1年目、5月
夜の晩に備えて昼に起きて支度を終えてぼんやりとして、お得意様の神官様から聖騎士僕が去った後の枢機卿の周囲でなにが起きたのか世間話をして帰宅すると、一階のレストランフロアで騎士の制服を着た男が果汁ドリンクを飲み干し、俺に手をふる。
「お前は」
「これで会うのは二度目だな。クロヴィス様。私は、ロセウス・モーガンと言う。以後、お見知りおきを」
「なんで……」
「何故って、あんな堂々と駆け出しておいて密偵を撒こうともしなかったそうですね。お陰で、尾行は簡単だったと聞きましたよ」
女将さんを見るがあんま反応は無い。どうでもいいみたいだ。娼館の客じゃないなら別にいいか、
「……なにしにきた」
「えぇ、君の栄誉をたたえて議会より国家勲章を授けようということになってね」
「嘘つけ、適当なことを言って、そんな私服で連絡に来るバカがいるか」
そういう動きがあることは知っているが、それだとしたら俺の知る範囲での情報収集事態が見張られている可能性も考えるべきだろう? なら、めちゃくちゃな点を突いて決め打ちで
「それはどうも、あまり目立ちたくあませんのでね」
「……じゃあ、日を改めて前触れを出して目的をその書面で説明してくれ。アンタへの対応も、庶民に簡単にできると思っているのか?」
「いえ、このままついてきてもらって説明をしようかと」
知らないフリに意味がなさそうだな。こいつ、
「え、嫌だけど。なんで?」
「『なんで?』とは」
「お前はお願いしているんだよね?」
「いいえ、命令しているんですよ?」
「断ったら?」
「私が手を回せばこんな店の1つや2つ、どうとでもなる」
「脅し?」
「いいえ、事実です」
「はぁ……場所を、変えようか。女将さん、ちょっと商工会のところにいきますんで」
料理の仕込みをしながらなんでもないことに挨拶する。ちょっと一ヶ月出かける時とは大違いだ。
「えぇ、どうぞ」
「あ、その前に一つ質問。なんで、俺を呼びに来たのが他の騎士じゃなくてお前なの?」
「娼館のような場所に行っても問題のない未婚で下町に出入りしても悪い噂が立っても問題の無い聖騎士が私しかいなかっただけです」
「へぇ、聖騎士って偉大な呼ばれ方をしても下っ端なんだな」
「えぇ、称号をもらえても偉くなるわけではありませんから」
僕の住む娼館の一階を出て人通りの多いがまだ日が高いせいで夜ほどは少なく子供も出歩くような大通りを歩くと、騎士が嫌味みたいなことを口にする。
「女将さん? 母親代わりですか、ずいぶん、薄情ですね」
「は?」
「あっさりと君を手放すものだ。戻って来る心配とかしないんですね」
こいつ、……? いや、まさかな。
「ちょっと昼食をここで買いますが、貴方も買いませんか?」
「買い食いはちょっと」
「そう……」
客としての価値もない。買い食いに対して規律ではなく『買い食い』そのものに非難を向ける辺りマジで作法ができてないだけっぽいな。
「若頭呼んで、イビルフィッシュボムソースはあるか?」
「今切らしたとこなんだ」
「そうか」
「なんです? その辛そうな名前のソースは」
イビルフィッシュボムソース。たしかに、イビルとボムは辛いものによく使われる形容だ。
「イカスミソースのことだよ」
「あぁ、イビルフィッシュとは、古い教義でのイカやタコのことでしたっけ?」
「うん」
「食べながらで悪いけど、一つ、注意してもらいたいことがあるんだ」
ササッと刺さったチキンの一欠片目の半分を口に含んで咀嚼して飲み込む。
「なんです?」
「流儀の話しです。しきたりやマナー、そういうのや法律やルールとして扱われるいろんな風習は時代や土地で変わる。毎年議会から新しい法律に更新されるし、風習は文化の話だ」
「はぁ……そりゃ、そうでしょう」
咀嚼して、一つ目を食べきって、ニ個目をゆっくり咀嚼して、なんか相手するのが面倒になってくるクソ野郎に常識を説く。
「下町の特に市民権を持っている人の少ないこの辺りだとね。そういうのはかなり流動的に変わっているのがわかるし、街で力のある元締めが変わると結構だいたんにそういう風習が変わったりするし抵抗もない。だけどな、一つだけ、不文律の秩序がある」
串の半分を超えて唇を通す。
「へぇ、そういうものがあるんですね。こういう治安の荒れた土地でも」
ゆっくり感で、よく噛んで喉も通す。
「えぇ、ここいらでは昔から『お互いに敬意を払え』ってルールですよ。そういう作法すらないと、治安が悪い土地ではふさわしいリーダーを決めることもできない」
「へぇ、いい教えですね」
「逆に言えば、敬意さえ払い、払える者なら実力があれば誰だっていいってこと。意味が、わかる?」
「リーダーは最低限の資格を持つものでないとならないってことですよね?」
話をまるで理解できてないようだな。もう、いいか。十分待っただろう。
「本当にそう思うか? 今、俺が何の話をしていたと思うんだ?」
「はい? 作法というか、品性の話ですよね」
「いえ、あぁ。はは、貴方みたいなバカにもわかるように言い直すためにルールは2つあるという時もあるんですよ」
その目はなんだ? なんでまだ睨みもしていない俺に睨む気になれる?
