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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(上)
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エルフの事情



 風が轟轟と唸っている。

 天の暗雲からは雨が滝の様に降っていた。

 そのせいで日中だと言うのに辺りは薄暗い。

 玄関の扉が強風で軋んだ音を立てている。


 こんな日には客など来ないだろう。

 そう思い私は読書に(ふけ)ることにする。


 そんな私の予想に反して一人の客が来た。

 その客はずぶ濡れだった。

 美少女エルフだ。

 強風の為か短めの金髪は乱れ、そこから水滴が滴り落ちる。

 外套から覗いている水を含んだシャツも肌に張り付いてしまっていた。


「アリシア先輩……。どうしたんですか? こんな日に」


 私は彼女にタオルを渡しながら訪ねた。


「ソニア。ごめんなさい。すぐに帰るわ。少し顔が見たくなっただけだから……」


 彼女はタオルで身体を拭きながらそう言った。


「いえ、上がってください」


 私はもう気付いていた。先輩の様子がおかしい事を。


「でも……」


 彼女は躊躇(ためら)ったが、私は強引に近づくと彼女の細い腰を抱き寄せる。

 そして彼女の長い耳元に囁く。


「それとも命令されたいのですか?}


 彼女はビクンとして。


「ダメぇ……」


 彼女の瞳から涙が溢れ出した。

 彼女はポロポロと涙をこぼしながら言う。


「離れられないよ……」



 †



 私はアリシア先輩を部屋へ招いた。

 座ってもらいお茶をだした。


 アリシア先輩が落ち着くと話し出した。


「……本当は別れを告げに来たのよ。本国から召還があったの」


 私は驚く。

 しかし彼女の話を聞かなければならない。


「本国というとあのエルフの国ですか?」

「そうエルフの国、アルフヘイム」

「その召還というのは避けられないものなのですか?」

「ええ。とても偉い方からの命令なのよ」


 彼女は留学生という形でこちらへやって来た。

 だが、もっと込み入った状況にあるようだ。


「具体的に聞いても?」


 彼女は私の目を見る。

 彼女は不安なのだろう。

 私は真剣に彼女を見つめ返す。

 それでも彼女は迷っていた。

 そして言った。


「……駄目。とても迷惑が掛かるわ。いえ、迷惑どころじゃ済まないわね。命の危険さえある……」


 彼女は私の、私達の身を案じて口に出せないらしい。


 だがここで引いてはならない。

 ここで引いたら彼女とはもう会えない気がする。

 それは嫌だと思った。

 私は決意を伝える。


「アリシアが何処へ行ったとしても、私が攫いに行くよ」


 それを告げると、彼女は驚いたように目を見張った。


「放っておいてはくれないのね……」

「家畜は逃がさない主義なので」

「ふふ。本当に酷い例えね」


 彼女は笑った。目に涙を湛えながら。



 †



 アリシア先輩は帰った。

 雨が酷いので泊るように勧めたが、彼女は断った。

 アリシア先輩は風魔法が得意だ。強風はどうとでもなるのだろう……


 帰り際の彼女はとてもスッキリとしていた。

 胸のつかえが取れたようだった。

 それはとても良かったと思う。


 私は一人、部屋で考える。

 次第に強風や叩きつけるような雨の音も収まりつつあった。

 雨音が心地良く響いている。

 アリシア先輩の言葉を思い出す。


「私は女王の剣なのよ」

「それはエルフの女王ですよね?」

「そう。エルフ女王、マリー・アネット。かつては仲が悪かったエルフとダークエルフの間を取り持った女王よ。女王になる前は、かの【闇の魔女】の側近だったと言われているわ」

「……【闇の魔女】ですか。以前の「闇の鎧」の所持者でしたね。私も一応、鎧のついでに文献を調べてみましたが、千年以上も前の人物だったはずですが」


 文献では闇の魔女の評価は真っ二つに分かれていた。方や救国の英雄。もう一方は稀代の叛逆者。それが本当のところはどうだったのか、より一層判らなくさせていた。

 その側近だったと言うならもう千歳は越えている。幾ら長命と言われるエルフとはいえ、それほど生きられるものだろうか?


「真偽は判らないわ。でも私はそうであってもおかしくないと思う。女王は今はこの世に二人と居ないハイエルフだもの」

「それは……それは判るものなのですか?」

「見れば判るわ。むしろ分からない方がおかしいわ。女王はあの子の……女神だった時の神聖な波動と近いものを持っているのよ」

「なるほど。だとすれば本当だと見た方が良いのでしょうね」


 質問で話の腰を折ってしまったことに気づき、私は続きを促した。


「それでその女王がアリシア先輩を呼び戻したという事で良いのですか?」

「そう。これは絶対に口外してはいけない事なんだけどね。ソニアだから話すの。危険は覚悟してね」

「わかりました。お願いします」


 深呼吸するようにして美少女エルフは話す覚悟を決める。


「私は「女王の七剣」の一人。コードネームは【不和】。ここへは情報収集のために送られたわ。いわゆる密偵ね」


 おお! 密偵(スパイ)エルフさんだったか! だから神出鬼没だったのかと思う。他の仲間と連絡を取っていたのだろう。

 しかし【不和】とは?


