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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十一章
111/122

11-9

 色ガラスの街は美しい景観に反して変態の巣だった。

 そんな冗談は置いておいて、俺達は地下水路の入り口を見つけてそこから侵入した。

 想像していたような汚水だらけの場所ではなく、底を見下ろせる程度に澄んだ水が緩やかに流れており、時折魚が泳いでいるのも発見出来た。どうやら街に点々と存在していた噴水はここから流れてきたものらしい。

 ただ、問題はダンジョン化しているようで、道が複雑でモンスターまで出るという事だ。もしかしたら謎解きもあるかもしれない。

 謎解きは苦手だ。だってダメージ無効が働いて破壊する事での壁抜けができないから。迷路の脱出に最も有効なのは直線に進む事である。

「そう思うなら是非やってください」

「断る。だいたい、ここで待ってれば来るだろうが」

 別に地下水路のダンジョンを攻略する為に来たのではない。変態から逃げてるリュナを拾いに来たのだ。

 リュナの移動方向から待ってれば来るであろう場所に待機していれば合流できる。下手に動き回ってすれ違ったりトラップに嵌っては意味がない。

 時折アクティブセンサーでこっちに来るモンスターを処理しながら待つ事十数分。バタ足で起きる騒がしい水音が奥から聞こえて来た。

 リュナがペットのスライムをビート板にして泳いで来ていた。潜れないのかと思ったが、速度を重視して自分はバタ足に集中し、カーブやらは形の変えられるスライムに任せているらしい。

 見えてきたリュナの顔は普段のアホ面とはうって変わって真剣で、必死さが伺える。

 そして、その後方には一匹の変態が。

「ギル選手泳ぐ泳ぐ! ロリ選手を追い上げて行く。速い速い! まるで魚。否、モーターボート! ブゥーブブブブーン! ああ、どうして君はそんなに磯臭いのォーーッ!」

「……頭が痛いわ」

 俺もだよ。

 取り敢えず聞き流して精神の安静をはかっていると、リュナがこっちに気付いたらしい。

 真っ直ぐに泳いで来て、一旦水の中に沈んで浮き上がり、浮力と勢いを重ねてジャンプしてきた。

 スライムと共に飛び込んでくるリュナを、俺は避けた。

 べちゃり、と音がしてリュナとスライムが後ろの壁に張り付き前衛芸術っぽい壁が出来上がる。

「ち、ちょっと、大丈夫っ?」

「うがぁーーっ!」

 シーラが慌てて駆け寄るが、それよりも早く復帰してリュナは俺に頭突きをかまそうとする。角付きタックルはやばいので、俺はリュナの角を掴んだ上で受け止めた。

「むきーーっ!」

「お前、本当にアホだな」

「遊んでないで、アレをどうにかしましょう」

 頭を動かしグリグリと頭突きをしようとしてくるリュナの相手をしている俺に対してシズネが冷たい視線を送りながらアレを指差した。

 リュナに遅れる事数秒、例のアレがこっちに泳いで来ていた。

「オレは魚~。さかなさかなサーメェ~っ。デデンデンデデン、デン、デン、デン、ドッパーーッン! サメさんサメさん。なんだい犠牲者Aちゃん? サメさんはどうしてそんなにお口が大きいの? それはね、お前を食べるためさァァアアアーーごぼっ、うえ、ゲホゲホ」

 一人芝居を始めたかと思ったら大声を上げたせいでまた噎せている。

 変態に備えて武器を取り出し身構え、リュナの背後に隠れて盾にする。襲いかかってきた瞬間に立ち位置を逆にしてリュナシールドを展開しようと心に決めた俺はタイミングを伺う。

