11-8
夜にリュナから連絡が来た後、睡眠を取ってから俺達は南西地方中頃に存在するとある街近くまで移動した。
葉が一枚もない癖に深いというホラーチックな森の中にバイクと馬を隠し、コソコソと<隠密>で街の壁を遠目に偵察する。下手に巡回の兵<暗視持ち>に見つかると仲間呼ばれるからな。
「あそこにリュナがいるのね」
「らしいな。場所も分かった。はい解散。帰って風呂入って寝る」
「持ちなさい」
踵を返して帰ろうとした俺の襟首をシーラが後ろから掴んできた。絞め技判定になるから止めろ。
「もう目の前なのに何言ってるの? あの子を助けるのよ」
「いや、もう見捨てようぜ。菓子で釣られた阿呆なんて放置しててもしぶとく生き残るって!」
リュナの奴、街中でどうやって攫われたのか気にはなっていたが、菓子に釣られてホイホイついて行ったらしい。アホか。死ねよ。
昨夜連絡が取れたのも菓子ばっかり食って飽きたので軟禁されていた部屋から抜け出したおかげでジャミングの効果範囲から出ただけのようだ。菓子に釣られる方も阿呆だが、それで油断してまんまと逃がしてしまう連中は間抜けだ。死ねよ。
取り敢えず、リュナには誘拐犯どもから離れて隠れろと言っておいたが、何時まで隠れていられるかは期待しない方がいい。むしろ一晩経った今、既に忘れている可能性の方が高い。
「そもそもどうやって中に入る? 魔族領の街なんて都市型ダンジョンと変わらないぞ。正面から攻略するならパーティーが二桁必要だ」
「ク、クエストで中に侵入すれば…………」
都市型ダンジョン攻略用のクエストは定番だ。中に住む人間のNPC住民やNPC兵の手引きで入り、破壊工作や領主暗殺を行う。
「他の街も魔族領だ」
ただし、隣接している街が人間領でないと発生しないイベントクエストなので今のところ受ける事ができない。
「今日は軽く下見してから一番近い人間領に行くぞ。取り返しに行くのは準備を整えてからだ。お前だって強行軍でアイテムのストックがないだろう」
「ジャミング圏外なのでリュナの行動は把握できています。暫くは大丈夫でしょう」
フレンド機能でリュナの行動を逐一チェックしていたシズネが俺の言に追従する。ちなみに奴は地下水路を遊泳して暇を潰しているらしい。汚ねえ。帰ったらデッキブラシでワックス掛けしてやろう。
「そういう訳だ。引くぞ」
後ろ髪引かれつつもシーラはこっちの提案に素直に従う。多少感情的ではあるが、それぐらいの状況判断は出来るという訳だろう。でなければ、ソロで生き延び続ける事はできない。
バイクと馬を隠した場所に戻ろうと森の茂みに入って移動する。犬頭と目が合った。
「………………」
「………………」
逃げ隠れようとした矢先に武装した犬人間とうっかり鉢合わせした。現状を説明するならこれに尽きるのだが、なんだこれ。どんなだよ。おいコラ。
モンスター……じゃない。畜生顔だが知性を感じさせるので魔族だ。それにただのモンスターなら動揺などせず気付いた瞬間に攻撃を仕掛けて来るはずだ。
人狼型の魔族が中隊規模で隠れており〈情報解析〉で人狼にカテゴリーされている。ステータスが分かったところで、何でこんな場所でこんな数いるのか分からんがな!
