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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十章
101/122

10-9


 カイトの攻撃はハルバードを主軸に体術を混ぜてくるスタイルだ。足癖が悪くなっているが、どうやらアバドン専用の蹴りの体術スキルがある影響かもしれない。時折、ハルバードに風属性の魔法を混ぜて来るが、見えない風の刃分リーチが伸びた程度でプリムラのようなヤバイ効果は無い。

 ヤバイのは仮にも前線で戦っていたPLがネームドとしてボスクラスのステータスを持っている事だ。

 手数はこっちが圧倒している筈なのに、もう対応してきている。

「数ガ五、六人ニ増エタト思エバコンナモノ!」

「チィッ、正統派はこれだから!」

 勉強も出来るスポーツマンという爽やかなイメージとは正反対にこの手のタイプは根っこに少年漫画の体育会系的なノリがある。努力を結果に結びつけた奴は性根がしつこい。

 鎖で繋がれた斧、鎚、剣、短剣の攻撃を正面か受け止め軌道を読み、とうとう慣れたらしくハルバードで的確に弾いていなしやがった上に刃が俺に届く。

 なら、数を増やしてやるか。

 収納ベルトから投げナイフを三本取り出し投擲スキルを使用して投げる。

 カイトは斧を弾き返しながら首を傾げるだけで避けてみせるが、あいつの後ろで動く鎖に当たるとゴムボールのように跳ね返る。

 壁や床で反射する〈リフレクトスロウ〉のスキルによって投げた時と同速で三本のナイフがカイトの背中に当たる。

 大したダメージでは無い筈だが、不意に背中に来た攻撃に戸惑ったのだろう。ほんの一瞬動きが鈍る。その隙に蹴りを放つ。

 投擲スキルを使った蹴り飛ばしは硬い甲皮に覆われた腕で受け止められた上で翅を広げられる事でさほど距離を引き離すことは叶わなかった。

 こっちの準備が完了するまで間が欲しかっただけだから別にいいんだが。俺は全ての鎖を引きと元のポールに形を戻しながら収納ベルトから武器を取り出す。

 剣だったり短剣だったり、槍や斧、大剣、盾などなど。大量製品の店売りよりも性能の高いゴールド印のPL生産品といってもボス相手には心許ない武器ばかり。手当たり次第なこのラインナップから装備を変える――訳ではない。

「ジャグリングは好きか?」

 カイトが俺の意図を悟ったのか、むしろそれがどうしたと言わんばかりに突進して来る。

 ちなみに俺は苦手だ。だからうっかり手を滑らせる。

 ポールの鎚部で大剣を殴り、振り下ろした遠心力の方向に自分の身体も腰を軸に回転させて槍の石突を蹴る。他にも飛ばせる物はポールと手足を使って投擲していく。そしてポールから斧部と鎚部、石突に当たる短剣を外して振り回す。

 大雑把に投げた武器などカイトに当たる筈もない。だけど後ろからのは反応が鈍るようであった。

「――ッ、小細工ヲ!」

「ハハッ!」

 鎖に繋がれた斧部と鎚部を使って投擲した武器を跳ね返してピンボールのように武器を跳ねさせる。

 カイトと戦いながら足を止めず常に移動し続けながら壁や床に刺さり転がる武器を蹴ったり別の武器で跳ねさせて飛ばしたり、投げナイフを四方に投げたり、時にはポール捨てて床に刺さった武器を拾いスキルを使用した後に硬直をキャンセルする為に放り投げたポールを改めて装備する。

 結果、カイトを的にした一人大道芸のような有り様になった。

 ははははっ、何だこれ。自分でも何やってるか分かんねえ。

 真っ白な世界を侵す染みのような黒い線を潰していくだけの作業の中で分かるのはカイトの存在と奴からの攻撃で受けた痛みだけだ。

 カイトのハルバードの切り上げにより左顔が切られて片目をやられる。そしてすかさず半分になった視界の外から攻撃が来た。わざわざ身体の動きの連動で狙いを見せない工夫を加えて、だ。