 変態は俺逹に気付かずにそのまま通り過ぎて行った。

「……さあ、帰るぞー」

 短剣だけ残して取り出していた武器を仕舞う。

 こんなジメッとしたダンジョンに何時までいても気が滅入るだけだ。鉄火場になっている街からもとっとと脱出して、ゆっくり休みたい。

「――って、待てやゴルゥラァアッ!」

 なんか巻き舌で叫びながら変態が泳いで戻ってきて、水から出てきた。

「うわっ、来た!」

阿呆(リュナ)も引くとか相当だな」

 呆れつつ、縁にかけられた男の手に向けて麻痺毒を塗ってある短剣を投げる。

「いでぁッ!」

 男は悲鳴を上げて短剣の刺さったナイフを押さえたまま水飛沫を上げて水の中に倒れた。

「今の内に走れ。ほら、早く!」

 俺は男が沈んで揺れる水面を警戒したまま後ろにいるシズネ達を急かす。だが、男が沈んだ場所から水柱が立ち上がって中から変態が現れた。

 無駄な動きとキレでポーズを決めながら着地した変態の上半身は裸で、腰には収納ベルトを二つと二本の剣を下げていた。ジャラジャラとシルバーのアクセサリーを首や指、耳にまで装備している。

「オレ様颯爽登場。テメェ、さっきはよくも――」

「ヘンタイダー」

 マスケットっぽい銃を取り出して発砲。球体ではなく椎の実のような形をした弾丸が変態の頭を貫いた。

 変態は悲鳴を上げて額を押さえると後ろに仰け反ってブリッジする。そのアクション必要か?

「お前ら、先に脱出してろ」

「君はどうするの!?」

「一人でどうにかなる。変態の仲間が来る前に逃げろ。こいつらの狙いはリュナだろ」

「――ぅの通り!」

 変態が上体を引き起こしながら短剣を投げてきた。俺が投げた短剣を回収していたようだ。手癖の悪い奴め。

 背後のリュナに向かって投げられた短剣を銃身で弾き、腰の収納ベルトから中型武器:刀剣を引き抜く。

「シャォラッ!」

 そして短剣を投げたと同時に飛びかかってきた変態の剣を受け止める。

「それではキチガイの相手は同類に任せて、私達は先に行きましょう。大丈夫です。御主人様はワンパンで死ぬ害虫よりもしぶといので」

 貶しているのか頼りにしているのか。おそらく貶しているだけのシズネに誘導されて、三人とスライムは俺達が通った道を逆走していく。

 元々こんな狭い場所に集団でいても邪魔なだけだからな。いなくなってくれた方がこっちも動きやすい。

「テメェよくも額に風穴開けてくれたなというかよじ登ろうとしてる人の手に刃物投げるとか鬼か!」

 問題はこの半裸だ。〈情報解析〉では前線組に届かないまでも決して低いステータスではなく、やりようによっては前線で戦える。総合値で見たらの話だが。

「体力バカの癖に紙とか馬鹿か。いや、変態か!」

「ロマンチストだ!」

 どこがだよ。体力と敏捷特化の馬鹿のどこがロマンチストだ。自殺願望的なロマンかそれとも毒電波か。

 エノクオンラインはレベルアップの概念がなく、あくまで取った行動による熟練度の積み重ねだ。基礎ステータスも同じで、どのような行動がどのステータスに影響を与えるか把握出来ていれば極振りも可能である。

 だからってコレはないな。体力上げといて防御低いって。軽装なのは俊敏を生かす為なんだろうが、筋力も低いから速くてしぶといだけだ。

 速くてしぶといとかどこの害虫だ。シズネはこいつにさっきの言葉を送るべきだ。

 これなら防御もそこそこにあって体力値が高いリュナの方がマシだ。

「ヘイ、ユゥ! とっととそこをどきなヨー。でないと殺すぞ! いや、やっぱ面倒になったから殺ーっす!」

 半裸が一度後ろに下がったと思ったら、小刻みにステップを刻みながら剣を振り回してくる。銃の筒で刃を弾いた瞬間、半裸の姿は目の前から消えた。

「うおっ!?」

 〈気配察知〉が頭上で反応し、咄嗟に頭を後ろに下げながら剣を上に構える。直後に金属音と硬い手応えを感じる。

 どう動いたのか分からないが、いつの間にか半裸は天井近くまで跳び、逆さまの体勢で剣を振っていたのだ。

 剣を受け止めて後ろに仰け反った俺は銃を捨て、収納ベルトから槍を引き抜きながら〈投擲〉スキルを使用。空中にいながら二撃目を繰り出そうとした半裸の脇腹を貫通して天井に突き刺さる。

