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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十章
102/122

10-10


 タカネから槍を引き抜くと俺はそのまま後ろに倒れて大の字で寝転がる。

 疲れた。非常に疲れた。心身共に疲れ果て、もう何もしたく無い。メイドー、メイドよー。いないのかよあの主人嗜虐式似非侍女型絡繰人形。

「長ったらしく呼ばないでください。ほら、回復薬です」

 そう言って、上層からジョット噴射による姿勢制御を行いながら着地したメイドロボが回復薬中身を俺の顔面にぶちまけて来やがった。これで体力が回復するんだからやるせない。

「クゥ、タカネ」

 起き上がるのも面倒なので身体を横に向けて寝転がりながらせっせと回復していると、上からシュウが降りてきた。垂直の壁を蹴り降りて、だ。

 こういうの見るとシュウも<鈴蘭の草原>メンバーだと再認識させられる。

「お前ら、何でここにいんの?」

 俺とタカネを交互に見て何を言おうか迷っているような素振りを見せたシュウの先手を打つ。その様子からどうやら俺がタカネを突き刺した場面見てしまったのだろう。

「回復したチャットでクゥがネームドに襲われてるって情報があったから、僕とタカネで様子を見に来たんだ。まさか、カイトが……」

 あの怪人がカイトだった事にショックを受けているシュウの言葉を聞き、俺はチャットウィンドウを開いてログを確認する。

 酷く曖昧ではあったが確かに俺がネームドと戦っているという情報が読み取れる。それを知った二人がフレンド機能で居場所をサーチしつつ来た、と。

 件のチャットの発信者はエルだった。つまり、タカネをここに来させたのはマステマの仕業か。あのアマ…………。

「私達はボス部屋に行くわ。クゥはどうするつもり?」

 何事もなかったかのように、それこそカイトの首をはねた剣を仕舞い、俺が刺した傷も回復させたタカネが振り向く。

 その顔はいつも通りの端整な美貌を保っていた。

「疲れたからここで休んでる」

「一人で大丈夫なの?」

「一人じゃないから」

 顎を動かしシズネを指す。

 タカネはシズネに移し、小さく頷く。シズネもまた同じく。その女同士のアイコンタクトで分かってます、みたいな態度は止めてほしい。

「クゥは大丈夫そうだし行くわよ、シュウ」

 言って、タカネは壁に向かって歩いていく。走って昇るつもりのようだ。

「タカネ、いいの? このまま放って置いたらきっと――」

 シュウの呼び止めも聞かず、タカネは地面を蹴って壁を走り昇って行った。

「悪いな」

 溜息をついてそれを見送ったシュウに詫びを入れると、今度はこっちに胡乱な目を向けて来た。

「何か悪い物でも食べた?」

 お前も意外と言うよな。

「君達見てると心配で落ち着かないよ。クゥの中では折り合いついてるのかもしれないけど、端から見るとこっちが不安になる。今だって、そうやって謝ることなんて無かったじゃないか」

「お前は心配性なんだよ。たまたま、そういう時もあるってだけだろ」

 気怠い態度を保ちつつ追い払うように手を振る。

「ここで休んでるから、お前らボス倒してこいよ」

 シュウは俺を一瞥するとさっきよりも深く吐息した。なんか腹立つな。

「クゥはライアーって改名した方がいいんじゃないの?」

 嫌味を残し、シュウもまた壁を走って行ってしまった。どうやらお見通しらしい。

「やれやれ、だな」

「クゥ様が言いますか」

「うるせえ。俺が休んでる間に武器とか回収してくれよ」

 カイトとの戦闘中にばら撒いた武具がそこら中に落ちている。耐久値を超えて壊れた物も幾つかあるし、大半がゴールドの所からパクった武器達で惜しくもないが、これからを考えると出来るだけ回収した方がいいだろう。

「まったく、こんなに散らかして」

 母親かお前は。


 シズネが愚痴りながらアイテムを回収するというおかあさん(嫌がらせ)を発揮し終えた頃には俺もようやく回復し、あまりこんな所で休んでいるのも退屈なので出口を爆破して作って通路を歩く。

 通信妨害が大分薄まっているようなのでチャット機能を使用して状況を観察してみればボス戦はPLの優位に進んでいるようだった。四大ギルドが集まっているのだ。実力者があれだけ集まっているのならば当然と言えば当然だ。

