09.因縁っていうのは一見していい感じの時に襲ってくるもんです。
「やぁ優ちゃ~ん、なんか最近元気みたいじゃ~ん?」
名前も知らない3人組。多分高校生だと思う。制服から男二人は一緒の学校だと思うけど、女子の方はどうなんだろうな? パンツが見えそうな超ミニにしてるけど、化粧? っていうかもうガングロとか流行ってるんだろうか?ってくらい黒い。男の方も未だにトランクスが見えるくらいにズボンを下げてたりして妙にチャらいのが一人。もう一人はなんていうか目が怖い。チンピラ顔負けのにらみのきかせっぷり。
「ってかさ、なんか雰囲気かわった~? ちょ~探しちゃったよ~なんか優ちゃんイメチェン? したのかな~って」
「いや、こいつにナシ付けから探してたんだからさ、そういうのは後にしとこうや」
「いやいやそれこそマジイケてないし~、っていうかこの子ってこんなカワイイ感じしてたっけ~? 服とかそこらへんのジャリっぽいしなんだろ、どっかエステ通ってるのぉ?」
「そんな金あるんだったら絞り上げてやんねぇとな。この前のとで倍返ししてもらうかんな!」
相変わらず言いたい放題である。
[危機察知]も殺気っから真っ赤っか。配達が忙しくてマップのチェックを怠ったとたんにコレだよ。本当にどうしたらいいのか中々難しい。
「……ってかさ、お前って本当に雪月だよな?」
リーダー格らしいチンピラ君(仮名)が問いかけてきた。溢れんばかりの怒りに任せた先ほどまでの態度とはちょっと違ってこちらを伺うような視線になっている。所謂『カムチャッカインフェルノ』が『激おこ』くらいに収まっているイメージだろうか? あんまり変わらないか。
「えっと、多分ですが当人だと思いますよ?」
何も言わない事の方がこの場合は余計にいじめを煽る。いじめっ子は『いじめられてる側が反撃しない』から調子にのるのだ。というか少し歩けば人通りの多い商店街。大声を出して逃げればなんとかなる公算が高い。
「……いやさ、妙に落ち着いてやがるから。この前みたいな負け犬と違う感じがしてな。いや、お前に落とし前を付けることに代わりはないんだが、聞くだけ聞いてみたかったんだ」
まぁ冷静にもなるよ。何しろステータス確認中でしたしね。さって、一応こいつらのステータスは確認できた。そこでわかったんだけど、こいつら僕よりレベルが低いのだ。
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ケンジ・コウズギ 性別:男 レベル:3 年齢:15
HP: 83/85 MP:12/12
STR: 8 CON: 9 DEX: 6
INT: 6 POW: 9 APP:10 LUK:12
称号 :
[学生][有段者(初段)(空手)][舎弟][鉄砲玉予備軍][将来有望(悪い意味で)]
スキル:[異界語(日本語)][物理耐性Lv1][格闘(空手)Lv1]
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ノリマロ・ミフネ 性別:男 レベル:1 年齢:14
HP: 41/41 MP:9/9
STR: 7 CON: 8 DEX: 6
INT: 4 POW: 7 APP: 9 LUK:10
称号 :
[学生][舎弟][鉄砲玉予備軍][コバンザメ]
スキル:[異界語(日本語)][基本物資調達 Lv1][捜索 Lv1]
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アヤ・テラモト 性別:女 レベル:2 年齢:15
HP: 39/39 MP:21/21
STR: 6 CON: 8 DEX: 7
INT: 7 POW: 8 APP: 7(+3) LUK:10
称号 :
[学生][学生アルバイト][学生クィーン候補][自称:遊び慣れた女]
スキル:[異界語(日本語)][偽装 Lv1][情報収集(噂話) Lv1]
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最大でレベル3。リーダー格らしいケンジだけ。女子の方がレベルが高いのはなんだかわからないけど、所持スキルが[お化粧]ではなく[偽装]なのはビックリした。確かに別人のようになるんだろうけど、それにしてもちょっと無いと思いたい。いや目の前にあるんだから仕方ないかもしれないけど、笑いをこらえるのが大変だったくらいだ。ついでに[自称]ってなんだ、[自称]って。まるでわからない上にこうやって調べられちゃうとものすごい事になるってのはよくわかった。
