そして魔窟へ……
「ヤバい……」
魔石灯に照らされた小さな禁書庫。書棚には禁書と呼ばれる絶対に店では売れない物が並んでいる。
それを売って何か起きたら責任問題だからだ。
天井には魔法陣が描かれている。禁書の暴走を封じている結界だ。お婆ちゃんが作ったものだろう。
これによってこの部屋ならば手に取ったり、閲覧しても問題はない。
結界が無かったら? 禁書の種類にもよるが、閲覧でもしようものならまず精神が壊れることは間違いない。
触った瞬間、本の中に引きずり込まれるなんてのはよく聞く話だ。
クロが定期的に掃除していたためか、驚くほど埃は少ない。
そうして観察しながら私に合う魔導書を探して見回していた。
私はそこで見つけてしまったのだ。
それは他の魔導書に隠れるように普通に本棚に入っていた……
木を隠すなら森の中ということだろうか……いや、むしろこの場合、灯台下暗しか……
慎重に手に取り、取り出して見てみる……
他の本より一段と強い魔力を放っている。だから私の目に留まった。しかし、それを私が使えることはない。
それは『白の書』だった。
背表紙は驚くほど純白。汚れ一つない。いや、それは汚れすら排除するほどの恐るべき純白だった。
「どうして……こんなところに!? しかも今見つかるなんて!」
最悪だ!! これではここに襲いに来てくださいといっているようなものだ。
ともかくもっと安全な場所へ。
と私が焦ったのを見て黒猫の目が光った。しきりにニャーニャー鳴いている。
「それは今取り出してはダメニャ。ここより安全な場所なんてないニャ。どうせご主人様には使えない代物ニャ。それよりも今使える物を探すニャ……だそうですわ」
言われた通り私には使えない。具体的に言うと認証されないのだ。認証されれば魔力経路が形成され力をもらえたり、逆に与えたりできる。要は使い魔のようなものだ。
気だるげにニャーニャー言うリリスもありだな……
そう思いながらも、確かにその通りだと思った。これほどの純白だ。
絶対に結界の外に出したらまずいことは容易に想像できる。おそらく認められた使用者なら別なのだ。
やはり白と黒は特別なのか……。アルヴィトは各属性に対応していると言った。属性の中でも特別視されているのが、光と闇だ。
ならば黒の書を見つけたとしても気をつけなくてはならない。その魔導書を見てそう感じた。
私は、言われた通りに白の書をそっと本棚へと戻す。
そうして私は他に使えそうな物を探す……
そして見つけた。
「これは……!?」
それは私が最初にお婆ちゃんから貰った魔導書だった……
当時、老齢ではあったが現役だったお婆ちゃんは誰にも『青の書』を触らせようとはしなかった。
それは一時、母に託した事があったせいでもある。お婆ちゃんは口をつぐみその詳細は聞かされていないが……
「貴女が『青の書』を渡したからでしょう!?」
ただそんな言葉をお婆ちゃんと口論していた父さんが吐いたのを、幼い私は聞いた。その後に父さんは出て行ったのでよく覚えている。
でも小さい私は、お婆ちゃんのちょっとした用事の隙を見ては青の書を手に取っていた。
例えば料理中、例えば睡眠中、例えば来客中……数えたらきりがない。
それは憧れだった。お婆ちゃんの冒険談を聞かされて育った私には当然のことだったのかもしれない。
きっとお婆ちゃんのようになりたかったのだ。
そうして怒られたことが何度もあったが、それでもやめない私にお婆ちゃんが代わりとしてこれをくれたのだった。
「そうか……取っておいてくれたんだ……」
お婆ちゃんが死期を悟ったとき『青の書』を私に託した。その後、お婆ちゃんが亡くなった悲しみなどでしばらくふさぎ込んでいたりして、いつの間にか失くしたと思い込んでいた。
「あれはババアの遺言だったニャ。いつか必要になるかもしれないからとしまっておくように言われたニャ」
それはクロ自身の言葉だった。依然として黒猫のままではあったが、これを手にしたことで少しは力が戻ったのかもしれない。
私はその言葉を聞いて決断する。
「そう……これにする」
私は『青の書・外典』を手にいれた……
それから私達は禁書庫を出るとアラネアの様子を見に部屋へと向かった。
アラネアは起きていた。しかし、まだこちらも辛そうだった。
「少し気分が良くなりました」
「そう。あまり無理をしないで」
「大丈夫です。完成しましたから」
そう言ってチェストから取り出したのは私が頼んでいた戦闘服。
「やはりご主人様のイメージに合わせた方がいいかと思いまして【青ノ魔女】シリーズです」
それにはアラネアの愛情が詰まっていた。私が頼んだのは修復だったが、それはもう新作だった。
