76:当日リハーサル
流れる音楽に身を任せるようにして、振り付けを確認する。
妖精のように舞い踊り、あわてたように逃げまとい、また大きく舞い踊り、また逃げまとい……。これを12分ほど続ける。その中でも、ステージを前後左右に動き回り、途中で側転も挟み。と、なかなか派手な振り付け。
いざこうやって本番のステージで踊ってみると、改めてステージの大きさを肌で感じる。
課題としている最初の4曲を踊りきったあと、動きを止めて一息つく。改めて、このステージの大きさを感じる。
本当に、何も経験のない私が、ここでパフォーマンスをしていいのだろうか。ものすごく不安になる。
「奈緒美さん、どうかした?顔がものすごい不安そうですけど」
「あっ、萌奈ちゃん。ちょっとね。何も実績のない私がこんな大舞台でパフォーマンスをしていいのかと思っちゃって」
「いつの間に美桜ちゃんに戻ったの?でも、まぁ、気にすることないんじゃない?今の私よりパフォーマンスはしっかりとできてるしさ、本番になったら何事にも物怖じしない美桜ちゃんだからこそ、橋爪さんは選んだんだと思うよ。美桜ちゃんなら大丈夫だって」
本当にそうなんだろうか。確かに、ミアシスのほかのメンバーや、橋爪さん、竹田さんには、本番にものすごく強い。とはよく言われる。でも、私には実感がない。
実感がないの一言で片付けちゃだめなんだろうけど、それほど私は本番に強いとは思っていない。自分ができることを精一杯に冷静にやってる感じ。
「本番に強い。か……。本当にそうなのかな?」
「えっ?自覚なし?てっきり、本番に強いから自信を持ってると思ってたんだけど。だから、不安そうな奈緒美さんも美桜ちゃんも調子が悪いとばかり思ってたんだけど……」
「全然そんなことはない。むしろ、調子はいいと思ってる。それより、パフォーマンスのほうが怖い。夏のレトロフェスを初めにして数千人のステージは慣れたつもり。だけど、このステージから見えるあの空っぽの客席が埋まると考えたら、やっぱり恐怖感があるの」
そこまで伝えると、萌奈ちゃんは口をつぐみ、何も言わなくなった。フォローしたいけど、言葉を見つけられないんだろう。
「萌奈ちゃん、無理しなくていいよ。私のことは私が一番よくわかってるから。とりあえず、リハーサルに集中しよう。ここで怪我をしたら意味がないし、苦しいパフォーマンスしかできないからさ。私も集中するし」
「う、うん。美桜ちゃんがそういうなら、萌奈もそうしないと」
私の不安が周りに伝染するのは、今まで生きてきた中で何回も経験しているからわかってる。
私は、部活のリレーだって、ミアシスだって、いろんなところで頼りにされていた。そんなに実力がないのをわかっていながらも。実力がないのに、私に頼ってきて、なんとかしないとって言う私がいるから。それだから、不安は隠して、気丈に振舞ってきたけど、やっぱり、隠しきれないところから、どんどんと周りに伝染する。ミアシスのときは、翔稀に助けてもらってるけど、さすがに毎回だと、嫌われるんじゃないかな。なんて思ったりする。
「さぁ、それじゃあ頑張っていきましょう!」
元気に見える橋爪さんがうらやましい。私なんか、不安で押しつぶされそうだって言うのにさ。
「あら、奈緒美さん。クールな表情から一転、不安そうな顔ね。緊張が顔を覗かしてきたのかしら?」
「そうですね。緊張と不安で押しつぶされそうです。今日のパフォーマンスも無事に終われるかどうか……」
「あら、もう美桜ちゃんに戻ったの。まだライブも始まってないのに」
そういわれて、苦笑いと照れ笑いを足して割った感じの笑みを浮かべる私。……今の私にはそれしかできないよね。
「さっ、それじゃあ、〈幸せの蒼い鳥〉の2番から、〈ダンスフロア〉に繋げるところまで行きましょうか」
橋爪さんの指示は、音響さんに届いていたらしく、振り付けの立ち位置についたあと、イヤモニターを介して橋爪さんの指示したとこから始まる。
私は、ステージの上手の端付近で踊りだすところから始まる。
あっ、そうそう。今耳につけているイヤモニターは、萌奈ちゃんからのアドバイスで、音ズレがするから作ったほうがいいというアドバイスをもらって、休みの日に新調した。
オーダーメイドで作ったから、そこそこお値段は張ったものの、私にぴったりのものができて満足している。ただ、さすがにマイクをつけると、予算オーバーする関係で、マイクだけは毎回借りることに。
これが最後の調整。緊張以外はかなり調子がいい。膝も、まだまだ大丈夫。痛みも走っていない。
客席に誰もいない中で、市原さんがひとり、ステージ上で美声を響かせる。その中で私はステージで舞い踊る。
あっという間にサビが抜けて間奏に入ると、市原さんは慣れない演技に入って、私が大きく動き、目立つ番になる。
横幅が30メートルもあるステージを、ステップを踏みながら下手までステージ前方を横断。そのあと、ちょっと難しいステップを踏みながら、ステージ後方を横断して、上手の舞台袖に引っ込む。
ここに関しては、プロのバレエダンサーに任せたほうがよかったんじゃないかって思う。絶対に、私が出る幕じゃない。
ライブの幕開けになる〈ダッタン人の踊り〉にしても、この〈幸せの蒼い鳥〉に関しても、振り付けを覚えるまでに3週間。そこからクオリティーをあげるのに3週間もかかったから。これがプロのバレエダンサーなら私の半分でできたと思ってる。
ただ、橋爪さんは、『あと2週間遅かったらプロのダンサーにお願いしようかって考えてた』なんていうものだから、私の成長速度を嘆いたりもした。でもね、ここまで来たらやるしかないよね。そう思いながら、今この場に立っている。
私の出る幕は静かに終わり、竹田さんのセリフが終わり、このあとの〈ダンスフロア〉を待っている状態。
「ありがとうオサム。どうやら、この世界は救われそうだ」
イメージ的には、ここまでが前座。今からが建前上、本番だ。
まだリハーサルということもあるのか、緊張もあるのかわからないけど、私自身がこの曲でヒートアップしてこない。普段のライブだったら、リハーサルであっても一瞬でヒートアップするところなんだけど、やっぱり、こういった場面だと、ちょっと難しいのかな。
集中した顔で振り付けをこなすサンシャインのメンバー。まだまだその顔には余裕がある。
「オッケー。問題なさそうね。みさはどう?」
リハーサルは〈ダンスフロア〉の一番を歌ったところで橋爪さんがストップをかけた。
「うん、大丈夫そうね。一瞬出だしがヒヤッとしたけど、美桜ちゃんに助けてもらえそうな感じ。もちろん、ないように気をつけるけど」
「サンシャインのみんなはどう?気になったところはない?」
「萌奈は大丈夫です」
「僕も、ボーカル、ダンス両面問題ないですね」
「私も不安や気になるところはないですね」
「私も、緊張だけが残ってますけど、それ以外は……」
「よし、それじゃあ、ムーンライトスターオンリーの〈あなた〉だけ確認させてもらったいいかしら?」
あぁ、この曲ね。バックコーラスをお願いされたけど、全力で断った曲。
だって、亡くなられた元メンバーを想って、橋爪さんが書き下ろした曲。何も接点のない私が歌うことで、曲の印象を壊したくなかったから。
仕方なしにムーンライトスターの二人が歌うことになったけど、むしろ、私はそっちでよかったと思っている。
思い出もない人が歌っても気持ちが届かないことはわかりきった話だからさすがに断った。




