75:ステージ確認
「奈緒美さんは緊張してないかしら?」
「楽しめているほうが強いので、そういったところは今はございません。このあと顔を覗かせるかもしれませんが、大丈夫だと思います」
「その物怖じしないところが素敵だわ」
ただ、心配なのは、感じたこともない会場で、見たこともない人数のまでライブをすること。途中でいろいろ飛ばないかが心配になります。こういうところでよくやらかしてきましたし。
「でも、奈緒美さんはたまに重要なところで度忘れをして、止まりはしないですけど、アドリブをはさんでくるんでこっちが焦りますけどね」
「たしかにそうね。それがなければ完璧なだけど、たまにはそういうのもあっていいんじゃないかしら。来てくれてる方々も喜んで盛り上がってくれるし。私はみんなが楽しく盛り上がればそれで言いと感じてるから」
まぁ、たまに忘れるときもありますけど、誤魔化しなんとか周りを巻き込んでクリアしますが、度忘れのときはどうにもならないんで、無理やり行きますよね。それで盛り上がればラッキーですし、盛り上がらなくても、こっちが煽れば勝手に上がってくれますし。
「どうもすいません、遅くなっちゃって。今日は皆さんやる気に満ちてますね。足を引っ張らないようにがんばらしてもらいます。なんていったら、怒りますか?」
ちょっとお茶目な挨拶をしたオサムさん。寝起きなのだろうか、いつもより髪が乱れている気がする。
「おはよう、市原さん。今日はいつになく眠そうね。緊張で眠れなかったのかしら?」
「その可能性が高そうですね。昨晩はねつけなかったですし、今朝は寝起きが悪くて……。本番はいつもどおりのヘアスタイルで行きますんで」
やっぱり、声が少し寝ている。まぁ、本番には合わせてくれることでしょうし、あまり心配はしていませんが。
あとは林さんを待つだけですね。少しでも早く来ていただいて体を動かしたいものですが……。
「あっ、いた。みさ~、こっちよ」
秋先の朝で冷え込んでいるのはよくわかります。ただ、林さん、少し厚着しすぎではありませんか?少なくとも、私にはそう写ってしまいます。
「ごめんなさい、コートをどうしようか迷ってしまって」
黒の帽子、黒のサングラス、黒のワンピースに黒い靴。ここまで来ると、少し怪しく見えたりします。
「さぁ、竹田さんは?」
「緊張してらっしゃるのかわからないけど、先に控え室に行かせてくださいっていってすでに中に入ったわ。みんなみさ待ち」
「あらそう?まだ時間まで5分ほどあると思ったけど。まぁ、とりあえずいきましょうよ。こんなところだと寒すぎるわ」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか。スケジュールはメールで送ってるから大丈夫よね?」
はい。美桜さんが私にちゃんと渡してくれましたから。かばんの中に入ってますし、いざとなれば、私のスマホから確認もできますし。
とりあえず着替えて、9時から本番さながらでリハーサル。それが終われば自由に時間を過ごす。
私は、この間に不安を感じているところをつぶそうかなと考えています。特に、大切な序盤で不安に感じるところが多々ありますので、そこをしっかりと確認してから本番を迎えようかと。
その中で、ひとつだけ参考にできるグループをひとつ見つけました。私たちムーンライトスターと同じように、復活した〈ジンギスカン〉というグループ。ドイツのグループで、オリエンタルライムの事務所で田村さんが流してた曲を歌っているグループで、少し気になったので、調べてみたところ、メンバーの入れ替えはあるものの、似た境遇で活動しているらしく、もちろん、人数や、歴史は違うところが多々ですが、参考にできる箇所がたくさんあり、ライブの映像を研究させてもらったり……。
さすがに、ミアシスではボーカルの美桜さんがフリースタイル以外をアドリブで動くというのは難しいかもしれないですが、フリースタイルの場面なら、大きく動くことができるんじゃないかと考えています。
さぁ、美桜さんがいつも着ている服に着替えて、リハーサルに向かいましょうか。
赤いジャージにミアシスさんのTシャツ。黒のカチューシャ姿になり、一足先にステージに立ってみる。
いつもに比べてステージと客席に高低差が激しく、やけに遠く感じ、まだ明るくしっかりと見える客席。
これが夜になると、場内の照明が全部消えて、満席になって、今まで以上にしっかりと目線を感じるんでしょうね。正直に言って、かなり怖いところではあります……。
「おっ、美桜ちゃん、おはよう」
声をかけてきたのは、先に控え室で休んでおられたユウタさん。しっかりと目がさえておられるようで。こちらとしても、安心の一言で片付けられます。
「おはようございます、ユウタさん。どうやらごゆっくりできたご様子で」
「美桜ちゃんじゃなくて、奈緒美さんだったか。失礼。で、いつもどおりの自主練?」
「そういったところですね。なんせ、美桜さんも私もこういったところでのコンサートは初めてですから」
「成功できるようにしっかりとサポートさせてもらうよ」
「そういってもらえるとありがたいです。私も精一杯に頑張ります」
「それじゃあ、邪魔をすると悪いし、僕は失礼するよ」
それだけいうと、ユウタさんは下手に引っ込まれました。
さぁ、それじゃあ、私は自主練として、頭から通してみましょうか。心配なのは、スタミナと膝だけなのですが……。
ポケットの中に入れてきた音楽プレーヤーで〈ダッタン人の踊り〉を探して再生する。
オーケストラで使うような曲を、コンサートの最初に持ってくるという離れ業。私には到底できそうにありません。
この曲は、魅惑の世界を見せるというコンセプトから、私が妖精に似た役で曲が進んでいきます。
たぶん、しんどいと感じるのは、この曲と〈We never stop dancing〉、〈Stand up〉の三曲だけだと思っている。
というのも、この〈ダッタン人の踊り〉は静と動の差が激しく、あとの二曲も、不安を抱えている右膝を多用する振り付け。状態が気になる。
正直に言って、連日、激しく動き回ってるせいで、膝の状態は思わしくない。
これがなければ、問題なくイキイキとコンサートに挑めるんだろうけど、膝を気にしてしまってなかなか素直に楽しめない気がする……。
今気づいたけど、いつの間にか、奈緒美さんから美桜に戻ってる……。まぁ、しばらくこのまま行くか。




