after19.持ち帰った戦果
まさかの新年あけましておめでとうございます。
朝に起きてもアメが戻ってきている気配はなかった。靴を確認してもやっぱりない。スマホには連絡があるか。
『仮眠してから帰る』
現在時刻は午前七時過ぎ。履歴は六時半頃か。仮眠場所は誰が用意したかによって長月を問い詰める必要があるな。あいつにそんな積極性があるとは思えないけど。
「さて、久しぶりの一日自由。何をしようかな」
昨日は遅くに帰って来たし、ライブもあって疲れもあるだろうとバイトは休みにしていた。誰かと遊ぶ約束もないので暇を持て余しているというかなんというか。
「よくよく考えてみると一人の休日なんていつぶりだろう」
兄はいつも誰かに振り回されていたし、何だったら自分から騒ぎを起こしていたから静かな休日なんてあまりなかったような気がする。
「予定もなく散策とか、食べ歩きとか、映画を見に行くのもいいかな」
護衛をおちょくるのも悪くはないのだけれど、真夏のこの時期にやるべきじゃない。汗だくになってまで悪ふざけするのは私でも控える。疲れる、汗だくになる、説教を受けるを休日にやりたいとは思わない。
「予定なしで動くのも悪くはない」
偶にはこんな日もいいかな。兄たちの影響で何かしらの予定ばかり勝手に入れられているようなもの。全くのフリーになるのは珍しい。護衛の人達はいらない緊張感を強いられるかもしれないけど。
「どこに行こうかなー」
今の時間だとまだお店は開いていないから、情報収集することにするか。今やっている映画は何があるのか。噂になっている場所はないのか。スマホ一つあれば何だって調べられる。
「よし、行くか。いざ、楽しい独りぼっちの休日だ!」
意気揚々と玄関を開けた時点で私の休日は終わりを迎えたと悟ってしまった。だってさ。眠気を抑え、目の下に隈を作っている先輩二人が待ち構えていたのだから。
「施錠ヨシ。まずは」
「おいおい、僕達の存在を無視するのはどうかと思うよ」
「今回の立役者なのよ、私達は」
「勝手に引っ掻き回しただけだろ。それより、私はこれから出かけるんだから部屋で休むのはなしだぞ」
ぶっちゃけ、何でここへやってきたのかは全然分からない。私のところへ来るよりも、さっさと帰って休んでしまえばいいだけなのだ。用事でもなければな。
「ふっふっふ、そんなことを言っちゃっていいのかな。僕達は情報を持っているんだよ?」
「琴音が知らない情報をしかとこの目に焼き付けたんだから」
「それは正確な情報とは言わないから、価値がない」
「大丈夫よ。ちゃんとスマホでも撮ってきたから」
ふりふりと揺らされているスマホの中に私の知りたい情報が入っているらしい。今の私が知りたい情報となれば、アメと長月がどのようになったか。しかもそれが画像、または動画で記録されているとなれば一見の価値がある。
「仕方ない。私に同行してもいいよ」
「えっ、部屋で休ませてくれる流れじゃないの?」
「どこ行く? カラオケ行く?」
疲労困憊な先輩とまだまだ元気なフリをする先輩。綾先輩は絶対に途中で落ちる確信がある。葉月先輩はすでに落ちかけている様子。この二人を連れて出かけるとか盛大に疲れそうな予感がする。
「何で朝っぱらカラオケに行くんだよ。私の予定だと最初は映画館だぞ」
「この子。私達を爆睡させて置いていく狙いよ」
「貫徹状態でシアターは寝るね。普通に」
別にそんな狙いはない。私の予定にお前たちが勝手に食い込んできただけだから。貫徹している連中の予定になんて合わせていたら私が楽しめない。
「甘々なラブストーリーにしておく?」
「爆睡必至よ」
「琴音君の趣味ってそっち方面なのかな?」
「うーん、面白ければ何でもいいけど。恋愛物はそんなかな。主にアクションとか、ホラーが好きかも」
「アクションは予想通りとして、ホラーは意外かな」
「あー、意外と耐性は高そうね。グロ耐性もありそう?」
「あまりに生々しいのだと昼に肉を食べようとは思わないけどな」
ご家庭によっては鍛えられている場合もあるけどな。奴は昼飯食べながらサスペンスや手術シーンを平気で見るからな。肉体的、精神的にも頑強とかどうなっているのか。
