口外無用の契り
お越し下さり嬉しく思います。
友情という美しい言葉に惑わされがちな子どもと苦労性のお師匠さまのお話です。
さて、どうしたものか?
言葉とは裏腹に周の心は踊っていた。
昨日の午後のことだ、師匠の書庫で見つけてしまったのだ。
[言霊用語の基礎知識]
気に入ったものは何でも目を通して良いと言われていたが部屋に持っていくとなれば話は変わる。今朝の食事の後、周は信に恐る恐る許可を貰いにいく。
「ああ。いいんじゃないかな、夜更かしはいけないよ。」
意外にもあっさりと信からの許しは出た。
道場裏の池の辺りは周のお気に入りの場所のひとつだ。今日はここで昨日の本をゆっくり読もう。周はうっかり本を池に落とさないようにいつもより慎重に場所の選択をして腰を下ろした。
「なに読んでるの?」
本好きの詩が寄ってきた
「お師匠さまから借りたんだよ。ほら!」
周が表紙を見せると詩もノリノリで覗き込んでくる。
「なんだよ。俺も混ぜろよ。」
さらに勇が加わったあたりで、二人はちょっと素敵な言霊を見つけてしまった。
『口外無用の言霊』
二人もしくはそれ以上の複数人で使用する。
対象者は互いに互いの魂を担保にこの言霊を使用できる。
強靭な意思と、互いの変わらぬ信頼を試される技なり。
変わらぬ信頼を試される.......。
ちょっとワクワクするフレーズに勇が飛びついた、詩もまんざらではないようだ。
周は勿論大乗りだ。
ここで3人は問題にぶち当たる。
差し当たって誓えるほどの秘密が無い.......。
そこで冒頭の一言に戻るのだが。
「もうなんでもいいじゃん!
明日履いてくる草履でも素振りの回数でもとにかくやっちまおうぜ!その友情の契り。」
「待ちなさい。記念すべき3人一緒の技よもう少し趣きのある題材がいいわ。」
「ずっと三人で同じ秘密、素敵だね。」
3人がそれぞれ頭を捻ること数分。
そこそこの妥協案が出揃ったところで。
周が気を練る。
『言霊』
『口外──』
『無効』
信だった。
驚く三人に信は慈愛の眼差しを向ける。
「これはね、周。自分だけではなく大切な友まで魂ごと巻き込む技なんだよ。」
優しく師匠に諭されても3人はまだ納得いかない。
信じ合う3人が納得しているなら、やっても良いのではないかと。
「うーん。どう言えば分かってくれるかな、例えば今は最良と思う選択が後に誰かの大きな不利益になった時お前たちはどうする?」
「え?決まってるじゃん。決め直す!」
勇の選択に2人も首を縦に振る。
「そうだね。不利益を被る人がいるなら決め直したい。無かったことにしたいね。」
信はここで言葉を切りこの幼くも高潔な弟子たちを見まわすと言葉を続ける。
「そのやり直しに大切な友の人生が掛かるとしたら?」
ここは敢えて言葉を飾らずに伝える。
3人の顔色が変わる。
そうか、そう言うことだったのだ。
なんて軽率なことをしようとしたのかと3人は異口同音に反省の言葉を信に伝える。
間に合った......。
信がそれに気づいたのはほんの偶然だった少し調べ物をしようと書庫に入ったのだ。
あの子の持ち出した本にはなんと書いてあったか?
言霊用語の基礎知識......。嫌な予感がした。いやしかし。背中に冷たいものが伝う。
その時、不意に山の気が動いた.....。周が言霊を使おうとしている!信は反射的に飛び出した。もう草履を履く時間も惜しい。足袋のまま道場裏を目指す。
寸前のところで無効に成功し周たちに声をかけたのだ。
3人が反省を口にして去った池の辺りで
足袋を真っ黒に汚した信は呟く。
「よかった.....。」
心の底から安堵したように。
読んで下さって、ありがとうございました。




