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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(下)
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サバイバル(十一)

 既に日は落ちて夜となっていた。

 森の中は暗く、樹々の間から漏れる月明かりだけが辺りを照らしていた。

 そこで男は目を覚ます。


「……ん? むう……寝てしまったか」


 はて何で寝ているのだろう。

 というより何をしていたのだろう。

 寝ぼけている頭を回転させて思い出すべきことを思い出す。


「そうだ! あの薔薇男にやられて……はっ! 戦いはどうなった!?」


 その男、ダンは眠らされる前に起きたことを思い出して焦りを募らせた。


「伝説の魔獣がどうとか言ってたしな……しかも眠らされた間に夜になってしまっている」


 辺りを探るようにして状況を調べる。

 森の中は暗く辺りは静まり返っていた……いや、妙に静かすぎる。

 そしてなんだか体中が痛いのだが……

 鍛えているせいか、怪我らしい怪我はない様子だが……どこかでぶつけたような痛みが全身にあった。


「あれ? 動けないぞ?」


 ダンは身体を動かしてみるが、動けなかった。

 よく目を凝らして自分の身体を見るとダンは何かに縛り付けられていることがわかった。

 縛り付けているのはどうやら大型の蜘蛛の巣らしい。

 とそこまでわかると周囲を探る。

 月明かりと目が慣れてきたせいか辺りがうっすらと見えてくる。

 そして驚愕した。


「!? なっ!!」


 周りにダンと同じように縛り付けられて動けない者がいた。

 それはいわゆる人ではない。魔獣やら魔物達だった。しかも動けないためか皆、総じて弱っていた。


「なんじゃこりゃあ!!」


 いや、落ち着けダン! きっと寝ている間に先の戦いに巻き込まれたんだ。


 自分に言い聞かせるようにして出したその答えに安心したのか、ダンは落ち着いて考えることができた。

 ああ、そうだ! きっとあのアラネアという蜘蛛女(アラクネ)の罠に嵌ってしまったのだろう。

 ということはまだ戦いは続いているのか? 


 既に日は落ちて夜、暗闇の中に戦いの音らしい音は全く聞こえてこない。


「んん? 終わってる? まさか……置いていかれた?」


 ダンはそう思うと悲しくなった。


 その一方で、あの優秀な副団長が置いて行くとは思えない。

 職務に忠実な彼女なら団長がいなくなったとした場合、捜索隊を送ってきていてもおかしくはない。


「それはそれで拙いが……その気配もなさそうだ。何かあったのか?」


 とそこまでわかると巨大な地震が起きた。


「うおおおおお!! これは!?……でかいぞ!!」


 巨大地震?? んん??


 何故だか重力に逆らうような感覚がある。

 体内の血液が上下に揺さぶられるような気持ち悪さだった。

 それが何度も続くとさすがにたまらない。


「うえぇ……気持ち悪っ……」


 しかも、その度に激しい振動と轟音が響く。


「地震にしては何かおかしい……」


 その違和感が頂点に達した時、ダンは視界の端に何かを捉えた。

 それは灯りだった。

 よくある街の街灯り。それがとても小さく、そして遠く眼下に広がっていた。

 それはちょうど山頂から街灯りを見たような景色だった。

 しかも上下に揺さぶられながらなぜかそこへ近づいている様子だ。


「ああ、これは……夢だ……」


 そこに理解が及ぶと状況の異様さがわかる。

 そう、ダンの縛り付けられている何かは移動していたのだ!


「寝る前に伝説の魔獣がどうとか言ってたもんな……そりゃ変な夢見るよな……」


 ははは。変な夢だな……しかも上下に揺さぶられてひどく気持ち悪いし……


「そうだなちょうどその伝説の魔獣とやらが、このくらい大きくてその脚にでも縛り付けられていたらこんな感じだろうか……」


 樹々をなぎ倒しながら進む。

 それはまさに悪夢だった。


 その時、なぎ倒された樹の枝が現実逃避を決め込んでいたダンの頬を掠めた。


「痛て……って夢じゃねぃ!!」


 ここに至ってさすがにダンも状況の悪さに気づく。

 現実逃避が許される状況ではなかった。


「なんじゃこりゃああああっ!? うおおおおお!! ヤバい! 死ぬ! 死ぬって!!!」


 目前の死の危機に瀕して、ダンはおかしなところにスイッチが入った!

