銀色のハリボテオバケ
※以前に投稿した事のある作品です。
私は友達との待ち合わせの最中に『それ』を見てしまった。それが原因かと言われると、そうであるかは分からない。知らない。だが、もしも、『それ』を見なかったとして、視線を合わせなかったとしたならば、どうなっていたのだろうか。それも結末すらも誰も知らない。『全てにおいて何も分からないし、知らない物語』である。
私ができることはひたすらに逃げるしかなかった。警察も他の大人も頼りにならない。信じられるのは己の持久力のみである。そう、私は現在とんでもない化け物から逃げているのである。何故にそのようなことになったのか、その話をするのは少し前に遡る。
私は友達とショッピングモールで遊ぶために、そこの広場のベンチで待っていたんだ。必死に親に頼み込んでようやく手に入れたスマートフォンを手にして。私の友達は少し遅れてくるからという、謝罪文を送ってきていた。それくらいのことで私は不貞腐れたりしない。何故って、きちんと遅れるという報告をしてきているからである。してこなければ、私とその友達の関係はそこで終わっていたのかもしれない。というのは、少しばかり大袈裟過ぎたか。どちらかというならば、仲が険悪になるくらいだけだ。
まあ、そのようなことは置いといて。先程から気になることがあるのだが、口にしてもいいだろうか。
その気になるというのは、私が座っているベンチの向かい側にいる『何か』である。人ごみに紛れるかのようにして、そこにたたずんでいるのだ。その『何か』はやたらでかい銀色のハリボテオバケであり、いつからそこにあったのかは知らない。お店か、ここのイベント用のものかと思っていたのだが、何かが違う。何が違うというのかは、違和感が半端ないという事と言っても解らないだろう。だとしても、解って欲しいこの奇妙な恐怖感。ハリボテオバケは二つある白い目をこちらに向けている。そこから地味に視線を感じるのだ。そちらを見ていて、視線が合っていると感じるのだ。
とても不快感に思うそれ。私自身が見られているという嫌な気分になったところで、視線が合わないような別のベンチに座りなおしてスマートフォンを弄る。友達は今家を出たそうだ。それならば、あと三十分ぐらいでこちらに来てくれるだろう。
さて、友達が来たならば、どこへ行こうか。あそこの服屋にでも行こうか。アクセサリーショップを冷やかしに行くのも良いし、何だったらば、ゲームセンターで遊ぶのも良いだろう。お腹空いたらば、フードコート内でたこ焼きでも買って食べよう。
そうしようと、私が顔を上げた時だった。
私自身が移動したはずなのに、少し離れたところで視線を合わせにくるようにしてあの銀色のハリボテオバケは居た。思わず私はでかい銀色のハリボテオバケがあったはずの場所を見た。そこには何も無かった。代わりにギャル系の女子高生たちがバカ笑いをして歩いているだけ。
私はもう一度目先を見た。やはり銀色のハリボテオバケはそこに居る。そして、心なしか移動した? 私に近付いてきている気がして堪らない。
気のせいか? それともただの自意識過剰か。そうであって欲しい。
私は目をつぶって頭を振った。これが気のせいでありますように。目を開けたらば、銀色のハリボテオバケは明らかに近づいてきていた。その事実に目を見開く。
この広場に居るということが怖くなった私は立ち上がった。そうだ、待ち合わせ場所を変更しよう。恐ろしいと思う銀色のハリボテオバケに背を向けて、早歩きで移動する。その際に友達に待ち合わせ変更のメッセージでも送ろうとしたいのだが、それはできなかった。
圏外だったからだ。人が多くなったから、電波でも混雑しているのか? それは違うようだ。先程すれ違ったリーマン風の男の人は普通に通話をしているから。それ以前に、多勢は歩きスマホをしている。電波がよろしくないということではないようだ。誰も顔を難しそうにしていないから。手を止めないから。
私だけなのかという不安を胸に抱きながら、フードコートにやって来た。まだ昼前ということもあってか、人気はあまりない。お店も開いていない。そこは仕方ないか、と窓際のカウンター席に座ってスマートフォンを見た。やはり電波の入りが悪いらしい。圏外だ。
友達は今どこに居るのか、と小さくため息を吐いた時だった。窓ガラスに何か大きな物が映っていることに気づいた。瞬時にしてそれが何であるかを予想できてしまう私がいた。そうでありませんようにという切望とそうであった場合の恐れに挟まれた好奇心によって顔だけを後ろ向けた。
あれは居た。白い眼玉をこちらに向けていた。
人ってあまりの驚きと恐怖の時って声は出さないんだなと思う反面、今すぐにその場から逃げ出した。私が回り逃げようとした時、その目玉はこちらを追っていたのは絶対に気のせいではない。
