98:仮歌
「サンキュー沙良」
「ってか、マジででかいな。確実に頭一つは抜けてんで」
「たしか190はあるって言ってたかな」
「そりゃでかいわ。うちでも160やし。並んだら見上げる形になるやん」
「その分、リーチも長いから、とことん有利よね」
そんな話をしているうちに、笛が鳴り、スタートの準備をささっと済ませる原田選手。その様は、ほんとに一流選手よね。
そして、スタートの合図がなり、飛び出した行く10人。このそろったスタートも絵にしたい。
そんなイメージを描きながら、原田選手のレースを見る。
原田さんも遊菜ちゃんと同じタイプで、力強いドルフィンキックでスタートダッシュに成功。長身も生かして、浮き上がってきたころには、こちらも頭一つ抜け出し、丁寧かつ、大きく力強い泳ぎでぐいぐいと進んでいく。
そして、50mのレースは私が見惚れてしまっていたのか、あっという間に終わっていた。
……これかも。求めていたイメージって。モデルは完璧に原田選手かも。ただ、原田選手には何か足りない気がする。この違いは何だろう……。
「っしゃー!」
スタート側が反対なのに、しっかりとここまで届いた声。見ると、水面を思いっきりたたいて喜んでいる一人の選手が。もしかすると、自己ベストが出たのかも。
「えらい迫力やな。原田選手とは真逆や。まぁ、クールな人やからしゃあないんやろうけど」
あぁ、これか。足りないものって。たしかに、原田選手にこれくらいの迫力があれば、鬼に金棒な気がする。
「でも、原田選手にも心の中で燃えるもんはあるんやろうな」
そういうことか。顔には出さないけど、心の中で静かに闘志を燃やしているってことか。その描写も入れてみたいな。
そんなことを思いながら、スマホで『青 宝石』と調べてみる。
いろいろな宝石の名前と画像が出てくるけど、その中でも私の目を引いたのがあった。
『アクアマリン』
求めているような濃い青の宝石ではないものの、水をイメージさせる『アクア』がついている。しかも、読み進めていると、より濃い青色を持つ『サファイア・アクアマリン』というのがあるらしい。画像を見ると、私が描きたい色そのもの。
ただ、文字数的に『サファイア・アクアマリン』とは入れられないから、全部を指すかのように『アクアマリン』とだけ入れておくか。
そんなことを考えながら、1時間ほどが過ぎたころ、私もいい感じに沙良の続きがで仕上がってきた気がする。
「沙良、こんな感じでどうだろう」
そういって、私から沙良に紙を渡す。
「……ほんま、きれいに繋げてくれるよな。なんやったら、うちのほうが霞んでへん?とくに、この辺。『煌めけアクアマリン』とかさ。どんな思いで書いてるんか気になるわ」
「でも、沙良の歌詞がなかったら、私、書けてないからね」
「宝石か……。たしかにそこまで思いつかんかったわ。でも、カッコええな。どんな宝石かわからんけど」
「まぁ、青っぽい宝石よね。宝石は名前が水っぽいからとっただけで、実際は水色っぽい感じ。ものによったら、濃い青色もあるみたいだけど、基本は水色みたい」
「ほえ~。まぁええやん」
沙良はやっぱりピンと来てないみたい。まぁ、仕方ないよね。
そして、お昼までの時間で、今までの止まりようが嘘のように、歌詞が仕上がった。もちろん、私も沙良も感じたこと、経験したことが全部入っている。
「ええ感じに仕上がったな」
「ほんと。やっぱり、実物を見るのが一番だね。教えてくれた遊菜ちゃんに感謝しないと」
「ほんまに。せやないと、絶対ここまで来てへんし。あとは、曲を書いてもらうだけやな」
沙良の言う通りで、詞はできたから、あとは曲を書いてもらって、歌詞に合わせていくだけ。その打ち合わせはあるだろうけど、ひとつの山場は抜けた。それだけでもだいぶ大きいと思う。ここから一気に進められたら理想的よね。
そこからは、沙良と二人でアツく競泳の話をして、満足した状態で記録会の初日は終了。明日も見たいところだけど、明日は私がライブの打ち合わせに駆り出される関係で、レースを見ることはできない。ちょっと残念だけど、まぁ、仕方ない。
「よし、帰ろっか」
「せやね。さっ、こっから振り合わせやね」
「先に、作った歌詞をデータ化して、田村さんに渡さないとね。パソコンに打ち込んで送るだけでいいって言ってたから、それは私がするね」
「お願いしまーす」
そんな話をしながら駅に向かい、電車に乗り込み、振り合わせをするために、事務所に向かう。