俺達と出くわしたのは向こうも予想外だったらしく目を点にして固まっている。向こうさんのお仲間らしい人狼のモンスター達もどうしたらいいのか分からず固まっている。それはシズネやシーラも同じだ。
「……よう」
「……おう」
先頭にいる者の立場から何かしなければと取り敢えず挨拶してみると挨拶を返された。バリトンボイスだった。
「じゃあ、そういう事で」
「ああ…………気を付けて帰れよ」
バイトの若者と店長みたいなノリで別れの挨拶を繰り出してからお互い通り過ぎる。
「隊長、いいんすか?」
「人間には手を出すなって大将の命令だからな。そんな事より、気を引き締めろ。仕事中だぞ」
後ろからそんな会話が聞こえた。
「どういう事?」
シーラの疑問の通り、一体どういう事なのか。アマリアやフェブリスのように魔族でありながら人間と友好的或いは敵対はしていないNPCはいるが、基本的に魔族と人間は敵対しているという設定の筈だ。
それに上からの命令云々、仕事云々。街を目の前にしてまるで隠れるように動く集団。
「…………あ」
ふと、脳裏にある存在が浮かび上がった。
ある種の確信を得たと同時に背後から閃光が、続いて轟音が鳴り響いた。
反射的に振り返ると、街の城門が上の梁ごと崩れ落ちていた。
先程の光と太鼓を激しく叩いたような音。つい最近口から同様のものを発射する骨の鳥蛇から逃げていたから分かる。
威力は段違いだが、門を破壊したのは雷だ。
フィールドで発生する自然現象ではない。魔法かスキルで放たれた攻撃だ。でなければ都合良く破壊なんてしない。
「あれは…………」
「え? ど、どういう事? 何が起きてるの?」
「あーあーあー、はいはいはい」
シズネが雷の出どころを見て目を細め、イマイチ状況が分かってないシーラが右往左往する中、俺は自分の予想が当たっていた事に軽く達観する。
破壊された門の上空。雷を発生させた元凶が空に浮かんでいた。
額と側頭部から伸びる三本の角。背中からは巨大な蝙蝠の羽。鍛え抜かれて余分な脂肪のない体を見せつけるように上着を着ておらず、肌には稲妻を模した刺青が彫られている。
そう、あの悪魔は――
「私だ! 歌姫に忠と誠と愛を捧げた元魔王軍将軍ルキフグスだ!」
アヤネのファンだ。
「いたなぁ、あんな奴」
誰も訪ねていないのに宙を浮かびながら謎ポーズを決めると同時に自己紹介しくさった魔族、ルキフグス。アヤネに一目惚れした挙句にその場で告白し、魔王の首を求められたので只今実行中の馬鹿だ。
設定上、自分の父親の首を要求されたにも関わらずノリノリで攻め行っており、とっとと消されるものかと思ったら未だに戦い続けていると掲示板で度々話題に上がってはいた。
それをこうして目撃してしまうとは。
「さあ、進撃せよ。我が愛の道に立ちはだかる障害を轍に変えよ。進軍せよ、だ!」
私情ただ漏れの攻撃命令に、すれ違った人狼部隊が雄叫びを上げて走り始めた。お前らアレの部下なのか。
役割故にあんなストーカーに従うしかないなんて哀れだ。いや、待て。役割を言うのなら裏切り者じゃなくてトップの魔王側につくよな。何で反逆側にいるんだよ。
唖然とする俺達をよそに、人狼連中はヒャッハーと叫びながら森を跳び出し、壊れた門から街の中へと侵入していった。ああ、そういう手合いな。世紀末が大好きなタイプな。
「愛の奴隷ルキフグスがいざ行かん果てない試練の道に。父を敵にしようとこの先が地獄であろうと、そしてこの身滅びたとしても轍となりて姫の足場となろうフハハハハハハッ!!」
まともな言語を喋ろキチガイ。何言ってるのか分かんねえよ。翻訳機能が匙を投げたのでないなら単純に頭おかしい台詞を吐くな。あと、気持ちは分からないでも無いが、その弓に変形した腕で狙おうとするなシズネ。
「まあ、経緯は兎に角、チャンスがさっそく来たな」
「…………え?」
魔族のテンションについて行けずに呆然としていたシーラがようやく正気に戻ってこちらを見る。
「クゥ様は火事場泥棒が得意なのです」
「そんな訳ないだろ。八つ当たりか? シーラも疑わしそうに見るな」
俺と云う人間性が不本意ながら疑われたものの、このチャンスを逃す手は無い。
魔族VS魔族という争いが起こっているその横を俺達三人はコソコソと移動して破壊された門から街へと侵入する。
