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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十一章
105/122

11-3

 フラフラと人目を避けて路地裏を歩く。人目と言うか、魔族目と言うべきか。この街は魔族領扱いなので、攻撃禁止エリアでは無い。

 だからって別に問答無用で襲われる訳ではないが、イベントかそういうフラグでもあるのか偶にNPCが絡んで来るのだ。さっきのPL連中の事もあるので、コソコソしているのが丁度良い。

 ――のだが……。

「尾けてるのバレバレなのに先回りしても、意味無いと思うんだが?」

 俺は進行方向上の路地に隠れているPLに向かって言う。言外に、カッコつけてるつもりみたいだけど滑ってますよー、と言ってる訳だ。

「…………」

 返って来るのは静けさのみ。だから無反応で返すなよ。こっちがイタい事してる気分になるだろうが。

 ネピルの時もそうだったが、人を尾けてくる奴はどうしてこう素直に出てこないんだ? ブラフでも警戒してるのかよ。

「用があるから先回りしたんじゃないのか? 別の道通って帰るぞ」

 脅しともつかない事を言ってみると、コートの男が姿を現した。

 黒いコートの前は一番上まで閉じられており、被ったフードの奥には鼻から上を隠す仮面を付けていた。袖から覗く手には黒い手袋を嵌め、甲の部分には銀色の髑髏の装飾がされていた。しかも手首に巻いているのか細いチェーンまで見えた。

 それを見て俺は戦慄する。――こいつ、こじらせ過ぎだ!

 元より電脳世界ではついハシャいで思春期というか男特有の夢見がちファッションというか、兎も角言葉にし辛い何かをしてしまう。

 こんな世界なら尚更だ。シルバーのアクセサリーとか髑髏の指輪程度なら相手によっては似合っているし、装飾品装備として効果が期待出来るのもあるが、一目で分かった。

 あの格好は間違いなくあのPLの趣味であると。

「そう警戒しないでくれよ。別にさっきの件で仕返しに来た訳じゃない」

 俺の態度に勘違いしたらしく、両手を上げて敵意は無いと示してくる。その際、手首に巻かれた鎖が音を鳴らす。

 ヤバイ。本気でどう対応しよう。街中で煙玉かました時、離れた場所から見ていたPLがいたのは気づいていたが、おそらくこいつだろう。だが、そんな事よりも笑っていいのか生暖かく見てやればいいのか分からない。

「………仲間なんだろ?」

 とりあえず、それだけを何とか絞り出す。

「正確には、用心棒を依頼された仲間があの中にいた。商売的には顔に泥を塗られた事になるが……そういう事もあるだろうよ」

 男は気にすんなと言いたげに両手を肩の前で軽く振る。こそこそと隠れていた癖に動きが大仰な奴だ。

「それじゃあ、何の用だ?」

「ただの好奇心だ。強いて言うなら、顔見せ?」

 仮面の目抜き穴から見える暗いながらも爛々と輝いているような黒い瞳と、下弦の月を描くように両端が釣り上がった口がフードの奥に見えた。

「一目この目で見ておきたかった。そして、俺の顔を覚えて欲しかった。だから顔見せだ」

「そんな仮面付けておいてか?」

「仮面あっての俺の顔だ。所謂、象徴というかイメージの問題だ。俺もこれを外す気はない」

 なんとも痛々しい男だ。だが、本気だった。学生や思春期抜け切らない愉快な奴が後に黒歴史だと自覚するのと違い、ノリだろうとよく分からんポリシーであろうと自分はコレだと本気で思っているタイプだ。

 あー……こいつはヤバイ奴かもしれない。厄介とか面倒な意味でのヤバイ。

「なんで俺に?」

「尊敬に値する男だからだ」

「はぁ?」

 馬鹿だこいつ。俺の何を見て何を知って、そんな感想を抱いているのか分からないが、俺を尊敬に値するとか目どころか脳おかしいんじゃないのか?