三人共に大したスキルも持っていない。逃げる時に注意すべきなのはドキュンネームっぽいノリマロ君だけかもしれない。[捜索]ってスキルがあるので彼は探し物を見つけやすいのだろう。つまり彼さえ押さえてしまえば逃げ切れるってことだ。
「さぁ、どう落とし前をつけてくれるのかな? 優ちゃん?」
実力差をステータスってもので看破できてしまうのはこれ程に決定的なのかと改めて思う。彼の言動にいちいちビビッていた今までが馬鹿らしいと思えてなんだか空しさすら感じてしまうのは仕方ないだろう。
「……つぅか何バカにしたみたいに笑ってんのさ! あんたどういう立場なのかわぁかってんの!? アタシの服を汚したのよ!? ア・タ・シ・の・!」
とかいって右手でピラピラと見せびらかしているのはクリーニングの請求書みたいだ。えっと、『¥1,944 但しクリーニング代として、クリンクリーン』? まぁこのへんのドライクリーニング店だろう。名前を憶えてないってことは新聞を取ってないお店かもしれない。最近は新聞も紙じゃなくて電子版でいいやって人も増えてるみたいだからね。
「まぁそいつはボコッった後で細部でもなんでも巻き上げればいいだろ。とりあえずボコるからそっちから押さえろ。アヤはあっちから誰かこね~か見張っとけ。いいな?」
「了解っす!」
「わかったわよ」
ステータス的には大したことは無いのはわかった。でも一対三ってのはものすごい不利な状況だってことを踏まえて、さてさてどうやって逃げだろうか?
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狭い路地を二人の男からの追撃を必死に避ける。上昇したステータスは僕にいつも以上の力を与えてくれる。おかげで余裕の性能ですよ。とかいけると思ったんだけど。
「ちっ、チョトチョトと逃げやがって。ソッチ行ったぞ!」
「はいっ! ってほんと小さいから掴みにくいんすよ!」
「だ~から、早くしてよ!」
とにかく場所が悪い。路地裏のせいで通路は狭く、逃げるにしても壁伝いでは選べるルートも限られる。[危機察知]のおかげで一番ヤばいところを避けながらなんとか這いずりまわっているのが関の山だ。こんなところから一刻も早く逃げ出したいところだが……
「っと、コッチはダメだかんね」
アヤってのが邪魔をする。この中でもSTRが最低値の5しかない僕のことだ、彼女に掴まれただけでも逃げ出すのは無理だろう。DEX8の機動力を活かしてなんとか逃げ回るのが現状だ。本来ならこれだけでは逃げることなど不可能のはずだが……
「つかまえ……って、うわ何これ? ベダべたして気持ち悪い!」
そう、路地裏だけに色々なゴミが散乱しているのだ。壁だってなんだか解らない汚れで一杯というわけ。あいつらのLUKが軒並み低いせいもあるのだろうが、面白いように色々と引っかかってくれる。っとこのゴミ袋を転がしてっと。
「うわくせっ!」
「……て、てめぇ!」
ドッカンガラガラとか音がしそうな転け方をしたノリマロと辛うじて転ぶことを避けた感じのケンジの両名の顔は既に真っ赤を通り過ぎてどす黒くすらある。ここまで騒いでも誰も来ないのはアヤが人が集まる前に追い払っているからなんだとは思う。よく見えないけど。
「この服のクリーニング代も払わせてやる。覚悟しとけ!」
そ、それはヤだなぁ。というか今日僕はそんなにお金持ってないんだけどなぁ。¥117円くらい? 自販機でジューズすら買えないよ? もったいないから買わないけど。 今時の中学生の所持金としちゃ少なすぎるのはわかるけどあんまり持ち歩いてもカツアゲされちゃうだけだからね、必然的に持ち歩かない癖みたいなものがついちゃったんだよね。
「それよりも、あいつの服をドブにでも投げ込んでやりましょうぜ!」
「あ~、それいいかも~ なんか妙に可愛いのがムカツクのよね」
とうとう逆恨みですか。いい加減にしてほしいものなんですが。
なんてことを考えられるくらいに余裕があったのがいけなかったのかもしれない。
ケンジの右パンチをすり抜けてそのまま反対側ににげられるかっ、と思ったその時に学ランの上着が何かに引っかかったような衝撃を受けた。良くみると壁際に置いてあったダンボール箱から飛び出た留め具が引っかかってしまったようだ。軽くて小さな僕の体が一瞬だけ引き留められる。瞬きにも似た合間しかなかったが、ケンジには十分だったようだ。
急激に引き上げられる首筋。そのまま持ち上げられて顔を寄せられる。
