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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十二章
114/122

12-2


 エノクオンラインのグランドクエストは魔王討伐の為の下準備だ。シナリオ的にその地方の事件を解決して行き、NPCの協力者やら情報、有効なアイテムを手に入れていく。

 ゴールドによって多くのパーティーを投入出来る程の物資(アイテム)を確保出来るのでグランドクエストを全てクリアする必要も無い訳だが、レアアイテムは魅力であるし魔王城攻略にも欠かせない情報も手に入るので大体の前線組がグランドクエストをクリアして行く。

 ――で、何でいきなりグランドクエストの話が出たのかと言うと、真面目にクエストをこなしていくPLの裏で色々とあーだこーだする事になってしまったからだ。

 アールと再会した俺が受け取ったフォトには多少の外見の変化はあったものの間違いなくユリアが写っていた。死んだ人間のNPC化なんてもう慣れてしまったので別段驚きはしない。問題は俺にそれを見せた意味にある。


「いーやーだー」

 シーラの胡乱な目にも構わず俺はフォトをアールへ放り捨てながら声を出す。

「まだ何も言ってないんだけど」

 フォトを拾い上げたアールが溜息を漏らしてそれを見下ろす。フォトには恐らく城下町から望遠を使って撮られたと思われるユリアの姿があった。

「俺に見て来いってんだろ? やだよ。というかレーヴェにやらせろよ。担当区じゃなくても兄貴なんだし理由になるだろうが」

 各地方には四大ギルドがそれぞれ担当している。別に誰かが強く言った訳ではなく、別の地方で活動したところで誰も文句は言わない。ただ巨大ギルド同士のリソースの奪い合いにならないようにとか、そこの空気的なものだとか、取り敢えず暗黙の了解的な何かで担当が決まっている。

 レーヴェの〈イルミナティ〉の担当は火と雷、南と南西だ。ユリアが写っていたのは南東の金属性、〈オリンポス騎士団〉の担当だが、レーヴェがそこに現れた程度で問題になる筈もなく、ユリアと同じ姿のNPCがそこにいるとなれば例え文句があっても口を噤むだろう。

「伝えたけど――今は会う必要性が特に感じられない、だってさ」

 あの帝王様がッ!

「それで何で俺?」

「そのレーヴェからの推薦」

 ゴールドは人の精神力を浪費させるが、あの兄妹は人の精神を圧迫させるな!

「正直、クゥは使い勝手が良いんだよ」

「おい」

 人を便利屋か何かと勘違いしてないか?

