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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(下)
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三者三様

「なるほど……そうなりましたか。私でも運命の糸を操ることは難しい。今は素直に彼女達の奮闘を讃えましょう。そして犠牲となった者達には哀悼の意を表します」


 リーヴ大森林にある切り立った崖の上、眼下には樹々がなぎ倒された巨獣の通った痕跡と廃墟となったリーヴの街が見える。

 そこで男は聖職者のように厳かに黙祷する。


「ところでアストリア王……存外、期待外れだったのでしょうか? 」


 それが終わると自身に問いかける様にしてその男は(かえり)みる。


「フフフ。いいえ、期待通りです!! しっかりフンババからの呪いを受け取ってくれたようですね」


 先ほどまでとは一転して男は狂気に顔を歪め、喜び打ち震えていた。


「ああ……種から芽が出る様な喜びがあります。では後で水をさしあげませんと……。しかし、そのためにはあの鉄壁の護り手達を崩さなくてはなりませんね。さて、どうしましょうか……」


 男は悩み考えるような演技をする。どこまでが演技でどこからが本気なのかは男にしか分からない。


「花が咲くのが楽しみです」


 男が発したその言葉はきっと常人とは全く違う意味合いを持っていただろう。

 その男の発する狂気は他者を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。


 だが、その狂気をものともせずにそこへ近づく影があった。


「随分とご機嫌だな……これだけのことをしておいて挨拶も無しに逃げるつもりかね? 薔薇十字(ローゼンクロイツ)


 近づいて来たのは一人の軍装の男と一人の覆面をした黒衣の女だった。その声を発したのは男の方だ。


「……これはこれは、犯罪者ギルドと暗殺者ギルドの大幹部がお揃いで……珍しい組み合わせというべきでしょうか? ごきげんよう。猟犬(ハウンド)殿、そして暗殺者(アサシン)殿」


 そのふざけた挨拶に暗殺者と呼ばれた覆面女は何も語らない。しかし、仮面の奥では眉を(ひそ)めていた。故に猟犬と呼ばれた男が話を進める。


「ふん。それで何か弁明はあるかね?」

「おや、これはまた紳士的ですね。ええ。もちろんありますとも」


 その言葉を聞きつけてもう一人の女が現れた。


「ほう。それは是非とも我にも聞かせてもらいたいものだな」


 そう言って現れたのは、今回の最大の被害国の女王だ。彼女自身も負傷しているはずだったが、毅然として応じていた。

 傍にはその身を案じるようにブリュンヒルデが控えている。


「これはこれは……女王陛下。お怪我の方はもうよろしいのですか?」

「ぬけぬけと……問題ない。貴様等とは魔導の年季が違う故な」

「そうですか! それは良うございました」

「それで? 弁明があると言ったな?」

「勿論ですとも。お聞きください。私は檻に閉じ込められた可哀そうな獣を助けただけなのです」


 男は釈明する様に……というよりも道化に近い、馬鹿にするようにそれを演じた。


「それが偶々、神獣だったとでも?」

「そうです! その通りです。いや、良いことをすると気分が良いですね!」

「貴様……愚弄する気か!」


 それまで控えていたブリュンヒルデが激昂した。

 彼女も今回の被害者の一人だ。内心では今にも斬りかかりたいほどだったが、女王の手前、うかつに動いて危険な目に合わせるわけにはいかないとの自制心が働いていた。


「とんでもない。寧ろ愚弄しているのはあなた方でしょう? 相手は神ですよ? 特に陛下、貴女方の信仰する聖樹と大地母神たる彼の獣は切っても切れない関係のはずでしょう? 聖樹教団の最高司祭でもある貴方がよもや神に歯向かうおつもりですか? 見逃してあげようというのはどちらの方でしょうね?」