内部は既に乱戦状態となっていた。
「まるで共喰いだな」
役割上、魔族は冒険者と敵対する存在なのに、どこぞの馬鹿王子がPLの為に魔王の首を狙い、魔族同士を戦わせている。
エノクオンラインのAIが高性能なのは知ってるが、もはやバグだろ。
「それで、君は何してるのよ?」
「何って……うっかりアイテムを落としてるところ」
シーラの口の端が痙攣し、犯罪者を見るような視線を寄越してきた。失礼な女だ。
アイテムボックスから、ついうっかり、松明とか爆弾とかトラバサミとか毒薬とかを、人が多く通りそうな道や建物の側に、落としてしまっているだけなのになー。
魔族が住む街と言うとジメッとして不気味な雰囲気に包まれているイメージはあるが、この街はどうして中々雰囲気の良い街だった。
色とりどりのガラス細工があり、店の看板や街灯がステンドガラスが出来ている。蝋燭の灯りが色ガラスを通して柔らかい色の光が街中を照らしている。
観光名所としてガイドブックに載ってもおかしくはない景観だ。
「また病気が…………」
「………………」
「病気? なんのこと?」
「なんでもねえよ。それより、リュナはどうなってる?」
やれやれと言った感じで小さく頭を振っているシズネにはリュナとの交信とナビを任せていた。
街は魔族同士の戦闘で混乱状態だ。その隙に〈隠密〉で移動しながら俺達は路地裏や通りに並ぶ店の中を勝手に上がり込んだりしてリュナを探していた。ガチャガチャとうるさいロボットなシズネには〈隠密〉スキルが無いのだが、潤滑剤というヴェチュスター商会から買った魔導人形専用のアイテムで隠密状態になっている。
魔族に気付かれずステルス出来てるのはいいんだが、いかんせん初めての街だ。あらゆる場所で戦闘が行われてもいるのでそれを迂回しないといけない。
リュナがジャミング圏外から脱して位置情報が分かっていなければより困難になっていただろう。
「それなのですが…………」
リュナの居場所と状況をチャットで把握している筈のシズネが歯切れ悪そうにし、チャットウィンドウを二枚コピーして俺とシーラの前の空間に滑らせた。
自分で言うより直接聞いた方が早いという判断なのだろう。俺とシーラは自分のチャットウィンドウを開いて渡されたウィンドウと重ねて回線を同期させる。
マップ上では、リュナは凄まじい勢いで街の中を突き進み、時には建物の壁を素通りしている。いや、単純に地下水路を通っているからそう見えるだけだが。
ただ、走っているのか物凄い速さで移動している。モンスターでもいたのか、それとも誘拐犯の追っ手か。
「おーい、クソガキ。生きてるかー?」
ボイスチャットで呼びかけるが、反応なし。代わりに、バシャバシャと水を蹴る音が聞こえてきた。あいつ、まさか水路を泳いでるのか? バッチィなぁ。
ちなみに、汚水の中を泳ぐと疲労値が溜まり、中には毒状態になったりする。
まあ街の中に噴水やら表に出た綺麗な水が流れる水路もあったので、下水とは違う地下だと思っておくしかない――なんて暢気な事を考えていると、バタ足で起きているであろう水音に混じって人の声が聞こえてきた。
チッ、追っ手か――
『ほうら待て待て待てェーーッ! この俺から逃げられるとおボォウ!? ゲホゴボッ、み、水が気管に、おぼぼ、うェ、げほほっ! フゥ…………にっげらっれるっと、おぼぉぶあぼおッ!』
泳ぐなら口閉じろよ。
というか、待て。待て待て。リュナが追いかけられている。これはいい。状況的にマズイが想定内(対策はしていない)だ。だが、追いかけているのが…………。
『精神病は性的行為を行ったバアイーーッ! だからキャッキャッウフフと追いかけっこだけならセーフ! セーフ!! セーフだっつってんだろ委員会! ほぅら、待て待てマテー。ウへ、ウヘヘヘヘ。なんかマジでー楽しくなってきたかもー。ウヒャヒャヒャヒャ! こらー、待てー。待たないと頭と胴体サヨナラしちゃうぞー――って、マジ速ェあのガキ! 魚かよ! 人魚か何かなんですかー? 止まれゴルァ!!』
『イーヤーダー!』
「………………」
「………………」
「今日は変態記念デーか何かでしょうか?」
「そんな記念日は消滅してしまえ」