「車を用意してくれるのはいいが、眠気大丈夫そう?」
「落ちる寸前だよ」
「BGM爆音で流してくれないかしら」
駄目そうだな。徹夜してテンション上がっていても、ふとした瞬間に眠気が襲ってくるんだよな。特に手持ち無沙汰になった時とかさ。
「それであの二人はどこまで進展した?」
「あれは進展したと言えるのかな?」
「私から言わせれば長月がモタモタし過ぎていて苛々してきたわね」
予想通りと言ったところか。逆にこの二人が乱入してくれて助かった部分があったのかもしれない。その分、私の負担が増えているのは長月に貸しとしておこう。
「アメちゃん、ノリが良かったわね」
「琴音君の親友だけあって十二本家に対して遠慮しないのがいい」
「子供の頃は殴り合いの喧嘩するような仲だったし」
「「えっ?」」
意外そうな声が揃って聞こえてきたけど、あの頃の姉はファザコンを拗らせていたから仕方ない。それに子供だったからこそ家柄の違いなんて意識してなかったから喧嘩も出来ていた。今だとどうだろう。
「ほら、目的地に着く前に動画でも画像でも見せてよ」
「そのまま僕達を置くていくような真似はしないよね?」
「それやったら、物凄い勢いで追ってくるよね?」
「「それは当然」」
何でこういう時だけ息がぴったりになるんだろう。一人で自由気ままに外を散策できると思えば、勝手に付き纏われ、更に逃げれば追われるとか嫌だよ。だったら、まだ一緒に散策する方を選ぶ
「まずはこれね」
「ぎこちない笑顔を浮かべているな」
片や満面の笑み、片や半笑いともいえる下手くそな作り笑いをしている。本来であれば、長月だって表情を作ることには慣れているはずなのに。
「これがずっと続くのよ。しかも会話が続かない」
「口下手どころか、コミュ障になっていない?」
「アメリアさんに対してだけしどろもどろになるのは面白かったよ。最初の頃は」
「それが延々と続きそうだと分かったから、私達だって手を出すわよ」
なるほど。そうなると先輩達と合流するまではアメが会話を主導していたんだろうな。何というかデートとして見れるかどうか疑問に思えてきてしまった。
「それで手段は?」
「そんなの無理矢理テンション上げさせるしかないでしょ」
「カラオケに連れて行ったからね。歌わせたり、長月君の恥ずかしい話や琴音君の面白話なんかで必死に盛り上げたのさ」
「お疲れさまでした」
これは流石に労わないといけないと思った。そんな状態で徹夜までして繋いでくれたのはまさしくファインプレーとしか言えない。いや、何で徹夜までしてそんな苦行を続けたよ。
「ここまでやってやっと会話がスムーズに進むくらいには進展したわよ」
「これ本当に夏季休暇だけで恋人まで持っていけるのかな?」
「それは僕達も知りたいよ」
三人揃って盛大に溜息を吐いた。私と先輩達二人を合わせても困難な議題とか中々に出会わないと思う。十二本家の欠点とは、これほどまでの難題だったとは。
「それで最後がこれ」
「仲良く落ちているな」
肩を寄せ合って眠っている様子は進展を窺えるようなものだけど。なぜか猜疑心が芽生えてしまう。二人に目を向ければ、思いっきり顔ごと逸らしやがった。
「お前ら、やりやがったな」
「いやー、せめて証拠画像は作っておこうと思ってさ」
「僕達だって戦果を持ち帰らないといけないと必死だったんだよ」
つまり、この寄り添って眠っている様子は眠りに落ちた二人を動かして強引に作り出した捏造画像と。これを私はアメに何と説明すればいいのやら。
「最後に爆弾を作り出さないでくれ」
「徹夜までして戦果なしは僕達の心が折れるよ」
「本当に長月を殴りたくなったわ」
これ以上、この二人を長月の恋愛事情に関わらせていいものか悩んでしまう。いや、確かに事態は進展したのかもしれない。その代償も生まれてしまったのかな。
「よし、この件は一旦忘れて今日を楽しもう!」
「出た。琴音の現実逃避」
「どうせ部屋に戻ったらアメリアさんと会うのに」
五月蠅い。ヤケクソにでもならないとやっていられない。そして適当に選んだ映画鑑賞をしたのだが、案の定二人は寝落ちしていた。集中して見れたから良かったけどさ。