「やらかしまくっているからでしょう」

 NPCのウェイターから紅茶の道具一式を奪って人数分を入れていたシズネが言わんこっちゃないと溜息を小さく吐いた。

「というか、会ってどうしろと? 俺の経験談から言わせて貰うとNPC化した奴は頭おかしいのばっかりで、顔を合わせた途端に殺しにかかってくる可能性だってあるんだぞ」

 寧ろ嬉々として追いかけまわして来そうで怖い。

「それはクゥの周りだけだと思うんだけど。それに、友好的な人だっているでしょう」

「アール様の言う通りですね。謝って下さい。誰にとは言いませんが」

 このメイド面、暗にだがとうとう認めやがったぞ。

「信用云々はクゥ次第だよ。それで目的だけれど、彼女はエノクオンラインのシステムについての情報を持っている可能性が高い」

「それって、脱出する手段が見つかるって事!?」

 今まで黙っていたシーラが反応を示した。まあ、今のアールのセリフじゃあ、ログアウト出来ると思ってしまっても仕方がないだろう。

「残念だけど、そう都合の良い情報までは持っていないと思う。勘違いさせてしまうような言い方をして悪かったよ」

 やんわりとアールは訂正する。

 そんな都合良くログアウト出来る手段が見つかる訳ないんだが、だとしたら一体何の情報を持っているのか。そもそも何で知っている事を知っているのか。

「レーヴェが言っていた。多分、写真の彼女は他のNPCよりも権限が上だから色々と情報を開示出来るかもしれないって」

「何でそんな事が分かるんだよ」

「剣」

「…………あー、アレ」

 レーヴェがメイン武器にしている気持ち悪いインテリジェンスソードを思い出す。アレなら知っていてもおかしくない。

「いや、待て。だったらアレから聞き出せよ」

 我ながら真っ当な事を言ったと思ったが、すぐに後悔した。

「………………」

 アールは視線をずらしてリュナを見る。それだけで言わんとしているのが分かった。

「……で、何で俺?」

 目的云々についてはもうどうでも良いや。フォトに写ったNPCには好きに喋らせて録音したデータを適当に渡せばそれで良いだろう。それ以外は知らん。

 それでも次の問題として、何故俺なのか。

「〈オリンポス騎士団〉がいるだろうが」

「彼らは単純にエノクオンライン脱出だけを目指しているからね」

 真面目な連中がハブってどういうイジメだよ。

 言いたい事は分かる。〈オリンポス騎士団〉は良い意味で一般人の集まりだ。皆で協力してエノクオンラインから脱出しようと頑張っている。

 ログアウトは全PLが一致(ここにずっと居たいと言う奴もいるが極少数)であるのは確かであるが、それが第一目標では無い連中も多い。

 ログアウトは当然。しかし、情報も持ち帰る。そんな企みの元で活動している連中もいる。

 ここは希代の天才(リアルチート)達が作った電脳世界なのが問題なのだ。最先端どころか数十年は先に行っている技術がここでは使われている。

 レーヴェは明らかにそれを回収するつもりだろうし、ゴールドやアールだって決して無視出来ない。対サイバーテロ課のキリタニさん達だって救助目的のついでに国から言い含められているだろうし、表に顔を出していないだけで各国の諜報機関がエノクオンラインに入っている。

 〈鈴蘭の草原〉でもその雰囲気を感じている筈だが、迷惑かけないなら勝手にしろと線引きしている集団だし、奇人変人集団ではある〈ユンクティオ〉は馬鹿の霊感でそういう境界を見切って好き勝手している。

 〈オリンポス騎士団〉だけなのだ。そう言った面倒な事と関わる事もなく、入り込む事なく、ある意味真面目にエノクオンラインをクリアしようとしているのは。

「こんな写真が撮れると言う事は他のPLだって発見しているだろうね。例えば、魔族と接触しているプレイヤーキラーとか」

 言われて最初に頭に思い浮かんだのはリュナを拐ったアンク達永遠の思春期集団だ。

「彼らに独占させるのはマズい。けれども〈オリンポス騎士団〉は巻き込めない。そこでフリーの君の出番と言う訳だ」

「えー」

「彼女と会うのは嫌かい?」

「嫌だ」

「でも、君好みになっている可能性があるよ」

「…………」

「エノクオンラインに来てからもう二年近く。開拓隊として一緒に行動してから随分経つ。君の趣味嗜好にはある程度予想はつく」

 この野郎。

「共感できないが理解は出来る。どうだい? 会ってみないか? そのついでに情報を手に入れてきてくれると助かるよ」


 そう云う事になった。

「押しに弱い……」

 うるせえ。

 後ろで溜息を吐くメイドロボを無視し、俺はユリアらしきNPCがいた城を見上げる。鐘と歯車で出来た何とも変わった城だ。

 各方角に魔王がいるように、各地には王が存在している。グランドクエストの殆どがその王国絡みで、魔王に有効な武器の場所を教えてたり実物をくれたりする。上手く高評価でクエストをクリアすると魔王城のモンスターを間引きするなどのオマケもあるのだが、肝心の魔王が自重してないので効果お察しだ。

 それでここが南東地方を統べる人間の国の首都なのだが、魔王に実効支配されているのが現状だ。

 ハッカー連中のクエストデータ解析によればここのグランドクエストは、この支配からたった一人残った王族である王女様を助けつつ魔族の支配から抜け出すと云うある種の王道だ。

 どこぞのPLが既にグランドクエストを始めているらしく、オープニングイベントである王の崩御は終わっている。そのPLには是非頑張って貰いところだが、後ろから誰かが追随してユリアに接触されても面倒だ。

