13
「ご馳走様でした。美味しかったです」
ナプキンで口を拭う少女達。
ノトルが見る限り、四姉妹の行儀は良い。
キチンとした教育を受けている貴族の姉妹だろう。
「どういたしまして。それでは自己紹介でもしましょうか。私はノトルニス。この城でメイドをさせて頂いています。で」
食卓の上座に立っているエーレンを目で促すノトル。
「私はこの城の主、エーレンスレイヤーです」
上品に礼をするエーレンに応えたのは、金髪を編み上げている少女。
「私はコロス家長女、テスピスです」
次に地下牢でノトルを睨んでいた黒髪のポニーテール少女が口を開く。
「次女、ソフォクレス」
「三女、アイスキュロスです。宜しくお願いします」
金髪のオカッパ頭が可愛いアイスキュロスは言葉付きが丁寧だ。
「この子は四女、エウリピデスです。ほら」
一番小さい栗色癖毛の女の子の代わりに長女が名乗る。
「よろしく……、おねがいします」
長女に軽く背中を押されたエウリピデスは、やっと聞こえるくらいの小さな声で言う。
人見知りをする子らしい。
「はい、宜しくお願いします。で、これから貴女達がどうなるか、ですけど……」
エーレンが言い淀むと、四姉妹の表情が曇って行った。
それに気付いたノトルが咳払いし、主人に話を続ける様に促す。
「状況を確認しましょうか。貴女達は何者かに攫われた後、私の父に買われました。そして、私の父は私に貴女達を譲った」
「つまり、今の彼女達はエーレンの所有物って事ね。私もそうです」
エーレンの言葉を簡単に訳すノトル。
「それだけでしたらノトルの様にメイドにするなり、貴女達の自宅に帰すなり、私の自由なのですが……。それもままならないのです」
「何故ですか?」
長女が訊くと、エーレンは言葉に詰まった。
「全てはエーレンの甲斐性無しのせいでしょうね」
代わりにノトルが素っ気無い言い方で応える。
ここは魔界である事。
彼はバンパイヤである事。
しかし人の血を吸う行為に疑問を持っており、それが出来ない事。
跡取り息子が人の血が吸えないので、彼の父親が頭を痛めている事。
その問題を解決しようと、血を吸いたくなる様な少女を彼の手元に置いた事。
それらノトルが知っている情報を簡潔に説明する。
すると、次女が眉を顰めた。
「……もしかすると、その人がしっかりしていたら、私達がここに来る事は無かったのか?」
首を横に振るエーレン。
「この城には来なかったでしょう。が、恐らくは父の城で一緒だった人達と同じ運命を辿ったでしょうね」
「あの方達と?あの方達はどうなってしまわれるのですか?」
不安そうに問う三女から四女に視線を移すエーレン。
「それは知らない方が良いでしょう」
エーレンの真意を察した長女が話を変える。
幼い子供には聞かせられない運命が待っている事は想像に難くない。
「それで、私達はどうなるんですか?」
「私に血を吸われます」
「え?吸うの?」
驚くノトル。
それが出来ないから話がこんがらがっているんじゃなかったのか?
「だから、その相談をしていた途中だったじゃないですか。地下牢は寒いから、彼女達を先ずここにと」
「そうでした。エーレンが結論を出さないといけない話だったから、興味が無かったんでした」
「興味が無かったって……。良い案が見付からなければ、私は貴女達の血を吸わないといけないんですよ?」
「だから、私はエーレンの判断にお任せするつもりですってば。私の血を吸えば彼女達を返しても良い訳ですし」
「貴女は血を吸われても良いと?」
「勿論嫌ですよ。でも、魔界に居る人間は魔物の食糧なんでしょう?ここに居ると決めた以上、それなりの覚悟はしてますよ」
「ノトル……」
情けなく肩を落としているバンパイヤを見た四姉妹が戸惑う。
自分達の命を握っている人に迷われると不安で仕方なくなる。
「ウジウジしててハッキリしないなぁ。なるほど、確かに甲斐性無しだ」
吐き捨てる様に言った次女を肘で突く長女。
元々口の悪い子だったが、ここで暴言なんて恐れ知らずにも程が有る。
場の雰囲気が悪くなっていない事を確認した長女は、エーレンとノトルの表情を探りながら訊く。
「それで、エーレンさんは私達をどうなさるおつもりなんですか?」
「今、それを悩んでいるのです。答えが出るまでしばらくお待ちください」
「やだ。帰る」
四女が拗ねた風に小声で言う。
母親が恋しい盛りの幼子だから、今すぐ家に帰りたいんだろう。
その気持ちは分かるし、今すぐ帰してやりたいが、どうにも出来ないのだ。
「……しばらくの辛抱です。城の事で分からない所が有りましたらノトルに聞いてください。失礼します」
「え?ちょっと、エーレン!?」
脇目も振らずに自室に戻るエーレン。
暖炉の前に残された少女達の間に微妙な空気が漂う。
「もしかすると、ヘソを曲げたエウリピデスが面倒になって逃げたのか?あいつの精神年齢って、アイスキュロスより低いんじゃないか?」
呆れ顔の次女に苦笑を返したノトルは、真顔になってから暖炉に薪を足した。
エーレンが頼りないのなら、ここはノトルがしっかりするしかない。
四姉妹の命が掛かっている以上、彼の成長をのんびりと待ってはいられない。