「ィデェェエエエエ!」

 俺が追い打ちをかけるより早く、半裸は自ら腹を切り裂いて槍の拘束から脱出した。

「あーっ、おーっ、イッテ、マジ痛って! ハラキリしちまったよ! これでオレもサムライ! え? サムライってこんな痛い事やんの? 正座して? 頭おかしいやん」

 水路の水をスキルで後ろに走って反対側の通路に移動した半裸が何故か侍とか叫び始めた。

「十字に切ったり、三回切る作法とかもあるらしいぞ」

「ノォオオオオーーッ!」

 俺の有難い助言に歓喜の声を上げる半裸から視線を逸らさず、天井に刺さった槍を引き抜く。槍には毒を仕込んでおいたのだが、依然テンションが高いあいつには効いていないようだ。

「テメェ、短剣といい槍といい、毒とか塗りまくりやがって! でも残念ですぃたー。オレに毒は効かん! でも毒舌は勘弁な! 何故ならオレのハートはピュアだから。臑毛が無い如く傷一つ無いクリアハートは繊細なのさ」

 後半は聞き流す。

 要は肉体抵抗値が高いのだ。毒の耐性を上げるのはやはり毒を受けるしか基本的にないのだが、服を着ずに外を出歩いても熟練度は上がる。例として〈ユンクティオ〉の裸族連中とか。

「さて、オレ様に毒が効かないと親切に教えてあげちゃったところで、テメェ誰さあれさ。なんで邪魔すんのォ? 正義の味方気取りなら火傷じゃすまねえぜ兄ちゃん。ゲッヘッヘ」

「………………」

 何も考えずにノリで喋っている奴に答える必要はない。だって頭痛がするし。

 適当に戦ってから逃げようと考え、剣と槍をそれぞれ片手で持って構える。

「あのロリ引っ張り込む為にオレ逹がどんだけ苦労したと思ってんだコンチクショイ!」

「知るか」

「菓子を散々買い集め、それでも足りなくなったから自分達で作ってゴミを量産して、材料を買い集めた影響で品薄になってモブや商人に睨まれたんだぞドチクショウッ!」

「すまん――って、何で俺が謝らないといけないんだよ!」

「逆ギレ頂きましたー! テメェは八つ当たりで滅多斬りだーい!」

 互いに通路から跳び出し、水上を走る。

 走り続けなければ水の上に立てない仕様上、ヒットアンドウェイで攻撃しつつ相手の攻撃を躱す。

 だが、一体どういう鍛え方をしたのか筋力値置いてけぼりな敏捷値をしている奴にスピードでは勝てない。しかもこいつ、防御を捨てている癖に楽しそうに痛い痛いと叫びながら捨て身アタックしてくる。

 肉を切らせて骨を断つという言葉がある。バトル漫画で強敵に一矢報いる際によく使用されたりするアレだが、そんなホイホイ使えない。というか無理。

 だって身体が言う事利かねえもん。痛みは痛いからこそ健常で、あまりに強い痛みは我慢以前に身体が勝手に跳ねるのだ。某被虐加虐堕天使のスキルはそれをより強力にしたものだ。

 それなのにこの半裸は口では叫びながら平気な顔をしている。

「ヒャハハハハハッ! 喰らえスーパーマグナムジョットホニャララアタック!」

 頭が痛くなるような技名(スキルではない)を叫びながら、奴はこっちの動きを追い越して先回りした挙句に正面から突進してきた。同時に振るわれる二刀の刃は出鱈目な動きであるものの鋭くて速い。

