12-1
◆
鐘の音が首都に満ちる。
城に置かれたいくつもの大小様々な鐘が同じく無数にある歯車の動きに合わせて前後に揺れて音を重ね、都全体に重厚な音を降り落とす。
鉄と鐘と歯車で出来た城の門からは騎士の行列が一つの生き物のように一糸乱れぬ隊列を組んで現れ、城下の街を厳かに歩いて行く。
行列の中央には棺一つ、騎士達が担ぐ御輿の上に乗っていた。
城下に住む人々は行列を、それが運ぶ棺を見て悲しげに俯き祈りを天に捧げていた。中には涙する者もおり、嘆き悲痛な声を上げる者もいた。
行われているのは葬儀だ。この様子だと民達に慕われていた者が死んだようだ。だが、そんな葬儀には似合わぬ異端がいた。建物の屋根や壁沿いに立つ鉄の怪物達が彼らを見張るようにして並んでいるのだ。
棺を担いで歩く騎士、沈痛とした様子で項垂れる人間、そして鉄人形。三者三様の奇妙な光景がそこにはあった。
「王の崩御イベント…………」
それを冷淡に見下ろす者がいた。
城の上階、見晴らしの良いテラスの手摺に寄りかかる白いドレスの少女だ。少女の肌はドレスと同じく白磁の肌で背中を隠す長髪は銀を溶かしたよう。瞳もまたルビーを埋め込んだように赤い。まるで鉱物で造られた人形である。
鋼鉄の城に相応しい無機質で美しい少女はテラスから冷たく行列を、そして城下町を見下ろし続ける。しかし、彼女が見ているのは街の景色などでは無い。
「イベントが始まったという事はPLが入ってきたのね。ようやく、ここの歯車も回り始める」
不意に少女は顔を上げて空を見上げる。
「――――」
呟いた少女の言葉は鐘の音に掻き消された。
◆
「あー、しんど」
倦怠感に包まれ熱っぽい頭に嫌気が差す。見上げている天井の木目が誰に似ているか想像する遊びをしていたのだが飽きた。
俺は今、宿の一室でベットに横になったまま一日中動けないでいた。リュナを取り戻す為にフィールドを駆け回った際に溜まった疲労値がとうとう限界突破して病気のバッドステータスを受けてしまったからだ。むしろよく途中で倒れなかったよ。
「あーうー、リュナー、私の手を握ってー」
「や」
「人が隣で寝ているのに如何わしい事すんなよ」
部屋にはベットが二つあり、俺の隣では同じく疲労値でぶっ倒れたシーラが寝ている。ちなみに、原因であるリュナは自由快適暴飲暴食で過ごしていたので元気が有り余っており、人が食べる予定だったフルーツまでもりもり食ってる。うぜえ。
「何で男女同室なのよ。普通、部屋別けるでしょう。昨日、警戒して全然眠れなかったじゃない」
「お前じゃ勃たんと言ってるだろ」
神速で枕が飛んできた。避ける気力もないので素直に顔面で受け止めておく。襲ったら襲ったで騒ぐ癖に、興味無いと言ったらそれはそれで騒ぎやがる。
「あーっ、もうっ、動かさせないでよ」
「知るか」
どうやら疲労によって起こるバッドステータスの症状は人によって違うようだ。アヤネの場合は高熱で俺は倦怠感、シーラは何だろ? ああ、あれだ。
「生理っぽい」
今度は椅子が飛んできた。街中なのでダメージは受けないが、流石に遠慮したいのでベットの側に座っているリュナを引っ張って盾にする。
「うまうま」
リュナシールドは全く堪えず、フルーツの盛り合わせの標高をどんどん縮めていく。
「騒がしいですね。埃が立つので止めてください」
「メシーッ!」
「お前はじっと座ってろ!」
食事を持って部屋に入ってきたシズネにリュナが飛びつこうとするが、寸前で止める。何で病人の俺がこいつの世話をしないといけないんだ。
「お二人にはお粥を作って来ました」
シズネは料理を部屋に備え付けのテーブルに一旦置いてから、テーブルごと俺とシーラの間に移動する。
こいつも相当無茶した筈なのだが、魔導人形だからパーツ交換すればオッケーという設定らしく疲労していない。損耗はするけど。
「最後の米ですので味わって食べて下さい」
「殆どはフェブリスにやってしまったからな」
料理の材料で日本人には欠かせない白米はフェブリスと共に燃えた。正確に言うとフェブリスの店が焼失していた。
リュナを取り戻し、モンスターの行列にフィールドまで運ばれるという貴重な(望んでいない)体験をした俺達はクエストの事もあったのでフェブリスの店に戻った。その際の移動手段はシーラの馬がモンスターにビビって逃げてしまったのでバイクに四ケツである。なにそのサーカス。