 そして、ボスが第二形態に成った報告と警戒を促す言葉がチャットとして行き交い始める。

 なんか、足の代わりに翅が無数に生えた百足であるらしい。ベルフェゴールはそのままボス部屋から飛び出し、上空から風の刃を撃ちまくっていると悲鳴が上がる。

 大変だなあ、と完全に他人事のような感想を抱きつつ緩やかな坂を歩く。

「行かれないのですか?」

「行く必要がない」

 俺って必要ないだろう。強い奴はわんさかいるし、むしろ乱入したら邪魔だろ。そもそも、俺はこんな風に皆と一緒にヒャッハーと青春を血と汗のエキスに変えて更にノリと勢いをブレンドさせ、使命感とオレカッコいい的な物質Xを素材に脳汁ドバドバ生産する英雄行為に全く関心が湧かない。

 今まで、どうして口車に乗せられながらも参加していたのか不思議なぐらいだ。ぶっちゃけ俺のキャラじゃないって言うか? 争いは何も生まないよ、とエノクオンラインをデスゲームに仕立てたキチガイ頭脳集団に訴え掛けたい。

 こう、メガネと文字書き込んだシャツを着たガリ勉どもがデモ行進する感じで。

「頭大丈夫ですか?」

 シズネの言葉を無視する。所詮は人形の言。俺の脳には届かん。

「主は賢者タイム中で役に立ちません。申し訳ありませんがそちらで頑張ってください、と――送信」

「お前なに誤解されるような事メールしてんだよッ!!」

「似たようなものでしょう」

 全然違う。

 舌打ちし、そのまま歩き続けると見覚えのある場所に到着する。マップウィンドウを開いて確認すると、やはりと言うべきか地上に顔を出しているピラミッドの元一階部屋だった。

 どうやらどこぞのPLが仕掛けごと壁を破壊して通行出来るようにした隠し通路を歩いていたようだ。

 階段が無く外の様子が見れないせいでいまいち自分の位置が分からない。

 ここが地上一階なら出口があるはずだ。そう思ってマップを見ながら向かうと、思ったとおり開きっぱなしの扉を見つけた。もっとも、ピラミッドを中心に巨大な落とし穴が広がっているので魔王城から出ることは出来ない。

 というか、目算だったとはいえ最初に地下に落ちた時に見たよりも穴の大きさが広がっている気がする。ここまで陸との距離があるとベルフェゴール倒した後どうやって帰るんだよ。

「元から帰す気が無いのでは?」

「それは流石に……いや、あり得るのか」

 今までのNPC達の行動から考えると本気でこっちを殺しに来てるからシズネの言っていることも間違いではないのかもしれない。或いは、ベルフェゴールを倒せば橋のような物が掛かるのかもしれないが。

「皆さん頑張っているようですね。というか、先程からメールやらチャットがバンバン送られて来ているのですが?」

 言うなよ、無視してたのに。

 眼下の地下空間を見ると、足の代わりに翅が生えた巨大な虫っぽい怪獣が縦横無尽に飛んでいた。ベルフェゴールだ。間違いない。

 ベルフェゴールの第二形態は今までの例(アモンの例を考えるとあの女二人がデカすぎただけ)を考えれば小型な方だろう。それでもやはり空を飛び続ける敵は厄介だ。空から鎌鼬やら針やらを飛ばしてやりたい放題。こっちの攻撃は矢や魔法に限られるのにベルフェゴールの移動速度が速すぎて当たら――派手な爆発音がしてベルフェゴールが炎に包まれた。

 ……まあ、予想できていたけれど。

 地上やピラミッド型の魔王城から飛び回るベルフェゴールを正確に狙い撃つ射手や魔術師がいた。どうやってそこまで移動したのか定番となったボスに取り付くことをPL達がいて、ボスの背中にあらかじめ張り付いていた大量のモンスターと喧嘩を始めていた。

 そして、地下空間をも照らした歌スキルの灯火がベルフェゴールの行く手を遮りながらドッカンドッカン爆発してる。

「ほら、あいつら勢いで騒いでるだけなんだから。別に俺いなくても全然問題ないな」

 だから無理に参加する必要もない。

 電脳世界脱出の為の戦いなのだから無理云々ではなく意思一つで事足りるのだが、俺は生憎と脱出に関してそこまで積極的ではない。ずっと引き篭っていたい訳でもないが、そこまでなれない。熱意が足りない。真剣味が足りない。