 この男のしたことは許されない。だが厄介なことに弁が立つ。


「……分かった。もうよい。この地に二度と立ち入るな。それが条件だ」

「ご配慮。感謝いたします」


 女王は国外追放を命じることでこの一件に片をつけた。

 しかし男の方は上機嫌なのか、止まらない。


「ところで……暗殺者さん、貴女からも神の匂いが……いえ、神に仕える者の匂いがしますね」

「……何が言いたいのです?」


 ここにきて初めて暗殺者と呼ばれた女が口を開いた。その口調は鋭く、その怒りが伝わってくる。

 仮面で顔を隠しても、この男はその正体を知っているのだろう。

 だが、それでいて素知らぬ振りをしていることはそのふてぶてしい態度からわかる。

 それは愚弄するためだというのは明白だった。


「いえね、同胞なら私の苦悩も解ってもらえるかと……」

「同じにしないでもらいましょうか。……しかし、最大の被害国たるアルフヘイム女王陛下が許すと言うなら我等も手を引きましょう」

「同じだと思いますけどね……いえ、私より酷いかもしれませんね。神の名のもとに人々を殺して回るのでしょう?」

「……それ以上は許されません」


 それ以上言うなと、仮面の奥の瞳に殺意が籠る。


「分かりましたよ」


 おお、怖い怖いと身振りで示すが、それは恐れているというよりも馬鹿にしているのは明らかだった。


「ということでお二方は手を引いてくれるそうですが? 猟犬殿はどうされますか? 」


 話を振られて猟犬と呼ばれた男はため息をつく。完全にこの男のペースだったからだ。


「一つ聞きたい」

「良いでしょう。それで退いてくれるならいくらでも答えましょう」

「……これは赤薔薇の総意なのかね?」

「まさか……私の独断ですよ。ですが、総意にすることも可能でしょうね」

「つまり貴様はそれほどの立場にいると?」

「その通りです」


 その言葉に考える素振りをする男だったが。


「ふむ。ならば今回は退こう。だが心して置け。我等ギルドは甘くないぞ」

「もちろん存じております」


 三者はそれぞれの立場から手を引かざるをえない。その三者はそれぞれ組織の長、あるいはそれに近い立場の者達だ。つまりは秘密結社である赤薔薇とぶつかるということはそのまま戦争になる。

 しかし、その時は近いだろう事をそれぞれ感じ取りながらもこの場は退くのだった。



 ……かに見えた。


「────────というのは冗談だ。大した詐術だな……貴様は危険だ。今ここで死んでおけ……」


 場が収まりかけた時、突如、二重の剣閃が走った。二刀流の短剣だ。

 薔薇十字は咄嗟に躱すも、躱し切れずに傷を負う。

 飛び散った鮮血が辺りを濡らす。猟犬の牙は甘くない。


 そしてこの猟犬の行為によって、一転して前言を撤回するかのような流れが出来つつあった。

 ブリュンヒルデと仮面の女が武器を構える。


「ぐッ……フフフ。さすが犯罪王の猟犬ですね……詐術が上手いのはそちらでしょう? ……言質は取りましたし、弁明もいたしました。ここは素直に退かせてもらいますよ。それでは皆様、いずれ機会があれば、またお目にかかりましょう」


 さすがに分が悪いとみるや、薔薇男は魔導具を取り出す。

 いや、身体の傷を手で庇いつつもそれは既に手中にあった。

 苦し気にしながら、鮮血にまみれた魔導具を発動する。


「逃がすか! むっ……結界か!」


 再び猟犬の放った剣撃は結界によって阻まれていた。結界に護られ魔導具は眩い光を放つ。

 その光が収まる頃には薔薇の男は居なくなっていた。


「転移系の魔導具か……あれは我でも追えぬ。それで貴殿等はどうされる?」

「帰ります……少し弟子の様子を見にきただけですので、失礼させていただきます」


 女王の問いにあっさりと仮面の暗殺者は去っていった。


「……共に来たのではないのかな?」


 それは残る猟犬への質問だった。


「偶然会った。もっともそれも我が主の差し金かもしれんが」

「なるほど。それで、貴殿はどうされる?」

「帰る。……それと主から一つ伝言だ「あまり私を挑発するような行為はやめていただきたい」だそうだ」

「はて、何の事かな? それこそ偶然ではないのかな?」

「そうか……偶然なら仕方ない。では失礼する」


 そうして男が去ろうとしたところ女王が一言、投げかける。


「ああ。そうだ。近くアストリアへ訪問することになるだろう。主殿によろしく伝えておいてくれないだろうか……」

「了解した」


 男が去って緊迫した空気が緩やかに戻ると、それまで黙して成り行きを見守っていたブリュンヒルデが質問する。


「陛下……彼らは?」

「無駄にはなったが、一応の保険だよ。打てる手は打っておかねばな……ブリュンヒルデ、お前も覚えておきなさい」

「ハッ!」


 歴戦のブリュンヒルデでさえ、それは手に汗握るものだった。

 さすがにくぐり抜けてきた場数が違うと、ブリュンヒルデは素直に感服するのだった。



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