話を戻して、フェブリスの店のあった場所は火事にでもあったのか、燃え尽きて真っ黒になった店の材木だけが残っており、フェブリスの姿はどこにも無かった。多分、というか絶対マステマの仕業だ。あの時マステマに喋ったのは俺だが、あんなテロリストの行動など読める筈もないので俺のせいでは決して無い。
クエストに関しては店だった場所の前に立つと勝手に報告した事になって、クエスト達成扱いになったからどうでもいいが。
「シズネー、食べさせてー」
「段々と図々しくなってきましたね、この女」
「弱ってるんだろ。流しとけ」
本当に弱っているが故の言動なのか化けの皮が剥がれて素なのか知らないが、初めてあったクールな印象は既に無い。
「クゥ様、食べさせて上げましょうか?」
「ざけんな」
シーラがこっち見てんだろ。
「お前の場合、そう言いつつ口の中に無理やり突っ込みそうだから嫌だ」
「熱いですからね。フーフーしてあげまちゅよー」
「キモい。というか抑揚なく言われても怖いだけだっつーの! お前、疑わしいながらも一応メイドロボだろ。病人を脅すな!」
「熱で興奮していますね。これを食べて寝て下さい」
聞けよキチロボ。
シズネは俺の言葉を無視し、梅干しとネギを刻んで入れた粥を木製のスプーンで掬い、自分の口元に持っていくと息を吹きかける。
ロボットって呼吸するのか? しないのなら息を吐く機能もないのでは? とか思った瞬間、薄く開いた唇の間から冷気が吹いた。
「フー…………はい、あーん」
「あーん、じゃねえよ!」
お前は何時から冷気を口から出すようになった。あれか、またヴェチュスター商会か。あのクソロボか。見た目変わって無いくせに中身がよりゲテモノ臭くなってるぞ。
「我儘ばかりですね」
それはお前だ。
「リュナさん、フーして下さい」
何を思ったか、シズネはリュナの前にスプーンを持っていく。目の前に突き出されたスプーンを見て、リュナはそれを間髪入れずに食った。そうすると思ったけどな。
だが、シズネがリュナの後頭部を叩いて吐き出させる。再びスプーンの上に戻った粥はシャーベットになっていた。
「……どうぞ」
「お前は何がしたいんだ?」
純粋にそう思うよ。
小さく舌打ちしてシャーベットを粥の中に戻すシズネ。聞こえていたからな、ちゃんと目撃してたからな。
「…………お前は口から何も出すなよ」
「出来る訳ないでしょう」
〈血脈〉によっては炎とか口から出せるらしいが、エルフ系であるシーラには幸いにもそんな芸は無いようだ。これで出せたら俺がおかしいのかと疑うところだったので良かった。
「クゥ様は口から吸い取れますけどね。色々と」
「お前はロボ子らしく無口系でいろよ」
シーラが半目でこっち見てるだろうが。
「――クゥ様、メールが来たようです。残念ながら男からです」
「つくづく自分が喋りたい事を口にするよな。それに通知機能に人格を与えたら駄目な例だよ、お前って」
どうしてこいつが俺のメール機能を把握しているのかはもう諦め、取り敢えずメールを開く。まあ、俺にメールを送る奴なんて限られてるが。
差出人はやはりと言うべきか、アールからであった。
エノクオンラインが方角によって特色が違うのは周知の通り。そして南東地方を象徴する属性は火と地の上位属性である金。つまり金属だ。
出現するモンスターは無機物系、そうでなくともサイボーグチックな者ばかりだ。街も木やレンガは少なく、鉄筋コンクリートの建造物が多く見られ、煙突からは黒煙ではなく蒸気が勢いよく出ている。住人にはNPC魔導人形の姿も珍しくはない。
病気のバッドステータスの治療を終えた俺は北東のエコンラカからここ、南東の人間領の街に来ていた。
アールのメールではここに来て欲しいとあった。別にそのままメールに内容を書いてくれても良かったし、ボイスチャットでも良かった筈なのだが、アールは直接話したいときたもんだ。
通信技術が発達していても直接会っての交渉は有効とされている。電脳世界でもわざわざアバターで対面するという。
特に大事な話や人に聞かれたくない話の場合は特にそうだ。映画やドラマでは演出の部分は強くあるが、通信技術と同じく盗聴技術が上がった現代に何故直接会う事が有効なのか、その詳しい理由はたかが一般人である俺には分からない。
けれどもアールがそうしようと言うのなら意味があるのだろう。これがゴールドだったら多分ノリか何かだと決めつけていた。
「まあ、そういう訳なんで」
「いきなり口を開いたと思ったら、何がという訳なのよ」
遠回しにどっか行けって言ってんだよ!
