11-2
「人の顔見るなり逃げ出そうとするなんて、相変わらず失礼な方ですね」
「なら客に向かって発砲するお前はなんなんだ?」
銃身の長い銃を構えたクソロボをカウンター越しから睨みつけるが、このアマは無視して銃をカウンターの裏側に仕舞う。
見えない壁が消えて行けるフィールドが広がった事で、新たに入手できるようになったのは何も白米や味噌だけじゃない。
新しい種類の武器、大型武器:銃だ。火縄銃みたいに筒の先から火薬や弾を入れる形式ではなく、ケツに雷管ついた薬莢の中に火薬と弾を使う一般にイメージされる銃だ。
ただ、一度に込めれる銃弾の数は少なく、リロードも手動なんで連射出来ない。そしてゲーム的にも飛距離や威力は高いがそう連射できない上に何よりも弾代が高い。
それをこのクソロボは人に向かってバカスカ撃ちやがって。攻撃禁止エリアなのにダメージ喰うし最悪だ。
「一、二発では死にませんよ」
「ほんと便利な世界だな。それより客が来てやったんだ。ブツ見せろや」
「私達が崇めるのはお客様ではなくお客様が持っているマネーです。荷馬車はそれなりに大切に扱いますが本命はそこに乗ってるお金様なので――ようこそいらっしゃいましたぁ!」
鬱陶しいので、無言で所持金を表示させたらやっぱり一瞬で態度を変えやがった。
ゴールドが支配しているラシエムの港町を含んだ北方ではブイブイ言わしているヴェチュスター商会だが、解禁された新たな土地では新参者でしかない。そもそもこっちはまだ人間側の領土が狭いのだ。
PL達がダンジョンと化した街を攻略していくまでは、店舗を増やせない。
「だから他所の古参商会から睨まれながらもこうやって細々と商売を続けさせていただいております」
ゴールドの領主討伐援助したこの店員ロボが出張っている時点で経済的に侵略する気満々だろ。
もっと手前の街でも、どのPLよりも先に到着していた俺に食材アイテムの買い占めをやらせやがったし。
「というか、ここで商売になるのか?」
この街、エコンラカはまだ人間領ではない。ただ、そこまで魔族の締め付けが厳しい訳でもないのでNPCに喧嘩を売らなければ別に何も問題はない。問題はないだけで物騒なクエストしかない上に難易度も高い。旨味も少ないのでこんな所にまで進んでいるPLは少ないのだ。
アマリアからここに店が開くとメールで知らされた時はまさかと思ったが、本当に店を開いているとは。
「お客様がいる所に我々は赴きます」
「じゃあ、次の魔王攻略が始まったら、魔王城の中に出張してこい」
「北方製ゴールド印の武具でございます。現在この辺りで輸入品を扱っているのはこのヴェチュスター商会のみ。ヴェチュスター商会のみでございます!」
俺の言葉を無視してロボ店員は吠えながらアイテムを並べ始める。
というかゴールド印って……。ゴールドの工房で量産されている『G』回復薬がある上に、ちらほらと見覚えのある武具もある。こういう道具のデザインって本当にセンスが現れるな。
「あいつ、ただでさえ儲けてるのに、とうとう商会にまで卸すようになったのか」
エノクオンラインのNPCやモンスター、PL(本人からの許可貰い済み)をモデルにしたカードゲーム(フィギュアに切り替え可)で儲けてあの馬鹿はPL一の金持ちになっている。
エノクオンライン側の著作権とかどうなんだと思ったが、PLを閉じ込めたのだからそんな物は無いのだろう。だからって普通、カード作るか?
