12-4
顔の無いマネキン人形が三体、手首から伸びる両刃の剣でそれぞれ三方向から突いて来る。
俺は屋根を蹴り、目の前から来るマネキンの頭部に先んじて蹴りをくれる。そのまま勢いを殺さずに後ろへと倒れるマネキンを飛び越えて再び屋根の上を走る。
後ろからマネキンの動く音が聞こえるが、それを無視して兎に角足を動かす。アクション映画や時代劇の殺陣のように敵を薙ぎ払いながら進むなんて出来やしない。一撃でモンスターを倒すとかよっぽど攻撃力と防御力に差が無いと無理だ。
だから取り敢えず障害に一撃を加えて通過点として捌く程度に止める。こんな所で足なんて止めていたらフクロにされてしまう。
魔族連中に見つかった後、賞金首らしく俺は逃げ回っていた。勿論、街の全ての魔族やモンスターが俺に集中している訳ではなく、グランドクエストを受けていた前線組にも向かっていた。だが、ファントム達の妨害があろうとあいつらなら大丈夫だろう。だって俺の方がキツいんだからそれ位は頑張って欲しい。
街の殆どと言っていい数のモンスターが俺に集中攻撃してるんだぞ。次から次へと集まって来やがって俺が一体何をしたと云うのか。いや、色々壊したり放火したりしたけど。
前方に機械仕掛けのゴーレムが待ち構えているのが見えた。男子らしくロボットカッケーと童心に返ってみたい欲求に駆られるが、それをした途端に全身串刺しだ。システム上、体力バーが残っていれば穴あきチーズでも死なないが、痛いのは勘弁だ。
柄の頭に鎖が付いた短剣を物見櫓らしき塔に向かって投げる。短剣は塔の壁面に突き刺さった。
鎖の端を掴み、ゴーレムから逃げる為に屋根から飛び降りる。短剣の刺さった塔を支点に伸びきった鎖は円を描きながら俺を向こう側に連れて行く。
都会のターザンごっこをしていると、ヤシの実にヘリコプターの羽を付けたような小型のドローンっぽいモンスターが数体追いかけて来た挙句に何か銃口っぽい棒をこっちに向けて来たが、どこからか発射された銃弾によってモンスターが吹っ飛んだ。他の同種のモンスターも間を抜けていった矢が起こした衝撃波によってバランスを崩す。倒しはしていないものの、モンスターが撃ってきた弾丸は俺から大きく外れる。
屋根の上に逃げた俺とは違い、路上から逃げていたシズネとシーラの援護だろう。
二人の姿を探さず、鎖を持つ手とは逆の手で鞭を取り出しながら鎖から手を離す。慣性の法則を再現した物理演算は見事に俺を宙へと放り投げた。
「よっと……」
別の塔の天辺にある屋根の出っ張りに向けて鞭を振るい、巻き付けてターザンをまた行う。
モンスター達が躍起になって銃や砲をバンバン撃ってくるが、命中率は悪い。いや、砲の場合は余波があるのでダメージは受けているから全く無傷では無いが。
振り子のように移動して塔の壁に足を付けると〈壁走り〉で壁面を上って屋根に移動する。追ってきているモンスターとは距離がある程度離れたので街全体を見渡せる余裕ができた。
城下町は結構な混乱状態にあった。俺が逃げ回っているのもあるが、グランドクエストを受けていたPL達が魔王軍のモンスターに襲われている。その中には先程ファウストの仲間に襲撃を受けていた大剣使いとその仲間も含まれている。
それ以外のPLは眼中に無いようで、邪魔をしなければ何もしていないようだ。それなのに俺が集中して狙われているのが納得いかないが、それは別にいい。
こんな混乱の時ほど、暗躍する俺カッケーって感じでPKがはしゃぐのがパターンなのだが、最初の攻撃以降ファウストや手甲の男、大柄な男の姿が見えなくなっていた。
「おい、アイタタな連中どこ行った?」
『分かりません』
ボイスチャットでシズネに一応聞いてみるが、やはり分からない。
