ないとめあ
今回は少し不思議な、三人の怪物退治のお話です。
いつもとはひと味違うアルカナをお楽しみいただけたら嬉しいです。
(おかしい?)
大通りの大規模改修の進み具合を確認して、直帰で下宿先に戻り、自室の掃除をしていた。
ここまでの記憶はある。
しかしここは......。
上も下も分からない虹色の空間。
部屋に着いて直ぐに着替えた筈の部屋着ではなく、何故か文官服を身にまとい、アルカナ城内でしか使わない、お気に入りの灰色のバインダーを手に持って周はそこに立っていた。
遠くの方にウネウネとした多数の足?触手?を持つ大きな黒っぽい生き物が現れた。
周は腰に手を遣り驚く。剣が無い.....。
(そうか、自分は文官だった。)
周はバインダーに気を纏わせる。とにかく最善を尽くそう。
何度目かの攻撃をかわし多足の怪物の頭?腹?と思われる部位に周は肉薄した。
巨大な口の中では鋭い歯が何重にもなってぎっしり並んでいる。
危険と隣り合わせではあるが.....おそらくここが急所だ。
周はバインダーを脇に挟んで印を結ぶ。
「言霊」
気の密度が上がらない、言霊は不発に終わった。
得体の知れない多足の怪物相手に善戦すること数分。
周は目に見えて疲弊していた、バインダーは剣ではない。いくら強度を上げても、叩き折る事は出来ても叩き切る事は出来ない。
(おや、出来なかったか?)
そして今、周が対峙する怪物は打撃耐性が非常に高い。
剣も無く言霊も使えない戦闘に、周の体力と気力が不自然なほど急激に奪われる。
疲労からだろうか......。
自身の存在がじわじわと希薄になっていく様に感じる。そんな言いようのない不気味さのなかでも周は懸命に応戦する。
ーーーー
「ったく....。どこだよここ?」
勇は虹色の空間を歩く。先程逃した多足の怪物を探して。
必殺技の研究が興に乗って、ついつい長居してしまった練習場の片隅に、そいつはいきなり現れた。
少し赤みの差した黒い体のウネウネ。どう見ても危険なそれを勇は退治すると決めて、一直線に切り込んだ。ズブリと剣が巨体に沈む、すかさず勇は、手首を捻り剣の角度と軌道を変える。
足を数本落とされた、多足の怪物は必死の様子で闇の中、空間の裂け目に逃げ込んだ。
「させるかよ!」
それを追い勇も戸惑いなくその未知の空間に向かって身を躍らせた。
ーーーー
見渡す限りの虹色が広がる空間の遥か向こうで誰かがあの多足の怪物と戦っている。
(急げ!)
勇は疾走する。
ーーーー
「おい、周、何してんだよ!」
誰かの声がする。
自身の腕を絡め取ろうとする多足の怪物の足を周はバインダーで叩き落とす。
(ああそうだ、私は.....周だ。西の山のお師匠様の道場の......。)
疲労で朧げだった自我が勇の声でクリアになった。辺りを見れば、妙に大きな勇が目の前にいた。
「お前なんで、こんなのに手こずってるんだよ?こんなの言霊で、ブワーン!だろう?」
「使えない.....。」
「はあ?」
「さっきからやってるけど言霊は発動しない。」
「なんだよ、泣き言いってんじゃねえよ。それなら剣だろう?お前は剣士じゃないか。」
「剣が無い。」
周がバインダーを見せながら下を向く。
「.......。」
(やべー。それに、なんか....小さく無いか?)
勇はようやく違和感に気付く、周の年齢がおかしい。
「お前、小せえな?幾つだよ?」
無遠慮なド直球が不味かった。勇の言葉を聞いた幼い周の瞳に涙の膜が張る。
「なんで勇?こんな時にそんなこと......。」
周の小さな肩が震える。
「剣は無いし、言霊も使えないし、変な文具と気の操作だけで精いっぱい頑張ってたのに....。
勇だけ大きくなってずるい。」
周が涙目で訴える。
勇は泣きそうな周をなだめながら、耳に掛かる髪を掬い上げる。耳たぶを確認する為だ、ピアスが無い......。琥珀もアメジストも無い。
(うわーピアス無しじゃん。こいつ13歳前かよ?)
周の耳のピアスの有無を確認した勇が記憶を辿る。11歳12歳の周は何が出来た?
味噌汁美味かったな。.....違う!戦闘。えっと......。裁縫....言霊?
......ダメだ、詰んだ。
ーーーー
「討伐対象を前に、余裕で漫才繰り広げてるんじゃないわよ、あんた達バカじゃないの?」
聞こえた声に勇が目を剥く。
そこには多足の怪物の足を数本刈り取った詩が黒々とした長い槍を持って立っていた。
少し艶っぽい魅惑的な装いに身を包んで。
「おいそれは反則だろう!なんか羽織れ。」
勇の目が泳ぐ。
「失礼な事言うんじゃないよ。このボケが!