 腐っても勇者だ。ダンは全力で脱出を試みた。


「俺が決めて 俺が創る!!」


「輝け俺! 燃えろ俺! 俺が炎の勇者ッ!! 」


「『炎剣(バーニングソード)』!」


 独自魔法で創り出した炎の剣で辺り構わず斬りまくる。

 それはもう一心不乱に斬りまくる。

 ダンはおかしなところにスイッチが入っている!


「輝け俺! 燃えろ俺! 俺こそが太陽ッ!! 」


「『日輪(ザ・サン)』!」


「俺は炎の勇者ぁアアアアア!!」


 全身から炎を迸らせて蜘蛛の糸を焼き切る!


 そこで巨大魔獣はその熱さを嫌がったのか……その脚を振った!


 ダンは見事に弾き飛ばされて森の奥へと落ちていった。

 だが幸運にも樹々の枝や葉ががクッションとなりダンは一命をとりとめていた。


「ぐえっ……痛てて……助かったのか……」


 樹から落ちてそこで冷静になってふと気づく。


「痛ぇええええええええええ!!」


 助かったもののダンは全身火傷を負っていた。

 気が動転していたとはいえ、先ほどのものは完全な自爆魔法だった。

 まさに火事場の馬鹿力というものだった。


 すぐにダンにとってあまり得意ではない回復魔法を施しながら、鞄から魔法薬を取り出して塗る。

 それを一通り終えると痛みは残ったが、精神的には落ち着いた。


「まったく……何がどうなってんだ……」


 月光に照らされて遠く山のような巨大魔獣がゆっくりと進んで行くのが見える。

 火傷と落下の全身の痛みに耐えながら、ダンはそれを呆然と見送ることしかできなかった。



 †



 その巨獣には強い意志があった。


『森を護る』


 ただそれだけの意思だ。

 だがそれは森を荒らす者達、つまりは人を許さないという事と同義だった。

 故に巨獣は進む。

 街へ向けて進み出す。

 轟音と地響きを成り立たせながら。

 先の戦いでは目覚めたばかりでまだ力に理解が及んでいなかった。


 しかも何やら森に小賢しい罠が仕掛けてあった。

 だから不覚をとった。

 だが、次は無い。

 巨獣はその強い意志を瞳に宿していた。


 その時、巨獣の視界を何かが横切った魔獣か人か

 人には冒険者と呼ばれる仕事をしている者がいる。かつての時代ではそうだった。

 おそらく偵察にでも来たのだろう。

 それがわかったとして、その程度の認識に興味など無い。


 この地を汚す者は葬り去る。

 神に仇なす者は総じて粉砕する。


 巨獣は知っていた。

 進軍するだけでそれらは容易く砕け散る。

 故に進む。

 稀に先のような例外があるとしても問題は無い。


 母なる神の望みのままに。

 大地母神の化身にして神の鎧たる自身を止められる者など無い。


 それは魔獣か人か……

 一歩踏み出す度に悲鳴が上がり、鮮血が飛び散り舞う。

 些細な事だ。

 感慨など何も無い。

 そしてそれが森を護るという事だ。

 母なる神の望みのままに。

 だから進む。


 眼下に広がるあの灯りが目印だ。

 火に舞い込む虫のごとく巨獣は人の街へと突き進む。

 しかし、巨獣にとっての虫とは人々だろう。

 街の灯を粉砕してなおその歩みは止まらないことだろう。


 伝説に言う。

 その雄叫びは洪水。その口は火。その息は死。

 巨獣がそれを理解したとき、本当の意味で世界は終わるのだ。



 †



 既に日は落ち、街には灯りが灯っている。魔石灯だけでなく、篝火まで用意されているのはそれだけ本気だからだ。

 絶対に街へ入れさせてはならない。その意思が表れていた。

 