そう、銀色のハリボテオバケは私を追い掛けているのだ。それで判ったこと。走って逃げている時、後ろを見れば必ずそいつは存在しているのである。一定の間隔を忘れずに、振り切ったとしても絶対に私が見えるようなところに視線を向けているのだ。
それ以前に、周りの人たちはどうして気づいていないのだろうか。あんな馬鹿でかいものが点々と移動しているはずなのに。モール内を全力疾走に近い程本気走りをしている私にも目をくれていない。走りながら、この二つの疑問が出てきて思った。さっき、警備員さんともすれ違った。なのにだ。
「だ、誰か……! た、たすけ、助けて!」
恥ずかしながら、声にも出してみた。結構大きな声だと思っているのに、誰もこちらも見向きしない。かくなる上は――。
私が向かった場所はインフォメーションだった。
「す、すみませんっ! 助けてください!」
急き切っているのに、ただ事ではない雰囲気を出しているのに。こちらを見ようとしない制服を着たお姉さん。
「あのっ、すみません!」
もう一度声を掛けてみることを試みる。それなのに、後からやって来たおばさんの対応をし始めた。おばさんは私を押し退けた。謝りも無しに。お姉さんもわざとかは定かではないが、おばさんの設問だけを応答している。
後ろの方を見た。銀色のハリボテオバケは相変わらずいる。私はしびれを切らした。
「あのっ、ホント助けてくださいよ! そこに変なでかいヤツがいるんですけど!!」
ああ、私って結構声出るんだなと冷静に思ってしまっていた。
それでも、インフォメーションのお姉さんは――気づかない? いや、気づいていない。
私の声と姿が見えていない?
また後ろを向いた。それは私のすぐ後ろにこちらを見下ろしていた。私は声に出してその場から逃げ出した。走っているから、よく見えないスマートフォンの画面を見た。時間からして、友達はあの広場に来ているはず。友達に助けてもらわなければ。
これ以上までに無い、スピードでエスカレーターを下りていく。その下がちょうど最初に私が友達を待っていた場所になる。ほら、見えた。少しばかり、申し訳なさそうな顔をした友達が。
「おー……」
友達に「おーい」と声を掛けた時だった。その友達もこちらを見て「おーい」と笑顔でこちらにやって来る。
笑っている場合ではないのだ。今の私の顔はどうなっているのだろうか。
「逃げるよっ!」
私が友達の手を掴んで逃げようとしたはずである。とんでもないことが起きた。友達の手が透けるようにして、掴めなかったからだ。更に衝撃的な事実を突きつけられる。
「遅いよ、もー」
聞き慣れた声。そりゃそうだ、その声は『私』だったのだから。
「ごめん、ごめん。アラームのセットし忘れ」
「まー……今日はここでブラブラするだけだし、良いけどね」
友達は『私』とどこかへと行ってしまった。その代わりに来るのが、その銀色のハリボテオバケである。
状況が状況なだけに、飲み込めなかった。把握できなかった。何が起きているのか。何がどうなっているのか。ただ一つ言えることと言えば、この気味の悪い銀色のハリボテオバケから逃げなければならないということ。
何とか思考を回転させて一つの結論に辿り着いた。このショッピングモールから逃げる。家にダッシュで帰る。私にはその選択しかなかった。幸い、私の家はそこまで遠くない。あの『友達』も『私』も自転車で来ているから。
私は一目散に出入り口の方へと走った。走っても追い着いてくるならば、それよりも早い自転車ならば流石のそれも追い掛けてくることはないだろう。
それが甘い考えだったらしい。
出入り口の自動ドアのところへとやって来た私なのだが、自動ドアの癖にして開かなかった。一瞬それが壊れているかと思ったが、そうではないらしい。
外から頭がお花畑っぽいカップルが入ってきたからだ。それを利用して、私は逃げることを試みるのだが、見えない壁によって外に出ることは叶わなかった。銀色のハリボテオバケを見た時よりも、インフォメーションのお姉さんたちがこちらに気づいていない時よりも、友達に気づいてもらえない上に触れることすらできなかった時よりも――どんな時よりも思考が完全に止まってしまった。何も考えられない。
ショッピングモールからすらも出られない。
後ろから嫌な気配を感じ取った。それは振り返らなくても解るからこそ、その場に座り込んでしまった。外からは少し腰が曲がったおじいさんが入って来る。私をすり抜けて。
これから私がどうなるのかは分からない。だけれども、一つだけ分かることがある。
それは、誰にも私という存在は気づいてもらえないということである。




