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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(上)
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山賊(一)

 華咲家。

 源流は東方から流れて来た一族だったがいつしかこの地の豪族となり、さらに先代当主「華咲家の爺(ハナサカジジイ)」の活躍により先王からこのアストリア地方の辺境伯へと任じられる。

 現当主、華咲双樹(ソウジュ)は将軍の地位にあるが、アストリア辺境伯と呼ばれている。

 その邸宅はこの地では珍しい東方の建築様式で武家屋敷と呼ばれるものだ。

 また近くには道場が建てられており、一門が武技を磨いている。



 私の部屋に姉様が来ている。

 大会以降、姉様が私にべったりくっついてくる。

 姉様のことは敬愛しているが、こうも一緒にいると正直面倒だ。

 家では母様や使用人もいるので姉様も一定の距離は保ってくれている。

 嬉しそうな姉様を見ているとこちらも強くは否定できなかった。


「失礼します」


 そこへ入って来たのは執事の藤乃(フジノ)だ。

 彼女の家は昔から私の家へ仕えてくれている。

 幼馴染ではあるが、感覚的には家族あるいは親戚に近い。

 元は分家筋だというので親戚には違いないだろう。

 年齢は姉様より一つか二つ上で男装の麗人だ。

 そう、彼女が着ているのは執事服。

 スラリとして背も高い彼女には似合っているが、今更何故なのかは怖くて聞けないでいた。

 着替えを覗いていたソニアの証言では「実は結構な巨乳をさらしで押さえつけている」という涙ぐましい努力までしているそうだ。


「蓮華様。散華様。ご当主様がお帰りになられました」

「!!」


 藤乃にお礼を言い、姉様と私は頷き合うと父様を迎えに部屋を出た。

 父様は玄関口で母様と話をしている。

 武人らしい父様と物静かで美しい母様はいつ見てもお似合いだと思う。


 私は父様に素直に疑問を口にした。


「父様! どうされたのですか? こんな突然、帰ってくるなんて珍しいですね」

「ああ。お前達の顔が見たくなってな。大会では大活躍だったそうじゃないか。二人ともよく頑張ったな」


 普段は寡黙で威厳のある父様も娘達には甘くなってしまうらしい。顔が綻んでいた。


「「ありがとうございます」」


 私と姉様は声をそろえるように言った。


「父上は在宅かな? 」

「はい。帰っておられます」


 お爺様は未だに冒険者として現役だ。世界中を飛び回っているので居ないことも多い。

 この日は珍しくタイミングが良かった。


「では挨拶に行って来よう。蓮華。散華。また後でな」

「「はい」」


 父様は挨拶もそこそこに別邸のお爺様の所へ行ってしまった。


「何かあったのでしょうか? 」


 姉様が心配そうに言った。そう言われるとそんな気になってしまう。

 私は逆に質問していた。


「そう言えば姉様は王都では父様の所にいたのでは?」

「そうですが、あの通り忙しい方ですからね。顔は何度も合わせましたが、ゆっくり話をする事はできませんでしたよ」

「そうでしたか。なら今晩はゆっくり話ができると良いですね」

「ええ」


 私達は少しの違和感を感じながらも喜びの方が大きく、それを流し去ってしまった。



 †



 華咲家別邸。

 本邸の隣に建てられている。その奥の和室。

 先祖伝来の質実剛健をそのまま形にしたような部屋だ。

 家督は息子に譲り、引退の身ながら冒険者としては現役の華咲翁が座している。


「父上。ただいま戻りました」

「うむ。壮健そうで何よりじゃ。じゃが相変わらず忙しそうにしておるのう?」

「はは。そう思うなら手伝ってくださいよ」

「蓮華を向かわせたじゃろう?」


 それを聞いた双樹は微妙な顔をした。


「……そうなんですがね。結局あの子に手伝わせることは出来ませんでしたよ」

「無理もない。あの腐敗した宮中ではな。お前の判断は正しいだろう。お前にも早々に泥船から降りる事を勧めるよ」


 先代王の下で活躍した華咲翁も、今代ではすでに見切りをつけていた。


「泥船ですか……これでもそうならない様に頑張っているんですがね。……ですが本当に限界かも知れないですね」

「何か掴んでいるのか?」

「いいえ。ただどうにも王宮の空気が悪いのです。嵐の前の静けさと言いますか……戦場の匂いのような……」

「気を付けろよ。こちらのことは心配しないで良い。いざとなればワシが何とかしよう」

「はい。ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 そう言い残すと双樹は本邸に戻った。今夜ぐらいはゆっくりできるだろう。


