己の正体を知った者の末路
信じたくなくても、瞳が映す己の姿こそまさしく真実の鏡。『私』はその真実の鏡で自身の本当の姿を見た時、何を思い、どう行動するのか。
――どうして、こんなところにいるの?
私が後悔する度にその言葉を思い出す。×××、私に対してそう言葉を投げかけたのは彼女が最初で最後だった。
私は自身の意思でこの場を動くことができない。それも一生もの。自我が芽生えた時からずっとそうなのだ。何とも悲しき存在であろうか。×××が来てくれなければ、私はどうしていたのだろうか。
そうだとしても、今でもどうにかなりそうだ。気が狂いそうだ。
彼女はもう私のところへ来てくれないのだから。いや、この言い方には語弊があった。
×××はもう私のところへ来ても、声をかけてはくれない。
私はこの世に存在しないものだ。だから、彼女の目に私は映ることはない。それは、本当は最初から映ることはなかったのだ。おそらくではあるが、何かの手違いなんだと思う。見えないはずの私を彼女の目にはっきりと映っていたようだから。
くりくりのグリーンが交じった薄めの碧眼。何ともかわいらしい目だろうか。その目はまるで鏡のようにして、私を映し出していた。
この時に初めて見た私の姿。
×××のようにして、人ではない。たまに見る空を飛ぶ動物でもない。だからと言って、足の速い四足歩行の動物でもなかった。
何故に私がそう判断できるかというと、これはただの憶測に過ぎない。
私も人間だったからだ。
それを知って、今にも狂いそうな私が起こした行動は何であるか解るだろうか。答えは簡単だ。
彼女を愛したのである。×××は動かなくなったその体を冷たくしていた。これは誰が悪いのか――解るか。
誰も悪くはない。そう、それは私も×××も。
それがこの世界だ。




