サバイバル(六)
前方にアストリア軍が布陣しているのが見える。
向こうが動く様子は無い。罠を張って待ち構えているためだ。
罠に嵌ろうものなら、狙い撃たれるのは必至だった。
アルフヘイム軍は敵の動きを警戒しながらも、慎重に確認しながら進んで行く。
その間、ブリュンヒルデは謎の悪寒に苛まれていた。
それは昨日の前夜祭でも感じたものだ。
そして罠の蜘蛛の巣を見て……予感はあった。
遠目から見えるあれは蜘蛛女だ! 奴が蜘蛛の巣の主だろう。
近づくにつれてその姿ははっきりとしたものになる。
そして悪寒の正体に納得する。
「!! あの姿……思い出した」
視線の先に流れるような銀髪の蜘蛛女がいる。
上半身だけ見れば美少女と言って良いだろう。
不覚にも昨日は気づかなかった。どういう理由か奴は人型になれるらしい。
蜘蛛女とわかった今、ブリュンヒルデはかつてその姿を目にしたことを思い出したのだった。
そしてその因縁を断つべくブリュンヒルデは謎の騎士Mに話を通す。
「陛下。すみません少し離れなくてはならない用事ができました」
「陛下とは誰のことかな? だが、行くが良い。お前の成さねばならぬことを成せ」
「ありがとうございます!」
ブリュンヒルデはしっかりとした決意を持って標的を定めるのだった。
†
六対六で私達は対峙した。だが、まだ距離は遠く互いに出方を窺っている状況だ。
罠があるせいでいきなり接近されることはない。敵は慎重に歩みを進めてくる。
私の後ろに控えたアラネアが緊張気味に声をかけてきた。
「ご主人様……私、こういう直接戦闘あまりした事ないんです。だからこれを預かってもらえませんか? 落としそうで怖いんです」
そう言ってアラネアから差し出されたのは、アラネアが人型になるための解呪の腕輪だ。
リリスから貰った大事なものだ。アラネアはいつも肌身離さず持っている。
「えっ? 何それ? 生きて必ず返しに来いよ的な感じのやつ? 私死ぬの?」
「? 何のことでしょう? 私の鞄はご主人様のより大きいので、落としそうで嫌な気がしただけですが……無理にとは言いませんよ?」
しまった。つい、そう返事して純真無垢なアラネアを困惑させてしまった。
本読みの無駄知識を晒してしまったらしい。私も緊張しているのか?
「ああ、ごめん何でもない。そうだね。アラネアを戦わせる気は無いけど、逃げなくてはならなくなるかもしれないな。それで落としたら困るか……わかった」
それに人型だと罠も使えない。戦闘中にこれは使わないはずだった。
正直なところアラネアの鞄の方が性能は良さそうな気もするが、まあこれでアラネアの不安が消えるならと思い承諾する。
私はそれを鞄の底へ大事にしまった。
うん、ちゃんと返そう。
あれ……やっぱりこれって……。いや、いや違うはずだ。などと煩悶していると。
「ご主人様……ちゃんと生き残って返してくださいね」
アラネアはそう言って微笑んだ。
私は唖然として、思った。
畜生、可愛いじゃないか! と。
「知ってるんじゃないか……まったく。だが可愛いから許す! ちゃんと返すよ」
「はい。お願いします」
自然とアラネアと私の緊張は解けていた。
天然なんだか、計算なんだか……私を手玉に取るとは……恐ろしい子!
その一方で、散華ちゃんと蓮華姉さんはじっと、双樹氏を見つめている。
「藤乃。もはやここに至っては私達の守りは必要ない。そして私達は父様を止めなくてはならない」
「ええ。私達でなくては止められないでしょう」
散華ちゃんに同意する様に蓮華姉さんは応えた。
遠目からも確かに双樹氏からは並々ならぬ覚悟が見て取れる。
そう、これはサバイバルなのだ。
倒すか倒されるか。最後に一人残った方が勝つ。
そして皆が最善を尽くさねば勝てない強敵だ。
「ですが……いえ、わかりました。では私は他の者が邪魔しないように立ち回りましょう」
「ああ。頼む」
藤乃も内心では手伝いたいのだろうが、状況がそれを許さないだろう。ブリュンヒルデや神官三姉妹、そして最後に騎士Mこと女王が控えている。渋々納得をした。
そうして方針を固めている間に両陣営の距離は縮まっていく……。
そして一定以上近づいてこれ以上罠は無いと見てとると、双樹氏とブリュンヒルデが駆けて来た。
「来るぞ! 気を引き締めろ!」
「「おう!!」」
散華ちゃんの号令に応じて、私達は身構える。
今までは前哨戦。そしてついに決戦が始まる──
双樹氏とブリュンヒルデが駆けてくる。
しかし、早々にブリュンヒルデは双樹氏と別れ大きく回り込んで突撃して来た。
「何ッ!? いきなり後衛狙い!?」
それを追おうとした藤乃は神官三姉妹に遮られていた。
ブリュンヒルデの狙いは私達か!?
だが、ブリュンヒルデの視線は私達というよりその後ろのアラネアに固定されていた。
その目は仇でも討つかのような鋭さだ。
「あ……」
その視線に射竦められたかのように、アラネアは固まってしまっていた。
拙い!
それに気づいた私はアラネアをかばって立ちふさがる。
「アラネア、逃げて!」
「えっ! は、はい!!」
アラネアは驚きながらもどうにか動くが、その動きはあまりに遅い。完全に竦んでしまっていた。
「どけ!!」
ブリュンヒルデは私を弾き飛ばすように剣を振るう。
「くっ……!!」
防げない! どうする? ゴーレムは間に合わない!!