「【不和】というのはエリスのはずでは?」

「彼女は私の替え玉よ。いえ、正確には二人で【不和】かしら。彼女が矢面に立っている間に私が影で動くのよ。実力は彼女の方が上なんだけど、私の風魔法は音を消したり遠くの音を拾ったりと向いてるのよ」

「なるほど。確かにエリスがスパイと言われた方が納得してしまいますね。ダークエルフへの偏見でしょうか?」

「そうなのよね。逆に私がスパイなんて誰も信じないのよ。エルフは高潔だと信じたいんでしょうね」


 彼女は顔を伏せ、自虐の様に語った。


「アリシア先輩は高潔ですよ! 私が保証します!」

「そ、そう。ありがとうソニア」


 彼女は照れていた。お礼を言いつつも、目を泳がせている。

 照れるエルフ美少女。良いものですな!


「ともかくそうした采配も含めて女王はとても頭の良い方よ。私もできる限り穏便に許しを得ようと思うわ。それでも一度は帰らなくてはならないでしょうけど……」


 何でこんな僻地にスパイを送る必要が? とは思うが……

 アストリアはカリス王国の一、地方都市とはいえ、学術都市だ。教授を始め優秀な者達が集っている。

 噂では、王国とさえ何やら一悶着あったとか、なかったとか……


「わかりました。私もできる限り協力します。最悪の場合でも、ちゃんと攫いに行きますのでご安心を」

「ふふ。貴女は私の王子様ね」

「はは。それも酷い例えですね。私はクール美少女ですよ!」


 そんな事を言って二人で笑い合う。

 これを護るためなら私は戦おう。


 それから私は真剣な表情に戻る。やはり聞かなくてはならない。


「しかし、女王はここで何の情報が欲しかったんでしょう? 政治的な事でしょうか? それが分かれば大きな切り札になるかもしれません」


 彼女はそれを知っていた。だが、口に出して良いものか逡巡している。


「これを知れば本当に引き返せないわよ」

「お願いします」


 アリシア先輩から出た言葉は意外なものだった。


「……女王の知りたいことは一つよ。「闇の魔女の墓所」それだけよ」


 私は驚いていた。真剣なアリシア先輩が嘘を言っているはずはない。


「!! それだけですか? それは調べれば見つかるのでは?」


 いまいち、女王の思惑を測りかねる。政治的に重要とも思えないからだ。


「……少なくとも私とエリスは見つけられなかったわ。他の密偵からの報告も上がっていないはず」

「勇者のパーティー、エリュシオンはこの国の各地に行っていましたね。それでも見つかっていないとなると……」

「ええ、怪しいのは一カ所ね。だから女王は私を呼び戻すのかも知れないわね」


 そう、怪しい場所は一つ。

 だが、そこは人を寄せ付けない魔窟。

 さらにはアリシア先輩を呼び戻すとなると……


「……ダンジョン。まさか女王はこの街に侵攻する気ですか? そんな事この街の衛兵や冒険者達が許すはずがない」

「判らないわ。ただそういう事もあり得るお方よ」


 ダンジョン攻略に冒険者の力を借りない。借りる必要がないとなれば物量に任せた力押しがないわけではない。だが過去多くの場合それは失敗していた。どうしても地形で分断されてしまうからだ。


 またこの街の衛兵の数もダンジョンの街だけあって他の街より格段に多い。それに大勢の冒険者達。とても侵攻が成功するとは思えない。

 そこまでくればさすがに王国も黙ってはいないだろう。


 つまり今のところ何を考えているのか分からなかった。情報がまだ足りないのかもしれない。


「これは一度会ってみなければならないかもしれませんね」

「そうね。会ってみなくては判らないものね」


 私がそう言うとアリシア先輩も同意した。


 彼女の言ったことは絶対に人に話して良いものでは無かった。

 それだけ私を信頼してくれたのだ。


 しかし、それによって反逆者として捕らえられてもおかしくはない。

 場合によっては処刑も有り得る。

 敢えて虎穴に飛び込もうとしている。私がそうさせてしまった自覚はある。


 私は思考から戻ると。


「何とかしなければならないな」


 そのための準備を考えるのだった……





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