「なに?」
「『お互い敬意を払え』転じて、『ナメられるな』そして、もう一つ」
ロセウスの肘を割る。左足で押し付けた地べたに這わせて、足の裏で踏みしめる。騎士というには反応も遅く、魔力による錬気の身体強化も未熟としか言えない。
「『ナメた奴はぶっ殺せ』ってね」
「なぁぁあ!? 貴様!」
残った串のを横から引きちぎるように噛み裂いて、口の中で噛みしめる。
右腕の関節を粉砕した後になって、串を買うときに隠語で呼んだ壮年の若頭ではなく、初老の組合長が駆けつけて、僕の足元の騎士に侮蔑の目を向けてすぐ無視して僕に心配そうな目を向けてくれる優しい大人だ。
「ルイス、どうした。ゆすりした客が来たって聞いたが」
「おはようございます、組合長。もっと酷いよ。客でもないくせにふっかけてきて、こいつが店をつぶせるとか言ってきたんで、利き腕を潰しました」
本当に利き腕かどうかは確証がないが左手でその位置の剣を抜こうとすると逆手になるので、たぶん、右利きなんだろう。
「ぉふぉ、君、怖いもの無いのかね? それをしようとしてひどい目に会った議員の話とか」
「噂に疎い権力者に言っても意味はないですよ」
組合長は脅しみたいなことを提案してくれる。
「どうする? 埋めるかい?」
「まだ手を出してないから、出禁が相当かと。もう少し強かったら埋めてた」
「了解」
「はぁ!? ここ元締めなんだろう! 貴様、私が誰なのかわかっているのか? 私はべッ」
顎を蹴って舌も潰れないか期待する。
口から血を出してるがちぎれるほどじゃないし、気絶した。……運悪く死んでくれないかな。
「そういうの、飽きるほど聞いているから、娼館の出入りに厄介で無駄に階級の高い客が来た時、どうしているか知らないんだな」
「で、彼はなに?」
「聖騎士ストックの仲間」
「え、本当かい?」
「疑わしいですね。この戦闘能力では、実力で言うと若頭より圧倒的に弱くて、流れの用心棒より強いけどウチのボウイや、……それこそ組合長でも頑張れば殴り合いで勝てると想います」
「……昔ほど私はもう動けないぞ? 年をとっているんだ」
「そうですか……? うーん、でもコレよりはずっと強い」
「それは若く見えるというおせじなのかい? あはは」
「いえ、年を取っているのはわかりますが、昔より筋肉の付きは良くなっているので、むしろ強くなってるんじゃないかなって……」
「それは……、いや、君が言うと本当にそうかもしれないなぁ。ふむ」
体を動かして力こぶをつくる。
「やっぱり昔より強そうな腕です。魔力もまだ衰えてないし、錬気も昔のままだろうからきっと前に人さらいを埋めたときより強くなってますよ」
「おぉ、そうかな? そうかなぁ! あはは、いいな、そういうの」
二人がかりで引きずって、人相書きと持ち物から身分情報を記して送り返す。
「じゃあ、これの出禁のための手配書をお願いしますよ」
「うむ!」
送り返すと言っても、殺すような相手じゃないので道路に放置なんて下町でもしない。
下町から行っても通してくれる教会の神官に匿名で引き渡して、穏当に処理してもらう。それで訴えてきたら、街の権力者が出てきてそいつにめっちゃ嫌がらせしてくれる。
相互補助の概念ではあるが、それは助け合うことよりも共通した敵に対してより強く固く結ばれる美しき人間に絆かな。
まぁ、そういうことだ。
利害の繋がりは、時間の繋がりと血の繋がりの、次に硬い繋がりなのだからね。
◆
「へえ、じゃあ、本当にロセウスのは聖騎士で僕を呼ぼうとしてあんなのだったんですか」
「あぁ、近年の聖騎士の程度の低下は由々しき問題でね。まだ戦える方だと聞いていたが、そんなにひどかったかい?」