『今更ですけど、何なのでしょうか、あの人達は』
「俺が知りたい」
リュナを攫ったかと思えば今度はPLのクエスト妨害。奴らのリーダーっぽいアンクが最初に俺に接触して来たのも含めて、遊んでからかっているようにしか思えない。
いや、本当に遊んでいるんだ。
『いた。中央の屋根の上!』
シーラの声が割り込んできた。即座に反応して顔を上げると、いつの間に登って来たのかファウストの姿が街の中心近い建物の屋根の上にいた。隣には頭に槍突き刺さったままな巨漢のPLもおり、大きな樽を抱えている。
巨漢が樽を屋根に下ろすと直ぐに下へと飛び降り、そこに残ったのはファウストだけだ。恐らく樽を運ぶだけの役割だったのだろう。ある程度の大きさになるとアイテムボックスに入れて持ち運び出来ないからだ。
一体何をするつもりなのか。爆弾か、それとも大量の魔法媒体が樽に入っていて魔法での爆撃でもやるつもりか。だとしても護衛であるはずの巨漢が消えた意図は分からないが。
ファウストも塔の上にいる俺に気付いたが、虫して樽の蓋を杖で叩いて割った。途端、距離が離れていても鼻腔に届くほど濃厚なあまい香りがした。
「――幻覚だ!」
全体チャットで誰彼構わず伝えながら、腰の収納スロットから銃を取り出してファウストへと銃スキルを発動させる。
「ブラストバレット!」
着弾点で爆発し吹き飛ばし効果のある銃弾が真っ直ぐにファウストと樽の間に割り込み、爆発を起こす。直後、爆発地点から爆煙を飲み込んで紫色の霧が津波のように周囲へと広がった。
「チッ、遅かったか」
スキル発動による硬直が解けてから辺りを見回す。サキュバスが使う幻覚を見せる紫色の霧をファウストは使ってきた。サキュバスと有効な関係を築く事に成功して何かしらの条件をクリアすれば俺のようにPLでも使えるんじゃないかと思ってはいたが、まさかあの仮面野郎が使えるとは予想外だ。
霧は流石に街全体とまで行かないが、かなり広範囲にまで広がっている。わざわざ屋根に登ったのは高低差をカバーする為だったようで、霧は塔の屋根近くまで来ている。
濃い霧のせいで下の様子は分からないが、急に静かになった分嫌な予感しかしない。
「おい、そっちはどうなってる?」
『シーラ様はサキュバスとレズっているような方ですので慣れているようです』
『棘があるわね』
シズネは魔導人形なのであまりこの手の幻覚は効かない。シーラもサキュバスの所で保護されていた経験からか精神抵抗力は強いようだ。
『ただしリュナ様は酔っ払って厨二病を発揮されています』
どうでもいいな。
「取り敢えず、リュナと一緒に隠れてろ。また攫われないとも限らないからな」
『クゥ様はどうなされるので?』
「逃げるに決まってるだろ」
会話の終わりに霧の中からプロペラで浮遊する小型モンスターが数体飛び出して来る。機械や無機物系にも幻覚の類いは効かない。効く時もあるが、あまり期待しない方が良い。
俺に気付いたモンスター達が一斉に突っ込んで来た。屋根から飛び降りて回避し、霧の中に自分から突っ込んで記憶頼りに家屋の屋根に着地する。
幻覚は効かないが、視界が完全に覆われて何も見えない。自分で出した霧なら見渡せるのだが。
この霧の中では幻覚にかからなくても視界が悪い。音もくぐもっているような気がする。人に使われる面倒なスキルだなクソッタレ。
「アクティブソナー」
動きに探知する魔法を発動させる。〈聞き耳〉も使用しているがあまり当てにならないだろう。〈竜人の血〉や〈獣人の血〉を持つPLなら赤外線を見れたり臭いを辿れるのだが。
無い物ねだりをしたところで仕方がない。マップを広げ、ルートを探る。同時、〈気配察知〉と〈アクティブソナー〉に反応があった。いきなりか。