これサンドラの戦闘服だから!知らないでしょ、サンドラは暑いのよ。」
詩は怒気を増す。
「わー、詩も大っきいね。それ寒くないの?」
「....この子、大きくなってないの?」
「いや、お前。そりゃあんまりだろう?
お前の知ってるコイツはここまで小さかぁなかったよな?」
この場合縮んだが正しい。詩の記憶の中の周がお子ちゃま過ぎることに勇は憐憫を覚える。
「コイツはピアス無しだぞ。」
勇の言葉に詩が考え込む。
(つまり、周は護衛対象。)
「わかった、あんたは周を守りなさい。あたしがあれを討つ。」
言うが早いか詩は多足の怪物に向かって駆け出す。
多足の怪物ーー巨大なタコに剣術は不利。
間合いが狭く、急所の頭まで届く斬撃が出しづらい。
しかも護衛対象付き.....。
西の山の最高攻撃力を誇る勇も、さすがにお手上げだろう。と詩は考える。
だから間合いの広い槍を持つ詩が出る。合理的な判断。
しかし、懸念材料もある。
「言っておくけど、この槍はサンドラ製だからね。」
アルカナ製には遠く及ばないと詩は言外に語る。
「終わってる。」
勇がポツリと漏らす。
「馬鹿言ってるんじゃないのよ!終われるわけないでしょ!......こっちにだって都合っていうか....約束っていうか.....。」
なんだか詩がらしくない気配をまとう。
(へー、最後の方はサンドラ語じゃん.....。馴染んだんだな。良かったな。詩......。)
「何としても勝つ!
そして、このふざけた空間からみんなで出るよ。絶対に!」
詩が勇の知ってる気配に戻った。そして、闘気で全身を満たす。
「勇。私は良いから詩を手伝ってあげて。」
かなり低い位置から周が見上げている。
また小さくなったような気がする。
予感がする、そのうち水桶もまともに持てなかった周が顔を出す。いや、すでにその辺りの年齢か......。
「加勢に行けりゃあー、もう行ってる。」
四方八方から伸びて来る足を切り伏せながら勇が悔しげに答える。
(ほぼ戦闘力の無い幼い周を残しては行けない。)
「あれは何なんだよ?
この理不尽な空間も。なんでお前だけどんどん小さくなる?」
「ナイトメア、人を夢に閉じ込めて衰弱死させたり 悪夢で人の精神を壊す怪物よ。サンドラの図書館で見たわ。」
自分に迫る足を槍の柄で地面に叩きつけ、勇の方に向かう足を恐ろしく密度の濃い闘気を纏った槍で突きながら詩が呟く。
「ないとめあ?」
小さな周が考え込む。
ーーーー
どこかで見た事がある。
封印?吸収?そんな感じの討伐方法を。
言霊が使えれば......。無いものを願っても仕方ない、今あるもので勝負する.....。それが西の流儀.....?あれ...何?....でも。
あっ召喚の本!あれにあった何でも吸い込む何かの召喚が!
あれ...何故、私は....あの本の文字が読める?
周の自我が更に曖昧になる。
(周は知らないよね。でも私は知っているよ。あの文字を.....。)
誰かが頭の中で囁く。
(私たちの最適解は何?)
(お父様の書斎には沢山の本があったでしょ。周は忘れても私は覚えているよ。大丈夫、一緒に描こう私たちならきっと出来る。)
「えっ、でも。」
(大丈夫、読めなくても形は覚えているよね。)
何かに導かれるように周は巨大な召喚陣を完成させる。
(周、自分の枠組みを思い出せたね。もう大丈夫....私も戻る頃合いだね。)
同時に周の身体がいつも通りに戻る。
ーーーー
「勇、あれをまるごと呑み込むモノを召喚する!少し時間を稼いで欲しい。」
周の声に振り向いた勇は一瞬、高さのそう違わなくなった周の金色の瞳を見て、自身の緑の瞳を見開いた。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「だよな。そう来なくっちゃ!お前じゃ無いって。」
「よっしゃ露払いは俺に任せろ。特大のをぶちかませ!」
勇の大袈裟な反応に気恥ずかしさを覚えるも周は召喚陣に気を流す。
凄まじい気の流れと禍々しい何かの気配が一瞬、虹色の空間を暴れ回る。
ナイトメアは跡形もなく消え虹色の空間には誰もいなくなった。
ーーーー
これは誰も知らない、三人の怪物退治のお話。
(((何だろう?おかしな夢を見ていた気がする。)))
三人は眠った気のしない目覚めを迎えた。
朝日とともにアルカナのそして、サンドラの朝がはじまる。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回から数話、舞台をサンドラに移し、詩のお話をお届けします。
アルカナとは少し毛色の違う展開になりますが、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




