09
晴天の下、創流のクラスはグラウンドで体力測定をやらされていた。
今日は50メートル走と100メートル走のタイムを計っている。
「この前の幅跳びでもそうだったけど、創流って見かけ倒しだよな」
記録係を務めている世太がクラスメイト達のタイムが書き込まれている紙を見ながら首を傾げた。
身長が高く、太っている訳でもない創流だが、測定の記録は下位グループレベルだ。
「良く言われるよ。運動出来そうなのに、ってね」
小学生の時、その体格の良さを見込まれて柔道にスカウトされた事が有る。
そこで運動神経が鈍いと言う事実が判明した。
家が農家で力仕事をしている分、余計に質が悪かった。
パワーが有るので、相手に怪我をさせてしまう可能性が有ったのだ。
だから一ヵ月ほどでやんわりと破門された。
その後、健康な小学生らしく野球やサッカーに興じてみたのだが、全てにおいてチームに貢献する事は無かった。
「そう言うスポーツを辞める時、決まって今の世太みたいな拍子抜けした顔をされるよ」
「ふーん」
次の走者がスタート地点に付いたので、世太は仕事に戻って行った。
走り終わって退屈になった創流は、グラウンドの反対側で同じく短距離走をしている女子達の方に顔を向けた。
金髪が目立つクウェイルは女友達と談笑している。
ダンピールもヴァンパイヤの仲間みたいな物なので、太陽の下に出たら命に関わる。
しかしクウェイルはまだ人間だから普通に平気らしい。
なぜそうなのかの説明は親と先祖の両方から聞かされている。
しかし、そこの部分は創流には絶対に話せないと真顔で言われた。
ダンピールとして生きる為の秘密が含まれているので、ダンピール以外の存在には決して口外してはいけないんだそうだ。
人間としての一生を送るつもりなら秘密でも何でもないそうなのだが、クウェイルはその秘密を守るつもりでいる様だ。
本人もまだ迷っている、と言う事なんだろう。
創流がもしもダンピールみたいな存在だったら、当然迷う。
クウェイルが必殺技を現実に使って見せた以上、彼女もマンガで描かれる様な人間離れした身体能力を持っている可能性が有る。
見かけ倒しと言われ続けた創流だから、余計にそう言う物に憧れてしまう。
そして、誰かの役に立ちたいと言うクウェイルの想いも理解出来る。
背の高い創流は、高い所にある物を取ってくれと良く言われる。
台を使わずに天井の電球を取り換える事も出来る。
自分にしか出来ない事で礼を言われると、自分の存在が誇らしい物と思えて非常に気持ちが良い。
だから、その気持ち良さを求めたクウェイルが人間を捨てても、理解出来る。
ダンピールの超人的な能力を人の役に立つ事のみに使う理性を保ち続けられれば、正義の味方にもなれるだろうから。
アメコミヒーローやトップアイドルに向けられる様な憧れの視線を一身に受け、猛烈にちやほやされるのは想像に難くない。
それはとてもとても魅力的だ。
まぁ、本人にしたら一生を左右する問題だから、そんな気楽な物じゃないだろうけど。
「こうして見てみると、うちの女子の髪の色は明るめだな」
創流の隣に立つ世太。
「ん?お前、記録係はどうしたんだ?」
「俺が走る番になったから交代」
良く見たら世太の息が上がっている。
短距離を全力で走った後の様だ。
「クウェイルさんって言う金髪の子が居るから、何となく見逃されているんだろうな」
「どう言う事だ?」
「うちの学校、男女交際を監視する風紀委員が居るだろ?創流達も注意されたから知ってるよな?」
「ああ」
「そんな古臭い決まりが未だに生きているくらいうちの学校は厳しい。だから髪を染めるのもハッキリと禁止されているんだよ」
世太はその場に座った。
走った直後なので疲れているんだろう。
「黒髪の中に茶髪が居ると目立つ。でも、うちのクラスにはそれより目立つ金髪が居るから、余程厳しい先生じゃなきゃお目こぼしって訳さ」
「なるほどなぁ。うちの担任は甘い方だったか」
立ったままだと喋り難いので創流も座る。
「って訳で、俺も髪を染めようかな」
自分の髪を指先で弄りながら言う世太。
「世太は似合いそうだから良いよな。俺みたいなでかいのが色気付いてもキモイだけだから、俺はそう言うのはやらないでおこうと思ってる」
