サバイバル(七)
リーヴの街の酒場。
酒場は大いに盛り上がっていた。
敗北したゲンドゥルは酒を飲んで、嫌なことは忘れようとしていたのだ。
しかし、不意に入って来た者を見てうんざりせざるを得なかった。
「噂をすれば影が差すとでも言うのかしら……元凶が来たわね」
「元凶って何です? もしかして私の事ですか? 自覚が無いわけじゃないですけど……」
これで自覚あるのかよ……とゲンドゥルは思わずにはいられなかった。
そう言ってゲンドゥルの前に姿を現したのは薔薇を名乗る男だ。
相変わらずきつい薔薇の香りを放っている。
いつも思うが香水なのだろうか? 別に興味はないが……
「何でもないわ……それで、何しに来たのよ」
「いえ、何やら面白いことをやっていると聞きましてね。教えておいてくださいよ」
「聞いて来たんでしょ? ならいいじゃない。こっちだってアンタが何に興味持ってるかなんて知らないわよ」
「まあ、そうですけどね。できれば言っておいて欲しかったという愚痴ですよ」
そう言いながらも、笑顔のこの男は本当に何を考えているのか読めない。
真面目に取り合うだけ無駄なことは、長年の付き合いから分かっている。
「あっそ。それで? 本当に何しにきたのよ」
「ええ。ちょっと気になる子が居ましてね。応援に来ただけですよ」
「それは……アンタに目を付けられるなんて気の毒ね。それで何をする気?」
「失礼ですね……ただの応援ですよ」
「アンタの「ただの」は信用できないのよ。ことを大きくするならちゃんと上に報告するわよ?」
こいつに何を言っても無駄だとは分かっているが、一応釘を刺して置く。
「フフ。お好きにどうぞ。ドジっ子さん」
「!! 本当に嫌な奴ね……いいわ、今回だけは目をつぶってあげるわ」
「そう言っていただけると思ってました。ありがとうございます」
上に報告するということは報告しなくても良い失態を自ら申告するようなものだ。
嫌らしいなと思いながらも、ぐうの音も出ないゲンドゥルだった。
「ふん。さっさと行きなさいよ。酒が不味くなるわ」
「おや。嫌われましたかね。では親睦を深めるためにもう少しここに居ましょうか……」
「そうやっておちょくるからでしょう……応援に来たんじゃないの? 急がないと終わっちゃうわよ?」
「ええ、そうでしたね。ではまたいずれ」
「はいはい」
追い払う様にゲンドゥルは、しっしっと手を振るのだった。
そうして薔薇男が去ったのを見計らうとゲンドゥルも酒場を後にした。
「……あいつが来ると無駄に仕事が増えるわね。確か、アルヴィト様が先に帰って来ているはずね。一応、報告くらいはしておかないとね」
そう考えるとゲンドゥルはアルヴィトの許へと向かった。
†
私はスクルドと対峙した。
急がなくてはツヴェルフさんが持たないだろう。
速攻で決める意思を持って青の書を開く。
「其は蒼き炎帝の咆哮 其は青き太陰の火炎 蒼炎よ青の書の盟約に従い──!!」
しかし、さらに先手を打たれた。
奴の雷撃魔法に、私は回避を余儀なくされる。
だが、その回避した場所を狙いすましたかのように次の一撃が放たれていた。
私は咄嗟に身体を捻ってそれを躱す。
体表を少し掠めたが、戦闘服のお陰で痛みは無い。アラネアの言った通り魔法防御が付加してあるからだ。
私は転がるようにして態勢を整えた。
「……おかしい。これで決まるはずだった。何故だ?」
それを見て奴は驚いていた。
やはり奴には未来が見えているのか?
私は首を振ってその考えを打ち消した。
いや、奴に見えるものが未来かどうかはこの際どうでもいい。
勝つために何をすべきか、何が起きて何ができるかだ。
だが、そんなことが何度も続くとやはり焦りは出てしまう。
「くっ……時間が無いってのに……ぐっ!」
その焦りを奴は見逃さない。
致命打こそないが、何度も掠めるような攻撃を受けることになってしまった。
さすがに何度も攻撃を受ければ戦闘服も少しずつ傷ついていく、次第に私もいくらか傷ついていった。
だが攻撃を受け続けて私は気づいていた。
攻撃時スクルドの目から一瞬、影のようなものがちらつく。
あれは魔眼だろうか?
そして……あの影は見たことがある。正確に言えばあれに酷似したものを見たことがある。
まさか……そういう事なのか?
