08
自炊による簡単な夕食を済ませた創流は、おもむろにゲーム機の電源を入れた。
そして日課になっているMMORPGへのログインをする。
創流が操るキャラクターは、体格が良くて体力の多い種族。
ゲームを始める時、体力が多くて死ににくいので有利、との情報を信じての事だった。
実際、それは盾役として有利になったので、事前に情報を仕入れる事の大切さを痛感している。
食後のお茶を飲みながら時計を見ると、もうすぐ20時。
そろそろだ。
視線をブラウン管TVに戻すと、クウェイルが操るキャラクターが目の前に現れた。
キャラ名はペール。
昨日、同じ場所同じ時間でログアウトしたので、約束の時間にログインすれば当然そうなる。
クウェイルのキャラも、創流と同じく体格が良くて体力の多い種族だ。
身長を最大に設定している様で、創流のキャラよりでかい。
そして、顔は老けた感じにしている。
創流におぶさって来るのは、その体格が父親に似ているから、と昨日知った。
クウェイルはファザコンっぽいので、父親に似せているのかも。
「じゃ、経験値稼ぎに行こっか。会話しながらだから弱い敵でも良いよね。稼ぎは悪くなるけど、許してね」
おっさん顔のでかいキャラが言う。
そしてパーティを組む二人。
「うん。じゃ、食事は要らないかな。このまま狩り場に向かうか」
そう返事をした創流のキャラ名はニクタロウ。
攻撃を身体で受け止める盾役の事を肉壁と言うので、そこから取った。
「行こう」
二人で緑の多いネトゲの世界を歩く。
格上の敵と戦う時はステータスを上げる食事が必須なのだが、ザコ相手なら必要無い。
と言うか、無意味なので食事代が勿体無い。
「私が日本に来た理由は、お父さんが何者かに殺されたからなの」
移動しながら会話を始めるクウェイル。
「おおぅ……。ヘビーな出だしだな」
「どうして殺されたかと言うと、私がダンピールだったから」
「ダンピールって、ヴァンパイヤと人間のハーフの事だったよね。その父親がヴァンパイヤだったって事?」
「お父さんは人間。しかもそう言う魔物を退治する仕事をしていた」
「じゃ、母親が?」
「お母さんも人間。お母さんも魔物退治が仕事で、職場結婚って奴ね。でも、何年か前に仕事中に死んじゃった」
「両親共人間なのか。じゃ、なんでその子供がダンピールなんだ?」
キーボードを叩く創流の手が止まる。
もしかすると、クウェイルはその両親の実の子供じゃないのではないか?と予想してしまったから。
しかしクウェイルの返事は違った。
「私はね、先祖返りなんだって。お父さんの方の先祖にヴァンパイヤが居たみたい」
一分ほどチャットが止まる。
ペールは普通に歩いているが、ネットの向こうに居るクウェイルはどんな顔をしているんだろうか。
「私の家は先祖にヴァンパイヤが居る事を知っていた。子供が生まれると必ず日焼けさせて、先祖返りかどうかを調べてたんだって」
「日焼けか。確実だろうけど、それってある意味危険な確かめ方じゃない?もしも日光に弱かったら命に関わるんじゃ」
「普通の赤ちゃんだって日焼けさせたら危険だよ。だけど、確かめないといけない。魔物は魔物の育て方が有るから」
創流は何て返したら良いか思い付かなかった。
だからクウェイルは一人でチャットを打ち続ける。
「そうやって警戒してたのに、お父さんは殺された。魔物として退治されたの」
「人間なのに退治されたの?」
「退治したのは、その魔物退治の仲間の誰か。その集団には名前が無くて、お父さんは教会って呼んでた」
「教会ねぇ。ゲーム的に言えばヴァンパイヤハンターって感じなのかな?」
「ヴァンパイヤ以外も退治するから、モンスターハンターかな?日本語ではどう言うんだろう」
「何だろう。たいまし?あれ、一発変換出来ない。マンガか何かの造語なのかな?漢字では退魔師なんだけど」
「まぁ、ハンターだよ。お父さん達にどんな経緯が有ったかは知らない。予告も前兆も無しにいきなり殺されたから」
狩り場に着いた。
他にプレイヤーは居らず、モンスターが我が物顔で闊歩している。
「ここで良いかな。じゃ、適当に狩ろう」
抜刀するペール。
「おk」
ニクタロウも抜刀し、近くに居たモンスターに二人で切り掛る。
弱い敵なのでみるみる体力が減って行く。
「何世代にも渡って教会に所属していたのも、自分達が討伐の対象にならない様に人間の味方をしていたから、とか」
「それなのにいきなり殺されたの?」
「うん。普通なら有り得ない。でも、お父さんは母方のお婆さんの家に行けって手紙を遺していた。予想はしていたのかも」
「教会で何か有ったのかな」
「だろうね。で、私はお婆さんの助けを借りて日本に来たって訳。今、お婆さんがどうなってるかは分からない。連絡が全く無いから」
「ん?と言う事は、お婆さんと別れたって事?二人で逃げなかったの?」
「うん。一人で日本に来たの」
「どうして?父親がいきなり殺されたのなら、お婆さんも危ないってのは予想出来ると思うけど」
「自分を囮にして逃がしてくれたの。そうして国外の親戚に預ければ、暫くは教会の目をごまかせるだろうって。私は勝手にそう思っていた」
創流が文字を打ち込む前にチャットを進めるクウェイル。
「でも、本当はそうじゃなかった」
「そうじゃなかった?」
「日本に居る親戚ってのは、先祖のダンピール本人だったの。お婆さんはダンピールに関わりたくなかったから、私一人を日本に送ったって訳」