青を主体にして銀と黒で装飾されている。
「感動のあまり泣きそうになった……アラネアありがとう!」
それを受け取りながら私の目がしらには熱いものがこみ上げていた。きっと青の書を奪われた後も作っていたのだ……体調が悪かったにもかかわらず。
「大袈裟ですよ」
そう言ってアラネアは微笑む。
それから少し辛そうにして……
「すみませんご主人様……。私は今回ついて行けそうにありません」
「大丈夫。それに私のせいだし、こっちこそごめん。大変だったよね。今は休んでいて」
「わかりました」
そう言うとアラネアはフレイアに支えられてベッドへ戻った。
続いてリリスから説明があった。
「ご主人様……。わたくし達は今はこの屋敷から出る事はできません」
「前の結界が護っているという件?」
「そうです。ご主人様が失った魔力はあまりに大きい……。今はその魔導書のおかげで多少マシにはなりましたが、それでもわたくし達三人が外へ出ればご主人様を殺しかねないほどです」
むう、それほどか、クロも死ぬかと思ったと言っていたしな。
「しかし、この場に私達が居ることでそれは緩和されているのです。できる限り早めの解決をお願い致します」
「うん。わかった。リリスもありがとう」
リリスの胸でニャーと鳴く黒猫を撫でる。
「もちろんクロにも感謝してる」
そして私はフレイアに向き直る。
「フレイア。悪いけど後のことをお願い」
エルフメイドは丁寧なお辞儀を返してきた。
「ご武運を」
「ありがとう」
皆にお礼を言って、私とツヴェルフさんとゴーレムさんは家を出た。
馬車の中でツヴェルフさんへアラネアから貰った戦闘服を渡す。
「ありがとうございます」
そう言って可憐に笑うツヴェルフさんだった。
それを羨ましそうに見つめているゴーレムさん、一応聞いておく。
「欲しいですか? マネキン代わりに戻る気がしますが……」
「ぐぬぬ。 ソニア、覚えとけよ!」
「……と言っています」
事実を言っただけなのだが、怒らせてしまったらしい。
そうこうしながらも私達は王城へと帰還した。
王城の会議室には皆が揃っていた。代表して散華ちゃんから声がかかる。
「ソニア……戻ったか。調子はどうだ?」
「はい。もう大丈夫です。皆様にはご心配をおかけしまして申し訳ございませんでした」
本当に謝りっぱなしだが、私は深くお辞儀をする。
「うむ。では席へ」
言われて私は席へ着いた。
ツヴェルフさんは藤乃の隣、散華ちゃん達の後ろへと戻る。ゴーレムさんはその肩の上だ。
それを見届けて散華ちゃんは続けた。
「これよりアストリア、アルフヘイム両国による本格的なダンジョン攻略へと移るわけだが、アルフヘイムの皆様は長旅の疲れはどうだろうか?」
「ええ、もうすっかり取れています」
そう言ったアルヴィトはこちらを見て微笑んだ。私は頷き返す。
うむ。私が凹んでいたのが、数日……ある意味私のおかげだな!
「では先延ばしになっていた歓迎と壮行会を兼ねた催しを明後日行い、さらにその明後日に出発とすることでどうだろうか?」
悠長にも思えるが、それだけ多くの兵が動くことになるのだ。そこには万全を期したいという思いが表れていた。
「我等から異存はない。よろしく頼む」
「わかりました。こちらこそよろしくお願い致します」
女王と散華ちゃんが話し合い、会議はそれで終了となった。
解散後皆が帰る中、私は散華ちゃんに呼び止められる。
「ソニア……少し待て」
「ん? 何? 散華ちゃん」
散華ちゃんの方を見ると、いつぞやの修道女の二人がいた。
「むっ……いつぞやの師匠の偽物」
「誰が偽物だ!」
赤毛は怒りっぽいな。隣の銀髪を見習うがいい。などと思っていると散華ちゃんから。
「まだ紹介してなかったと思ったのだが……。会っていたか?」
「会っただけです」
「そうか。この二人はアウラとグレイス。はっきり言ってしまうが、アルフヘイムでの断罪の剣の捕虜だ」
そう言われて二人がお辞儀したので私も返しておいた。
「ああ……なんだかそんな話を聞いた気もする」
なんだ捕虜だったのか……
ということはこの間会った時もイチャついていたわけではなかったらしい……
それはそれで残念だ……
「お前は……いや、色々あったからな。お前のことは話してある。そして二人とも話し合ったのだが、ダンジョンへ同行してもらうこととなった」
「ああ。そうなの? なかなかエグいことしますね。散華ちゃん」
これは戦争でよくある犯罪者に恩赦を与える代わりに矢面に立ってもらうということなのだろう。そういう刑罰とも言える。
私の言葉に散華ちゃんは苦笑する。
