「加速する舞台」
目の前に対峙するのは鋼糸という厄介な技を使うヴォイドと一対の匕首をそれぞれ逆手に構える達人、クレハだ。図らずも二対二となったこの状況。まずは敵の狙いを計らなければならない。
誰が誰を担当するのか、もしくは誰を集中的に狙うのか。はたまたもっと別の策を用意しているのか。それを常に警戒しなければならない。
(こういう状況はあまり慣れてないんだよな……)
俺は基本的にいつも一人で闘っていた。誰かと共闘することはあっても、それは別々に戦っていただけのこと。しかし、今回は俺とアネモネの力を合わせなければ到底あの二人に勝つことは出来ないだろう。
「アネモネ。ヴォイドは俺がやる。クレハに注意を払っていてくれ」
「……分かった」
簡単な方針を小声で伝え、こちらも準備完了だ。
この鋼糸で仕切られた狭い空間に四人の武人がそれぞれ構えている。全員、動き出す機を待っているのだ。俺もこの場で無理に動こうという気にはなれない。全員が全員、対象を殺傷するに十分な戦力を持っているのだ。下手をすれば勝負は一瞬で付いてしまうだろう。
「……くくっ」
そんな静寂の時、真っ先に我慢が出来なくなったのはやはりというべきか、ヴォイドその人だった。
「あーあ。こういう緊張感のある戦いは久しぶりや。あんまり好きじゃないんじゃけどね。胃が痛くなる」
俺とアネモネの意識がヴォイドに向かう。その瞬間を狙っていたのかは分からないが、
「クレハ、アネモネからじゃ」
ポツリと呟いたヴォイドに従って、クレハが弾丸のように動き出す。その白刃の狙いはヴォイドの指示通り、アネモネに向かっている。
(くそっ、こっちで来たか)
正直あまりやって欲しくなかった戦術。つまりはアネモネへの集中砲火だ。俺は最悪権能を使えば再生できるが、アネモネはそうもいかない。突っ込んできたクレハとアネモネの間に俺は身体を滑り込ませて、立ちふさがる壁となる。
「来い! クレハ!」
そうして振り下ろされる右の匕首。セオリー通り俺が防御しにくい利き手の逆、つまりは左半身を狙った斬撃を花一華で受け止める。衝撃に軽く火花が飛び、甲高い金属音が周囲に響き渡る。
しかし、クレハの攻撃はまだ終わらない。彼女は二本の匕首を持っているのだ。右の匕首を防いでいる間に、左の匕首が空いた俺の胴体を狙って突き出される。
だが……それは読んでたぜ、クレハちゃん。
俺は鋭く突き出される匕首に対し……ドンッ! 手首を狙って右足を蹴り上げる。派手な音と共に大きく浮き上がったクレハの左手。狙うなら今だ!
「アネモネ!」
「うんっ!」
俺の影からすっと現れたアネモネがクレハに向け、手刀を放つ。まさしく名刀の一撃はしかし、
「させるかッ!」
横合いから鋼糸を展開したヴォイドによって防がれる。
いや……それだけじゃない!?
「鋼糸術──《閃断》ッ!」
続けざまに放たれるのは鋼糸の刃。都合十本にも及ぶ斬撃が俺達の頭上に降り注ぐ。全てを受けるのは無理と判断した俺は……
「凍りつけ──《デア・キュール》!」
詠唱、発動。
全ての糸をひとまとめに凍らした俺はその氷塊を蹴り飛ばす。するとまとまった鋼糸は全て同じ方向に攻撃を反らされ、一度の防御で全てを処理することが出来た。
「やるのう……クリス」
「思いついたのはついさっきだけどな」
「くく……これで鋼糸は攻撃に使いにくくなった、か」
パキパキと音を立て少しずつ凍っていく糸を破棄するヴォイド。
「なら次は……こんなのでどうだ」
不敵に笑ったヴォイドは左手を大きく広げ、
「鋼糸術──《蜘蛛道理》」
ババババババババッ! と周囲に広く展開された鋼糸が特製のリングを作り上げる。数歩歩いただけで体中をズタズタにされそうなその狭い空間を、クレハが駆ける。
「ぐっ……」
アネモネを狙うクレハを何とか止めに行きたいが……下手に動けば鋼糸に絡め取られてしまう。きっとクレハはヴォイドが展開している鋼糸の位置を完璧に把握しているのだろう。それほどに淀みのない動きだった。
(これは……まずいッ!)