 今までは義理というか、酒飲みに誘われたから人付き合いの一環で行くか、みたいなノリがあった。それが理由の大半だ。

 責める訳ではないが、ミノルさん達〈ユンクティオ〉と関わったのが不味かった。人の縁は馬鹿に出来ないもんだ。

 今日、改めて自分の困った部分を再認識した。そしてタカネを刺してしまった。

 故意ではない、なんて言い訳出来ない。

「潮時だな」

 むしろ居過ぎたくらいだ。

「行くか」

 ベルフェゴールに興味はない。というか本当にもう何もやる気が起きない。

「どこ行くんだ? ベルフェゴールはやっつけなくていいのか?」

 なんか声が聞こえたんで発生源を見下ろすと頭の上に黒猫を乗せたリュナがいた。

 ……いつの間にいたお前。というか、今になってこいつの存在思い出した。

「ずっとついて来ていましたよ」

 気づいていたなら教えろよ。そして何故気付かなかった俺。

「お前、何でついて来たんだよ?」

「クゥ達が歩いてたから。他に誰もいなかったし」

 ガキだなこいつ。

呆れながら俺は遊園地にでも行ったら絶対にはぐれる阿呆の軽い頭に乗る黒猫を摘み上げる。

 頭が軽くなったと間抜けな事を騒ぐリュナを放っておいて黒猫を、マステマの使い魔が咥えていたイヤリングを掴む。猫はあっさりと口を離した。

 用の済んだ猫を魔王城の外に放り捨ててイヤリングに<鑑定>を使用すると、特定ラインとのボイスチャット機能を持った装飾品だった。図々しい女だ。

 イヤリングを装備して、もう一度地下空間の戦いを見る。手こずっているようだが、あの様子だと確実に倒せるだろう。ベルフェゴールも完全な射程外に出るつもりはないようなので、心配する必要はない。場合によっては残った爆発薬Gを投げたりシズネの超必ぶっぱも考えていたが杞憂に終わりそうだ。

「シズネ」

 アイテムボックスから矢とロープを取り出して、矢の末端にロープを繋げてシズネに渡す。

 渡した際に確認するかのようにこっちを見上げて来たが、構わず実行させる。

 腕を大弓の形に変形させたシズネはロープ付きの矢をセットし、放つ。矢は真っ直ぐに飛んで行って向こう側の地上に顔を出している岩に深々と突き刺さった。

「よっと…………」

 シズネがロープの端を門の柱に巻きつけ固定したのを確認して綱渡りを開始する。シズネも乗り、俺達は向こう岸に渡っていく。

 いつの間にか日が暮れつつあり、砂漠地帯を赤く染めて長い影を作り出している。太陽が沈む方向の逆を見てみれば夜が空に広がろうとしており、はっきりと光り輝く星々が奥に見える。

 飽きさせない世界だ。そして、俺を困らせる世界でもあった。

「なあ、クゥ。どこいくんだー?」

 少しは感傷にふけさせろや…………。

 というか、リュナの声が横から聞こえた気がするんだが?

 細いロープの上なのに後ろからではなく横から聞こえるとか。振り返ると背中から鱗の生えた蝙蝠の羽を背中から生やすリュナがホバリングしていた。

「………………」

「へぶっ!?」

 飛べたのかよ、という突っ込みを思わず物理でやった俺は悪くない。





 西と南の間、南西のある森の中に数人の男達が身を潜めるように待機していた。

 夜空に浮かぶ星々と何より月の光が森を怪しく照らし出しているが、彼らはまるで自分達の立場を示すように影の中にいた。

 森にはPLの行く手を遮る見えない壁があった。それもつい先程、ベルフェゴール討伐の報が掲示板に表示される頃には消え、未開地を遮るものはなくなった。

 こんな場所にいるということは彼らはまだ誰も足を踏み入れていない世界に行こうとしているのだろうが、どういう訳か壁が消えた今になっても動こうとしない。何かを待っているようだ。