「そう言うな……正直残すのも不安があって手に余ってしまってな。かといって優秀な戦力を残しておけるほどの余裕は無い。二人の了承は得ている。というわけで二人をお前に任せたい。お前の直属の護衛となるだろう」
「ああ……そういうこと。わかった」
「うむ。では頼む」
散華ちゃんはそう言って蓮華姉さん達の許へと戻って行った。
私は二人に待ってもらって、後を追いかける。そして蓮華姉さん、散華ちゃん、藤乃へと預かった戦闘服を渡す。ツヴェルフさんにはすでに渡してある。
そこに居合わせたエリス、アリシア先輩にも渡すことができた。
「新作ですね……。ありがとうございます」
「ほう。これはお前のイメージか……感謝する」
「また私にも……。ありがとうございます」
それらは私のイメージをベースとしながらも個々のイメージにも合わせたデザインだった。アラネアの力作だ。
蓮華姉さん、散華ちゃん、藤乃と続いてエリス、アリシア先輩からも感謝される。皆が喜んでくれた。あとでアラネアに伝えてあげよう。
ただ今回は師匠には渡せなかった……それだけは気がかりだった。
私が戻ると二人のうちグレイスと呼ばれた銀髪修道女から挨拶があった。
「アイリーンの弟子だそうですね。ソニア様。よろしくおねがいします」
「よろしく宰相様」
それに続いた赤毛はアウラだ。二人とも美人である。通りで師匠と見間違えるわけだと納得した。
「こちらこそよろしく。だが、宰相様は止めてもらおうか……」
「では何と?」
「うむ。隊長と呼べ」
私はダンジョンへ行くにあたっては厳しくいくのだ。断じて過去の失敗は繰り返さない!
二人は少し呆然としたようだったが、私の意向に従った。
「了解しました。ソニア隊長」
「わかりました。隊長」
「うむ」
その後私は二人と話し合った。ダンジョンについて、連携について……
無意識に師匠の話題は避けていたことに私は気付いていなかった……
準備に追われて日は瞬く間に過ぎた。
王城の闘技場。
兵士達の前に立ったのは両国の王とその側近達だ。
代表して散華ちゃんが前に出る。その出で立ちは先日渡したアラネアの戦闘服。皆の戦意を鼓舞するためだ。
散華ちゃんは私のイメージと評したが、実際は彼女のイメージに、私のイメージの青がポイントとして少し入っている程度だ。
だがそれを上手く調和させたアラネアの手腕には脱帽しかない。
「アストリア、アルフヘイム両国の尽力により大規模なダンジョン攻略への準備は整った!」
その堂々たる様は決して隣に並ぶアルフヘイム女王に劣るものではなかった。
「これは過去に類を見ないほどの大規模な攻略部隊だ。だが、アルフヘイムの皆にはこのダンジョンが初めてという者も多いだろう……脅すわけではないが、過去多くの冒険者達がその地で散っている。アストリアのダンジョンは決して甘くはない!」
その言葉に聞き入る皆は真剣な表情になる。
「その点だけはしっかりと留意していただきたい。そして散って行った者達の為にも今回が最後の攻略戦となるよう皆の尽力に期待する!」
それは決意の表れだった。そしてそれはここに集まった皆の総意となった。
皆それを噛み締めるように一拍をおいてから「「おお!!!」」と気合の満ちた歓声が上がった。
その後皆に料理が振る舞われ、アストリアで最近話題の楽団の音楽や踊りが皆を楽しませた。
それは決してアストリアの権勢を見せつけたかったわけではない。人が多くなればなるほどどうしても目が行き届かない者も出てしまう。この中にはきっと帰って来れれない者も出てしまうだろう……
その事に対する贖罪のようなものが、その豪勢な酒宴には表われていたのだった。
因みに私は飲めません……クール美少女だから。散華ちゃんも飲めないはずだったが……
散華ちゃんが蓮華姉さんとアルフヘイム女王に酒で絡まれていました……
アルヴィトがそれをやんわりと止めてはいたが……あまり効果はなさそうだった。
その後ろでは護衛のブリュンヒルデがどうしたものかと困っていた。
その日はほどほどの所でお開きとなった。
案の定、翌日は体内に残った酒を抜くための一日だった者が続出した。
大丈夫か? と不安になったが、簡単な治癒魔法などで治療が行われた。
そうして迎えた出発の日。
ダンジョンの入り口である砦の前へと私達は集結した。
終結したのは先日の大部隊。
ダンジョン内は狭い場所もあり、あまりの大人数では逆に危ない。よって各班ごとに別れ、冒険者同様にパーティーを結成させた。
最終確認が行われた後に私達は石造りの巨大な門をくぐる。
各班は順次ダンジョンへと降りて行った……