 クエスト無視して何とか城へ入りたいところなのだが、実は前にもここに来た事があって、その時は城に入る事が出来ずに散々逃げ回る結果になってしまった。

 さて、どうやって忍び込もうか宿(実質的に魔族が支配しているだけなので街の機能は普通に使える)の部屋で考えていると、いきなり部屋のドアが外から開いた。

「そろそろ食事にしましょう。既に乞食が食堂で食い散らかしていますが」

 止めろよ。

 宿の中にある食堂へシズネと共に降りて、近代的と言うべきか急速な工業化でカオスな感じの店内を見渡すと、大量の食事が乗ったテーブル席にリュナとシーラの姿があった。

 リュナはスライムを椅子代わりにして飲み込むようにガツガツと食事をしており、シーラはフードを被って顔を隠したままモソモソと食べていた。

「お前何してんの?」

「うるさいわね」

 室内でフードを被ったままのシーラに声をかけるが、そっぽを向かれる。訳が分からず肩を竦めると、食堂の中にはNPCだけでなく他のPL達の姿が視界に入った。パーティーなのだろう。野郎達だけで酒を片手に談笑している。

「そう言えば男性嫌いでしたね」

「ああ、そんな設定だったな」

「設定じゃないわよっ」

 低く小さな声で怒鳴るという器用な真似をするシーラ。その胸は飾りかと言いたくなる程ステルスして--なんて考えていたらフォークが飛んで来たので掴んで受け止める。

「なんかとても邪な視線を感じた」

「言いがかりだ」

 そんな調子で現実世界に戻った時どうするつもりだ。こんな世界だからこそ羽目が外れている可能性は大きいが。

 受け止めたフォークでテーブルの上に置かれた飯に手を付ける。南東地方の飯はアメリカチックと言うか、とにかく一つ一つのボリュームがデカイ。ジャンクフードも盛り沢山だ。

 初めて見た時はビビったが、リュナ的には幸せなのか爬虫類系餓鬼は掃除機みたいな勢いを維持している。

 山のように盛られた肉をスライスした皿からシーラが投げたフォークを使って自分の皿に必要分を移す。野菜はどこかと思ったら、肉の下敷きになっていた。

「そういや、お前は何時まで付いて来るわけ? ロリとロボにストーキングとか気持ち悪いんだけど」

「違うわよ! リュナちゃんが心配なのは確かだけど、私は君にまだ聞いて無い事があるのよ。色々あったから聞きそびれたけど、この際だから――」

「すいませーん。ソース切れたんでくださーい」

「ワザとらしく無視するな!」

 ソースが切れたのは本当だ。ついでにシーラもキレたが。

「……二点」

 …………偶にシズネが心を読んでいるような気がするのだが、俺はどうすればいいのだろう。

「大商人のゴールドや〈イルミナティ〉のレーヴェと繋がりを持ってたり、アールの時との会話から何だか重要な事を任されているじゃない。一体どういう繋がりよ」

 フードの影からこちらを睨んでくるシーラ。スキルについてはアマリアからの貰い物だと知ったらどう反応するか好奇心芽生えもするが止めておこう。

 問題は馬鹿野郎(ゴールド)王様野郎(レーヴェ)の事だ。下手に誤魔化しても納得しなさそうだし、そもそも正直に言っても全然構わないのだが信じて貰えないだろう。

「……と、友達?」

「――プッ」

 可も不可もないいくらでも誤魔化しの利く単語を言ったらシズネが盛大に吹いた。ツボに入ったのか横を向いて咽せるメイドロボにリュナも流石に食事する手を止めていた。

「我ながら無いと思っていたけど、そこまで笑われると流石にイラッてくるな…………」

 まあ、シズネのおかげでこの話題から逃れる事ができそうだ。別段隠しだてするような事ではないのだが、説明が面倒だし何より話したところでそれがどうしたと云う感じなので態々少ない語彙を総動員してまでシーラに話そうとは思えない。疲れるし。

 未だに肩を震わせるシズネを尻目に肉をレタスのような野菜で包んでから口に入れていると、食堂に新たな客が入って来るのが見えた。

 PLのパーティーだ。そしてその顔ぶれには見覚えがあった。

 エコンラカのヴェチュスター商会の店を出る時にすれ違ったパーティーだ。アールからの依頼を受けた時に渡された前情報で後から知ったのだが、彼らは南東地方のグランドクエストを現在受けている前線組のパーティーであった。

「………………」

「シズネー、クゥが何か企んでるぞ」

「鬼、悪魔、鬼畜」

「変態、スケベ」

 人を罵倒する時は切り替えの早いシズネとそれにちゃっかり追随するシーラ。何で俺はこんな有害女子達と行動を共にしているのだろうか。


設定集なる物を投稿しようか検討中。詳しくは活動報告を読んでみて下さい。

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