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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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邂逅

 魔女は亡くなると魔法になる。

 それは一つの救済だ。


 魔女に限らずとも、死者は基本的に輪廻の環から外れることは無いとされている。

 だが、不死者となった者にそれは適応されない。


 不死者(アンデッド)それは永遠の牢獄だ。

 おまけにそうした者達は人の世では、魔族ではなく魔物(モンスター)扱いだ。


 人の世では生きられない。生かしてはもらえない。

 それは『死』という絶対的に忌避されるものから来る恐怖ゆえなのだろう。


 規律正しいとされる者達は言う。


「成仏させてあげるのです。輪廻の環へと返してやるのです。それが正しい行いです」


 一般論であり、常識だ。

 それを間違いだとは言わない。だから私もそれに倣う。

 規律は守られねばならない。当然の事だ。


 自問するまでもなくやる事は決まっていた。


「私がこの手で決着を……」


 私はそう決意すると、神殿内の調査のために先遣部隊を送ることを提案する。

 罠があるかもしれないとの説得でどうにかそれを取り付ける。


 そしてその偵察部隊に私も強引に割り込ませてもらった。

 いきなりやる気になったように見えたのか、散華ちゃん達には不審がられた気がする……

 いや、考えすぎだ。グレイスに言われた「嘘が下手過ぎです」という言葉に微妙に傷ついているだけだ!

 そう納得しようと努めながら。


 その部隊にはアウラとグレイスもなぜかついて来た。隊長が行くなら部下も同行しなくてはならないそうだ。

 できれば断りたかったが、それこそ不審がられるので同行を許した。


 私達は神殿を慎重に進んだ。

 どうやら罠はないらしい。それがわかると、皆で手分けして各部屋を調べる。


 それを私が見つけたのは偶然だったのだろうか……いや、私の目は良い方だ。


 女の影は柱の陰に同化するように隠れていた。

 私が咄嗟に隠すとそれを見咎めたのだろう、グレイスから尋ねられる。


「何かありましたか?」

「なっ、何もないよ?」


 グレイスは訝し気な目を向けながらも。


「そうですか……」


 きっとその嘘はバレていた。だがグレイスは見逃してくれたらしい。そればかりか人払いまでしてくれた。

 心の中で感謝しておく。

 私は女の影と向き合うと質問をする。


「さて、私がわかりますか?」


 女の影はしばらく応えなかった。質問を変えようかと思い始めた頃。


「……ソニア・ロンド」


 それだけをポツリと漏らした。

 その答えに震えそうな手をグッと握りしめて質問を続ける。


「では自分の名前がわかりますか?」

「……ベラドンナ」


 やはりか……


 姿形こそ、そのままだがその性質は大きく異なる。陽炎のような性質は人の肉体ではありえない。

 ゆえに確認が必要だった。

 性質が変わったためか彼女は喋り難そうに話す。

 私はため息を吐くようにして一息つく。思いのほか緊張していたらしい。


「まさか……こういう形で再会するとは思いませんでした」

「ワタシガ怖クナイの?」

「怖いですよ……何がどうなってそんな状態になっているんですか!?」

「……黒ノ女神様ハ、昔自分ガ引キ起コシタ屍霊術ガ干渉シタと……」


 黒の女神? おそらく黒の魔女のことだろう。

 しかし、そんなことが……。驚愕を禁じえない。

 戦いの中、確かにあの場は異質だった……いや、今なお濃密な魔素は、漂う様にこの神殿に充満している。


「では何故、敵対したのですか?」

「ココハ冥府。死者達ノ安ラギノ場所。皆、女神様ヲ護ルため」

「帰って来る気はありますか?」

「何処二? 帰レルワケないじゃない!」


 激昂した彼女は以前とそのままで、私に痛みを覚えさせる。

 彼女はしっかりと現状を認識していた。

 わかってはいたのだ。彼女達にとってこの場が唯一の拠り所。

 それを解放しようという私達と敵対しないはずがない。


「意地悪な質問でした。謝罪します。それはともかく……」


 正直、複雑な気分ではあった。

 あの日の失敗は今なお心の傷として残る……。決して良い別れではなかった。

 だからこそ、こみ上げてくるものがあった。


「また会えて嬉しいですよ」

「ソニア……」



 規律正しいとされる者達は言う。


「成仏させてあげるのです。輪廻の環へと返してやるのです。それが正しい行いです」


 一般論であり、常識だ。つまりは見つけたら殺せということだ。

 それを間違いだとは言わない。だから私もそれに倣う。

 規律は守られねばならない。当然の事だ。


 基本的には……


 そう基本的には、だ。

 何事にも例外はある。ということだ。

「臨機応変」、この世の真理だ。


 私が小さい頃、お婆ちゃんは言った。


「自分で考えなさい」


 それは私の根幹を成している。

 たとえそれが常識だとしても、世間一般ではそれが正しいとされていたとしても。

 それを一度、疑ってみる。


「同じことを師匠からも言われたっけ……」


 彼女もまた断罪の剣というその立場を疑った。ゆえに今の状況となっている。

 だから私は師匠を助けたい。


 導き出した答えは単純だった……私はベラドンナを殺せない。

 輪廻の環へ送り返してやるなどと、都合の良い解釈などできない。

 デュラハン達は殺した? ええ、規律通りでしょう? だから何だ?

