38:新メンバー
ふぅ。なんだか吹っ切れた。それに、なんだかいい案が出せそう。変にモヤモヤしてメンバーを困らせるより、吹っ切って明るく元気な方がいい。少し歩いていつもの事務所に。振り合わせするときの服装に着替えて、いつも使ってるパソコンを立ち上げてメールを確認する。
これは、私が事務所に来るのが一番早いし、メンバーが集まるまで時間がかかるから、それまでの間、暇つぶしにということでしてる。CDのリリース直後とかは多数の取材の申し込みがある。それを田村さん一人が捌くんだからすごいよね。
スケジュールは、ミアシスと最近できた妹分の『ハイアス』という中学生のグループとともに田村さんが一括で管理している。
とりあえず、メールを印刷して田村さんの机の上に置く。
あとは、メンバーがくるまで自主練かな。特にやることないし。
しばらく自主練していると、鏡越しに田村さんが入ってきたのが見えた。
「お疲れさん。なんや、今日はいつもと違って真剣やな。なんかあったん?」
「田村さん、私はいつだて真剣ですよ。せっかくの時間を無駄にしたくはないですし。それに、ライブまで時間が無いんですから」
「まぁそうやね。あっ、そうそう。舞台のオーディションの案内が来てるんやけど、受けてみいひん?」
「舞台のオーディション、ですか?」
不思議そうな声を出す私を田村さんは少し笑いながら、1枚の紙を見せてくる。
事務所に届いたメールのようだ。
「あぁ。まぁ、ミュージカルのオーディションだけで、公演は今のところ半年後の5月くらいになるって話なんやけど。オーディションは全国でやるらしくて、早い段階で始めるみたいやわ」
舞台か。覚えてることと言えば、中学生の時に舞台の照明を触ったくらい。先月あった文化祭に関しては何もしてないからな。ミアシスの活動を除いては。
「そのオーディションの締め切りっていつまでですか?」
「12月の12日まで」
時間はたっぷりあるか。ゆっくり考えてみてもいいかも。
「そしたら、ちょっと考えてみます。今すぐ決めるって言うのは難しいかもしれないです。今まで表舞台に立ったことがミアシスを除いて一回もないんで」
「そうか。まぁ、時間はたっぷりあるし、ゆっくり考えな。たぶん、オーディションに受かったら、スケジュールは美桜だけかなりハードになる気がするけど」
そう言われて、少しだけ頭の回転を早くする。
「まっ、そうですよね。事務員しながら、ミアシスの活動して、舞台も立つ。ものすごくハードじゃないですか!」
「でも、そんな日も面白そうって考えてるところもあるやろ?」
はい。事実です。田村さんには見透かされてるみたい。
「あっ、おはようございますー」
スタジオのドアを半開きにして、その隙間から可愛い顔がのぞいた。
この人が、ハイアスの新しいマネージャーの小村みらいさん。私よりも4つだけ上で、もともと、芸能界のマネージャーがしたかったらしく、ハイアスのメンバーを募集するときに、一緒に募集してたマネージャーにすーっと寄ってきて、ハイアスのマネージャーになった。
ちょっとシャイで、あんまり前にがつがつと出てこない。だけど、私と田村さんだけが知ってる秘密は、かなりダンスが上手い。なぜか本人はひたむきに隠してるけどね。
「あっ、小村さん、あとでハイアスのスケジュール調整するんで、オフィスに来てもらっていいですか?」
「あっ、はい、すぐに行きます」
早口でそういうと、静かにドアを閉めて去っていった。
「やっぱりシャイですね。ライブの時、大丈夫なんですかね?」
「彼女は本番に強いからな。だから、選んでん。面接のとき堂々としてたから、最初に出勤してきた時はあれっと思ったけど」
「そうなんですね。でも、小村さんってものすごいダンスが上手いですよね?」
「一応、大学のダンスサークルに入ってたみたいやけどね。もう踊れないって言ってたけど、ハイアスが帰った後にこっそりスタジオで踊ってるもんな」
「私も一回だけ見たことあります。ものすごくキレキレで、かっこよかったです」
本当に。ロックダンスもヒップホップも完璧に踊りきる。その姿がかっこよすぎる。私もあんな風に踊ってみたいな。
とか思いながら、田村さんが出ていったことを確認して、また新しいカバー曲の振り付けを確認し始めた。
……ミュージカルの舞台か。やってみたい気持ちもあるんだけどなぁ。学校を休んでまでオーディションを受けたいとは思わない。それで単位を落としたらわざわざトーモリに来た意味がない。
……よし、もったいないかもしれないけど、今回は諦めて、次回、機会があれば挑戦してみよう。
一瞬で諦めがついた舞台という夢。学校を卒業したら、田村さんの許可さえあれば、私のやりたいことができるんだから、そこまでは我慢しよう。
今日もいつものように振り付けを合わせて、最後の30分でセットリストの話し合い。ダンサーメインで話したけど、ボーカル陣のスタミナ面が課題になり、ダンサーが示した案は熟考を重ねた結果、廃案になって、次のワンマンライブのセットリストができることはなかった。




