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頑張ってね、小林君!  作者: もう無理だよ
156/211

156_アタシと田辺とクリスマス_前編


私の名前は戸矢崎環。大学4年生、22歳、女、独身、許嫁あり。




11月14日――


山梨の駅前で田辺と待ち合わせをしている。ロータリーに静かに立っている田辺を見つけ、横に付ける。車の窓を開けると田辺は目を見開ていた。


「サプラーイズ!」


「お、お嬢様…?運転が…できるのですか?」


「まぁね!さっそくだけど、今からドライブに行きましょう!」


「それは死ぬ時は一緒だ…というようなプロポーズでしょうか…?」


言いながら助手席に座ってシートベルトを付けている。


「…安全運転でお願いしますね」


はいはい、と返事をしてアタシは車を走らせる。行き先は、山梨で人気のケーキ屋だ。運転して10分も経たないうちに目的地に到着する。駐車場も広く、すんなりと車をとめることができた。


「この車って教習車より運転しやすいわ。車体も安定してるし酔わなかったでしょ?」


「えぇ…まぁ…初心者にしては…良かったと思います…」


車から出たら気持ちの良い風が吹いている。


「さぁ、ケーキを食べに行きましょう。ここのショートケーキを楽しみにしていたの。ちゃんと予約もしてきたわ。それと、お姉ちゃんのお土産も買って帰りたいし、従業員の皆さんにも差し入れを買いたいわ。何を買えばいいと思う?」


田辺は上の空だった。


「…ねぇ、ちょっと聞いてるの?」


「えっ…あぁ…そうですね…焼き菓子の差し入れはどうでしょう?日持ちもしますし…」


田辺の様子がおかしい。


「ねぇ…やっぱり酔ったの?顔色が悪いわ…」


地蔵みたいな顔をしていた田辺に表情が戻る。


「そんなこと…ありません。ただ…やはりお嬢様の運転は心臓に悪いと言いますか…少し気を張ってしまいました。帰りは私が運転してもよろしいでしょうか?」


「…仕方ないわね。確かに初心者の運転って怖いと思うわ。帰りの運転は任せるけど…そのかわり、アタシを助手席に座らせて?あなたの運転を近くで見たいの」


「えぇ…喜んで…」


田辺がうっすらと笑って見えた。


「どうかしましたか?あぁ、もう予約時間が過ぎていますね、急いでお店に入りましょう」


「…そうね」


アタシは田辺の隣に駆け寄る。


「ケーキを食べながら愛さんのお話しをしましょうか?毎日、毎日、色々なことが起きますが、お姉さんは頑張っていますよ」


お店のドアを開けてくれる。


「うん…聞きたい」


田辺と話をしながら食べるショートケーキは最高に美味しかった。



お土産を買って山梨のスパ&リゾートホテルに向かう。田辺の運転はきっちりしていた。


「この時間でしたら愛さんはフロントにいると思います」


田辺の案内に従ってホテルに入る。紅葉の季節なのか人が大勢いた。


「あら、環…来たばかりなのにもう帰るの?」


お姉ちゃんにミルフィーユと差し入れを渡してすぐ帰ると告げる。


「うん、明日はお稽古と大学のゼミがあるから…卒論も見てもらいたいし…」


話しの途中でお姉ちゃんに腕を引かれる。


「ちょっと…それより田辺さんとはうまくやってるの…?」


「田辺と…?上手くやってると思うけど…どうして…?」


「だって…環と婚約が決まってから浮かない顔をすることが増えたのよ」


「…そうなの?田辺が…?」


(田辺がアタシと婚約を決めたことで浮かない顔をしている…?)


「そうよ…二人のことに首を突っ込みたくはないけど、何か問題があるなら私も相談に乗るから…」


そんなこと言われても困る。


(問題…?何か問題があるのかしら…?)


浮かない顔と言われても基本的にアタシといる時は楽しそうじゃないし、地蔵みたいな顔もよくする。


「分かったわ…」


分かったフリをして(実際は何も分からない)アタシは頷く。


「ならいいけど…。この後は田辺さんに挨拶して次に会う約束をしてから帰るのよ?」


素直に頷いてアタシはエントランスに向かう。




田辺に挨拶しようと思ったら田辺は従業員に指示を出していた。会話が終わるまで待とう、と柱のそばに立つ。


「…はい、分かりました。助かりました」


きっちりしたスカートスーツの女性…シンプルながらもアクセサリーがキラリと光り、仕事ができる女性に見える。


「また困ったことがあったら遠慮なく質問して下さい」


「ありがとうございます、チーフ」


二人の会話から信頼関係が成立していると感じる。


(あの顔はアタシには見せない顔よね…アタシ…田辺の仕事の話も少しは聞けば良かったかしら?)