 ゆえにその日は皆、寝静まることは許されなかった。

 避難の人々や、走り回る守備隊の怒号で街の中は騒然としている。


 森は暗く彼の巨影も見づらくなっている。

 ただ、地響きの音だけが恐怖と共にそれが近づいていることを知らせていた。


 街の冒険者ギルドでは精鋭達が集められ、今にも討伐隊が出発しようとしていた。

 数隊の冒険者チームの偵察隊が出発したが、そのまま帰らない。

 目的は時間稼ぎとその救助だ。


 あわよくば討伐を狙いたいところだが、それがどうやら厳しい事は一目瞭然だった。

 しかし今は時間稼ぎにも意味はある。

 それだけこちらの戦力が整い、避難も完了するのだから。


 長寿のエルフ族でさえ皆があのような怪物を見たのは初めてだった。

 街の衛兵達は監視を強化し警戒態勢を余儀なくされている。


 不幸中の幸いは女王自らが名乗り出て陣頭指揮に当たっていることだ。他に将軍達も揃っている。

 先の領主の指示で、直に近隣の街から援軍が駆け付ける手筈になっている。この街が落ちれば次はきっと近隣の街が被害に遭うので協力を惜しんでいる場合でもない。

 ここにはアルフヘイムのほぼ総力が結集しつつあった。


 私が目覚めたのはそのような厳戒態勢の中だった。

 私でもこのような中では長時間の睡眠は難しいらしい。


 目覚めたその部屋を出ると、廊下に二人の魔族が正座していた。

 そこで瞑目して正座をしているのはリリスとクロだ。

 その姿は堂に入っていて美しい。


「何してんの?」


 私は戸惑いながらも、一応は聞いておく。


「反省をしております。この度は申し訳ございませんでした」

「自主的に反省ニャ。悪かったニャ」

「ああそう。それはいいけど、今は緊急事態だよね?」


 二人の魔族は不思議そうに首を傾げた。


「深く反省しておりましたので……外が騒がしいとは思いましたが……」

「何かあったのかニャ?」


 反省が全く生きて無ぇ……


「もういいからついて来て! 今度こそ働いてもらうから」

「わかりましたご主人様!」

「分かったニャ!」


 二人は元気よく返事をすると私の後についてきた。

 こいつら有能すぎて、この程度何でもないと思っているんじゃないだろうか……


 街へ入った時までの記憶はある。

 その時は確かアルヴィトが指揮をとっていたはずだ。

 私は二人を連れてアルヴィトを探そうと辺りを探る。


 探すまでもなく、人の出入りが激しいその部屋はすぐに見つかった。

 私がその部屋へ入ると、中では難しい顔をした女王と重臣達が対応を話し合っていた。

 それにアストリアの面々も揃って加わっている。

 私はそこで散華ちゃんを見つけると近づいていった。


「ソニア……大丈夫か?」

「うん。正直まだ寝ていたいけどね。そうも言ってられないでしょ? 散華ちゃんも大丈夫?」

「ああ。私は大丈夫だが、姉様と藤乃はやや無理をしているな。他にブリュンヒルデの容態があまり良くない……」

「そう……」


 ブリュンヒルデはあの巨獣と戦って負傷した。

 他にも姿が無い者がいるが、連戦では仕方のないことかもしれない。


「ソニア、来ましたね。ではもう一度、あれが何かから話しましょう」

「はい。お願いします」


 私にそう言うアルヴィトはあれが何か知っているらしい。

 アルヴィトの次の言葉を待つが先に聞いていた皆の顔色は良くなかった。


「一言で言い現わすなら……あれは神です」


 アルヴィトのその一言で皆、今一度緊張が高まるのを避けられないのだった。



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