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黒薔薇の牙 ―忠義を纏うメイド―  作者: 櫻木サヱ
霧に潜む影

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18/45

白昼の散歩、黒き影

昼下がりの庭園は、春の香りと薔薇の甘い芳香に満ちていた。

白い大理石の噴水が光を反射し、霧のように舞い上がる水滴が小さな虹を描く。

鳥たちのさえずりが、庭の奥まで静かに響いた。


リリアーナは花畑の間を歩きながら、スカートをそっと持ち上げる。

「ねぇ、レア、この薔薇、名前はなんて言うの?」

「これは“漆黒の誓い”でございます。

 見る角度によって黒に見えますが、ほんのり赤味を帯びております」

レアは静かに答え、背筋を伸ばす。

その姿はまるで影を纏った黒猫のよう。

犬面でありながら、動きは柔らかく、優雅で、誰も警戒心を抱かない。


庭園の片隅、ヴィクトルが現れる。

端正な容姿に整った礼服。

笑みを浮かべて、リリアーナの手を取る。

「お久しぶりですね、リリアーナ」

「はい……ヴィクトル様」

少女の頬が微かに染まる。


レアは少し後ろに控え、二人のやり取りを静かに見守る。

だが、庭園の影の奥に、ひそかに黒い人影が揺れた。

ノア──執事の存在は、あくまで「控え」として振る舞う。

しかし、その目はレアの方をちらりと向ける。

犬面メイドと灰色の瞳が、一瞬だけ火花を散らすように交わる。


「……今日の薔薇、すごく綺麗ね」

リリアーナの声が、穏やかに庭園を満たす。

ヴィクトルは微笑み、軽く頭を傾ける。

だが、ノアの影が二人の歩みにわずかに入り込む。


レアは気配を嗅ぎ分け、静かに足を止めた。

手を動かすことなく、体の向きを少し変えるだけで、彼女の犬面が示す威圧感は十分に伝わる。

──何かが起こる前に、わたしが護る。


花びらが風に舞い、ノアの黒い影はすぐに消えた。

ヴィクトルは何事もなかったかのように振る舞う。

リリアーナは純粋に笑い、レアも微笑みを返す。

庭園は平和に見えるが、犬面の目は決して油断しない。


散歩の終わり、リリアーナが小さく息をつく。

「レア、今日は本当に楽しかった」

「それは何よりでございます、お嬢様」


だが、夕暮れの空を見上げたレアの耳が、ひそやかに動いた。

──遠くで、冷たい風に混じり、微かに黒手袋の金属音が響いた。


視線を庭の奥に向けるレア。

……そこにはもう、何もいない。

だが、確かに“影”はそこにあった。


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