新しい曲の歌詞ができてから2週間が過ぎたころ。田村さんに言われて事務所の会議室でいつもミアシスの曲を作ってもらっている原さんを待つ。
実は、こういうのって初めてなんだよね。というのも、いつもは田村さんが打ち合わせに入って、曲をもらって、私たちのものになる。というのが流れだったから。
まぁ、田村さんにはフランクに楽しくやっておいでとは言われているし、原さんも、堅苦しい雰囲気という言葉が疎遠なくらい、たまに会った時も友達感覚で話してくれる。それに、本人も、ラフに行くほうがいい作品に仕上がることのほうが多いし。とは言っていたから、まっ、どうなるかだよね。
「ごめんね~、お待たせ」
そういいながら会議室に入ってきたのは、話題に上がっていた原さん。
入ってすぐの椅子に手提げかばんを置いて、その中からノートパソコンと少し分厚くなったファイルを机に置いて、自分も座り、私と話しながらパソコンを操作する。
「よいしょ~。で、さっそくなんだけど、田村さんからも聞いてたんだけど、今回は自分たちで作ったんだよね。やっぱり、宮原さんとは違うテイストが出てて、曲を作っているときも面白かったね。で、肝心の曲だけど、こんな感じでどうだろうか」
そういうと、原さんは自身が作った曲を流し始めた。
出だしからかなりアツくさせる音楽。だけど、歌いやすそうな気持もしっかりと載せられそう。
「とりあえず、こんな感じかな。一応、練習して歌ってみてくれる?あっ、これ、楽譜ね。最初に渡すべきだったね」
社会人になってデモテープを録音するために呼ばれていたのは、原さんの確認もしたかったからなのか。と、今になって分かった。そんなことを思いながら原さんから歌詞入りの楽譜をもらう。
「わかりました。ちょっとやってみます。私の感覚で歌っていいですか?」
「もちろん、たぶん、僕の思っている通りに歌ってくれるとは思うから心配はしてないけど」
なんという信頼感。なんでこんなに信頼されているのかがわからない。
そんなことを思ったけど、頭から振り切って、歌詞と曲に集中して、タイミングと音程を合わせる。
軽く2回。歌詞を口ずさんですべて合わせた後、原さんのパソコンを借りて曲を再生させ、沙良と共同で書いた歌詞を譜に乗せて歌いだす。
「えっと、こんな感じでいいですかね?私なりに歌ってみたんですけど」
「……うん。美桜ちゃん、感覚はどう?」
まだ探りながらで歌っていたけど、歌っていて私も気持ちが良かった。
「いい感じだと思います。ありがとうございます」
「でも、なんかあれだね。コーラスをつけてみるのもありだね。まぁ、そこは合わせてみてからかなとは思うかな」
あぁ、なにか足りないかなと思っていたけど、そこか。でも、そこは亜稀鑼と相談してみないとなんとも言えないよね。
「それじゃあ、とりあえず、これで完成にしようか。もちろん、修正はいつでも受けるし、いつでも言ってね」
そんな感じで原さんとの打ち合わせは、だいたい2時間くらいで終わった。
ここからは、私が忙しくなる番かな。とりあえず、曲のデータもデータにしてもらったし、田村さんに言って、デモテープを作るためのレコーディングスタジオを抑えてもらおうか。
そんなことを思いながら、原さんを事務所の玄関まで見送り、完全に姿が見えなくなった後に、事務所に戻り、自分の仕事を進める。
そして、夕方になって、メンバーが集まり、次のライブに向けた振り合わせや、ボイストレーニングを始める前に、もらいたての仮曲をみんなに聞いてもらう。
「ええやん。こりゃ、振り付けのしがいがあんで。まだ仮歌は入れてないんやろうけど、ええ感じに仕上がりそうやな」
とういう翔稀をはじめ、ほかのメンバーにも好感触。たぶん、私たちで大きく変えることはないんだろうな。
「あとは、デモテープを録って、振り付けを考える。かな」
「やることはそうやね」
そう話がまとまると、いつも通り次のライブに向けての振り合わせが始まる。
「美桜」
みんなが立ち上がり、やる気を十分に見せるなか、翔稀が私に声をかけてきた。
「うん?どうかした?」
「……いや。なんもない。絶対ええ曲にしてや」
なにかいつもと違った違和感を感じたけど、はっきりとした確証はなかった。だけど、なにか言いたそうなことはわかった。
とりあえず、振り合わせに集中しようか。次のライブはダンスチューンとアップビートの曲ばかりそろえて、移動距離も長いし、ぶつかる可能性も捨てられないし。それに、この前出した新曲も披露するし。
となると、やらないわけにはいかないよね……。