 つまりは臨機応変だ。


 私は竦む彼女を抱きしめる。

 実体の曖昧な彼女は朧気で、まるで感触というものを感じさせない。

 死を体現したかのような彼女の性質に生理的嫌悪感なのだろうか……その思いとは裏腹に鳥肌が立つ。

 それでも構わず、私はその意思を言葉に乗せて呟いていた……


「ああ……そうだ。私は魔女だ。誰が迎合などしてやるものか!」


 ベラドンナは驚き、涙を流していた。そこに言葉は必要なかった……



 しばらくして彼女が落ち着くと、私の影に彼女を隠す。

 散華ちゃん達はともかく、他の兵士達に見られるのだけは絶対に避けなくてはならない。


 見つかれば彼女は魔物として処理されてしまう。

 さらには人避けの魔法を彼女にかけておく。幸いダンジョン内の暗がりで、おそらくバレないだろう……

 最悪の場合、私の使い魔で押し通すつもりだがそれも通用するかはわからない。

 敵対して犠牲者まで出ているのだ。宰相の地位にある私ですら拘束されかねない。


 ふう、と吐息をしてこちらには何も無かったよという体で皆と合流した。

 合流したのは最奥の部屋だ。

 幸いと言うべきか、その部屋では皆とある一点に集中していたので別段不審がられることも無かった。


 ただ問題はその皆が集中している一点にあった。


高魔力存在(ダンジョン・コア)……」


 なるほど……ベラドンナの言ったことは間違いではなかった。

 別格というべき濃厚過ぎる魔素を伴う神気に皆、当てられたように釘付けとなっている。

 壇上にそれはまさしく聖像として安置されていた。


 むせ返るような神気の中、私は魔石灯を掲げて近づく。

 それに伴って次第に詳細が露顕してゆく……


 それは魔女を囲む女神像だった。

 魔女はいくつもの神槍によって磔にされ、すでに女神達と一体化している。

 そしてその女神達の神気に私は覚えがあった。


「なんで!? 模造女神!!」


 驚きのあまり私は口に出していた。

 黒の魔女を探していたら模造女神までついてきてしまった……


 しかも数えて見れば十一体いる。神様なので柱か?

 これがダンジョン・コアでなくて何だというのか……


 それはまさしく冥府の女神だった。

 動かないながら、それほどの威圧感を放っていた。


 「貴女が黒の魔女ですか?」


 近づいて一応、声をかけてみる。だが、返事は無かった……。そのことになぜかホッとする。


「!? 隊長! いきなり声をかけて反応したらどうするんですか!?」

「え? 反応したらいいよね?」

「これほどの存在ですよ!? もう少し危機意識を抱いてください!」

「はい……」


 ただ、グレイスには怒られた。たしかに不用意だったか……

 皆がピリピリとした緊張感に包まれている。


「ともかく罠はないようです。逃げた者も倒してしまったのでしょう」

「わかった。戻って報告してくれ。私達は一応警戒しておく」

「わかりました」


 グレイスとアウラが報告に戻る。一緒に、濃密な魔素に気分を悪くした者も返す。

 動物の魔獣化の原因は魔素の吹き溜まりと言われている。それは人も例外ではない。

 この部屋はそうした意味では危険だった。長く居られる場所ではない。


 そうして待つのはそれほどの時間はかからなかった。

 むしろ早すぎた。それほど女王が待ちかねていたということだ。

 少し悪いことをしてしまったかもしれない。


 偵察部隊を送ると決めたとき、もっとも抵抗したのは女王だった。

 だが彼女の立場上、慎重を期するという私の主張に強い反論はできなかったのだ。


「お待ちください!」


 ブリュンヒルデが止めるのも構わず女王はその聖像へと走り寄る。

 そしてその前に跪くと。


「ああ……やっとお会いできました」


 強固な鎧を脱ぐように、アルフヘイム女王はその立場や威厳などをかなぐり捨てて。

 その瞳から滂沱の涙を流していた……



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