44 別れ
行方不明事件からそれなりの日数が立ち、村は普段の平穏さを取り戻した。
娘の為とは言え魔物を殺したのだから、そこを恐れられるのが一番の不安だった。
しかし、まるですっかり忘れてしまったかの様にその話題を出す人は居なかった。
事件の真相を秘密にすると言う約束を忠実に守ってくれているんだろう。
村に居辛くなってもエーレンが来るまでは引っ越しが出来ない為、敵意を向けられなくて本当に良かった。
「ダスターの所に行って来まーす!」
日傘を差し、麦わら帽子を被って出掛けて行くエピオル。
もうそろそろ夏が終わると言うのに日の光が強いので、朝から日除けをしなければならない。
そんなエピオルが面倒臭がらずに出掛けるのだから、ダスターとの修行は楽しい様だ。
「はい。気を付けてね」
いつも通りにエピオルを送り出したノトルは、いつも通りに朝食の後片付けをし、いつも通りにお茶で一服をした。
お昼御飯は何にしようかしら、と考えていると、誰かが玄関のドアをノックした。
「はーい」
ノトルがドアを開けると、そこには教会の正装をした男性が五人も立っていた。
「ノトルニス・ネゴイウさんですね?」
「は、はい。そうですが、……貴方達は?」
見知らぬ他人にフルネームを呼ばれたノトルは身構える。
この村でその名前を名乗った事は一度も無い。
「我々は教会の異端審査会の者です。娘さんはいらっしゃいますか?」
「いたん……、とは何ですか?」
「ノトルニスさんは外国の方ですから、我々が何かを伝える事は禁じられています」
身元を調べられている?
怪しい。
怪し過ぎる。
「……理由が分からないのに、得体の知れない人間に付いて行くバカが存在するとお思いですか?お引き取りください」
ノトルがドアを閉めようとすると、先頭の男がドアを掴んでそれを阻止した。
更に別の男二人が装飾が派手な短剣を引き抜く。
「貴女に拒否権は有りません。詳しくはこの国の首都に有る教会で説明をします。我々と共に首都に向かいましょう。勿論、娘さんもご一緒に」
しかしノトルは冷静に言葉を返す。
「物騒な物をお持ちですが、確か、聖者は殺す為の刃物を持てないんじゃありませんでしたっけ?本当に貴方達は教会の方ですか?」
「これは神の祝福を受けた聖剣です。それより、娘さんを呼んで旅の支度を整えてください。お願いします」
男の瞳がギラリと光った。
物凄い殺気だ。
だが、本当に教会の者なら殺されはしないだろう。
殺す気なら夜中に忍び込むとかするだろうし。
「……どうしよっかな~」
柱の影に隠してある短剣を手に取ったノトルは、その鞘を捨てて下段に構えた。
正面から戦っても絶対に勝てないだろうが、こうして反抗して見せるだけでも意味が有る。
殺す気が無く、説得する気が有るのなら色々と喋ってくれるだろう。
「……居ないな」
先頭の男がそう呟くと、残りの二人が別々の方向に走って行った。
「ノトルニスさんは納得していない様なので、何故我々が来たのかだけはお教えしましょう。貴女の悪魔殺しの件です」
思惑通りに説得を始める教会の男。
だが、走って行った二人が気になる。
エピオルを探しに行ったのか。
「私の?あの行方不明事件の、ですか?」
「はい。我々に従わなかった場合、貴女はこの場で我々に処刑されます。悪魔殺しの魔女としてね。勿論魔女の子も。理解出来ますか?」
真顔で考えるノトル。
秘密な筈なのに、どうして教会にバレたんだろう。
身形からして高い身分に見えるので、この国の教会の総本山レベルにまで話が行っているかも知れない。
誰かが余所者に話したんだろうか。
例えば、村に来た行商人に誘拐騒ぎの顛末を訊かれて、つい話した、とか?
あの誘拐騒ぎはそこそこ大事になったので、そんな感じで漏れた可能性は大だ。
「貴方達に従えば、魔女の嫌疑が晴れると?」
訊くと、男達は尊大に頷いた。
「晴れる可能性は有ります」
「……分かりました。従いましょう」
鞘を拾い、短剣を納めるノトル。
(魔女、か。確かに普通の人間は悪魔を殺せないもんね。でも良かった。エピオルが疑われていなくて)




