死の森の日常にて
※この作品は以前に投稿した事のあるお話です。
この世の中、想像がつかないことだらけで何が起こるのか分からない。
王国騎士団として市中の見回りの仕事を命じられていた主人公クラウディオは国王の命令で誰もが近寄り難く、入ることを恐れられている『死の森』の監視役として異動となった。そこで出会った一人の少女ベティとともに共同生活をすることとなる。その死の森では魔物や精霊、女神たちが存在しており、彼女を通じて仲良くなるのだった。
これはそんな彼らのとある一日のお話である。
世の中何があるのか分からない。
例えば、王国騎士団として働いていたのはいいが、急に異動されてしまうとか。
その異動を強いられた場所から最寄りの町まで百キロ離れているとか。
その場所は猟師や国の強者共が恐れをなす『死の森』と呼ばれているということとか。
その死の森のずっと奥の奥深くには魔女がいるとか。
その魔女の本当の姿は――俺にとってメチャクチャタイプの女の子であったとか。
これは人が入ってこない森の中に住まう二組の男女の物語である。
「朝だよ、クラウディオ。起きて」
そんな声に俺は目を覚ました。ぼんやりと天井を眺める。誰かが窓を開ける。爽やかな朝の風が入ってきていた。
思わずそちらの方を見ると、そこには薄い金色のロングヘアーにくりくりの緑色の目をした少女――ベティがいた。彼女は俺のこと――クラウディオの同居人である。
同居人と言ってもベティは俺の兄妹でも何でもない。ましてや恋人同士でもない。こちらにその気はあったとしても向こうは全く無いだろう。
「朝ご飯出来ているよ。顔洗ってきて、食べよう」
年頃の娘だというのに、全くもって俺に対する危機感の無い子だ。赤の他人だというのに寝間着でやって来るとは。
「……今起きるが――ベティ、お前は着替えてから来い」
「え~? 何で? ご飯食べてから着替えない?」
「そうだが――」
彼女が着用している寝間着は性的な目で見れそうなものと言う訳ではないが、健全な男性諸君は興奮したりしないかい? 俺はする。もっとも、ネグリジェなんて着てこられたあかつきにはエロ猿に早変わりだ。それだけ――というよりも、それが普通に俺だ。
だが、その変態的な嗜好――失礼、思考はベティには覚られないようにして隠している。
そもそも、性的欲求自体が見当たらない女の子だからな。
「ほらほら、早く顔洗って来て! 私、お腹空いたから!」
彼女はどちらかというならば、食欲の方が旺盛である。
さて、俺はさっさと顔を洗ってダイニングテーブルへとついた。しかし、ベティは俺を待たずして先に食事をしているではないか。いつもの光景であることは間違いあるまい。
何とも言えない表情を浮かべつつも、自分の席に着いて朝食にありついた。
「ねえ、クラウディオ。今日は何をするつもりなの?」
「今日か?」
昨日の残り物である野菜スープを口に運びながら今日の仕事内容を考える。
「……いつもと変わらない見回りだな。ベティは?」
「私? 私はねぇ、いつも通り魔石集めかな」
「そうか」
そう、ベティはこの国の魔法使いが必要としている魔石を集める役目としてこの森に住んでいるのだ。更に、彼女だけがそれを見つけて、集めることが出来るのだ。
他の人間は魔石を見つけられない。彼女曰く、「魔石たちに好かれているみたい」と満更でもない様子で教えてくれた。
俺としては魔法なんて使わないから「ふーん」としか答えようがない。
ベティより一足先に食べ終えた俺は自分の分の食器を洗い、王国の騎士団の鎧を身に纏い、剣を腰に提げた。
いくら、監視員が俺だけだとしても毎日の見回りは欠かせない。何故か、この森は隣国との狭間にあるのだ。もしも、この森を利用して侵攻しようとしているとあらば、俺の監督不届きとなり、首を刎ねられるのが目に見えている。
だからこそ、怠ることはない。
だからこそ――本当はベティ、俺にとってメチャクチャ好みの子だというのに、あまりにも純粋過ぎるから襲えない。イチャイチャしたいんだけどなぁ。ほどよい大きさに育っているおっぱいに白く透き通るような肌。ああ、あの子がもう二、三歳年がいっていればな!
