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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・ソワレ
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朝日を背に受けているノトルは、夕追いの丘を全力疾走している。

この付近には丘と言う名前が付いているが、実際は緩やかな下りの草原なので、自分の力以上のスピードで走る事が出来るのだ。

そんな丘には一本の大木が生えている。

そこが緑の谷だ。

遥か彼方の山も見えるほど見晴らしの良い場所にひっそりと有る大地の裂け目なので、地元の人間でも油断すると落ちてしまう。

だから昔の人が目印にと植樹したと言う。


「ギャァァァァァァーーーーー!」


もうすぐその大木に辿り着く、と言う所で何者かの悲鳴が夕追いの丘に轟いた。

小さい子の声に聞こえたのでノトルの焦りは最高潮になる。


「エピオル!」


谷の縁に膝を突き、落ちない様に雑草を握り締めてから緑の谷を覗き込むノトル。

底の底で銀髪の人間が小刻みに動いてる。

エピオルだ。

豆粒くらいの大きさだが、娘の姿を見間違えるはずはない。

動いているから取り敢えずは無事らしい。


「エピオール!!」


ノトルは力の限りに叫んだが、エピオルには届かなかった。

全く反応しないエピオルの近くで二人の人間が倒れている。


(あれは、ゾフィーとベッティーナ?どうだろう。降りてみないと分からないわね)


立ち上がったノトルは、谷の目印になっている大木に近寄った。

緑の谷の存在を知らない旅人がたまに落ちる事がある。

そんなうっかりさんを救助する為の縄梯子(なわばしご)が大木に縛り付けて有る、と言う話は村長から村人全員に伝えられている。

それを探すノトル。

縄梯子は皮袋に入っていた。

雨曝(あまざら)しだと縄が劣化するからか。

その縄梯子を谷に放り投げ、急いで降りる。

谷は凄く深いので、普段のノトルなら足がすくんでいただろう。

しかし今はエピオルの安否の方が優先されているから、恐怖心は完全に忘れている。


「ていっ!」


縄梯子は不安定なので、普通に降りていると時間が掛かる。

もどかしくなったノトルは、両足を空中に突き出した。

自由落下に身体を任せれば、あっと言う間に谷底に辿り着けられるはずだ。

当然ながら落ちるだけだと死んでしまうので、両手は縄梯子の縦の部分をスカートと共に握り締めている。

地面の近くでロープを握れば落下のスピードを和らげられだろう。

そして思惑通りに谷底に着地するノトル。

スカートからは摩擦が原因の煙が上がっているが、そんな事には構わずにエピオルに駆け寄る。


「エピオル、大丈夫?!」


虚ろな瞳で突っ立っているエピオルの肩を抱いて自分の方に向かせたノトルは、娘の姿に愕然とした。

まるで血を吐いたかの様に口から胸の辺りまでが真っ赤に染まっている。


「どうしたの?エピオル!しっかりして!!」


ノトルに激しく揺さ振られたエピオルは、金の瞳だけを動かして母と視線を合わせた。


「あ、お母さん……。助けに来てくれたんだ……」


血だらけの口を半開きにして微笑むエピオル。


「大丈夫なの?何が有ったの?怪我は?」


立て続けの質問に困った顔をしたエピオルは、少し空を見詰めた後、ゆっくりとノトルに視線を戻した。


「夢魔のチークって子が私達をどこかに連れて行くって言ったの。そんなの嫌だって言ったら、背中を刺されたの」


「え?!」


驚いてエピオルの背中を確認するノトル。

確かにパジャマが刃物で切られていて、切り口に血が付いている。

しかしその小さな背中には傷が無い。


「そ、それで、そのチークはどうしたの?逃げちゃったの?」


「ううん、私が喰べちゃった」


「え?たべ、た……?」


「うん。だって、嫌だって言ってのに無理矢理にどこかに連れて行こうとするんだもん。気が付いたら喰べちゃってた」


ニィ、と笑うエピオル。

ノトルには、その時のエピオルの笑顔がとても邪悪に見えた。

ショックで固まるノトル。


「だからもう朝御飯は要らない。お腹いっぱいだから。ごめんね、お母さん。うふ、うふふ……」


(ああ、そうか。夢魔の生き血を飲んだから背中の傷が治ったのね。これは、もう……)