 暫く時間が経ち、男達の間に苛立ちが見え始めた時、空から羽根が舞い落ちた。

 空を見上げると月を背後においた翼の生えた人影が降りてきた。

 それは若い男で軽薄な笑みを貼り付けている。そして背中の翼は漆黒。堕天使だ。

「お前がケイオスだな」

 一人の男が進み出る。ベルフェゴール攻略会議後の報告会に出席し説明していたマクレーンだった。

「そう言うおたくはマクレーン? もっとマシな偽名はないのかよ。ハイ、私はジョン・マクレーンですってか? ジョン・スミスとかの方がまだマシだろこれ。うひゃひゃひゃひゃっ!」

「案内をしてくれ」

 突然笑い出した堕天使の不快な声も気にせずマクレーンが淡々述べる。

「おう、任せろ」

 笑うのを止め、堕天使はいきなり真顔になった。

「その前に、だ」

 堕天使が腕を上げて掌を前に突き出す。直後、閃光が発生し空気を割りながら直進する。轟きながら飛ぶ雷はマクレーンの背後にいた男達の一人に命中した。

 次の瞬間、周りにいた男達は武器を構え、魔法の詠唱の準備を始めた。

「止めろ。あの程度では死なん」

 だが、マクレーンがそれを止めさせる。

 現実世界と違い、ここでは頭を撃ち抜かれようとよほどのステータス差が無い限り即死はない。現に、撃たれた男は地面に倒れ麻痺状態になって動かないものの、決して死んではいない。

「何のつもりだ?」

「そう睨むなよー、おっかねえな。俺はただ招かざる客を捕まえただけだってぇの」

 ケイオスは自分が雷で撃った男に近づいて髪を掴み、頭を持ち上げる。

 男は麻痺状態のために抵抗もできずそのままされるがまま顎を上げる。指一つ動けない代わりなのか、鋭い視線をケイオスに向ける。

「おお、おっかねえ。きははは」

 笑いながら堕天使は男の顔を鷲掴みにすると、皮膚を一気に剥いだ。

 そして皮の下から現れたのは新たな顔。先程とは違う人間の顔があった。

 周囲にいた男達に動揺が広がる。仲間だと思っていた者が別人になっていたのだ。

「変装スキルだな。限界レベルキャップ一杯まで上げてたからあんたらじゃ気付かなかったんだろうな。それに気づいた俺スゲーッ! おらちょっとは尊敬しろお前ら」

「…………ネピル」

 一人騒ぐケイオスを無視し、マクレーンが変装していた男の名を呟く。

「ああ、こいつがテロ屋の。ちょうどいいじゃん。拷問でもして情報吐かせようぜ」

「どんな拷問をしたところで、こいつは吐かないだろう。殺せ」

「それはどうかなあ。リアルなんかよりイカしたクスリがあるんだぜ。安心しろよ。苦痛も何もなく天国に落ちるような解放感が――」

 ケイオスがネピルを見下ろし笑いかけたその時、風船が破裂したような音がした。

 今まで自分の頭を掴む堕天使を睨みつけていたネピルの目が焦点を失い、痙攣していた身体が微動だにしなくなった。

「うっわ、マジか…………。こいつシステムに特攻して自殺しやがった」

 手を離すと、死亡したネピルの身体は青い粒子となって空気中に消えていく。

「あのヒゲモジャにどんだけ忠誠してんだっつー話だわ。いや、本物は美少女だっけ? なら仕方ないわ。可愛いはジャスティスだもんなー。てか、アバターがヒゲヒゲでその正体が見た目十代の少女ってなに? マンガか!」

「結局は向こう一、こちらが一の損失か。いつの間にか潜り込まれたことについては対策が必要だな」

 喚くケイオスを無視し、マクレーンだけは冷静に損失を計算していた。

「終わったことを言っても仕方がない。あまり長居すると気の早い連中が来るかもしれん。早く案内しろ」

「へーい」

 先のテンションと打って変わった気の抜けた声で返事をするとケイオスは森の奥に足を向ける。

「それでは、えーっと、ひぃ、ふぅ、み…………面倒だ。マクレーン様御一行ごあんなーい。ここから先は人類未踏の土地。雷の魔王ルシファーが治める領地でございます――なんつってな。キャハハハハハハハッ!」

 深い森の奥。誰もまだ足を踏み入れた事のない向こう側の大地で堕天使の高笑いを掻き消すほどの大轟音を立てて幾つもの雷が降り注いだ。



 ◆


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