「やぁっとつかまえたぜ? なんだかみょ~に粘るじゃねぇか」
やばっ、動けない。
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そのまま地面に叩きつけるように投げ出される。実際に体験しないとわからないと思うが、下手に凶器で殴られるよりも地面に投げられる方が一般人には『効く』のだ。
想像してほしい、自分の体重と同じ重さの非常に硬い物体がいきなり目の前に迫ってくるんだ。それは自分なんかより遥かに大きくて避けることなんてできやしない。
スキーでも柔道でも最初に覚えるべき技術は『転ぶ事』なのは、投げられても転んでも怪我をしないようにするため。つまり転ぶって行為は本来とても危険なのだ。
僕は素人なので当然受け身なんてできない。投げられ続けたおかげで『地面に叩きつけられた時の覚悟』が人より早めにできる程度だ。
「うあっ!」
ガッという衝撃と共に頭の中を星が飛び交う。本当に一瞬でやってくる痛みが全身を硬直させる。この痛みは何度味わっても慣れるものじゃない。
「ほらほら、ねころんでんじゃねぇぞ!」
それでもなんとか起き上がろうと足掻く僕の腹に鈍い痛みが走る。この手の奴らは決まって蹴りを使うのが好きだ。手より強力な攻撃ができるっていうのもあるけど、どちらかというと「相手を見下す」ことができるから好きなのかもしれない。
ガッガッという衝撃が何度も体を揺さぶる。打たれたと思うところがジンジンと熱を帯びた痛みを訴えてくる。なんとか蹴られた部分を腕で庇おうとするけど、腕と脚のスキマを狙うように蹴りが抉り込む。
「くっ、うっ…… くぁ……!」
呼吸に合わせて悲鳴が漏れる。CONが上がっているおかげでいつもより痛くないはずなのに、何度も蹴られては意味が無いかも。
「やぁっと大人しくなったなぁ。んじゃまず上着をドブにだっけか?」
小さすぎる体のせいで最低サイズの学ランのはずなのにちょっと大きいサイズの僕の学ランはまるで皮でも剥くようにスポンと奪い取られてしまう。ってちょっとマジですか!?
「ケンジさん、ちょっといいっすか?」
「……なんだよマロ。こっから本格的にボこるってのに」
上着を取られてうずくまっている僕の様子を見てか、何か目の色が変わってきたような気がする……
「こいつ、男、なんすよね?」
「……たしか男だったろ? 学ラン着てんだし」
「いやぁ、なんか妙にイロっぽくねぇっすか? それに妙に甘ったるい匂いもするし」
「……そういやそうだな」
「そこでなんですけど、ちょっと確認していいっすか?」
「……どうすんだよ?」
そこまで言うと、あからさまにニヤニヤとした表情でノリマロが口にする。
「剥いちまえばいいっすよ。学生手帳とかそんなのど~でもいいっす。目の前にいるこいつが男か女かなんて裸にひんむいちまえば間違いないっす」
「ふむ、そうだな」
何考えてるんすか! 僕は青ざめた顔でそう思った。
「いや、もう正直言っちゃうとこいつなら男でもいいかなと。自分そろそろ童貞切りたいお年頃っすから。こいつなら男でも女に見れるっす」
「マロ…… そこまで飢えて…… だからアヤに頼んどけって言っただろうに」
「あたしヤだよマロと寝るとか。金もらってもイヤ。でもこの子ならいいかなぁ…… なんか泣き顔が妙にそそるし?」
腹を蹴られ続けたせいで足がまともに動かない。激しく運動したせいでフェロモン全開だった可能性も加味すると…… マジで大ピンチじゃないですかやだ~!
「んじゃそういうわけで、優ちゃ~ん、脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「優ちゃんって童貞よね? もしかして処女? どっちでもいいけど始めてはお姉さんがもらってあげるからね♪」
「え~、俺だって優ちゃんの初めて貰いたいっす! むしろ奪い取りたいっす!」
「……バカやってねぇで早くしやがれ」
ノリマロとアヤの二人が妙に意気投合しつつ僕のズボンに手をかけた。
神様! 助けて! 割とマジで!
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突然巻き起こる疾風、舞い上がる埃やチリがその場にいた全員の視界を奪う。
「うわっ! なんだこれ!?」
「やだ! 目に入った!」
「ちっ、何が起こりやがった!」
数瞬の時を置きようやく突風が収まると、優のいた場所に残されていたのは学ランのズボン1つとトランクスが1つだけだった。