THE DEAD DAY
突如として町中をパニックに陥れた『それ』。逃げ惑う人たちの中にそれが気になっているカップルがいた。そんな彼らは……?
アメリカのパニック映画のようなものを作ってみました。大抵のそのような映画って主人公とヒロインは助かってキスエンドが多いですよね。
怒号と悲鳴の阿鼻叫喚。町中が大パニック。それは軍隊が出動するほどまでの大事件なのだ。もちろん、一組のカップルも逃げていた。
「ジュディ! こっちに!」
「待って、ヴィックス!」
ターコイズ交じりのグレーの目が特徴的なヴィックスがジュディと呼んだ女性――ジュディアンヌの手を引いて走っていた。彼らは何があって町中が大騒ぎをしているのかは分からずにひたすら軍隊や警察の指示に従って逃げているだけなのである。
《急いでください、今すぐにブロッケージョンストリートの半径五キロから逃げてください》
放送を聞く限りだと、そのブロッケージョンストリートに混乱の根源が存在するようだった。それが気になってくる二人は顔を見合わせる。
「ねぇ、ヴィックス。なんで私たちは理由も知らずして逃げているのかしら……?」
「それは僕も思っていたことさ。だけれども、確かめたくても危険だからって彼らが許すはずもないさ」
そう、軍隊と警察たちはそのブロッケージョンストリートに民衆を近付けさせないようにして、道路の規制をし始めているようである。その通りへと行こうとする車両すらも止め、運転手を引きずり出して逃げ行く者たちの後ろへと着かせているのだ。
これでは何が何だか分かるはずもない。もちろん、二人だって。
「どうしよう? 彼らの言う通りにした方が良いのかしら」
「それが賢明だろうね。さ、こっちに行こう。もうすぐ僕の家だ。そこなら、ブロッケージョンストリートの半径五キロも離れているからね」
「……そうね」
ヴィックスの言葉にジュディアンヌは頷くしかなかった。
◆
その頃、ブロッケージョンストリートの道路のど真ん中には奇妙な生物が立っていた。姿形としてはサメのようであるが、生物学上にサメは軟骨魚綱板鰓亜綱に属する魚類のうち、鰓裂が体の側面に開くものの総称のことである。そうなのだが、このサメは違った。人間のような足をしているのだ。
顔はどこからどう見ても、どこか凶悪的であるホオジロザメ。なのに、足がある。
この生物、不気味以外の何物でもなかった。
◆
「悪いな、ヴィック」
ヴィックスのことをそう言うのは、彼の友人でもあるひょうきん者ゴージャだ。ゴージャも逃げていたところを二人と合流したのである。そして、そんな彼の傍らには「本当感謝しているわ」誰もが美人だと断言するほどの美貌を持つフィーリーだ。
「私たち、どこに逃げたらばいいか分からなかったのよ」
「ゴージャもフィーリーもブロッケージョンストリートに住んでいるからね。いいよ、四人適当に寝床を作ればいいんだからさ。幸い、僕の家にはベッドやソファはもちろん、ダイニングテーブルもあるからね」
なんて彼はゴージャに影響されたのだろうか、それとも顔見知りがこんなにもいるから安心しているからなのだろうか。ヴィックスは少しばかり冗談を交えた。
それに答えるようにして、茶化した態度を取るのが友人ゴージャの役目でもある。
「オイオイ、テーブルクロスだけじゃ腰が痛くなるぜ?」
「安心しろ、今日はクローゼットの中身を空にするつもりだからな」
それに関しては任せてもらおうか、とヴィックスはクローゼットの中に掛けられていた衣類をハンガーから取り外すとダイニングテーブルの上に乗せた。その彼の行動に三人は肩で笑っているのだった。
◆
その日の夜、ヴィックスたちは特にテレビのニュースにも注視せずして眠りについた。寝室のベッドには彼とその恋人であるジュディアンヌが。リビングのソファにはフィーリーが。そして、寝つきが悪そうな寝床であるダイニングテーブルにはゴージャがいびきをかいて寝ていた。
そんな静かな彼らの家に招かざる者が忍び寄ってきていた。
玄関のカギをいとも簡単に開けることに成功させる。ガチャリと開けられる音とともに一番近いところで寝ていたゴージャが目を覚ました。
「……何だ?」
音がした気がしたが、おそらく誰かがトイレに行くために起きたのだろうと考えると、再び目を閉じた。
それはゆっくりと彼の方へと近付いてきているのだが、彼はまだ気付いていないようである。
それの正体はサメの顔をした奇妙な存在。あのブロッケージョンストリートのど真ん中にいたサメとは言い難い生物だ。それは彼を見てよだれを垂らした。ゴージャを見ていて、何を思うのか。
「……んん……」
水滴が垂れてきたと、また目を擦りながら違和感がある左頬に触れた。それはネバネバした何か。正体など知る由もない。
「何だよ、これは」
ダイニングテーブルの上で寝ているから調味料か何かでも付いてしまったのだろうか。いや、そうだとするならば、少しおかしいぞ。ゴージャはベッド代わりにダイニングテーブルの上で衣類をマットレスとして敷いていたのだから。
「はぁ?」
おかしなことと寝起きのせいで上手く思考が回転しない彼の顔にまたしてもネバネバの何かがやってきた。気味が悪くて声を出してしまう。上から落ちてきた?
