95:よっちゃん
コンビニに行こうとすると、正面から歩いてくる少女が手を振っている。よく見れば、遊菜ちゃんだった。
「遊菜ちゃんじゃん。練習、今終わったところ?」
「そうやね。まぁレース前やし、軽めってところかな。で、そっちの子は……もしかして沙良ちゃん!?なんでなん?なんで二人でおるん?てっきり美桜ちゃんだけやと思ってたのに。うわぁ。幸せ」
やっぱり、聞いていた通り、箱推しか。そんなことは職業病ででちゃうけど、口には出さないようにして、遊菜ちゃんに何が食べたいか聞いてみる。
「えっとな、あれ。美桜ちゃんが写真上げとったやん。なんかものすごいチャーハンのお店」
「あぁ。よっちゃんね。オッケー。行こうか」
年頃の女の子が行くようなお店じゃないなけどなぁ。と思いながら、沙良に「沙良もそこでいい?」と聞くと、「どこでもかまへん。日本女王と一緒にご飯食べられるんやったら」だとさ。そして、沙良の瞳の奥がハートでキラキラしているのも見えてしまった。
そして、駅から10分の所にある中華料理屋『よっちゃん』。相変わらず、母校の運動部の生徒が席を陣取っている。まぁ、ここに水泳部がいないのは幸いかな。
「おいよ!美桜ちゃんやないか!久しぶりやね。今日は美人さん2人連れてかいな。ええなぁ。一番奥空いてんで!また注文決まったら言うてな」
大将の元気な声が聞こえて、私も一安心。そして、案内された通り、一番奥の席に座って、メニュー表を見る。
「ほんま安いな。ここ。学生のうちの財布に優しいわ」
メニュー表を覗き込みながら、いう遊菜ちゃん。スポンサーとかついてないんだ。と驚きながらも、真剣に何を食べるか考える遊菜ちゃんが少しかわいく見えた。
これで、競泳のインカレチャンピョンなんだからすごいよね。全くそんな雰囲気を感じ坐せない。
「やっぱりあれやな。チャーハンとチンジャオロースやな」
「ほんなら、うちもそれにする」
二人が頼もうとしてるものを聞いて、私は思った。私がいつも頼むものじゃん。
「そ、そんなのでいいの?もっとあるけど」
「美桜ちゃんがいつも食べてるもん、食べてみたいねん。ええやろ?」
そこまでいうなら、仕方ないか。
「大将~。注文いい?」
「あいよ!そっから言うて~!」
「チャーハンの並を3つとチンジャオロース3つ~」
「毎度おおきに!ちょっと待っててな」
と、注文するときはこんな感じ。大将は厨房にいて、自分たちは席から注文を飛ばす。そんなシステムが板についたのはいつからなんだろうと思いながら、対象は手際よく料理を作る。
そして、注文してからものの5分でチャーハン3つの完成。「チンジャオロースはもうちょっと待ってな」との大将の声。そこから5分も待たずにチンジャオロース3つの完成。
ほんと大将って、手際がいいよね。これ全部ひとりで切り盛りするんだから。
「はやっ!そんなすぐにできるもんなん!?」
かなり驚いている遊菜ちゃん。他にお店の人がいるなら話は別なんだろうけど、一人でこの速さだからね。そりゃ、驚くと思う。
そして、注文した料理が届くと、遊菜ちゃんが先にがっつくように食べだす。よほどおなかがすいていたみたい。
「そんなにがっつかなくても、遊菜ちゃんが頼んだものはどこにも逃げないよ」
「ちゃうねん。お昼食べてからなんも食べてないねん。おかげで腹ペコやねん。ほんで、めっちゃおいしいやん?スプーンが止まらんねん」
どうやら、話を聞くと、練習終わり、腹ペコで帰るのは日常茶飯事らしい。
「あっ、そうそう。さっきさ、電話で、記録会前って言ってたじゃん。それっていつなの?」
「次の土日やね。御幣島大学主催の非公認記録会やけど、それなりに人はおると思うわ」
非公認だけど、記録会か。いいところで連絡がとれたかも。そう思ったのは私だけじゃないはず。
「それって、うちらも見ることってできるんですか?」
「ま、まぁ、一部区画でしか見られへんけど、いけるで。なに?もしかして見に来てくれるん?」
「一応、行きたいなぁ。とは思ってます!なんたって、女王の泳ぎを間近で見たいし」
沙良にしてはよく食いつくな。と思ったけど、ひとつ思い出した。沙良は私を超える競泳ヲタクだということ。
だから、沙良と打ち合わせの時、単語が点になってどんどん出てくるのに、線にならなかったのか。今更ながら納得した。なっとくできたのなら、点が線になって作品になるのは早いと思う。
そこから、遊菜ちゃんとおしゃれには程遠い女子会は1時間くらいでお開き。そして、沙良と土曜日の朝に、記録会がある御幣島大学に集合と約束して、沙良と別れる。
「大将、忙しいときにごめんね。こんなに長居するとは思ってなかったんだけど」
「美桜ちゃんやったらかまへんって。それに、今から野球部の連中が食べに来るからな。今からが本番やで」
大将の熱のいりようは、どうもここからのよう。まぁ、私がSNSでつぶやいた後に学生人気が爆発したようなものだしね。
「あっ、中川先輩、おざっす!」
威勢のいい声の主は、高校時代に仲が良かった川島菜乃葉の弟で、今は野球部のキャプテンでもある川島一生くん。菜乃葉と仲が良かったのもあって、今でも弟くんとも仲がいい。
「お疲れ様。今からごはん?」
「そうっすね。まぁ、練習試合前の決起集会っすね」
「そうなんだ。頑張ってね。あっ、そうそう。菜乃葉にもまた遊びに来てよって言っておいてよね。しばらく顔を合わせてないし」
「わかりました。また姉貴にもいうときます。で、中川先輩、もう帰るんですか?」
「うん、そうね。ご飯ももう食べたし。じゃ、お疲れ」
「お疲れっした!」
そんな声を背中で聞きながら、出ようとする前に、大将を呼び寄せる。
「大将、これであの子たちになにか作ってあげて。先輩のおごりってことで」
そう言って、5千円札を取り出して大将に渡す。
「ほんま、美桜ちゃんは優しいな。よっしゃ、わかった、任せとき。ほな、おおきにな」
大将の笑顔を背中に受けて店を出ると、大将の張りきった声と、野球部の盛り上がる声が聞こえて、なんだか少しうれしくなった。