霧の中から四脚戦車が二体現れる。ドラム缶に足をつけたような形をしている戦車は中央にある赤い単眼のレンズで俺の姿をはっきりと捉えており、眼の下にある小さな砲口を向けてきていた。
拳サイズの弾を避けながら戦車に向かって走り、二体の間を抜ける。すれ違いざまに剣を引き抜いて左側のモンスターを斬りつけ、そのまま体を回転させて右側のモンスターの背中を斬る。
戦車型のモンスターはよろけながらも急停止と反転を同時に行う。俺は第二射が発射されるよりも早く剣を投擲して片方を攻撃し、すぐさま投擲槍を取り出してもう片方に投げる。
爆薬の仕込んだ槍はモンスターに突き刺さった直後に爆発し、その余波によって剣が刺さった方も体力バーがゼロとなって消滅した。
「面倒だな」
ロボ系は幻覚どころかこの霧さえも障害にならないモンスターがいる。ネームドじゃないし、そう苦戦する事もないが、奇襲が厄介だ。それにPKであるファウスト達もいる。使用者であるファウストなら霧の中を自由に歩けるし、あいつとパーティー登録をしているであろう他二人も霧の中が見えている筈だ。
「どうするかな……」
暫し悩んで、決める。放置しよう。
そもそも俺の目的は城の内部に入ってユリアのそっくりさんをざんばらり--ではなく事情聴取する事だ。前線組のパーティーを見張ってたのは城に入る方法を見つけるためで、助けてやる義理は無い。寧ろこっちが助けてほしい。
なので、ここは一つ初心に戻って城に突入しよう。幸い、この霧のおかげで他のPLに目撃される事はないだろう。
霧に包まれた路上から城に向かって歩いて行こうとした直後、〈気配察知〉が反応した。
反応は斜め後方から。咄嗟に逆方向へと跳びながら振り返り、防御を取ろうとするが遅かった。
霧のせいで〈気配察知〉まで反応が遅れ、どこから攻撃が来るのか直前の揺らぎでしか判断できなかった。
何が来たか察した時点で顔面に手甲で覆われた拳が叩き込まれた。
殴り飛ばされ、地面を何度も跳ねて転がる。視界がグルグルと回っても霧しか見えないが、次に来る追い討ちを予測して地面を叩き、横に転がる。直後、斧らしき刃が隣の地面に落ちていた。
起き上がり、直ぐにまた後ろに跳び退く。ついさっき俺がいた場所に雷の刃が三枚落ちて地面を抉った。
「不意打ちばっかだな!」
棍を取り出しながら霧の中に向かって怒鳴る。間違いなくファウスト達だ。
「お前ら、向こうのトップPLが狙いじゃなかったのかよ。俺の相手なんてしてていいのか?」
「向こうはモンスターがどうにかしてくれる。それに私達の目的はグランドクエストの妨害だ」
霧の中からファウストの声が聞こえてくるが、出所は分からない。
「いや、それなら尚の事通せよ。俺、元からグランドクエスト受けてないから関係ないだろ」
「何があるか分からないのでね。どんなプレイヤーだろうと城に行かせる気はない。尤も、君が姫を殺してくれるのなら話は別だが」
この国の王女がグランドクエストのキーキャラクターだ。彼女が消えればグランドクエストは達成不可となるのだが、俺にとってはどうでもいい。
ユリアは城にいるが、その姫様とは別人で関係が不明だ。幽霊染みた外見をしていた奴のことだからもしかしてゴースト役なのかもしれない。
「ぶっちゃけ趣味じゃない」
「姫が駄目なら、もう一人の人形姫ですかな? だとするなら、余計に通せませんね。あの男の妹、死してなお世界にしがみ付いて一体何を持ち帰ったのか分かったものじゃありませんから、ね!」
ファウストが語尾を強めたと同時に左右からPKが、そして頭上から雷が襲ってきた。
キャラクター設定の方はまだまだ先になりそうです。思った以上にキャラ多い、極力ネタバレせずに設定。読みやすいよう構成を考えてたらと、中々難しいものです。