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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十二章
117/122

12-5


 上と左右から来る攻撃。右側に身を傾けながら取り出した盾を上からの電撃の刃に向けて放り投げる。雷に破壊されながらも受け切った盾を見届けながら視界の隅から来る拳を片腕で受け止める。想像以上に痛い。こいつ、見た目通り格闘系全振りか。

 しかも受け止めた腕を掴みにかかると同時に足払いまで仕掛けて来た。

 足を後ろに下がらせて足払いを避け、反撃しよう思ったが咄嗟に槍を取り出して後ろを振り向きながら縦に構えた瞬間、巨漢からの斧が襲い掛かってきた。

 槍を盾にしながらも衝撃で足は浮き、俺の体は派手に吹っ飛ばされる。だが途中でいきなり急停止がかかり、地面に落ちてしまう。

「ああ、面倒な!」

 槍を上に放り投げて短剣を取り出す。いつに間にか俺の片足には鎖が巻きついており、その鎖はPKの手甲にまで伸びている。おそらく、俺が吹っ飛ばされる瞬間に巻きつけていたのだろう。

 頭上で放り投げた槍に雷が落ちたのを耳で確認しながら短剣を鎖の輪の中に突き刺す。短剣が固定具の代わりとなって、俺を引き寄せようと鎖を引っ張るPKの邪魔をする。

 三対一とか最悪だ。霧のせいで動きも分かりづらい。数と地の二つで不利とかもう駄目だ。

 足に絡まる鎖を外している間にも巨漢のPKがこっちに向かって駆けてくる。それよりも早くファウストの魔法が俺を直撃するだろう。

「クソがっ!」

 悪態をついた時、頭上に影が差す。魔法ではない。ファウストは雷属性の魔法ばかり使っていた。雷なら影より光だし、知覚するよりも早くダメージを受けている。麻痺効果もある雷をここで使わない理由もない。

 なら何なのかというと、影の原因はシーラであった。

 どこから飛び出して来たのか、シーラが覆い被さるようにして立っていた。気付いた瞬間には雷がシーラに直撃する。

「――つぅ!」

 麻痺状態になったらしく、痺れを我慢する面白おかしい顔をしたままシーラは指一つ動けない。無防備な姿を晒すとは分かっていただろうに庇うとは。

「……リュナに続く肉盾だな」

「馬鹿な事言ってないでさっさとしなさい!」

「ああ、助かる」

「………………」

 そこで――あんた、お礼言えたの? とか言いたげな顔するなよ。

 シーラが盾になってくれたおかげで麻痺にはならずに済み、俺は鎖を解いていく。その間にも巨漢が斧を構えて走って来るが、その横から霧を掻き分けてスライムが飛び付いた。

 リュナのペットであるぶくぶくだ。下が粘液、上がドラゴンの頭という幼稚園児が粘土で恐竜を作ろうとして途中で飽きたような姿をしたリュナのペットは巨漢の腕に噛み付く。

 もう一人のPKにはリュナが腕を竜のそれに変えて殴りかかって行くところだった。

「来てたならせめて合図の一つでもしろよ」

 漸く鎖を解いて立て上がりながらアイテムボックスから状態異常回復の魔石を取り出してシーラに使用する。

「言ったら油断しそうだったので。シーラ様、あの方向に取り敢えず撃って下さい」

 麻痺から回復したシーラが弓を取り出し、仰角を広くとって矢を放つ。弓スキルの広範囲攻撃〈アローレイン〉だ。

 霧の中では命中したのか目視出来ず、矢が屋根の板に刺さる音だけが聞こえて来る。しかし、シズネが霧の中に向けて銃を発砲すると、小さな呻き声と物が地面に落ちる音がした。

「……ファイアーボール」

 声のした方向に向けて魔法をぶっ放す。火の玉が霧の向こうに消え、爆音と人の慌てる声が聞こえた。

「……サイクロン」

 今度はシーラが風属性の魔法を放つ。悲鳴が聞こえた。

「左の方に移動しましたね」

 アイテムボックスから銃を撃っては使い捨てるシズネの誘導に従って二人で魔法を連発する。魔法的な霧なので爆風や突風でも霧を晴らす事は出来ないが、心なしか密度が減った。逆に逃げる仮面男の叫びは増えたが。

 見えない敵に向かってシズネの指示通りに魔法を撃つという難度が高くも中々楽しいシューティングゲームをしていると、巨漢のPKがスライムを引き剥がしてこっちに突進して来た。