シズネとリュナは分かるが、どうしてシーラまで付いてきているのか。いや、どうせシズネがどうのリュナが心配だのと云う理由だろうけど。
「もうぶっちゃけるけど、邪魔。付いてくんな。小遣いやるからあっち行ってろ」
小遣い=飯と交換と認識しているリュナはすぐに飛びついて来たが、冷たい目を持ってる女二人は如何わしそうに俺を見てくる。いや、シズネの場合は分かっててやってるけど。
「前々から思ってたけど、何か怪しいのよね。フェブリスさんの店が燃えていた事に関して何か知ってそうだったし」
「完全に疑われていますね。まあ、今までは見逃して貰えたり利用しようとする人達ばかりでこれが普通なのでしょうが」
我ながらまともな知り合いがいないよな。
これ以上嫌がって見せても逆効果になりそうなので、もう仕方がないから好きにさせておく事にする。
余計な者を従えながら俺はアールから指定されていたカフェの中に入る。近代ヨーロッパで流行っていたような内装の広いカフェで、これでもかと言うほど所狭しとテーブルが並んでいる。NPCの客を除けばPLは一人しかおらず、たった一人のPLであるアールが真ん中の席に座っていた。
「久しぶり」
「ああ。いきなりだが、このページのメニュー全部な」
軽く挨拶しながら置かれていたメニューを開いてリュナ用に軽食を軒並み注文させる。当然、アール持ちだ。
「それで、そっちの子は? 初めて見る顔だね。あっ、みんなどうぞ座って」
NPCに注文したアールの顔がシーラに向く。アマリアの所で保護されていたシーラの事はアールなら顔ぐらい覚えていてもおかしくは無いのだが、アールもとぼけてる訳だしわざわざ言及する必要も無いだろう。
「シーラよ。あなたは知ってるわ。あのゴールドとよく行動を共にしてるハッカーよね」
まあ、影になりがちだが、あんな馬鹿と行動を共にしていれば多少耳聡い奴なら知ってるよな。
「ここまで有名になると現実世界戻った時、仕事がし辛くなるな」
「もういっそ向こうでもゴールドの仕事手伝ったらどうだ。それで、何の用だ?」
武器商人のお供など俺なら絶対にしない事を人には勧めつつ、呼び出した用件を聞き出す。
一瞬だけシーラを見たアールだが、一枚のフォトウィンドウを表示させて俺の方に投げる。宙を滑りやってきたフォトを受け取ると、そこには歯車と鐘の城が写っていた。
「ああ、ここなら行った事があるぞ」
「どうして前線組より先に行ってたのかもう何も言わないよ。マップデータくれればね。それよりも、左上のテラスの方を拡大してみてくれ」
言われるままに拡大させる。フォトの解像度は荒くなる事なく鮮明なまま、テラスにいたものを克明に見せた。
死んだ筈の女がそこに写っていた。
「えーーーー…………」
「そこまで本気で嫌そうな声を出すとは思わなかった」