「お前にはクウェイルさんって言う相方が居るんだから、今更粋がってもしょうがないだろ」
「冗談でもそんな事言うなよ。噂が立っただけでも風紀委員に睨まれるんだから」
「ははっ。そうだな。すまんすまん」
笑いながら謝る世太。
気の良い奴だ。
そんな雑談をしている内に入学直後特有のまったりとした体育の授業が終わり、ぞろぞろとグラウンドを後にするクラスメイト達。
「あ、幾間くん。ちょっと良いかな」
風紀副委員長の茎宮先輩が昇降口で待ち構えていた。
話し掛ける相手が逃げられない形で立ち塞がるのは風紀委員の習性なのだろうか。
「男子ばっかりだけど、女子は別の所で授業をしているのかな?」
「いえ。男女別の体力測定だったので、ちょっと待てば来るかと」
そう応える創流に向けて『先に行くぞ』と目配せをする世太。
頷きを返す創流の横を通り過ぎて行くクラスメイト達。
副委員長は美人だが風紀委員なので、小声での内緒話を囃し立てたりする者は居ない。
目を付けられたら色々と面倒だから。
嫌われ役ご苦労様、と思っていると、女子達がグラウンドから帰って来た。
その中で一際目立つ金髪に向けて手を振る副委員長。
「ローレルさん。ちょっと質問が有るんだけど、良いかな?」
「ん?何でしょう」
女子の群れから外れ、小走りで近寄って来るクウェイル。
「ローレルさんって、家事は出来る?」
「火事をする?家を燃やせるかって?」
語学が得意なクウェイルでも、同音異義語を区別するのはまだまだ苦手らしい。
箸と橋と端の区別も付かなそうだ。
「いえ、食事を作ったり、掃除洗濯をしたりする方の家事よ」
「食事は、ちょっと苦手。日本の調味料を使うと、微妙に変な味になるの。食べられなくはないけど。掃除洗濯は、普通、だと思う」
「分かった。それくらいなら大丈夫かな?」
一人で頷いている副委員長の顔を改めて見上げる背の低いクウェイル。
「それが?」
「ゴールデンウィークの別荘行きの件なんだけど、ローレルさんはラクロス部の臨時マネージャーとして参加して貰おうかなって」
「私も行っても良いの?」
「ええ。私達の部活の合宿に海辺の別荘を使う事になったの。その別荘のハウスキーパーとしてならローレルさんが混ざっても不自然じゃないかなって」
「なるほどー!」
満面の笑顔になるクウェイル。
その可愛さに驚いたのか、茎宮先輩の頬に赤味が差す。
風紀委員を警戒している顔しか見た事が無いので不意を突かれたのだろう。
クウェイルの容姿は同性をも魅了する様だ。
これもその血がなせる技か。
「そ、そこでバイトの内容を変更して、幾間くんにもそっちに来て貰おうと思ったの」
どもりながら創流に笑みを向ける茎宮先輩。
って言うか、生徒会副会長と風紀副委員長だけでなく、ラクロス部にも所属しているのか、この人。
凄いな。
「細かい調整は、また後でしましょう。幾間くんにはこれ。人に中身を見られない様に気を付けて」
「はい」
人の目が無い事を確認した副委員長は、安っぽい茶封筒を創流に手渡した。
色気の無い封筒なのは、誰かに見られても平気な様にだろう。
可愛らしい封筒だったら世太辺りに何だそれと訊かれそうだし。
「じゃ、呼び止めて悪かったわね。宜しくお願いね」
「分かりました」
厳重にのり付けされた封筒を握り締めた創流は、去って行く副委員長を見送った。
「私も別荘行けるって!やったね!」
いつの間にか背後に回っていたクウェイルが創流の背中に両の掌を当てる。
凄く嬉しそうな声。
「良かったね。でも、俺達のせいで作戦が失敗したらとんでもない事になるから、シーだよ」
半身で振り向いた創流が自分の唇に人差し指を当てると、クウェイルは灰色の瞳を丸くした。
「そ、そうだね、そうだった。秘密秘密」
口に手を当てて縮こまるクウェイル。
テンションが上がっているせいか、仕草が子供っぽくなっている。
頭を撫でてあげたいくらいに可愛い。
クウェイルの方から抱き付くのは良いが、創流から触るのは犯罪っぽいので、思うだけに留めておく。
「それより、早く着替えないと休み時間終わっちゃうよ」
「あ、そうだね。女子の更衣室って妙に遠くに有るから急がないと。じゃ、またね、創流」
跳ねる様に去って行くクウェイルも見送った創流は、のんびりと靴を履き変えた。
男子は普通に教室で着替えれば良いから。