まさかブリュンヒルデが一人で突貫してくるとは想定外だった。事前情報であった「ブリュンヒルデは女王の傍を決して離れない」という計算が裏目に出た結果だ。
確かに双樹氏と分断できればとは考えていたが、まさかいきなり向こうからやって来るとは!
迂闊ッ……!
歯嚙みしながら私はその一撃を耐える覚悟をした。
衝撃にさえ耐えられれば、戦闘服が守ってくれるはず!
しかし、そこでその間に割り込む人影があった。
「ツヴェルフさん!!」
ブリュンヒルデの剣はツヴェルフがしっかりと大剣でガードしていた。
グッジョブと褒めてやりたいほどの反応だ!
ブリュンヒルデも驚いたのか、そこには隙が出来ていた。
「もらったァ!!」
そこで私はお返しにとばかりに魔法を撃ち込むべく詠唱を……
そこではっと気づいて飛び退く。
飛び退くと私の居た場所に、火炎弾が撃ち込まれていた。
危なかった。油断したのは私の方か……
今のは神官三姉妹の三女が放ったらしい。たしかスクルドと言ったな。
そちらを見るとそいつは少し驚いた表情をした後、嫌らしい笑みを深めた。
きっと躱されるとは思っていなかったのだろう。
「あいつ……狙いすましたように……」
少し苛立ちながらも、今はツヴェルフさんの支援をしなくてはならない。アラネアが逃げ切るまでだ。
ブリュンヒルデは強かった。さすがアルフヘイム最強と言われるだけある。あのツヴェルフさんが押されている。ツヴェルフさんも強くなっているはずだが防戦一方だ。
だから私が攻めなくては! というときにやはり奴からの魔法攻撃があった。
神官三姉妹の相手は藤乃がしているが、三人相手ではどうしても隙が生まれてしまうのだった。
どうやらその隙にこちらへ攻撃してきている様子だ。
だがここは藤乃を褒めるべきだろう。この程度で済んでいるのは紛れもなく彼女のお陰なのだから。
しかし、どうにもブリュンヒルデへ攻撃しようとすると邪魔をされる。
それが何回も続いた。
スクルドは何というかここぞと言う時に邪魔をしてくる。
勘が良いのか? それとも噂通り本当に未来が見える?
どちらにせよ邪魔をしてくるなら早々に排除しなくてはならない。
私は膠着状態の打開策を模索するのだった。
†
その二人はその親と対峙していた。
挨拶代わりの剣の応酬は互いにその決意を示すものだった。
どちらも譲れぬ想いがある。
「父様……」
「父上……」
「蓮華。散華。私には私の成さねばならぬ義務がある。互いに譲れぬものがあるのなら解っているな」
「はい。こちらも一国を預かる身。退くことはできませぬ。だから華咲の教えの通りに押し通させていただきます」
「よく言いました散華。父上お覚悟を」
「良い返事だ。ならば来るが良い」
双樹は強い。二人がかりでなくては相手にならない。
だから他の者をこの間に近づけてはならないのだが、その心配は杞憂だった。
その戦いに近づける者など誰もいなかったのだから。
華咲同士の剣閃が舞う。
その度に火花が散った。
†
場は混戦に陥っている。
私は整理するため、状況把握を急ぐ。
ブリュンヒルデはツヴェルフさんが辛うじて抑えている。協力して退けたいが、その度にスクルドの邪魔が入る。
アラネアはその間に、どうにか森の深くへ退いた。アラネアには罠が有る。簡単には追えないはずだ。
どういう理由か分からないが、ブリュンヒルデの狙いはアラネアらしい。
散華ちゃんと蓮華姉さんは二人がかりで双樹氏を相手取っている。迂闊に飛び込めないほどの高度なやり取りでそこだけは立ち入る者を許さぬ別世界だ。
藤乃は神官三姉妹の三人を相手に奮闘している。三人相手が厳しいと言うよりはスクルドのあの鋭い勘? らしきものに戸惑っている感じだ。
そして謎の騎士Mは王者の風格でどっしりと構えて動かない。
それは助かるのだが、動かないのは何とも言えぬ不気味さがあった。
それにしてもツヴェルフさんはよく頑張っている。そのせいでブリュンヒルデも苛立ちを隠せていない。
激しい打ち合いの末、ブリュンヒルデとツヴェルフさんの距離が空いた時、私はツヴェルフさんに声をかけた。
「ツヴェルフさん、ごめん、ここは任せて良い?」
「分かりましたソニア。お任せを」
ツヴェルフさんが頷いて返してくれる。視線はブリュンヒルデから離さない。
頼もしいな。本当に強くなったと思う。だが実際のところ厳しいだろう。
急ぎ邪魔なスクルドを倒して戻らなくてはならない。
私はスクルドを排除することに決めた。奴のせいで藤乃が攻めあぐねている。
この微妙な均衡状態の鍵は奴だと私は睨んだ。
きっと女王こと謎の騎士Mが動けばこの均衡は崩れてしまう。その前に何としてでも倒さねばならない。
そしてなによりスクルドのあの性格の悪そうな笑みが私の中の何かを刺激した。
同族嫌悪ではないはずだ。
だって私クール美少女ですもの……あのような邪悪な笑みはいたしませんわ。
それはともかく私は藤乃の許へ駆け付ける。
そして私は奴を指し示して。
「藤乃、あいつは私がやる。他の二人を抑えてもらって良い?」
「わかりましたソニア。ご武運を」
「うん。藤乃もね。帰ったらたっぷり可愛がってあげるから」
「ふふ。それはいりませんね」
そう藤乃に軽口を叩いたら、バッサリと切り捨てられた。
なんてこったい……少なからずショックを受ける私だった。
ご褒美が欲しいです……