少し昔、一度だけ僕を買ってそれいらい時間を買ってくれる手広く商売を裏で支えている、いわゆる生臭坊主とか、俗物の神官のおじいさまと政治情勢の勉強の流れのように、聖騎士の有り様を品評する。
「えぇ、路地裏のごろつきでももうちょっと堪えてくれますよ。錬気がいくら優れていようと体術が未熟すぎる。あんなんじゃ、魔力があっても不勉強というものです!」
「まったく、災難だったとはいえ、襲ってきたのがそんなミソッカスで運が良かったと言うべきか……」
「アンクス様の顔を立てて法皇には呼ばれて行きますけど、3年もあんなのの同類と生活なんて身の毛がよだちます。どうにか、訓練の打診をやめられませんかね? じゃなきゃ、僕は暴言を吐いて3年を過ごして……きっと頭がおかしくなっちゃいますね」
ランプ横のティーポットから注いだ温めのお茶をおじい様に注いで聞くだけ聞く。
「うむ、そうだな。一応、顔だけ見せて……もう、嫌悪をもっと強く示して商工会系議員の下で新しい特務部隊にでも名前だけ所属するとか、そういう手段で触ることを禁じるものが無難な対応ではあるがな」
「大変そうですね。そもそも騎士や兵士になる気概が無いってことですよ。ですけど、男娼なんて年食ってできる仕事じゃありませんし、商工会に就職して、最終的に議員を目指すなら、商工会系の議員が送った教会を監視する聖騎士って会長の打診も道だとは思うんですよ」
「それは、悩ましいね」
「一応、情報だけ抜いて帰るって力技も考慮してますけど、わざわざ強行偵察のために聖騎士になるつもりはありませんよ。もう、いっそのこと、先に、無理難題を押し付けて、できなければ約束を破ったってことで向こうの不義理ってことで帰れば良い。それでとか、神話の神様みたいなことってどうですかね?」
「あぁ、そうだ。それは面白そうだね。彼らの教義の神話の勉強でもしてみるかい?」
「あの人達のためにですか?」
「ははははっ、その嫌そうな顔、あぁ、そうだな。私も同感だよ。奴らのために努力なんてしたくないものだね!」
「うん、そうですね。なら、例えば、無理難題の全ては達成できたら聖騎士は優れた者が集められた……みたいな。役に立つもののか実力を試す条件をいっぱい出してみます」
「おぉ、それはいいな。あの不甲斐ない貴族の放蕩息子の姥捨山のような聖騎士隊を改められるかもしれないな。むろん、奴らはどうにもならないことは判ったがね。もはや、戦えるのがストックとヴァルトとロセウス以外戦死。ロセウスは処分保留……これではな」
「えぇ、期待しないでまっていてください。あと、議会の人らも」
「うむ、この枢機卿の失点を上手く使えば、貴族院を解体し……私達の次の次の世代にでも悲願を叶えられるといいがな。どのカードを使うかは君が自分で決めるといい」
「貴族制度の全部が悪いとは思わないんですけどね。国防に専念しているうちに限りますが」
「あぁ、それは私もだよ。ルイス」
暗い部屋の中、優しいおじい様の包容に昔は感じていた性的な欲ではなく、もっと柔らかい欲を感じて温かい気持ちになってしまうのは、僕の中の愛を求める欲望のためなのか?
「ルイス、嫌ならやめなさい。我々にとって最も重要なのは自由意志なのだから」
「ありがとう。アンクス様」
始まりが性欲だったはずなにのこの人は優しくしてれる。別に僕にだけじゃない。何かしら見込みがありそうな若者と自分が手を掛けた相手にはだいたいこんな感じって知っているのに、僕はこの人を客としてとったことがある別との些細な違いに優越感すら感じている。
おじい様の腕の中で眠り、もうずいぶん、母と一緒に眠っていないことに気づいて自分がもう子供じゃないことを思い出した。