 俺はポールから伸びる鎖を地面に這わせて途中で引っ張り、左足を上げて前に出す。床から跳ね上げられた盾が丁度足に乗っかり、ほぼ同時に盾越しから強い衝撃が足に伝わり、そのまま後ろに吹き飛ばされる。

 だが同時に、攻撃された瞬間にカイトの足首に巻きつけた短剣部に繋がれた鎖を引っ張る。

 ポールの鎖として使用されているのはヴェチュスター商会で買わされた氷の鎖だ。カイトの足に巻き付いた瞬間には氷漬けになって固定されている。

「オラァッ!」

 そのままカイトを振り回して壁に叩きつける。壁の一部が崩れ、カイトが埋もれる。

 その間にアイテムボックスから爆発薬を適当な数だけ取り出して床に転がして行く。考えたって計算できないんだからこんな物は何も考えずランダムにばら撒けばいいのだ。

「まだまだァ!」

 鎖に繋がれたままのカイトを瓦礫の中から引っ張り出して、転がる爆発薬の上に向かって叩きつける。

 閃光が起き派手な音がして黒煙が上がり、地面に亀裂が奔る。

「ははははははっ!」

 腹の底から笑えて来る。テンション上がってるなと冷静な部分の自分がいて、オーバーヒートして宇宙語を喚くもう一人の俺もいて、ぶち殺せと騒ぐ俺がいて、そいつらまとめて蹴り転がしながら凶暴な闘争心を滾らせ真っ白な世界を侵略する黒線を殴り消して行く俺がいた。

 笑うしかないだろこれ。

「はははは――あ?」

 続け様に壁や床にカイトを叩きつけ爆発薬の爆発が轟く中、不意に腹から違和感がした。視線だけ動かしてみれば、腹に剣が突き刺さっていた。

 うっかり手元滑らして自爆してしまったかと思ったら、どうやらカイトが落ちていたのを振り回されながらも拾って投げてきたようだった。

「随分と手癖が悪くなったじゃねえか!」

「ウオオォォォーーッ!」

 俺の動き一瞬鈍った隙にカイトは足に絡まる鎖をハルバードを突き刺して切断し、雄叫びを上げながら突っ込んで来る。

 石突に当たる短剣部を失った鎖を引き戻し、俺はそれを迎え討つ――と見せかけて、赤い結晶を取り出す。

 〈邪視〉を発動。動きをほんの一瞬止める程度の効果しかなかったがそれで十分。

 ポールと合体した鎚部を大上段から振り下ろす。しかし、寸前で復帰したカイトにハルバードの柄で受け流される。

 鎚部が目標を逸れて床に深々とめり込み亀裂を生じさせる。その隙を見逃すカイトではなく、素早くハルバードを受け流した方向に回転させて勢いを加速させ切りかかってくる。

 この態勢とタイミングから防御は間に合わないと判断した瞬間、身体が浮遊感に包まれる。床が崩壊していた。

 今までの戦闘で床に限界が来たのだろう。さっきの一撃がトドメとなって床が落ちる。

 俺もカイトも支えを失い落下しながら――攻撃する。

 共に落ちる瓦礫を蹴り、石から岩と大小様々な物体を踏み台にして宙を駆け回る。カイトもまた翅を出して高速で飛行する。

 散々ばら撒いた武具や薬もまた同じく落ちている。ポール型の多様武器を放り投げ、落ちていく武器を目についた先から掴みスキルを発動し攻撃しては捨て、新たな武器を掴んで攻撃スキルを再使用する。

 あらゆる武器の攻撃スキルとそれを利用した移動、武器を手放す事で硬直キャンセル。時には瓦礫や爆発薬を蹴り飛ばし、再びポールを掴んで鎖と繋がれた武器で一心不乱に攻撃する。