「おいおい、そんな意外そうな顔をするなよ。謙遜のつもりか? それとも演技? あるいは無自覚なのか? 何にしてもお前は特別だ」

「何を言ってるか分からないな。初対面の人間に特別だと言われるとか、逆にキモいぞ」

「そう寂しい事を言うなよ――ソラ」

 ――こいつ。

「…………あー、ああ、なるほど。はいはいはい。お前、あれだ。名前忘れたけど、日本一多い苗字をもじったような名前の同じクラスの奴」

 印象が違い過ぎる上に仮面のせいで分からなかった。名前を言われて気付いた。こいつ、高校の同じクラスだった奴だ――多分。

 どこにでもいる目立たない、卒業アルバムの集合写真を見て――こいつ誰だっけ、とか言われるタイプ。俺も人の事は言えないけどな。

「おおっと、気付いてくれたのか。他の連中は仮面でも外して自己紹介して、やっと思い出してくれたもんだ」

 嬉しそうにはしゃぐ男。まるで有名人に顔を覚えてもらって喜ぶファンのようだ。

 というか仮面外したのかよ。そこまでして、現実世界のプライベートな話までして思い出させたいのか。現実世界(リアル)と電脳世界で印象の違う人間は珍しくない。それこそ二重人格かと思えるように変わる奴もいる。そして、そういう奴は(リアル)の事情を持ち出さない。その手の話題を嫌悪している。

 だが、こいつの方向性、そして正体をバラすような真似をしてまで人の名前を漏らし、近づいて来た。

 理由はともかく、こいつの目的は――

「それで、俺もそいつらみたいに殺すのか?」

 過去の自分の否定。その為に、現実を知る人間の排除。

 ただ、それにしては自分から過去をほじくり返す真似をしたのが気になる。言ったばかりでなんだが、俺の予想は外れていそうだ。

「そんな風に見られていたとは心外だな」

 だってお前の事全然知らんから。シュウならちゃんと覚えているだろうが、俺にそんな記憶力はない。

「まあ、殺したが」

「おい」

「ハハハッ、気にするなよ。どうせ毒にも薬にもならん退屈な連中だったしよ。それに全員じゃない。見込みある奴は仲間にしているんだ。要は選別したのさ」

「てめぇの主観で?」

「そう。俺の都合で、俺の価値観で、俺が良いと思った連中を集めた。この、俺の、独裁で!」

「ふうん。お前、酔っぱらってるな」

「自分に? 世界に? そりゃあ酔うだろ。だって、コレだぜぇ!?」

 男は腕を左右に広げ、手も大きく広げる。その大仰ながら全身を使ったポージングはエノクオンラインの世界そのものを指しているのだろう。

「ここに閉じ込められたとか言って嘆く奴がいるが、そいつらは馬鹿だ。ここがどういう所なのか何も分かっちゃいねえ!」

 俺も分からねえよ。

「ここは人の未来だ。黄金の世界だ。宇宙に進出するのと同じ、太陽系の外に出る偉業だ。イカれた科学者どもの後塵を排そうと、新世界に俺達はいるんだぞ? 滾らなきゃ人間じゃねえ!」

 本格的に何言ってるか分からなくなってきた。とっとと帰ろう。そして風呂入って寝よう。

「そうか。俺は帰るから。じゃあな」

 仮面野郎の横を通り、路地の奥に進む。

「俺の名前はアンク。またな、大先輩」

 後ろから元同級生の声が響いた。楽しそうな笑いを含んだ声は路地の壁に反射して不気味に木霊した。


「変なのに目ェ付けられた」

「また増えたのですか」

 宿に取った部屋に戻って開口一番アンクの事を言ったら、シズネにまたとか言われた。

「で、誰だこいつ。ベビーシッターでも頼んだのか」

 部屋の中にはシズネとリュナ以外に一人のPLがいた。不審者が部屋にいるという事はアンクなんぞよりも重大な事だ。

 そいつはフェブリスの店で見た女PLだ。というか、男PLに囲まれていた女でもあった。お前、フェブリスの店からの帰りで絡まれていたんじゃないのかよ。何でここにいる。

 菓子をガツガツ食ってるリュナの隣でベッドの上に座る女は俺に視線もくれず、リュナを幸せそうに眺めている。

「おい、シズネ。流石にウザくなったからって病人(ロリコン)にリュナをやるのは俺でも引くぞ」

「違うわよ。あんたら男と一緒にしないで」

 俺の存在を無視していたっぽい女がようやく反応した。

 店や街の通りでは深くフードを被っていたが、今は脱いでその素顔をさらしている。赤毛混じりの金髪を後ろで一括りにして細長い布で結った髪型をし、気の強そうな目が俺を睨みつけている。

