63:自己紹介
「千佳!」
女性の声で叫ばれて、後ろを振り向くけど、誰もいない。いるはずがない。だって、私が一番後ろなんだから。
頭の中でクエスチョンマークが浮かびながら、中に入ると、橋爪さんくらいの初老の女性と目があった。
「みさ、千佳はもうなくなったのよ。あまりにも似てるからって勘違いしないでよ」
「あっ、ごめん」
みさと呼ばれた女性は、少しシュンとしていすに座った。
この人が、メールに会ったもうひとりの存命メンバーの林美沙子さん?そういえば、メールにも、何から何までなくなったメンバーさんとそっくりだからオファーを出したって理由のひとつって言ってたんだっけ?そりゃ勘違いするか。仕方ないところはあるよね。
「さぁ、皆さんおそろいですので、進めていきますね。このたびは、ムーンライトスターの再始動をサポートをしていただくということで、ご多忙の中、参加に同意をいただきまして本当にありがとうございます。ムーンライトスターのキャプテンとして勤めさせていただく橋爪薫です。で、あちらが」
「同じく、ムーンライトスターの林美沙子です」
やっぱりそうだった。でも、感じが違ったから、なんだか意外。
「そしたら、お互いに自己紹介をしていきましょうか」
そういうと、我先にといわんばかりに1人の男性が立ち上がった。
「普段はミュージカル俳優として活動しています竹田弘信ともうします。大きな役としては〈とある喫茶の片隅で〉っていう舞台に出演したときに上村祐次くらいですかね。ご迷惑をおかけすることが多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
ここから、何かが決まったかのように時計回りに自己紹介が進む。
「歌手として活動している市原一樹です。大きなところだと、新庄翼さんの単独ツアーにコーラスとして参加したことですかね。ダンスのほうはからしきですが、声のほうで頑張ろうと思います。よろしくお願いします」
「元ホワイトマーガレットの矢島萌奈です。アイドルの世界から離れたつもりでしたが、オファーをいただき、歌の世界にまた舞い戻ってきました。呼ばれたからには全力でやります。ご迷惑をおかけすることが多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
みんな華やかな実績を持ったプロだ。アマチュアの私がここに入っていいのかとかんぐってしまう。とりあえず、自己紹介しないと。
「オリエンタルライム所属の中川美桜です。みなさんのような鮮やかで華麗な経歴は何一つありませんが、呼ばれたからには、何か期待されることがあるのかなぁって思ってます。経歴が一番浅い私が一番ご迷惑をおかけすることと思いますが、温かい目で見守っていただけたらと思います。どうぞよろしくお願いします」
こういうと、橋爪さんからは、自慢げな顔で、竹田さんと市原さんからは驚きと不安な目で、矢島さんは不思議そうな目で見てきて、林さんに関しては、一切目を合わせようとしなかった。
矢島さんと林さんは、私のことを知っているような感じ。その違和感だけはすぐに感じた。
「さぁ、それじゃあ、私のほうからいろいろと説明させてもらいます」
橋爪さんがそういって、かばんの中から束になった紙を取り出してみんなに配っていく。
「基本的に私とみさ以外はボーカルとダンサーを兼任してもらいます。その中でも、市原さんと矢島さんは、主にボーカルを、竹田さんと中川さんはダンサーをメインに活動してもらおうと考えています」
この言葉で一瞬思考回路が止まるよね。
私は、わかってると思うけど、ミアシスではボーカル。ダンスや振り付けなんか、ミアシスに入ってからしか本格的にしていない。
確かに、できることはこの1年でだいぶ増えたけど、それでもまだミアシスのダンサー陣には追いつかない。
それなのにも関わらず、私をダンサーとして依頼をしてくるって言うのはどういうことなんだろう?
「橋爪さん、ひとついいですか?」
「どうしました?中川さん」
「私、普段は、ミアシスでボーカルとして活動しているんですけど、なぜ今回、私はダンサーで活動なんでしょうか?」
そういうと、竹田さんが驚き、私を凝視する。その目はまるで『うそだろ!?』と言いたそうにも見える。市原さんも同じ顔をしている。
「それには理由があります。今回、実績が乏しい中川さんにオファーを出した理由は、激しい振り付けを踊り続けてもぶれない声量に惹かれたからです。それに、みなさんにオファーを出す前に皆さんのステージを拝見させていただきましたが、フリースタイルのイレギュラーには相当強いように感じました。そういった面があるなら、強く見せられるダンサーのほうがいいかと思いました。もちろん、ダンスに関しては、矢島さんや竹田さんのレベルに届いていないと思いますが、私が求めるレベルには到達しているのでダンサーでお願いをしています」
「なるほど。多少はレベルが低くなってもかまわない。ということですか?」
「いやですね、竹田さん。そんなことは一言たりとも言ってないわ。ミアシスとの兼任でレベルの高いパフォーマンスをしてくれるからオファーを出したの」
「……まぁ、ボーカルがダンサーを担うって言うのは、少しどうかと思うところはありますが、決まってしまっているのなら仕方ないでしょう。彼女がどれだけのパフォーマンスを見せてくれるのかはわかりませんが、信じてみましょう」
この一言で思う。竹田さんは容赦のない人だということを。それと同時に、どこかで感じたことのある恐怖感を思い出した。
……思い出した。あのときだ。大阪に来るとき、周りのレベルが高くて、私だけ置いていかれたらどうしようなんて考えていたときの恐怖感に似ている。というか、あの時とまったく一緒。
たぶん、今回に関しては、本気で食らいつかないと、本当に置いていかれる。ただ、唯一の救いとしては、オリエンタルライムの充実した設備とたっぷりの時間。……うん。なんとかなる。いや、何とかしないといけない。今の私の頭にはそれだけだ。