「当店でも売りますよ?」
カウンターの隅にブースターパックとスタンダードデッキの箱が置いてあった。パッケージ表紙には中二臭いタイトルと共にレーヴェが写っていて、似合いすぎてて正直引く。ちなみに記念すべき第一回のパッケージを飾ったのはゴールドで、第二回にアヤネが載ると売り上げが倍増したらしい。
「買わないので?」
「要らん」
こういうのは一度買うとやめにくい。ただでさえシズネや最近ではジャリが一匹加わっているので金が無いのだ。
「いつものくれ」
いつもの、とは投擲用の武器だ。剣とか槍とかナイフがセットになっている。何度か買う内に一度に購入する数が決まり、同時にいつもので通じてしまうようになった。
ここで何も買わないという選択肢もあったが、やっぱり消耗品は補充できる時にしておかないと。
ベルフェゴール討伐のタイミングに合わせて新天地へと一足先に踏み入った時、アイテム不足で死ぬかと思った。体力バカ高のリュナを〈エネジードレイン〉していなければ本当に危ないところだった。シズネが俺から魔力を吸い取っていなければもっと楽が出来たというのに、駄目メイドめ。
「またネタ装備作りやがったのか」
アイテムを補充しながらラインナップを眺めていると、クウガ作のゲテモノ武器がやっぱりあった。
新武器に銃が加わったせいか、銃剣が銃と剣を合体ではなく融合した感じになっている。具体的に言うと剣の真芯に筒が通って二股に分かれている切っ先から銃口覗いており、柄に銃を撃つ機構が加わっているせいか大きくなっている。
ああ、こっちにはデカいリボルバーの弾倉がついた大剣や大砲みたいになっている突撃槍とかは古いゲームで見たぞ。
「こちらは狙撃銃と大鎌に変形する武器で、これは遠近対応したガントレットです。いかが?」
「訴えられても知らないぞ」
というか起訴されてデリートされてしまえ。
「そういう事でしたら……こちら、我が商店完全オリジナル、自動人形専用武器でございます」
「…………」
店員ロボはちょっと誇らしげに端子のようなコードが数本、柄本から伸びる槍を取り出して来た。何だか装備者のエネルギーをギュンギュン吸い取りそうな槍だった。それはいいのだが--
「おや、丁度良い事にクゥ様の当店ポイントは溜まっているようですねー。ここは一つ、パーッと使ってしまってですね」
「似たような武器、南東地方で見たぞ」
「----」
いつかの時と似たような事をほざき始めたロボ店員がフリーズした。どうやら意図せず本当にネタが被っていたようだ。
「い、行った事があるので?」
行った。元人間領で亡国の姫が囚われてる城の城下町の所までちょこっとだけ。
スチームパンク系の街には如何にもお姫様救出に繋がりそうなクエストと金属性のモンスターが盛り沢山だったので、行き掛けの駄賃として色々爆破してから逃げて来た。
「何でそんな奥地まで行っているんですか。ああ、また迷子に……」
憐れみの視線がもの凄くウザい。
「そろそろ落ち着いたらどうですか?」
「そんな所帯を持つような事言われてもな」
購入したアイテムをボックスに仕舞いながら他愛もない会話をしていると、店の外から足音と共に話し声が聞こえてきた。
ただでさえ米の買い占めでNPC商人に睨まれているので念の為に〈聞き耳〉スキルでより鮮明に音を拾う。
『なあ、本当にこんな所にあるのか?』
『間違いないって。だってヴェチュスター商会から直接マップデータ貰ったんだぜ』
『でも、エノクオンラインのモブって平気で嘘つきますよね』
『そもそも、こんな所で買う必要ないじゃない』
複数の男女が雑談しながら何か探してるっぽい。ヴェチュスター商会とか言ってたが、まさかここか?