 男は皆ロリコンだというのは偏見だと訴えたいと同時に、女なんて小さくて可愛ければ何でも良いという感じではないか。よくわからんマスコットを可愛い可愛いと言って騒ぐ姿も、すぐに欲しがるその姿も一歩間違えれば変質者と変わらん。

「お前、店の時も薄々感じていたけど、ミーシャの同類か」

「あんなのと一緒にしないで!」

 女が吠える。

 同類にも嫌われるとか、ミーシャも相当だな。やはり、アヤネやエリザを追いかける時のあの笑みがエロスを彼岸の果てまで追いやり変態的なのが悪いんだな。見た目は美女なのに。

「ジャリに夢中になってる時点で変わらんぞ」

「こんな小さくて可愛いなら仕方ないじゃない」

 そう言って、名も知らぬ女はリュナの肩を抱いて頭を撫でた。当人は頰に当たる女の胸を多少邪魔そうにしていたが、やはり食う事を優先した。

「そうだなー。小さくて可愛いなー」

 アホだがな。

「変態」

 このアマ……。

「ボロクソですね」

「女は色々と見逃される生物だよな。それよりも、何でここにいる」

性別的に嫌われてまともな返事が返って来ないようなので、部屋の隅で突っ立って傍観しているシズネに聞く。

「ご主人様が出て行かれた後、端的に言いますとナンパされました」

 アグレッシブなレズビアンだな。

「適当に相槌を打つと、どういう訳か彼女もこちらの宿に移る事になりました。不思議ですね」

 不思議じゃねえよ。断れよ。NOと言えない日本人かお前は。茶漬けでも出して追い払うのが従者の仕事だろ。

「ああ、さっき絡まれたのは前の宿を引き払ってこっちに移動してきた途中だったのか」

 宿には貸金庫がある。無駄にアイテムをアイテムボックスに溜め込むと重量で動きが鈍るので、ソロPLやホームを手に入れていないギルドがよく利用しているのだ。

「……一応、あの時の事は礼を言っておくわ」

「ああ、はいはい」

 前を横切っただけなんだが、訂正するのもツンデレっぽくて嫌なので受け取っておく。

「まったく、街中だと大勢で囲まれて面倒なのよ。あんな奴ら、攻撃できればどうにでもなるのに」

 誰に向かって言った訳でもなく、女が憎々し気に呟く。

「この街、魔王領だから攻撃禁止エリアじゃないぞ」

「えぇっ?」

 本当に知らなかったらしく、素っ頓狂な声を上げてきた。なんか、ステータスは高いようだが、あまりシステムを良く理解していないようだ。

「ところで、そこは俺のベッドだから退いてくれ」

 リュナの奴、菓子のカスを落としてやがるし。

「ここがあなたの? ……ベッドが二つあるんだけど? それに、まさか三人一緒の部屋?」

 性犯罪者を見るような蔑みに満ちた視線を寄越して来た。俺の周りの女達はどうしてこうも目付きが悪いのか。

「あー、面倒な。俺、別の部屋で寝るから好きにしろ」

 何か言われる前に言葉を続け、一度閉めた部屋のドアを再び開ける。アンクとか言うPLのせいで精神的にも疲れているので、早く休みたいのだ。

 だが、その前に――

「ところで、他の魔導人形は知らんがシズネにはセクシャル機能あるぞ」

 主人に助け舟を出さないメイドに嫌がらせだ。

「え――」

「なっ――」

 女がマジ? って感じの顔をしてメイドロボを見上げ、シズネは珍しく声を上げてこっち見た。

 幼女とメイドと同性愛者を置いて、俺は新しく一部屋借りる為にドアを閉める。

 シズネが俺の部屋に逃げ込んで来たのは、それから一時間後の話だ。




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