レプラプル
外の世界を知らない少年タロには一人だけ親友がいた。その親友は人間でもないし、他の生物でもない青い服を着た妖精らしい。彼らは『ここ』に居て、それ以外の場所を望まないと言うが……。
――キミは『ここ』から出てはならない。
ほんの少しばかり冷たい風が少年の頬に当たる。少年――タロは頑丈にそびえ立つ高い門を見上げていた。『ここ』がどこであるのかは自分は知らないそうだ。彼自身が知っていることは、一人の大人からこの敷地内から出てはいけないと強く言われていることである。
それが故に、彼は外の世界を知らない。タロが知っている世界はこのぐるりと彼一人を囲むようにして存在する庭付きの小さな家だ。
こんなこじんまりとしたところがつまらないとは思ったことはないらしい。庭にある一番大きな木にはブランコがあるし、小さな家であっても、地下の方へと向かうと――高い本棚、それにぎっしりと収まった大量の本があるから。それだから、彼は退屈をしたことがなかった。
ブランコに飽きたことはないし、地下の書庫の本は全て読み終えたわけではないから。じっくりと読むことが彼の生きがいでもあるのだ。
それでも一人だ。話し相手は誰もいないのが現状。しかしながら、彼には話し相手は存在する。彼と同様に生きた人間ではないのは確か。だからと言って、生きた動物でもない。
どうせならば、呼んでみようかと彼は思っている。その相手はタロが呼ばないと現れないのだから。
「おーい、レプラプル」
タロは庭にある一番大きな木に向かってそう誰かを呼んだ。だが、その相手は現れることはない。さわさわと木の葉が擦れる音しか聞こえないのだ。彼は現れるまで呼び続けるかと思われたのだが、そうではなかった。既に彼の話し相手であるレプラプルは現れているのである。
当然だ、レプラプルはタロしか呼ばない上に、『ここ』に居るのは彼しかいないのだから。彼しか見えない存在なのである。
そんな彼は謎の存在であるレプラプルのことについて教えてくれた。
まず、レプラプルは人ではない。妖精らしい。青色の服を着て、宙にふわふわと浮かんでいる小人サイズだそうだ。彼はどこに居るのかと思っていると、今はタロの頭の上に居るそうだ。
「レプラプルはぼくに懐いているからね」
レプラプルはタロのことが好きらしい。もちろん、それはお互いが思っていることであり、相手を嫌うということはない。
「本で読んだことがあるんだ。こういう風にして、仲が良いのは親友だって」
しかし、彼が見ているのは現実ではない。それに、彼には本当の親友は存在しない。何故ならば、レプラプルは空想上の存在だからである。現実に存在しないものを認めたとしても、結果としてそれは理想としか言いようがないのである。
もちろん、タロもそれを十分に理解していた。
「分かっているさ、レプラプルはぼくが作り上げた存在だって」
そう言う彼の目は憂いに満ちていた。認めるが、認めたくないという子供ながらの意地だろうか。自身の意見を貫き通したそうにしている。ほら、「でも」と言い訳を言い始めたぞ。
「ぼくが居なければ、レプラプルは存在しないんだ」
タロは空想の友情を選んだのだ。それに悔いは無いと断言していた。
「だから――ぼくは『自由』はいらないや」
――キミは『ここ』から出てはならない。
世界が『自由』であるならば、ここは『孤独』の世界だろう。
タロの言葉をしかと受け止めた『私』は彼に別れを告げると、『ここ』から立ち去ることにした。『ここ』にはもう用はない。彼は『自由』よりも『孤独』を選んだのだから。
「さよなら、おじさん」
「さようなら、タロ」
彼の気持ちを無下にできない。だから『私』は本当の事実を告げぬまま、『ここ』から立ち去る他なかった。