ロボ店員に視線を向けると、奴商品を出し入れしてカウンター上を整理していた。明らかに次の客用のラインナップだった。商魂逞しいロボに呆れるしかない。
「じゃあな」
「お帰りで。また迷子になった時、どこか支店を立てるのに良い場所を見つけておいて下さい」
「城の地下とかどうだ? 洒落た鉄の棒と冷たい石壁に囲まれて素晴らしいぞ」
「入った事があるのですか?」
無視してドアを開けると、ちょうど聞こえていた声の連中が中に入ろうとノックする為に手を上げていたところだった。
男女少数のパーティーで、パッと見でも中々強い事が窺える。こんな言い方すると俺も強そうな感じはするが、ぶっちゃけ〈情報解析〉で見ただけだから。
いきなり向こうから開いたドアに驚いた彼らの横を通り過ぎ、俺は宿に向かって夜の街を歩く。
ところで、エコンラカは魔王領だ。だが、PLを見たら衛兵が呼ばれる訳ではなく、住んでるのは一部を除いて人間NPCしかいない。なので特に何もしなければ問題は起きない。
「ちょっと、離してよ!」
問題は起きない。
「うるさい! いいからこっちに来い!」
「触らないでって言ってるでしょう!」
問題は起きない--筈なのに何か騒ぎが起きている。
場所は宿や酒場が並ぶ通り。夜だが並ぶ店が店なので明るく下品なほど賑やかだ。酔っ払ったNPCが喚き歌い、踊っている時間だ。
そんな場所で、壁を背にした女PLとそれを取り囲むPLが数人。女の方は殺気に満ちた目で男達を睨みつけている。
そして男連中は一目で見て分かるように酔っているようだ。ただ、酒に酔いながらも攻撃禁止エリアなのを利用して壁を作り、跳躍して逃げられるのを防ぐ為に屋根に登っている奴までいた。
酔ってまで出来ているほど慣れているのか、それとも酔ったフリなのか。
道行くNPC達が目を逸らして集団を遠巻きに見てるか早足で過ぎ去っていく。普通の街ならNPCの警邏兵にでも通報すればいいんだが、ここは仮にも魔王領なので残念ながらそんな優しくない。
ついでに言うと、俺はそんなのどうでもいいと言うか、率直に言うと通行の邪魔だから他所でやって欲しい。ナンパならもっと上手くやれよ。というか、仮にも魔王領のこの街に来てまで何をしているんだか。
俺には無縁だが、下手くそなナンパは周りにも迷惑して犯罪臭がする。エイトなんて向こうから寄って来るのでちょっとお茶してやるか、本当に用がある場合は爽やかに断るんだぞ。さすが根が不良なくせにイケメン野郎だ。
なんてどうでも良い事を考えながら、男達と女の間を素通りする。
「…………」
「…………って、待てよお前!」
なんか顔を整形してもモテなさそうなPLが絡んで来た。
「何か用か?」
胸倉を掴まれる。攻撃禁止エリア内なのでそう強くない力なのだが、息が酒臭くてたまらん。
「用か、じゃねえ。何なんだお前?」
「お前こそなんだ」
通行人にいちいち突っかかるなよ。
アイテムボックスから、前に没収したイタズラ用激辛パイ(リュナ制作)を取り出して男の顔面に叩きつける。
「--イ、レエエエェェエエェェーーーーッ!」
男は余りの辛さに俺から手を離して悲鳴を上げ、顔やら喉を押さえて転がり回る。
これ食ったら、顔は噴火したように熱くなるわ、喉が灼けるわで本当に地獄を味わう。俺も経験したから分かる。当然、犯人のリュナには相応の目に遭ってもらったが。
「お、おいっ、どうした!?」
「テメェ、何しやがった!」
ワラワラと男どもが俺へと集まって来る。それに従い、屋根の上にいた連中も俺を注視してくる。それのせいで女へのガードが緩む。
俺はパイと一緒に取り出していた黒いボールを幾つか地面に転がす。流石に気づかれたらしく、足元に転がって来たゴルフボールサイズのそれに警戒して男達が咄嗟に後ろに下がった。
黒いボールには短い導線があり、そこに火が付いているから爆弾か何かだと思ったのだろう。攻撃禁止エリアを利用していた癖にビビるなんて臆病だと言うべきか、危機回避が身についていると褒めるべきか。
ともかく、火が根元にまで到着した瞬間、黒いボールから大量の煙が噴出して一気に周囲を覆う。
視界煙に包まれた瞬間、俺は壁を走って登る。煙を抜けた先にはちょうど、屋根から監視していたPLがいた。
煙の中から出て歩道から逃げて行く者を探そうとしていたからか、屋根に登って来た俺の行動が予想外だったらしく、反応が明らかに遅れている。
「ほらよ、っと」
マヌケの顔面に向け、例の激辛パイをお見舞いしてやる。
見事に顔に命中したPLは悲鳴を上げて転がった。
そいつを屋根の上から蹴り落としながら通りの方を見下ろすと、先程の女PLが煙の中から抜け出して走り去って行くところだった。