 カイトは翅を広げ、姿勢制御に費やす。飛んで逃げるなんて思考は無く、俺もまた消極的な攻撃を放棄している。

 様々な角度から来てやっているのだ。カイトはそれを受け止め、受け流し、カウンター仕掛けてくる。

 攻撃すればするほど俺の体力バーがカウンター攻撃で減って行くが、手数は無数の武器と変則的なポール型武器によってこっちが圧倒している。

「ぅおおおぉぉーーーーっ!!」

「ハァアアァァアーーーーッ!!」

 下層の床に落ちるまで互いにギリギリまで切り結び、床に瓦礫が落ちて粉塵が舞う。

 俺は落ちる瞬間に槍スキルの突進技で、投擲によって剣の刺さった瓦礫に飛び移る。そして槍を捨て剣の柄を掴みながらその大きな瓦礫を緩衝材代わりにし、インパクトの瞬間にハイジャンプから斬り下ろしをする刀剣スキルを使用して高所からの落下ダメージを無くす。

 着地した瞬間、剣を捨てて短剣を拾う。

 体力バーはレッドゾーン。魔法やアスモデウスの結晶によるドーピング切れも間近。カイトもまた一切回復していないのでシズネ達との戦闘によるダメージも積み重なってあと一撃か二撃。もっとも、それを抜きにしてもこれが最後だ。

 スキル連続使用。そのスタートはまず短剣の投擲から。粉塵が舞って周囲が見えず〈気配察知〉もカイトを捉えていない。

 だけど直前に見たカイトの落下した方向と勘で短剣を投げてそのまま走る。

 突如粉塵が突風によって吹き飛ばされ、発生源からカイトがハルバードを構えて飛び出し俺に向かって来る。

 俺は遅れて落ちてきた武器や小さな瓦礫を落ち切る前に掴んで投げて走り、蹴って走り、走りの動きの過程で投擲スキルを使用する。

 カイトは飛来してくるそれらをハルバードで弾き時には身を僅かに逸らす事で、最低限の動きで回避しながら愚直なまでの一直線に突進してくる。

 ハルバードの間合いが迫って来た時、俺は進行上に落ちてきたポールを掴み、左右に揺らすように振って斧部と鎚部を放つ。

 足へと飛んだ鎚はジャンプで避けられ床に埋もれ、跳んだ瞬間に行った斧は側面を頭突きで弾かれる。

 俺は走りながらポールを床と平行に構え、槍の突進系スキルを使用し加速して突撃する。

 カイトは竜巻をハルバードに纏わせ袈裟に振り落としてくる。

 これで殺すか殺されるか。残り体力もろくに見ておらずどうなるか分からないがそんな結果なんぞこの後で十分分かる。カイトを倒せば時間はあるし、死んだら勝敗なんぞ考えることも出来ないのだから。

 ただ終わりを目指して、全力を、自分の機能を全てそれに注いで乾坤一擲の一撃を今――

 頭上から人が落ちてきた。

 後ろで括った長い髪、和服に似た服を着、手には槍を持った女――タカネが割り込むように俺達の間に着地していた。

 タカネはカイトの方を向き、槍を盾にして振り下ろされるハルバードを受け止めようとしていた。

「クッ――」

 カイトはタカネの姿を見て反射的に止め、槍とハルバードの柄が硬い音を立てる。

「――――」

 その直後、ポールの先に付いた刃がタカネごとカイトを刺し貫いた。

 ……やったのは俺だ。

 …………頭では止めようとしたんだが、まあ、あれだ。理性ではどうしてもワンテンポ遅れる。つまりそういう訳だ。

 溜息が漏れる。カイトの歯軋りが聞こえ、タカネは無言。

「コンナ男デモ、君ハ……」

「こんな男、でもよ」

 静かに息を止めて聞いていないフリをする。

「ごめんなさい、カイト。あなたの気持ちは嬉しいけれど、それを許すことはできないわ」

 タカネが槍から手を離して予備武器である片手剣を鞘から引き抜く音が聞こえ、直後に斬撃の音が続く。

 タカネを貫く刃越しに柄から俺の手へと感じることのできる一人の人間の感触が消えた。




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