「おーい!ノトルニスさーん!大丈夫かー!!」


緑の谷に男の声が響いた。

今まで敢えて避けていた考えに耽っていたノトルは我に返る。

名前を呼ばれたって事は、村の人か。

そう言えば、今日は大勢で行方不明者を探すって話になっていたんだった。

なら緑の谷みたいな怪しい場所を真っ先に探さない訳は無い。


「え、ええー!大丈夫ですー!」


「待ってなー!今行くからー!」


縄梯子を揺らせて男が降りて来る。

その様子を見上げていると、エピオルがいきなり気を失った。


「エピオル?!」


ぐったりしているエピオルの呼吸を確かめて安心したノトルは、慌てて娘に付いた血をハンカチで拭いた。

怪我をしていないのに口から血を垂らしているのは怪し過ぎるから。

その拍子でエピオルの牙が露になる。

昨日までは普通の犬歯だったはずなのに、獣みたいな尖った牙になっていた。


「ああ、エーレン……。私はどうしたら良いの?教えて……、助けて……」


「ノトルニスさんが全力で走って行くのを見掛けてね。追い掛けて来たんだ。……どうしたんだ?」


娘を抱いて震えているノトルに近付いて来る中年の男。

そして気絶しているエピオルの顔を覗こうとしたので、牙を隠す様にハンカチを掛けた。


「あ、カロッサさん。エピオルは大丈夫です。それより、ゾフィーとベッティーナをお願いします」


「血だらけじゃないか!!」


「こ、これは……、この事件の犯人の血です。色々有って、私が殺してしまったんです」


エピオルの口を拭いたせいで手が赤くなっていた。

ノトルはとっさに思い付いた嘘でごまかす。


「は、犯人って、これ、かい?」


足元に落ちているピエロ姿のミイラをつま先で突付くカロッサ。

そんな所に死骸が有ったのか。

気付かず、隠せなかった自分の間抜けさに唇を噛むノトル。

本当なら手に付いた血も見られてはいけなかった。

夢魔が誘拐犯なら証拠は夢の中にしか残っていないはずだから、犯人は逃げたとウソを吐けたものを。


「赤ん坊、に見えるが……」


「見た目はそうでも、実際は違います。正体は夢魔と言う魔物ですから。……詳しい話は村に帰ってからにしましょう」


さっきは間抜けだと思ったが、良く考えたら人殺しより魔物殺しの方が良いかも知れない。

殺人は問答無用で罪人だが、魔物が相手なら無罪になるかも?

取り敢えず時間を稼ぎ、気持ちを落ち着かせよう。

エピオルは無害な被害者で、ノトルが運良く事件を解決したと言う方向に持って行かなければ。


「ああ、そうだね。村の人に二人が見付かったと伝えなきゃ」


「あ、ゾフィーとベッティーナはどうしましょうか?夢魔に眠らされたのなら、きっと当分起きませんよ。……エピオルも」


「俺が担いで上がるよ」


「いえ、それは危ないですよ。申し訳有りませんが、一旦村に帰って人手と道具をお願いします。私はこの子達を見ていますから」


「分かった。ナトルプとクルシィウスが村の外に出ようとしていたのを叱ってから来たから、あの子達はまだこの付近に居るかも知れない」


元気が有り余っている子供達を使えば、四方に散っている捜索隊に素早く伝令する事が出来るだろう。


「じゃ、すぐ戻って来るから、娘達をお願いします」


「はい」


素早く縄梯子を上って行くカロッサ。

その様子を目で追いながら壁際に寄ろうとしたノトルは、何か堅い物を蹴っ飛ばしてしまった。

それは物凄い力によってくの字に曲げられた大剣だった。

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