そんな俺は欲望丸出しながらも森の中を歩く。ここは死の森。猛獣なんていることはざらにある。ほら、目先に現れた! 人々を襲いかねない鋭い牙に尖った爪。全身毛むくじゃらのそいつは――。
「おう、クラウディオじゃねぇか。今日の夜、暇なら切り株の所に来いよ。酒を飲もう」
友好的な魔物である。初めて会った時は戦ったりもしたが、今では――。
「酒か! いいねぇ、ここ最近飲んでいなかったんだ。行くよ」
月夜の下で酒を飲み交わすほどの仲に。
魔物は絶対悪として教えられていた俺はここに来て常識を覆されてしまった。これもベティのおかげだと言う。彼女は森の中の動物や魔物たちと仲がいい。そう、彼女と言う仲介者がいるからこそ、俺もこの友好的な魔物とここまでの関係を築けたのだ。
まあ、このことを王国側に知られてしまえば、俺もベティも――この森も焼き払われるんだろうけどな。
俺は魔物と約束を交わし、再び森の中を歩き回る。
川の方へと出てきた。ここら辺は精霊が住むことが多い。ほら、耳を澄ませていると――下手くそな歌声が聞こえてくる。これが精霊たちの本当の実力だ。
精霊の歌声は楽器のように美しいと揶揄されているが、それはとんだ大間違いである。彼らを知る者――即ちベティやあの魔物であるならば、そのように聞き取れる音はただの錯覚だそうだ。
「クラウディオは~、実はへ~んたい。――やあ、今日も見回りかい?」
それともう一つ。精霊どもはいい奴らではあるが、超絶失礼な連中でもある。元がイタズラ好きでもあるからだ。
「よう、毎日が見回りだ。音痴」
だから、俺もそれなりに言葉を返してあげる。向こう、さほど気にしていないようだけどな。
「あいつから聞いたぜ。今日、酒盛りするんだろ? 僕たちの最高な歌を聞かせてあげるからね」
「来るのは構わんが、下手くそな歌は止めろよ。酒が不味くなる」
「そう言われると、絶対にしてあげるね!」
酒マズ決定。別に嫌という訳ではない。話は楽しいが、やることは楽しくいないんだがな。
俺は適当に精霊たちをあしらい、川下の方へと歩いて行く。すると、その先にはため池があった。そこに来ると、池の中心からは眩しいほどの綺麗なオーラを身に纏った女神様が現れた。彼女は全裸で立っているが、局部の所だけは必ず髪の毛に隠れていて見えない。いや、見ようとしている訳ではないのだが。
「おはようございます、人の子よ」
「あっ、おはようございます。何かあったんですか?」
そう、女神様が自ら池から現れるのは至極珍しいこと。きっと、森の中で何かあったに違いない。ならば、俺の役目だ。この時のために鍛錬は少しばかりサボっていたこともあったが、ある程度はやれる。
一対複数になると、負け確実だけども。
「何か――何かと言われますと、そうなのですが――人の子が出るほどではありません」
「そ、そうですか? それでは、何故に俺の前にお姿を?」
「…………」
俺の問いに答えてくれない。答えない、と言うことは口に出せないということ。言葉で気付くというのではなく、この行動で感付けと言うこと。
さて、女神様は一体何を――。
なんて考えていると、彼女の後ろの方から水の音が聞こえてきた。パシャパシャと音がしているが――動物が水でも飲みに来たのだろうかと女神様の後ろの方を覗いてみると――彼女はそれを阻止してくる。
「…………」
相変わらず、何も言ってこない。どこか挙動不審の女神様。何か、俺に隠しごとでも?
「……ひ、人の子よ、森の巡回に行くのでしょう? た、立ち去るがよい!」
ついに声を荒げてしまった。それに「どうしたの、女神様」と聞き覚えのある声が――。
女神様の後ろから出てきたのはこれまた彼女と同様に素っ裸のベティが現れる。俺に気付いて顔を真っ赤に染めて彼女の後ろに隠れる。
「……だ、だから立ち去りなさいと……」
言ったのに、という前に俺が鼻血を出してぶっ倒れた。正直、女神様よりも興奮した。そのことを考えていたら、後で女神様に引っ叩かれたけど。
俺が鼻血で気絶して倒れて、気が付いたのは日が沈んだ頃である。森の中心地である切り株で眠っていたようだ。その傍らにはベティが転寝をしている。俺を介抱してくれたとでも言うのか。
そこから起き上がり、うつらうつらする彼女を見た。長い金色のまつ毛、通った鼻筋、ピンク色の唇。
優しく髪の毛を撫でる。彼女は嬉しそうだった。
ああ、もう我慢出来ねぇ! 誰も見てないよな、と考えている辺り、本当に俺は本能、願望剥き出し丸出しの普通の人間性人男性である。
「……ベティ……」
ベティのその小さな口に自身の唇を重ねようとすると――。
「おーい!」
声に驚き、気付き、俺と彼女は目が合った。
誰だ、一体いいところを邪魔する奴は!
俺が声がする方を見ると、そこにはこちらの方にやって来る魔物や精霊、そして女神様たちだった。
忘れていた、もうすぐ日没だ。夜には酒盛りしようと約束をしていたんだった。
「早かったな、二人とも」
「ま、まあな!」
お前らの登場が早い、と声を上げたいが俺は我慢する。
この森の連中はベティが大好きだ。だからこそ、俺がしようとしたことがばれたならば、許さないだろう。一度だけ精霊たちにばれたことがあるが、あれは酷いものだった。彼女の助けが無ければ、俺は死ぬところだったのだから。
「よっしゃ、じゃあ宴でも始めるか!」
魔物たちがしきり出す。精霊たちが下手くそな歌を歌い出す。女神様が楽しそうに微笑んでいる。
俺はベティの方を見た。彼女も笑っていた。俺が見ているのに彼女は気付く。
「クラウディオ、笑おう!」
俺はベティが好きだ。それは異性としてである。だが、今のこの現状は嫌いじゃない。
そう思えるこの世の中は何があるのか、本当に分からない。