ヴォイドは鋼糸の操作に集中しているのか、その場から動こうとはしない。だがクレハがいるだけで相当厄介な布陣になってしまっている。
ヒュンヒュンと匕首が空を斬る音が聞こえる。アネモネはクレハの攻撃を避けることに専念しているのか、攻撃に打って出ようとはしない。なら……俺が攻撃に出るまでだ。
「燃え盛れ──《デア・フレア》!」
クレハに手のひらを向け、収束させた炎の奔流を放つ。魔術に対して有効な防御手段を持たないクレハは大きく跳躍し……
「なっ!?」
鋼糸の上を、疾走し始めた。
(なんつー動きしやがるッ!)
下手をすれば自分自身がズタズタになりかねないまさに綱渡り。しかし、そのリスクを背負うことでクレハの機動力は最高潮に達していた。空間を縦横無尽に、鋼糸の糸を足場として駆け巡るクレハにはどんな攻撃も通用しない。
標的をアネモネから俺に変えたのか、蜘蛛のような動きで迫るクレハ。そして地に降りたクレハはそのまま俺に足払いをしかけてくる。こんなところで転んだら間違いなく鋼糸に身体を刻まれるだろう。俺も軽く跳躍してその足払いをかわすが……
「フッ!」
身体を捻り、回転力を乗せた後ろ回し蹴りを放つクレハ。空中にいる俺にはその一撃をかわすことができず、交差した両手で受けるしかない。そして……俺は自ら飛び込む形で、その鋼糸の網へと誘い込まれてしまった。
「鋼糸術──《天崩し》」
まさにその瞬間を待っていたのだろう。俺の身体をぐるぐると包むように展開される鋼糸に、俺は自分の死を悟った。その瞬間……
《誰も彼にも分からない。何を望み、求むるべきか。生れ落ちたそのときから、問いは今にも続いている──》
俺は愛しい人の歌を聴いたのだった。
それは呪われた刀の悲しき運命を謡った歌。求められるままに人を斬り殺してきた一本の刀の物語。
《──朽ちろ、滅べ。私達はその為にこそ生まれたのだから──》
イザークの全てを求める強奪とは正反対の権能。
いわば、何も求めない力。その本質。
《──卑欲連理・絶対領域》
色もなく、不確かな存在に見えるその権能。
全てを拒絶する絶対防御、それは本来使用者にしか適応されないはずだった。だが、しかし。その刀は変わったのだ。確かな心を持った人へと。
俺を包み込もうとしていた鋼糸は俺に触れる直前、見えない壁に阻まれたかのように静止した。それはアネモネの権能が俺を守ってくれた証拠。彼女の持つ絶対防御の『内側』に自分がいるという証拠。
権能はその人の望みを嘘偽りなく写す鏡のようなもの。だからこそ、俺はアネモネが俺を受けて入れくれたということに果てしない感動を覚え……
「何をやっている! アネモネ!」
やってはいけないことをしたアネモネに、絶叫した。
早く……早く権能をしまうんだ。アネモネ! でなければ……
俺の必死の祈りは僅かに遅かった。
怖気の走る笑みを浮かべたヴォイドが……
「この時を待っていたぞッ!」
叫び、その究極とも呼べる祈りを紡ぎだす。
《神を名乗りし者共よ、貴様を殺す槍を見ろ──》
それは運命に歯向かう男の呪詛。
神の用意した筋書きに、真っ向から異を唱える祝詞。
《紅蓮の業火よ、神の威光を焼き払え──》
曰く、『神殺し』。
転生者に対し、猛威を振るう紅蓮の顕現だ。
《──卑欲連理・神を殺す者》




