風の手紙
あなたが心の中にしまい込んでいる気持ちはそのままでもいいのでしょうか。気持ちを表したい、そう思いませんか。とある森に住む二人の少年少女たちが、あなたがさらけ出したい気持ちを手紙にして読んでくれます。そうして、誰かは胸の奥でつっかえている気持ちをスッキリにするのです。
小さいですが、互いの気持ちを伝えるほっこり恋愛のお話です。
風の手紙って知ってる? この森で一番大きな木の葉っぱその物がその風の手紙になっているんだ。それらは世界中の人々の思いが込められた手紙であり、それを読み上げて木に聞かせるのが彼女だ。現在彼女は元気に木の上に登ってこちらに手を振っている。
おっと、申し遅れた。ぼくの名前はグランっていうんだ。そして、木の上に居る赤みのかかった髪をしている女の子がミレイ。ぼくたちは幼い時からこの森に住んでいるんだ。だからと言って、ぼくと彼女は兄妹でもないし、遠い親戚でも何でもない。いわゆる赤の他人だ。
「グラン! 今日の分のお手紙取ったよ~!」
ミレイはにこにこと似合う笑顔で木から降りてきた。彼女の手には数枚の風の手紙が握られているようである。だが、その葉っぱには何も書かれていない。それをぼくは一度だけ指摘したことがある。手紙と呼ぶ割には何も書かれていないじゃないか、と。
そうしたら、彼女はなんて言ったと思う? こう言ったのさ。
「読めるよ。わたしはこの手紙を通して、色んな人たちの心の中を知っているの」
だってさ。だけれども、ミレイには魔法なんて使えやしない。扱えやしない。それは自他ともに認めている。
これは憶測に過ぎないけれども、ぼくはミレイ自身が持つ特別な力だと思っている。思っていたとしても、周りに本物の魔法使いが居るわけでもないから、確認しようがないんだけれども。
ぼくは風の手紙を見てわくわくとしているミレイの方へと近づいた。
「今日はどんな気持ちが書かれてるの?」
「んーとね、楽しい気持ちと嬉しい気持ちに……あと二つは――読んでみないと分からないかも」
これまた珍しい風の手紙が出てきたものだ。いつもならば、彼女が手紙に触れただけでどんな内容が書かれているのか瞬時に判断できるというのに。それだけ複雑な手紙内容だろうか。
「そっか、それじゃあマザーに聞かせてあげなよ」
「うん」
ぼくたちは目の前にある大きな木のことをそう呼んでいる。ぼくたちのようにして口が利けるわけではないにしろ、まるで本物のお母さんのような優しさがあるのだ。ほら、こうして木の幹に寄りかかるだけでもマザーがぼくたちを守ってくれているみたいで、すごく安心感があるんだよ。
「マザー、一つ目を読むね」
柔らかな風がマザーに音を立てる。返事をしているような感じだ。
「魔法の修行をして、とても厳しくてつらいけれども、魔法が成功した時が一番嬉しいです。だってさ」
「ふーん、魔法使いの見習いの子かな?」
「そうだと思うよ。でも、凄いよね、その子。わたしたちに魔法の力は無いから……」
その通り。ここにはぼくたち以外誰も住んでいないのだ。二人だけでここで暮らしている。だからこそ、魔法を教えてくれる師匠はいない。そもそもが、この森に人は寄りつかないということが多いのだけれども。
ミレイは苦笑いをしながら、わたしたちも使えたらばいいよねと羨ましそうにしていた。どちらかというならば、ぼくは彼女の方が羨ましいとは思っている。何故って、先程も言ったようにして彼女には風の手紙を読むという特別な力を持っているからだ。ぼく自身、何かしらの力は存在しない。要はただの一般人だ。
「じゃあ、次のを読むね」
コロコロと話題を変えるのも彼女の癖もでもある。転んで泣いたかと思えば、いつの間にか泣き止んで笑ったりしているんだ。それは逆もまた然りで、笑っていたかと思えば、急に怒ったりする。面倒臭いと思うかもしれないが、それがミレイの性格だと思っているよ。
「昼は庭の畑のお世話をして、夜は好きな本を読む。とても充実した毎日を過ごしています。楽しいです、だって。畑かあ。わたしたち、そういうのをしたことがなかったよね?」
「そうだね。というよりも、しなくても野生で生っている果物がいっぱいあるじゃないか」
今ぼくたちが居るところに果物の木は生っていないけれども、ここから少し奥の方へと行くと、小さな湖の周りに色んな果物の木が生っているのだ。それらは甘酸っぱくてとても美味しいんだよ。もしも、ぼくたちが暮らしている森に来たらば、食べてみてね。きっと、みんなも気に入るからさ。
「でも、ここには本が無いよ」
なんてぼくが考えていると、それを遮るようにしてミレイがそう言った。それは事実でもあるし、どうしようもない問題だ。この森に本という物や概念はない。文字に触れられるのは風の手紙を読める彼女だけであるが、これは果たして文字に触れていると断言していいのかとなると、甚だ怪しい。
何故ならば、風の手紙は人の心の中にある気持ちだからである。読めないぼくが見たとして、そこら辺に落ちているような葉っぱにしか見えない。だからである。
しかし、彼女はそういうことを気にせずして、残り二枚の手紙に着目した。これらは複雑な気持ちだと言っていたものである。一体、どんな人が気持ちを露わにしているのだろうか。
「今の生活に満足しています。別に外の世界を知らなくてもいい、世間知らずとののしられてもいい。こうして、いつまでもこの生活が続きますように……だって……」
「ふぅーん?」
その気持ちを手紙に込めた人はぼくと同じ気持ちを持っているんだな、と率直な思いが頭に浮かんだ。ぼくだって、そうなんだ。こののどかな生活が気に入っているから。この森に住む動物たちと楽しく過ごして、ミレイが読み上げる風の手紙をマザーと聞いて――とにかく、今を壊したくないんだ。
だからこそ、ぼくは今に感謝をしている。
『ありがとう、ミレイ』
ぼくの心の中と彼女の言葉が合わさった。これに驚きを隠せないのも当然だ。ミレイの方を見た。彼女は手紙を見た後、ぼくの方を見てきた。
「……この手紙、グランのだったんだね」
「う、うん……」
この場の妙な空気が耐え難く、ぼくは彼女に最後の手紙を読んで欲しいと話題を変えた。それもそうだ、と彼女は「分かった」と言うと、残りの風の手紙を手に取った。
だが、これだけはいつもと違ってまだぼくの方をミレイは向いていた。ややあって、開く彼女の口。
「いつも、わたしのそばにいてくれてありがとう。おかげで、一人じゃないから寂しくないよ」
その言葉にぼくは硬直してしまった。ここの時間が止まった気さえもする。
「グラン、わたしもありがとう」
彼女はそう言うと、ぼくの頬にキスをした。途端に風が吹く。マザーがぼくらをからかっている気がした。でも、今は全然恥ずかしくない。
風の手紙って知ってる? この森で一番大きな木の葉っぱその物がその風の手紙になっているんだ。それらは世界中の人々の思いが込められた手紙であり、それを読み上げて木に聞かせるのがミレイであり、それを静かに聞くのはぼくなのだ。
そんな風にして人々の心を大事にするのがぼくらの役目でもある。