 振り落とされる斧の一撃を俺達は後ろに跳んで避け、PKから距離を取る。別の場所では爆発が生じ、爆風に乗って手甲のPK巨漢の男の横に降り立った。

「あのガキ、自爆しやがった!」

 前に誘拐された経験踏まえ、リュナには自爆兼狼煙として幾つか爆弾を渡している。それを使われたのだろう。

「逃げんなコラーッ! かかってこーい!」

 自爆した当人は逃げたPKに向かって叫びながらシャドーボクシングしていた。身体中の煤から爆発の大きさが知れるが、本人はいたって元気そうだ。

「数の上ではこっちが有利になった訳だが、どうする?」

「数が増えた途端強気になるクゥ様ステキですー」

 シズネの煽り芸が炸裂するが無視する。

 俺の言葉に応えてか、霧の向こうから燕尾服姿のファウストが姿を現して仲間の中心で立ち止まる。

「勝つのが目的ではないので。このまま足止め出来れば十分ですよ」

「ああ、そう」

 言葉通り、グランドクエストの妨害が目的なのだろう。騒ぎを起こして街のモンスターを誘き寄せた上で幻覚の霧を使う。撹乱には成功しているのにPKは三人しかおらず決め手に欠ける。

 何処かに他の仲間が隠れていて、有力PLの闇討ちをしている可能性もあるが、それならもっと大騒ぎになるだろうし俺なんぞに構っている暇は無いはずなのだが…………。

「ところでこの霧だけど――ムッツリが!」

「いきなり何を言っているのか」

「いや、これが使えるって事はつまりそういう事だろ」

 この幻覚の霧は淫魔が使うスキルだ。俺が手に入れた経緯を考えれば、入手条件は絞られてくる。

「激しくブーメランな発言をしてい自覚はあるかな?」

「行きつけの店はサキュバス揃いの店ですが? 一時期行きまくってましたが? それがなぁにぃがッ!?」

 後ろからシーラに蹴られた。

「子供のいる場所で何を言ってるの。これだから男って…………」

「しかもクゥ様は本命に手を出さないヘタレから来るストレスの発散で通っていますからね。正に女を食い物にする鬼畜野郎」

「うっわ、本当に最低。男以前に人としてクズね」

「きちくー、さいてー、くーず!」

 味方が一人もいねえ。

「待て待て。それならあの仮面野郎はどうなる。あんな格好をして気取ってる分、より酷いだろ」

「知らないわよ。だいたい、大方は予想出来ても詳しい入手条件なんて分からないから何とも言えないわ。淫魔のスキルを使用出来るなんて、攻略掲示板にも載っていないじゃない」

「もしかすると複数の入手方法があるのかも知れませんし、何かしらの派生スキルの可能性もありますね。クゥ様はアレですが」

「何で敵のフォローしてんだよ!」

 この世は全て敵しかいないのか。

「ファウストはサキュバスに逆レイプされて生き残ったら手に入れてたぞ」

 思わぬところから衝撃の事実がいきなり明かされた。

「おい止めろ馬鹿」

 ファウストが仮面からでも分かるほど必死に止めようとするが、もう遅い。手甲のPKの言葉は止まらない。

「俺らが救助しなかったら間違いなく死んでたな」

「哀れ…………」

 巨漢のPKの一言が正にそれを表していた。

 サキュバスとか聞くとエロい想像しか起きないが、要はあいつら体液の摂取で生命力を補充している訳で、蚊やヒルと変わりはしないのだ。手段が性的なだけで。ゲーム開始して間もない頃は油断したPLがサキュバスに吸い殺されるなんてザラにあった。アマリア達のように人間の街に店を構えて加減して共存しているのが稀なのだ。現在行方不明のフェブリスが店を構えていたエコンラカでも娼館はあったが、天国を見せるが命の保証も無かった。