「なるほど。分かった」
「何だ?」
「それは呪いだな?」
「!!」
その驚きよう、図星だったらしい。
クロ、リリス、アラネア……三人の使い魔の主人たる私だから分かる。
それは古代の呪いだ。神の呪いと言っても過言ではない。
これは秘匿されているが、気づく者は気づいてしまう。
俗に言うその言葉は──魔族。
種族で言えばスクルドはエルフ族だ。魔族ではない。
しかし、獣は魔素の吹き溜まりに長時間留まると魔獣化すると言われている。
それと同じような現象が稀に人に起こることがあるらしい。
おそらくそれに近いものだと私は睨んだ。
「貴様……これを呪いと言ったな……」
「当たっているだろう? 呪いが嫌なら別の言葉で言ってやろうか……そうだな、神の檻ではどうかね? なかなか洒落た表現だろう? 檻の中はさぞかし暮らしやすいのだろうね?」
少し教授を真似して煽ってみる。おそらく当たりだと踏んでいるが確証はない。
「ふざけるな! 世界には壊せない檻ってものがある!」
「ならば私が壊してやろう」
「!! ククッ……その言葉。今お前は死んだぞ! 今までそれを言った人間は尽く死んだ。人は食べなくては死ぬ。寝なくては死ぬ。そう言う当たり前のことを「壊す」と言っているのと同じ! 神の力に抗うとはそういうことだ!」
スクルドのその表情には不気味な笑みが張り付いていた。
その目には激しい怒りが見て取れる。しかし、その最奥には絶望があった。
私は宣言する。
「必要とあらばそれも辞さない」
はたして奴は烈火の如く怒りを露わにした。
「!! お前は殺す! 殺す! コロス!!」
おお、なんだこいつは……想像以上にヤバい奴だった。とは奇しくもお互いが同じ認識だった。
理由は分からないがともかくこいつは呪われている。
だとすれば今までどうにか私が致命打を回避できたのは、鞄の中のアレのおかげだろうかと推測できる。
「本当にどこまで計算なんだか……」
そう呟きながら私は鞄からそれを取り出して片腕に嵌めた。
彼女に何が見えているのか私には知りようも無い。
だが、それは今ここに在る。
「アラネア……感謝するよ」
本当にアラネアには感謝してばかりだ。初めて会った時は命を助けられた。今回も大活躍だ。
「それが原因か……」
それを装着した私にさすがに奴も気づいたらしい。
「そうだ。これは呪いを散らす腕輪……これを壊せばお前の勝ち。できなければお前の負けだ。シンプルだろう?」
「妙な魔導具を……だが、負けるのはお前だッ!」
それは解呪の腕輪。
神の呪いさえ打ち消す希少品。
そう、奴の力は神の呪いだ。
人によってはそれを恩恵と言うらしい。
これで奴の未来視は封じた。
半信半疑だったが、それは奴が今認めた。それが原因だと。
ならばあとは真っ向勝負。
これで決着を付けようとスクルドが詠唱を始めた。魔力の高まりが今までの比ではない。
「炎の精霊よ その力を集約し我が道を阻む者を打ち砕け!」
「火炎弾!」
スクルドの前面に魔法陣が組まれると、そこから火炎弾が打ち出された。
そして奴が狙ったのは私……ではなく私の装着した腕輪だった。
「殺すなどと言っておきながら狙いは腕輪か……冷静な判断だな」
なるほどたしかにエルフはプライドが高いらしい。それはこいつも例外ではなかったわけだ。
私に呪いと言われて激昂したのだ。
これは恩恵だと証明しようと言うのだろう。
つまりは未来視で勝つことが奴の矜持なのだ。
「だが、それは敗因だ」
奴は未来視を頼みにし過ぎた。
これまでそれが通じない相手と戦ってはいないだろう。
狙われる場所が分かっているなら躱すのは容易かった。
私は奴の放った火炎弾を受け流すように戦闘服で散らす。
「蒼炎弾」
まるで武術の様に躱しざまに私の魔法がカウンターで入った!
これも師匠との特訓の賜物だ。
青の書のせいで私の魔法は威力が上がってしまっている。
タイミングさえ合えば、気絶狙いなら無詠唱で丁度良い。
「馬鹿な……」
そう言い残すとスクルドは倒れた。
「……ふう」
などと息をついている場合ではない!
状況は!?
「スクルド!!……ぐっ!!」
「私から視線を外しましたね……」
スクルドが倒されたことによって均衡が崩れた。
藤乃がすかさず隙を見せたヴェルザンディを仕留めていた。
「くっ……スクルドに続いてヴェルザンディまで……」
ウルドが悔しそうに呟いた。
これは好機だ。私と藤乃の二人がかりならすぐに決着がつくだろう。
しかし……
「ソニア! ここは大丈夫です。それよりもブリュンヒルデを追ってください!」
藤乃にそう言われてはっと気づく!
そうだ! ツヴェルフさんは!?
「なっ!?」
ブリュンヒルデが森の奥深くへ入って行くのがみえた。
アラネアを追ったのだ!
ならばツヴェルフさんはと視線を移すと。
「くっ……ごめん、ツヴェルフさん」
ツヴェルフさんは倒されていた。スクルドに時間を取られ過ぎたのだ。
だが、落ち込んではいられない。今度は逃げたアラネアが危ない!
私はツヴェルフさんの許へ駆け寄ろうとする足を断腸の想いでグッと我慢した。
「藤乃! 任せる!」
「ええ。行きなさい!」
私は藤乃へそう言い残すと、ブリュンヒルデを追って森の深くへ入って行った。




