周、職場に馴染む?
お待たせ致しました。どうぞお楽しみ下さい。
「室長、お茶をどうぞ。」
一度休憩されては如何ですか?と机の端に周が湯呑みを置く。
「ああ。ありがとう......。」
ちょうど、仕事がひと段落したところだ。
恐ろしくタイミング良く、出されたお茶に愁は珍しく言葉に詰まった。
(ずっと監視でもされていたのか?)
ミイラ取りがミイラになった気分だ。
見れば、
周は何食わぬ顔で仕事に戻っている。こちらに意識を向けている感じがしないところが不気味だ。
(やはり。もっと詳細に調べ直さなくては。)
愁は頓挫していた周の身辺調査を再開した。
件の新人には、噂は多いが素性については謎が多い。
一つ
どこか人を食ったような態度で人の領分(仕事)を侵してくる。
一つ
通勤路で彼を見た者がいない。
一つ
昼休みには何故か気配が消える。
何かしら後ろ暗いことを企んでいるか。誰かの秘密でも嗅ぎ回って暗躍しているのか。
自身の事は語らず、こちらの情報にばかり聡い。
上がってくる情報と言えばこんな都市伝説めいた物ばかりだ。
あとは。
純朴で良い子です。故郷に残してきた家族をとても大切にしているようです。
先日は家族に送る便箋を一緒に買いに行きました。
すっかり丸め込まれて偽りの人物像を信じて疑わない愚か者の報告か.....。
(ダメ元で、酒でも飲ませてみるか。)
居酒屋の一画
少し濃いめの味付けながらどれも美味しい料理、名前くらいは知っていたが実物を見るのは初めてのフルーツ。
はじめこそ緊張していた周も宴が進むにつれてその表情が柔らかくなる。
「周くん、こっちのも食べた?美味しいよ。よそってあげるからお皿貸して。」
「ありがとうございます。これはどうやって食べるんですか?」
「そのまま手で持ってガブって豪快にいっちゃって大丈夫!」
鈴がまめまめしく周の世話を焼いている
親鳥が雛に餌をやっているようだ。
(単純な娘だそろそろ配置換えが必要か。)
「楽しんでるかい?おや飲み物がなくなってるね。次はこれなどどうかな。」
柑橘系の爽やかな香りがする飲み物を愁が周に勧める。
「ありがとうございます。」
愛想よくそれを受け取った周は固まった。
見れば分かる。
お酒だ。それも随分と酒精が強い......。
室長が何か仕掛けてくる?
適当に口を付けて、酔ったふりでもして当たり障りない受け答えをして人畜無害をアピールするのが最善なのだろう。しかし、嘘はつきたくないのだ。
それと、少しイラりとしたのも本当だ。
「申し訳ございません。私はこれで失礼させていただきます。」
悪手である事は分かってもこんな言葉が口をついて出た。
出来るだけ嫌味の無いように心がけながら(結局は場の空気はしらけるのだが。)周は居酒屋を後にした。
ここ数ヶ月自分なりに職場に溶け込む努力はしてきたつもりだった。故郷の話も恩師の話も剣術も言霊も封印して当たり障りなく無難に......。
仕事だって出来る事は全部やった。
朝の清掃もお茶汲みだって作業の合間を見つけては準備して、皆が喜んでくれる最高タイミングで提供した。
好みの温度に好みの濃さ、こだわる方々には茶器まで整えて......。
でも、一向に手応えを感じられない。やっと普通にお話しのできた鈴さんは、室長の評価が大幅に下がってしまい、任される仕事の質が下がっている。
本人が気付いていないのは幸いだが......。
お師匠様なら褒めて下さるのに......。
無い物ねだりなのだろう。自分で選んだのだから弱音など論外だ。でも、周は少し疲れてしまったのだ、何もかもが裏目に出る環境に......。
取り敢えず帰宅しようとプラプラ歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「もう!周くん、歩くの早いよお姉さんお酒飲んでるのに走らされちゃったよ。」
鈴だった。頑張って追いかけてくれたのだろう。
かなり息が上がっている。
「さっきのアレ嫌いだったの?ちょっと味見したけど美味しかったよ。それからね、大人の世界では、ああいう時は急に帰っちゃうとかは無しね。
凄く失礼な事なんだよ。」
息を整えもせずに一気に話そうとして鈴は少し咳き込んだ。
「今回はお姉さんが謝っておいてあげたからね。」
それでもまだ話す鈴。顔色がどんどん赤くなり、しまいには姿勢がグラグラと揺れだす。
「鈴さん!」
周が慌てて支えると腕の中でへらりと鈴が笑う。
「明日、出勤したらちゃんと謝ろうね。」
こんな言葉を口にしながら。
(この人はさっき味見と言っていなかったか......アレを飲んで走った.....。
いけない。身体が酒精にのまれてしまったのだ。急がなければ。)
周はどこか横になる場所を探すが適当な場所が無い、仕方なく自分の羽織ものを地面に敷き鈴をそこに休ませる。
先ずは酒精を中和か無効ににしなくてはいけない。幸い人通りはまばらだ......。
『言霊』
ごく限られた、狭い範囲の気が周の気に染まる。
『無効』
本来は魔法攻撃や精神攻撃への対処法としての存在している言霊なのだが、これが意外に汎用性高い。
効果は直ぐにあらわれた。
「あれ?あんなに苦しかったのに......。」
周くんの介抱のお陰ね。ありがとう。と鈴は笑ってる。
(良かった、大事にならずに。)
「でもね、あんな中座はダメよ」
立派な大人になれないよと叱られてしまった。
翌朝、
いつも通りに皆が揃った頃合いを見て周は行動に出る。
「室長。少しお時間をいただけますか?」
否とは言わせないとその瞳が語っている。
「おや。昨日の謝罪かな?手短に頼むよ。皆忙しいんだ。」
纏う雰囲気の違いにはあえて気付かないふりをして愁は許可を出す。
「ありがとうございます。では、手短に要件だけ。」
それは極上の底冷えするような笑顔で周は一呼吸入れた。
それから、決して簡潔でも手短でもないお説教を始めた。
「では、結論から、室長はもう少し部下を丁寧に扱って下さい。
若い娘さんにあんな酒精の高いものを飲ませた直後に退店を許すとはどう言った了見ですか?路上で彼女に何かあったらどうするんですか?
せめて誰かに後を追わせるのが筋でしょう!
それに、人には向き不向きがございます。不得手な仕事を不得手な者に振るなど言語道断です。
それから皆さん。言いたい事ははっきりおしゃって下さい。意思疎通がえんかつに進まなければ、作業効率が落ちます。
最も、それは私も同じなのですが.......。」
普段小さな声で口数も少なかった周の豹変に皆は開いた口を塞ぐのも忘れている。
周はここで一旦言葉を切り鈴の前に移動した。
「鈴さんごめんなさい!あなたを危険に晒す気はなかったのです。でも、配慮不足でした。」
そして深く頭下げた。
「良いよ。周くん介抱してくれたじゃない。」
鈴がひとの良い笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。」
その笑顔につられて周もふわりと笑う。
さて、鈴さんにお詫びもできたし。本番はこれからだ。
もう、無難にやり過ごすのはやめにしよう。
周のお説教はまだ始まったばかりなのだから。
読んでいただきありがとうございました。