ケーキ屋ではお姉ちゃんの話ばかり聞いていた。


田辺が一人になったタイミングで声をかける。


「…いま平気?これから帰る」


「はい、車まで送ります」


「別にいいわよ。忙しいでしょ?」


「いいえ、良くありません」


私が車を発進するところを見届けないと気が済まないと田辺は頑なだった。


「分かったわよ…それで…次に会う約束をしたいのだけど…」


「次に会う約束…ですか?」


「えぇ…お休みの日を教えてほしい。どこか落ち着いたところで食事したいわ」


「分かりました。それではメールでお伝えします」


「お願いね!それじゃ、またね!」


アタシは車を動かそうとした。


「お嬢様…家に着いたら必ず連絡を下さい。私の心臓が持ちません」


「…はいはい」


「くれぐれも安全運転を…イライラしても冷静な対応を心掛けて下さい」


「…分かってるわよ」


とっととアクセルを踏む。


(心配性よね田辺は…小言も多いし…アタシのことは信用できないのかしら…?当たり前か…アタシと田辺の間には信頼関係なんてないもの…)




家に着いてからゆっくり過ごしていた。


気づけば寝る時間になっていて田辺に連絡するのを忘れていた。すぐに田辺にメールすると電話がかかってきた。


『随分と時間がかかったものですね…渋滞にでもハマりましたか?』


「えぇ…と…そうよ!」


『…まぁいいでしょう。お嬢様、24日もしくは25日の夜は空いていますか?私は東京で仕事がありますので、よろしければ夜ご飯を一緒に食べませんか?』


25日なら都合がいい。その旨、返事をして携帯電話を置く。


ベッドに入りながらアタシは考える。


田辺に「おはよう」とか「おやすみなさい」とかメールしたり電話したりする仲になるなんて考えてもみなかった。


(婚約したんだから連絡を頻繁に取り合うのは当然のことかもしれないけど…)


前の婚約者の中原さんとは、こんなに頻繁に連絡を取り合ってなかった。それでも2年は一緒に食事をしたり映画を観たり競馬を見たりしていた。


(中原さんに会うのは苦痛だったけど、田辺と会うのは苦痛じゃない。それだけが唯一の救いかも…)




25日――


17時にウチに迎えに来るというので落ち着いたひざ丈のワンピースに袖を通す。


(これ…中原さんには不評だったのよねぇ…パッとしない…地味な服装ですね…とか何とか言われた)


だけど良い生地だし、落ち着いた服はこれしかない。コートを着れば隠れるし、問題ないと思う。



田辺が予約してくれたレストランは木々の中にテラス席が用意されたお店で、ゆっくりディナーが食べられる。


「少し寒いでしょうか?」


「いいえ…解放感があって気持ちいいわ。ライトアップも素敵…」


「そうですね…食事が終わったら散策しませんか?こちらの庭から公園に繋がっているようですよ」


「そうなの…?行きたいわ…」


田辺がうっすらと笑って見えた。


「…何か良いことでもあったの?今日は仕事だったんでしょう?」


「そうですねぇ…特別に良いことは…あぁ、昨日は広瀬さんと小林さんと話しましたよ。お二人ともご旅行を楽しんで帰ったようでした」


「その話…もっと聞きたい!」


「いいですよ」




食事と散策が終わり、田辺はアタシを家まで送ってくれる。


「今日はありがとう!すごく楽しかったわ」


「それは何よりです」


「次に会う日はいつにする?」


「次…ですか…。その…言いづらいのですが…12月は繁忙期で…あまり休みがないんです」


「そうなの…?それならアタシが遊びに行くわよ」


沙羅と山梨に遊びに行く約束をしていた。


「本当ですか?」


「えぇ…まだ予約してないけど、泊まりで考えているわ」


「そうですか…それでは楽しみに待っていますね」


田辺の機嫌が良いと感じる。やっぱり今日は何か良いことがあったに違いない。アタシは助手席から降りる。


「気を付けて帰ってね!」


「えぇ、おやすみなさいませ」


「田辺……家に着いたら…連絡して…?」


田辺は目を丸くして驚いている。


「…なによ?何か文句あるわけ?」


「いえ…心配しなくても私は事故には遭いませんよ。それと…」


田辺は言いにくそうに視線を外す。


「今日の服装…とてもお似合いです。ですが…私に気を遣わずご自身が着たいと思った服装で構いません。それでは…帰ったら連絡差し上げます」


田辺に服が良かっと言われたのは初めてで、アタシは何も言えなくなった。車が見えなくなってもしばらく動けなかった。





後編へ続く――




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