ではアストライア様は赤の書を探してるんだろ?」
「それはどうでしょうか……あえて曰く付きの赤の書に手を出すでしょうか」
「何か知ってるのか?」
その問いにグレイスは答える気は無いらしかった。
「いいえ、それより早く行きますよ。足手まといにはならないでくださいね」
「ハッ、お前がな!」
入り口の門から六剣聖の二人は宝物庫内を奥へと進んだ。
暗殺技術を駆使して、中を守っていたエルフ兵を音もなく片付けては進む。
奥へと進むとそこで二人は陳列された魔導具を見つけた。
「おう、こりゃすげえな……。全部魔導具かよ……盗めば一財産築けるんじゃねえの?」
「やめておきなさい。妙な呪いにかかっても知りませんよ」
「お、おうそうだな……」
グレイスの忠告に慌てて出しかけていたその手を引っ込めるアウラだった。
それを見ながらグレイスは状況の拙さを感じとっていた。
「しかし、これは……これほどとは予想外です」
「どうした?」
「非常に嫌な予感がします。帰りますよ」
「はぁ!? 何言ってんだ? もう目前だろう?」
異を唱える相棒に、グレイスは諭すように理由を話す。
「ここは……いわゆる死地です。仮にこの場に納められた全ての魔導具の用途、用法を知る者が相手だとして貴女は勝てますか?」
「それは無理だろうが……いや、そもそもそんな奴いるはずが……ここまで楽勝だったろう?」
「せめて入り口まで引き返して退路の確保を……」
その言葉が言い終わらないうちに宝物庫内の奥の間から三人の人影が出て来ていた。
アリシア、エリス、アルヴィトの三人だ。
そしてその二人に気付いてアルヴィトは怪訝な表情で言った。
「修道女に扮した盗賊でしょうか? ここに至るまでに多くの衛兵が居たはずですが……」
アルヴィト達はすぐに周囲に目を配り状況を確認した。
並び立つ修道女姿の二人の周囲に、エルフ兵達は倒されその骸をさらしていた。
「すでに倒されていましたか……しかし、この宝物庫内でこの私に挑むなんて愚かにもほどがありますね……」
アルヴィトが恫喝するように話す。それは紛れもなく怒りだった。
その言葉に反応するように後ろでエリスとアリシアが剣を構える。
「良いでしょう。この神聖な地を汚した罪、その身で贖っていただきましょう」
アルヴィトから発するその隔絶した雰囲気に……六剣聖の二人は脱兎の如く逃走していた。