ゴージャが肩眉を上げて天井の方を見ると――。
「ぎゃぁああああああああ!?」
◆
誰なのかは分からなかった。それでも、悲鳴で目を覚ましたのはフィーリーである。眠たい目を擦りながら「どうしたの?」と声がする方に呼び掛けた。
だが、そこから返事が返ってくることはない。
「ねえ、どうしたの? ゴージャ?」
声がする方はダイニングである。それは即ち、ダイニングテーブルで眠っているゴージャが声を発さなければおかしいのだ。
「……えっ、な、何なの……?」
反応は無し。いくら、呼び掛けても彼の返事は無かった。それが不気味に思う彼女は空になったブランデーの瓶を手にしてダイニングの方へとゆっくり歩み寄る。
「ご、ゴージャ……? 起きているの?」
彼は四人の仲間内でも一番のお調子者である。こんな不安な夜に自分たちでも脅かそうとしているのだろうか。そうだとするならば、笑えない冗談である。
「ね、ねえ、ゴージャ。下手な冗談はやめてよ。ただでさえ、私怖いんだから」
そっとフィーリーがダイニングを覗くと、そのテーブルの上には誰もいなかった。一体ゴージャはどこに隠れたんだろうか。
「ゴージャ?」
ダイニングテーブルの下を覗いてみた。だが、そこに彼が隠れている訳でもなかった。それならば、どこだろうかと彼女が少しだけパニックになっていると、右手に何かが触れた。
「……水?」
暗くてよく見えないが、液体であることは確かなようだ。
とにかく、電気をつけて見てみよう。彼女が手探りの中で電気のスイッチをつけると――。
絶句するしかないのだ。ゴージャのいないダイニングテーブルは悲惨とでも言えるようなおびただしい血の跡があったから。そして、フィーリーが右手で触ったものも――。
思わず一歩だけ後退りした。それに伴って、足に生ぬるいものが当たった。それが気味悪くて、そちらの方を振り返る前に真後ろを見た瞬間――。
「きゃぁあああああああああ!?」
◆
ただ事ではない気がした。フィーリーの甲高い声がヴィックスたちが眠る寝室まで聞こえてきていたのだから。
「ヴィックス……」
「……僕に任せて」
ジュディアンヌを守るため、ヴィックスは持っていた自動小型拳銃を手にしてゆっくり、ゆっくりとドアの方へと歩み寄った。ただならぬ気がドアの向こう側からやって来ている気がして堪らない。
「……ふー……」
気持ちを何とか落ち着かせないと、どうしようもなかった。
大丈夫だ、自分たちには拳銃という素晴らしいアイテムがあるから。
彼はこの時、自国の法律に感謝していた。もしも、拳銃を持つことを禁止していたならば、自己防衛なんてできやしない。そのまま、黙って死に逝くのを指くわえているぐらいしかできないのだから。
ヴィックスはもう一度だけ深呼吸をすると、寝室のドアを開けた。暗がりの部屋からダイニングの方の明かりが差し込んでくる。
薄気味悪い音を立てながらドアが開くと――。
「うわぁあああああああ!?」
「いやぁあああああああ!?」
そこには口周りを真っ赤に染めたサメが。瞬時に自分の家で何が起きたかを把握した彼は小型自動拳銃の引き金を引いていった。奇妙な生物の足元には見覚えのある者たちが赤く染まっているではないか。
「お前っ! ゴージャとフィーリーを!!」
自分の友人を――許さんとして、ヴィックスは弾切れになるまで引き金を引いたのだった。
発砲音、火薬臭が辺りに漂わせているのだが、不気味なことにその怪物に拳銃は効かなかった。頑丈過ぎる皮膚だからかは分からないが、傷一つも付いていないのである。撃った弾は床に転がっている。
この現状を見て、これからどうなるのかを理解した彼は「ジュディアンヌ!」と声を張り上げる。
「君だけでも逃げろ! 早くっ!」
ジュディアンヌのためならば、自分の命は惜しくないとして彼はサメのバケモノの前に立ちはだかった。ここを通りたければ、自分を倒せ。だが、その前に彼女は助けを求めて逃げるだろうから。
しかし、その考えがそれに通用することは無かった。お前は邪魔だと言わんばかりに、ヴィックスを押し退けて彼女の方へと近付く。
「ジュディ! 逃げろ!」
何としてでも止めなければという意思の下、サメを押さえつけようとするヴィックの力はそれには敵わないようだった。彼を振り払い、腰を抜かして怯えているだけの彼女に対して大口を開く。
死にたくない。そんな思いがあったのだろう。彼女は何とか立ち上がって、歯の攻撃から間一髪で免れることに成功した。
助けを呼ばなければ、と走って部屋の外へと行くのだが、急激に視界が真っ暗になって――そこで彼女の意識は無くなってしまったのである。
ヴィックスが何かを叫んでいるのは聞こえているが、その何かが彼女の耳に届くことは無かった。
◆
《速報ニュースです。今日、メーゼン街ブロッケージョンストリートにサメのバケモノが現れました。これまでに被害者は三十六人、内死者は二十人に及ぶとされています。このバケモノの被害は深刻なまでに拡大しており、政府は本日十九時よりメーゼン街の立ち入りを禁止したとのことです。近隣の住人の方は決してメーゼン街に近付かないようにしておいてください。尚、ニュースは欠かさず、確認してください。あなたの命にかかわることです》
――某日十九時十五分の速報ニュースより。