「え?本人?どう言う事?」
「三百何十歳のダンピールが居たのよ。私もびっくりした。顔の造りがね、私そっくりだったのよ。両親より私に似てた」
「それはびっくりだね」
淡白な返事しか出来ない創流。
話の内容が理解を越えていて、何を言っても的外れになる気がするから。
「名前は言うなって言われてるから、先祖って呼ぶね。先祖もびっくりしてた。まさか子孫の生き残りが日本以外に居たとは、ってね」
弱めなモンスターをバッタバッタと倒しながら重い話題が続く。
「先祖は人間を憎んでいた。自分の子孫の殆どがハンターに殺されていたから」
「クウェイルの家族以外にも子孫が居たの?」
「らしい。年寄りから子供まで、三十人くらいが全滅したんだって」
「それは憎んでも仕方ない、かも」
「私の事も最初は疑ってた。ハンターの刺し金かも、って。でも血の匂いですぐに本物の子孫と分かって受け入れてくれた」
「血の匂いで分かるんだ」
「分かるみたいね。私はまだ人間だからそれ系の匂いは全然分からないけど」
「まだ人間?」
「先祖返りだから、まだダンピールとして目覚めていないんだって。だから先祖にはあんまり好かれてないの、私」
「どうして?」
「だから、先祖は人間が嫌いなの。私の家系はかなり血が薄いんだって。その反動でヴァンパイヤの血が濃い私みたいなのが出るみたい」
「そう言う物なんだ」
「不思議だよね。で、先祖は私に選べって言った。人間になりたいか、ダンピールになりたいかって」
「選べる物なんだ。で?」
「私は人間でいたいって応えた。それだったら人間の中で生きなさい、ってなって、教会の勢力の薄い日本で生きる事になったの」
「だから日本語を勉強してウチの学校に来た訳か」
「うん。当分は故郷に帰れないけど、日本は居心地が良いから、まぁ良いかなって」
「日本を気に入ってくれて、俺も日本人として嬉しいよ。その先祖の人も教会から逃げて日本に来たのかな」
「違う。さっきも出て来たけど、私以外の子孫の生き残りが日本に居るの。その子孫を守る為に先祖は日本に居るんだって」
「なるほど。これ以上ハンターに殺されない様に、か」
「ただ、私はいきなり現れたから、先祖の保護は受けられない。だから自分で自分の身を守る為の必殺技を教えてくれた」
「茶筒を吹っ飛ばしたアレか」
「アレは痛みを飛ばす技なの。力一杯パーンと手を打ったら痛いでしょ?」
「そう言えば、最初にいただきますみたいなポーズをしてたね」
「うん。私の痛みをそのまま茶筒に当てたの。自分の手を叩いた威力の分だけ茶筒が吹っ飛んだって感じ」
「ふーん。でも、そんなマンガみたいな技が使えるなんて凄いね。羨ましいなぁ」
「ありがとう。でも、必殺技はあんまり使いたくないんだ。人間は必殺技を使えないでしょ?あくまで対教会用の護身術にしたいの」
「そうだね」
「先祖が直接出てくれば教会なんか敵じゃないみたいだけど、それはしたくないんだって。人間を敵視すると血を吸いたくなるから、だって」
「やっぱりダンピールも血を吸うんだ」
「みたい。でも今は吸いたくないから隠れて生きてるんだって」
「先祖の人はヴァンパイヤとして生きるのを嫌がってるみたいに聞こえるけど、どうなのかな」
「そりゃそうでしょ。自分のせいで子孫が殺されたんだから。人間を憎むと同時に、自分の生い立ちも恨んでいるんだよ」
負の感情塗れで生きている先祖の人の気持ちが想像出来ず、合いの手も入れられなくなる創流。
もう少し先祖の事を聞かないと、高校一年の若造では何も言えない。
しかし今はそれを訊く時ではない。
クウェイルの話を聞く時だ。
「私にはダンピールとしての自覚は全然無いけど、お父さんが殺されてるから教会を恨む気持ちが有る。だから先祖の気持ちは分かる」
またチャットが二十秒ほど止まる。
キャラの動きは鈍っていないので、泣いたり不貞腐れたりはしていない、と思う。
「でも、私は人間を恨んだりしたくない。先祖の生き方には、正直憧れない。他人を嫌って、日光から逃げて。そんな人生楽しくない」
「そうだね」
「若いまま長生き出来るのは魅力だけど、他人と関われないのにオシャレしてもつまんないじゃない?」
「確かに」
「だから私は人間になりたい。太陽の下で自由に生きたい。創流には、その協力をして貰いたいな」
「俺が出来る事だったら、何でも協力するよ。俺はどうすれば良いのかな?」
「取り敢えずはバイトを一緒に出来る様にして欲しい。私は誰かの役に立ちたいの。今は創流と風紀副委員長に必要とされたい」
「必要とされたい、か。それが人間になるって事になるの?」
「人間は助け合って生きる物。魔物は、例外は有るけど、基本的に助け合わない。先祖がそう言ってた。だから人間の方を手本に生きれば良いかなって」
「先祖の人は、恨んでいる割には人間を評価してるんだ。分かった。俺からも副委員長にお願いしてみるよ」
「ありがとう。じゃ、そう言う事で。ここ、あんまり経験値が美味しくないね。話も一段落したし、もうちょっと強い狩り場に移動しようか」
チャットしながらだったので、ここでの稼ぎは最悪だった。
それを承知で来たから別に良いけど、これ以上ここに留まるのは時間の無駄になるだろう。
「そうだね。じゃ、移動しようか」
剣を収めた二人の大男キャラは、同じ方向に向かって移動を開始した。