 立ち止まったら沈む。だからと言ってこのままだと切り刻まれる。

 槍を障害物になるような相手の顔目掛けて軽く放り投げる。何の効果も及ぼさない槍に一瞬相手の意識がそちらに向き、その僅かな空白の間に盾を取り出しながら横に跳ぶ。

 襲いかかる連撃は盾で防ぐが、横跳びの状態で受けた為に足が切り刻まれる。幸いにも短剣での攻撃だったので切断までいかないが、結構なダメージを叩き込まれた。

 着地をまともに考えていなかったせいで、床を転がり壁に背中を強かに打ち付けるものの水場から逃れた。追撃を警戒し、急いで体を起こす。

「ヒュゥ、結構やるじゃないか。一体どこの正義漢ぶった馬鹿だと思ったが、中々どうして」

 だが、半裸の馬鹿は水の向かい側の通路に着地し、口笛を鳴らして追撃もかけずにニタニタと俺を見てくる。クソが、余裕ぶりやがって。

「今、俺の薔薇色な脳細胞がビビッと働いて思い出したんだが、お前がアンクの言っていたプレイヤーか。確か名前は、グー!」

「クゥだボケ!」

「おっと間違えちった。メンゴメンゴ」

 クソウゼェ。

「それはともかく、あんたあのガキの正体知ってて一緒に行動してんのか?」

「知るか馬鹿」

「おう? おうおうお~ぅ? あっれ知らない? そっかそっか、知らないかァ――なんて騙される訳ないだろこの大嘘吐きがァ! ネタは上がってるんでぇーす!」

「………………」

 正直言って話に付き合ってやる義理はないのだが、今の内に立ち上がって体を休める。さすがに目の前で体力の回復アイテムや魔法は使えないが、こっちには〈自動回復〉がある。多少のダメージやバッドステータスは立ってるだけで回復してくれる。

「アンクが言うにはあんたは磁石だとよ。自分から近づいて来ているのか向こうから来るのかはともかくよ、とにかくそういうモンを引きつけちまってるらしいな。ワォ、主人公に必須なスキルじゃないですか!」

「巻き込まれ云々言ったらやられ役も似たようなもんだろ。生きてるか死んでるかの違いだ」

「一理ある!」

 あるんかい。

「一理ある、が! あんたには適応されねえよ!」

 そう言って男は短剣を持った手の指を一本づつ伸ばし始めた。

「マステマとの繋がり。レーヴェやゴールドとの交流。NPC化した上で自我を取り戻した連中との関わり。そしてあのガキ! 一つだけでも要注意印貼られるのに四コンボとか真っ黒クロ助にも程があるじゃないっスかァ!」

「何でそこまで知ってんだよ? ストーカーかテメェ!」

「誰が野郎のケツなんか追いかけるか! オレは美女の尻とロマンの求道者である!」

「何にしてもキモい」

 リュナが怯えていた理由がよく分かった。菓子に釣られたとは言っていたが、その時こいつは表に出てなかったのだろうか。

「キモいとかヒドイ! オレは純真無垢なガラスハートだと言っただろ! オレの心は野蛮人の暴言にもうボロボロ。ああ、この痛みどうしたらいいの? うん、殺そう。あれ? アンクが殺すなって言ってなかったっけ? プリムラちゃん誘き寄せる餌にするとか何とか」

「待て。お前すっげー不吉な事言わなかったか?」

 あんなメンヘラを誘き寄せる為に利用されるなんて勘弁願う。というか死んでも嫌だ。だって何されるか分かったもんじゃないし。クソッ、マステマも半端な事せずしっかりトドメ刺しておけよな。

「まあ、殺す気でやって生きてたら考えよう。という訳で、マジモード!」

 変態が叫んだと思ったら古い特撮モノのポーズを決め、全身の筋肉が膨れ始めた。全身に灰色の体毛が生え、背中が曲がり、顎が伸びる。

 変じたその姿は二本足で立つ人型の狼、人狼であった。

「更に更にィーーーーッ!」

 人狼と化した男は腰の収納ベルトから注射器を取り出し、逆手に持って細い針を躊躇なく自分の首に打ち込んだ。

「それは、まさか――チィ!」

 ピストンを押させまいと、槍を投げつける。

 槍は真っ直ぐに男の手に持つ注射器と首目がけて飛んでいく。手を狙えば腕を動かすだけで簡単に避けられる。少なくとも、そこを狙えば注射器を破壊できなくとも使用は妨害できる。

 槍の穂先が注射器を捉え、砕く。だが、人狼の姿は既にそこになく、中身の無い注射器だけが床に落ちてい――

「――よう」

 目の前に、狼の顔があった。

「ヒィーハーッ!」

「クソが!」

 瞬きの内に迫るいくつもの銀閃。獣人化による身体能力上昇に加え、電子ドラッグによる強化が加えられた狂人の猛攻が俺を襲った。


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