「なまじ女受けする顔だったばかりに……」

「仮面はその後から付けるようになった」

「同情するフリをして人のトラウマをほじくり返すな! そっちも哀れみに満ちた目でこっちを見るなァ!」

 だって、なあ。どうでもいい事実まで発覚した挙句その原因が仲間からだとか最早可哀想としか言葉が出ない。

「ところであいつら時間計ってたりする鬼畜だけど――何秒だった?」

「止めろォッ!!」

 哀れファウストは頭を抱えて悶絶し始めた。

「どうしていきなりこんな話になった!?」

「いや、向こうのやり取り見たらこっちも対抗しようかな、と」

「そんな空気を感じた」

「張り合ってどうする!」

 ハイドといい、あいつらアンクの仲間達って実は芸人かパフォーマーか何かなのだろうか? 体術もチームワークもいいのだからサーカスでも開けばいいのに。

「聞いた話ですとクゥ様の場合は酔った勢いらしいですが……一番最低ですね」

「なにやってんのよ……」

「文句ならアマリアに言え。それに隙が出来ただろう」

 冷淡なガラスの瞳と信じられないような物を見るような目からの視線を無視し、アイテムボックスを開く。普段は肥やしになっている武器の使い時だ。

「リュナ。眼、使っていいぞ」

 話に飽きて地面のひび割れを爪で穿っていたリュナに許可を出す。

「俺にじゃなくて向こうに使え」

 こっちに振り向きそうになったリュナの角を掴んでファウストの方に向けさせる。

 リュナのアクアマリンの瞳が妖しく光り、〈魅了の魔眼〉を発動していた。

精神抵抗値が高いので俺とシズネは平気だが、シーラがどうなるか分からない。こいつの場合、魅了されたところで変わらないだろうが。

 俺と行動を共にする前、リュナは数人のPLを率いて暴れていた。PK行為まではやっていないが、物を壊したり好き勝手に暴れ回っていた。特に問題なのは対象を魅了して言う事を聞かせる〈魅了の魔眼〉を持っている点だ。これでPLの頭を緩くして手下にし、追手の動きを封じて逃げていた。

 俺がこいつの担当になったのは精神抵抗値の高さとその手の能力に色々と慣れてしまっていたせいだ。

 久々に解禁された魔眼。本来なら倫理的な理由と対外的印象があるので使わせないが、相手が指折りのPKなら問題は無い。

 リュナに視られた二人のPKの体が硬直する。完全な魅了状態になってはいないがガキに誘惑されかける男共という光景が出来る。

 けれど、やはりファウストは完全に無効化したようで、すぐに反撃の魔法を放ってきた。

 俺はリュナの襟を掴んでそのまま真っ直ぐに伸びてきた雷撃を横に避ける。シズネとシーラは反対側に跳ぶ。

 リュナを手甲のPKに向けて放り投げ、俺はファウストに向かって走りながら得物を取り出す。リュナを追いかけてスライムも俺の隣を滑る。

「このまま彼らを倒すのですか?」

「適当に相手してやるだけだ。この霧もそう長くは続かない。だけど、あいつらの目的通りここで足止めは気に食わない。出来れば正確な目的を知りたい。そして出来れば、城に行くぞ」

「城に行くぞ――らしいですよ」

「何を格好つけているのか。もっと普通に言えないの?」

「しかも元から行く気満々なのに動機を他所に押し付けるスタイル」

「優柔不断なのは男だろうが女だろうがウザいわよね」

 普通に言っただろ。そんな――キリッ、とした感じで言ってねえし。というかお前ら本当は仲良いだろ。

 シズネとシーラの馬鹿にしてるのか愚痴ってるのか分からない言葉を背中で聞きつつ、俺はアイテムボックスから取り出したハルバード状のポールを大きく振り下ろす。

 根元が外れ、鎖に繋がった刃がファウストに向かって飛んでいく。

 ファウストは身を躱し、空振ったハルバードの刃は地面に突き刺さる。俺は走りながら残った柄を真ん中で外し、更に石突の根元を外す。鎖で繋がった石突の部分をファウスト向けて足で蹴る。

 避けきれないと判断したのかファウストは杖を前に出して構えた。

 俺は石突と鎖で繋がっている柄を片手で振る。その動きは石突にまで伝わり、ファウストに当たるかと思われた石突はその横にいた巨漢の男の方へと曲がり、腕に絡みつく。巻き付いた鎖は更にPKの腕を凍らせていく。

「何だその武器は!?」

「大道芸道具」

 説明するのが面倒な上に正直に教えてやる義理は無いので巫山戯て返す。実際のところ、使ってる俺でさえよく分からんが一杯一杯で頑張って使っているのだから詳しい説明なんて出来るはずも無いのだ。

 そんな本音を隠しつつ、俺はPK達に攻撃を仕掛けた。




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