第三話 神託って従った方がいいかな?
腹が減る。これは世の定めだ。なので、俺は街の八百屋に来ていた。もちろん、それは自分自身のためであったが、先日拾った奴隷の少女のためでもあった。拾ったなら、拾っただけの責任が存在する。
今日はとても晴れていて、日差しはやや強めだった。それでも、街をかける空気の温度は低い。そろそろ冬が訪れるのだろうか。煉瓦の塀の上では、二匹の猫がくっついていた。
安いよ、安いよ、と繰り返し、客を呼び込もうとしている店主に、俺は話しかけた。棚に並べられたさまざまな野菜や果実の中から、あまり調理しなくても食えそうなものを選ぶ。
「どれにしますかい?」
「では、あれとあれとあれと──」
そのとき、俺の頭の中にいつもの声が響いた。
『路地裏で三回猫の鳴き真似をすること。期限は今すぐ』
俺は固まった。言われている意味が理解できなかった。今俺は買い物をしている。そして、この神託にはそれに関連するものではない。そもそも、何故猫の鳴き真似なのか。それを行うことで何が変わるのか。
「その、どうなされました、お客さん。何か不備でも……。」
「いえ、なんでもありません。ちょっと悩んでただけで……。」
俺が困惑していることに店主は気づいたようで、カウンターから身を乗り出してきた。俺はそこで考えることを一旦やめ、神託については切り上げた。今回の神託には従わない。俺はそう決めて、食事選びを再開した。
店主と色々会話した末、いくつかの野菜と乾燥肉、果物を買うことにした。
「え〜、まとめて六ダラーになりますね。」
「了解です、これでお願いします。」
会計棚の上に、俺が買った食料品たちが並んでいる。俺は先日の荒くれから奪った財布の中を漁り、それらしき硬貨を六枚出した。
「ちょうどになります。ありがとうございまし──」
そのとき、猫が会計棚の上に飛び乗り、果物を地面に落とした。それはコロコロと通りの方に転がっていき、一人の老人がそれを踏んで転んだ。オレンジの果物は潰れてしまった。
「………。」
「………。」
「……お客さん、替えのやつ、要りますか?」
「大丈夫です、あれは俺が勝手に落としたやつですから……。」
俺は店主に礼を告げると、その場を去った。結局俺は普通に緑野菜と乾燥肉を買ってきただけだった。煉瓦の壁にもたれ、奴隷の少女は俺を待っていた。腕を組みながら。
「……待たせた?奴隷ちゃん。」
ちょっと遠くから話しかけると、その子は俺の方をチラと見た。一言、「遅い」とだけ言うと、体を起こして、歩み寄ってきた。
「……名前で呼んでください。私には名前があります。」
「なんで偉そうなんだよ。もっとこう……礼儀とかないのか?助けてもらった側だろ?」
俺はため息をついた。別に、名前で呼ぶことに抵抗はないし、言葉遣いとかも気にはしない。しかし、なんでこの態度が取れるのか、俺にはわからなかった。つい先日まで奴隷だったのに。
「私はあなたの奴隷じゃないですし。ご主人様とでも呼ばれたいんですか?……なので、名前で呼んでください。」
「じゃあ、名乗ってくれ。知らないことをどうやって口に出せばいいんだ。」
「シアラ。私の名前はシアラです。」
「わかった、シアラちゃんね。これからはそう呼ぶことにするよ。よろしく。」
俺はそう言いながらも、すでに食事の準備を進めていた。路上で暮らしている人間は結構見かけたから、別におかしなことでもないだろう。石の地面の上に座るのは、ちょっとお尻が痛くなるが。
「俺も名乗っておく。ミキトって言うんだ。」
「ミキトですね。わかりました。」
俺は拾ってきた木材に火をつけ、肉と野菜を焼き始めた。だんだん暗くなっていく世界に、俺はあくびを忘れた。