「あやつは責任感が強い。泥船と共に沈まねば良いが……」


 華咲家の爺はそう心配するのだった。



 †



 父様は早朝に王都へ戻られた。

 昨晩の父様はいつになく饒舌だったような気がする。

 私と姉様は嬉しかったのだが、母様はどことなく心配気だった気がする。


「さあ散華。私達も父様に負けないよう、精進しましょうか」

「はい。姉様」


 私達は学園へ向かう。

 そろそろ学園の復旧にも目処が立ちそうだ。


「ソニア達も順調ならそろそろ国境辺りのはずですね」

「そうですね。父様は国境辺りに山賊が出て困っていると言っていました。何もなければ良いのですが……」


 私は昨日の父様の話を思い出していた。

 何でも山賊には騎士団かあるいはもっと上に内通者がいるらしくなかなか捕まらないのだそうだ。

 また治安の悪化に伴い、賄賂が横行しているせいでもあった。

 父様は将軍の一人だ。「仲間を疑わねばならない。頭が痛い話だよ」と言っていた。


「まあ、ソニア達なら万一遭遇したとしても大丈夫でしょうが」

「そうですね。逆に捕まえてしまうかもしれませんね」

「フフ。流石にそれは……ありそうですね」


 否定できないなと思う私たちだった……



 †



「オラァ! 身包み置いて行けやァ!」


 そう言って荊の鞭を叩きつける。


「「ひぃっ! 許してください!」」


 静まり返った林道で男達の気色悪い悲鳴が鳴り響いた。

 そこでは男達が逆さに吊るし上げられている。

 その男達は茨で拘束され既に満身創痍の上に涙目で許しを懇願していた。

 恫喝しつつ荊の鞭を振るうのは青衣の女。つまり私だ。


「ソニア。もう良いのでは? 山賊みたいになってるわよ」


 アリシア先輩が私を宥めた。


「おっと、クール美少女にあるまじきはしたなさ、失礼しました。山賊など初めて会ったのでつい興奮してしまいました」


 そろそろ国境かと思われる林道。

 次第に木々が多くなりなだらかな坂を登っていると私達は山賊に襲われた。

 だが私達には襲われることが分かっていた。アリシア先輩が事前に察知したためだ。

 襲うために近づいてきたところを「青薔薇の庭園」で瞬時に捕縛した。

 逃げようとした者ほど多くの傷がある。


「それにしても結構いるわね。二十人くらいかしら」

「どうしましょうか?」

「放置で良いでしょう。連れて歩くわけにも行きませんし。他の人を襲わないとも限りません」


 山賊に慈悲などない。いや、これが最大限の慈悲だ。後は自分たちで何とかしろという事だ。


「キマイラの時と同じね」

「そうですね」


 そうして私達は馬車に乗って進み出すと。

 残された山賊達から怨嗟の声が響いた。


「お前等ふざけるなよ! 今すぐ助けろ! お頭が報復に来てもしらねえぞ!」


 こいつらはどうやら下っ端だったらしい……


「お頭……本隊がいるのか。潰しておくべきかな?」


 私達の邪魔になるなら潰しておかなければならない。

 私がそう考えていると。


「フフ。なかなか面白い見世物でしたよ」


 誰かの呟きが聞こえた。私達ではない。

 そういえば先ほどから霧が出てきている。


「これは……拙いのかしらね?」


 エリスが何か気づいたようだ。

 霧が濃くなってきた。


「まさか……」


 少し遅れてアリシア先輩も気づく。

 ここまでアリシア先輩に気づかれないなんて何者だ?


 既に霧は真っ白に視界を埋め尽くし、ごく近くしか見えなくなっていた。

 私達は馬車を止め警戒する。視界が効かないので強引な突破は危険だと判断したためだ。


「やられましたわね。あまりにも自然で気づきませんでしたわ」


 リリスさえも驚嘆していた。


「ぎゃっ!」

「ぐあっ!!」


 先の山賊達から断末魔の叫びが上がる。霧で見えないため、聞こえるのは声だけだ。

 そしてそれらが止むと辺りが不気味に静まり返った。

 膠着状態にたまりかねたのかアリシア先輩が叫んだ。


「ミスト将軍! 出て来なさい! それとも私の風で強引に吹き飛ばされたいのかしら?」


 すると濃かった霧が次第に薄くなっていった。

 視界が露わになると一人の白銀の鎧姿の美しいエルフ女性が立っている。

 線が細くやや儚げな印象を受けるが、先輩達の話では歴戦の猛者らしい。

 鎧姿でなければ文官の様に見えてしまうのは魔法が得意なエルフならではかとも思う。


「やれやれ。アリシアは相変わらず気性が荒いね。久しぶりと言うべきかな? ああ。エリスもいたのだね」


 エリスは不本意だという様子で返す。


「知ってて言っているのでしょう? それでこちらを狙っている弓兵は退いてもらえないのかしら?」

「フフ。流石に気づくか。気づかないならそのまま殺してしまうところだったよ」


 ミスト将軍が手信号で退けと合図を送ると弓兵達の気配は去った。

 残ったのは山賊達の無残な死体と私達とミスト将軍だ。

 悪気が全く無い辺りなかなか良い性格をしていらっしゃる様だ。

 その流れでエリスが私達の代表としてミスト将軍と話をする。


「貴女も相変わらずのようね」

「おや。山賊達に同情しているのかい? 奴等がどれだけのことをしでかしたか分かっていないようだね」

「……同情なんてしてないわよ。貴女が何を言っているかは知らないけれど。説明してくれるのかしら?」

「ああ。もちろん。君達とぶつかるより、仲間にした方が得策だからね。これでも山賊退治の協力に感謝しているのだよ」

「こちらは協力するつもりなんて無かったわよ……」


 エリスの言うとおりだ。山賊に同情はしないが、死体を見ると萎えるので見ないようにする。


「そう言わずについて来ると良い。何なら護衛もしよう。これから奴等の本隊を潰す」

「今から? 性急ではないのかしら?」

「時間をかければ帰って来ない奴等に気づくだろう? 逃亡される前に叩く必要がある。今は時間が惜しい。説明と自己紹介は道すがら行う事にしよう」


 それは強制イベントだった。周囲から狙われては嫌とはいえない。

 加えてすでに国境を越えてアルフヘイム領となれば、従わない訳にもいかない。


「……確かにそうね。その様子だと場所はもう判明しているのね」

「ああ。優秀な部下が多いからね。森の中で我々エルフの目を眩まそうなんて愚の骨頂だよ」

「分かったわ。行きましょう」


 こうして私達はミスト将軍と共に山賊の本隊の元へと向かう事になった。





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