<ティフェレト編>36.ホワイトドラゴン
36.ホワイトドラゴン
「この地に足を踏み入れ調和を乱す害悪を排除する」
甲高いのか、内臓に響くような重低音なのか特定できない複雑な声色でホワイトドラゴンは同じフレーズを繰り返している。
「このドラゴンは会話できないのか?!」
「そのようだ!」
ザリウスとスノウはそれぞれ剣を構える。
(なんだろう、この違和感。まるで何かに操られているような感じだ)
スノウは違和感を持ちながらも次の行動を整理していた。
隊列を組もうと後列の騎士隊が前に動き始める。
次の瞬間、ホワイトドラゴンの喉が大きく膨らみ、光り輝く光線を後列の2名の騎士に放った。
シャァァァァァァ!!
超高熱の光線を受けて2名の騎士は一瞬にして溶けて消えた。
「ロンベルト!ビガース!」
目の前で溶け消された同僚を見た手前の騎士は思わず叫んで手を伸ばす。
するとホワイトドラゴンはさらにその騎士も白く輝く熱線で溶け消した。
「みんな止まれ」
スノウは声を抑えながら全員に指示を出した。
騎士隊員と冒険者はその声に呼応し動きを止める。
というより恐ろしさのあまり動けなくなっていた。
(何か変だ。動いた者に反応しているのか?試してみるか・・)
スノウはゆっくりと動き目の前に落ちているパスケットボール大の瓦礫を掴み大きな動作にならないようにして放り投げた。
するとホワイトドラゴンはその瓦礫に向かって白熱線を吐いた。
「!!」
(まさか・・)
「みんな静かに・・決して動かないように」
スノウは小声で隊全員に指示を出す。
「スノウ・・どういう事だ?何か策でも思い付いたのか?」
ザリウスが期待を込めてスノウにヒソヒソ声で問いかける。
「いや、正直まだ謎だよ。だが、何となく分かりかけてきている」
(ライセン)
スノウは自分から少し離れた場所に小さな稲妻を落とした。
その瞬間ホワイトドラゴンは白熱線を吐いた。
(なるほど、じゃぁ次は・・ディヴァイドウィンド)
今度は切り裂く風のかまいたちを放つ。
すると、風の刃には反応がなく、刃が衝突した瓦礫の音に反応してホワイトドラゴンが白熱線を放った。
スノウは仲間に目で合図した。
みな理解したようだ。
そう、このホワイトドラゴンは自らの意思とは関係なく、音に反応して攻撃していたのだ。
(何かに操られているとしか思えないな。なるほど、先ほど影に沈んで消えた怪しい顔の物体かもしくはそれを操っている何かにこのホワイトドラゴンは支配されているようだな)
音に反応する事が分かったとは言え、動きを封じられている以上逃げる事も攻撃する事もままならい状況のため、何ら打開策が見出せずにいた。
痺れを切らした魔法に長けた冒険者は炎の音魔法を繰り出し攻撃を仕掛けるが、ホワイトドラゴンは冒険者が魔法を唱えた際の音に反応し白熱線を吐き一瞬で冒険者を溶かし消した。
この無謀な行動によって、騎士隊や冒険者でホワイトドラゴンと戦おうと思う者はいなくなった。
じっとその場で蛇に睨まれた蛙のように耐えるしかなかった。
一行は完全に諦めムードの表情に変わっていく。
だがザリウスだけはこの場を楽しむように期待を込めた表情でスノウの次の一手を待っていた。
(鬼神殿!はやくその力を俺に見せてくれ!)
そんな視線に気づきもせず、スノウは次の一手を考えていた。
(音に反応するこの制御の仕方は実に効率的だな・・。この音に支配されている世界で物理攻撃以外はほとんど音を必要とするからな。でも逆に言えば音に反応させて倒したいという事だとすると・・。試してみるか)
スノウはジオライゴウを唱えた。
上空に瞬時に黒雲が出現し、恐ろしいほどの電気を帯びて光り始める。
その光が一点に集まったかと思うと、強烈な轟音ととにも雷が落ちる。
その音に反応してホワイトドラゴンが白熱線を上空に向かって吐く。
(今だ!)
白熱線を吐こうとした瞬間にスノウはジオエクスプロージョンを放つ。
多少の音もジロライゴウの爆音に阻まれてホワイトドラゴンは反応できず頭上に向かって白熱線を吐く。
ゴゴゴゴァァァァァバッッゴォォォォン!!!
上空に向かって白熱線を吐いている姿では腹部がガラ空きになる為、ジオエクスプロージョンの格好の的になった。
輝くようなホワイトドラゴンの腹部の鱗を焼き、地肌のような肉が見える。
だが、吠えもせず表情一つ変えずに再度戦闘体勢になる。
(なんなのだ!?あの強さは!鬼神殿・・そなたは未だどれほどの強さを隠しているというのだ?!)
ザリウスはスノウの詠唱なく繰り出した魔法にワクワクが止まらなかった。
スノウの魔法によりホワイトドラゴンは腹に大きな傷を与えられたにもかかわらず、相変わらず音に反応して攻撃を繰り返している。
しかし、しばらくするとせっかく与えたダメージが回復し地肌のような肉は再度美しい鱗によって隠された。
(マジか!再生してる・・しかし何か変だ・・)
スノウは再生はするものの、このままホワイトドラゴンへの攻撃を再生スピードより早く続ければ倒せると踏んだが、このドラゴンを倒してはいけないという思いに駆られていた。
なんの根拠もないのだが、なぜかそう思ってしまうといった感じだった。
(あの最初に出てきた顔のある球体に操られているとしたら、あの球体を破壊しなければこのドラゴンの攻撃は止まないだろう。でもどうやってあの球体を?地面に沈み込んでどこかへ消えてしまったが・・)
スノウは辺りを見回しながら思考を巡らせた。
(このホワイトドラゴンの音だけに反応し攻撃している状態は、ラジコンのようにどこかで操っているものじゃないな・・・・おそらくそういうプログラムされたような感じだ。そしてこのような事ができる魔法といえば、言霊か特殊な音魔法か・・・・だけど、音魔法だとしたら音はいずれ消えるだろうからこのプログラムのような洗脳は放っておけば消えるはず。だが、あの球体が消えてから結構な時間が経っている。音魔法ならとっくに消えているはずだよな・・)
スノウはさらに辺りを見回しながら思考を走らせた。
(まてよ・・何か肝心な事を見落としているような・・)
ドッゴーン!!
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
音を一切立ててはならないというあまりの緊張から思わず立ちくらみ、転んでしまった冒険者が音を発した瞬間にホワイトドラゴンの熱線が襲いその場で溶けて消えた。
ザリウスは仕草で、『音を立てるな、もう少しだ踏ん張れ!』と残った騎士や冒険者に伝えた。
だが、一行の表情は恐怖で歪んだ顔になり、完全に戦意喪失し踏ん張るような気力など出せずにいた。
(言霊なら、侵入者を殺せ、で済むはずだ。だが今は音に反応して攻撃する単純なプログラミングようなものだ。ホワイトドラゴンほどの戦闘力があれば音を発するものを攻撃しろなどと周りくどい指示など出さなくても侵入者を排除する事など造作もないよな。そうするとこれは言霊ではない可能性が高い。一方で音魔法の一種だとしてもここまで長続きする音なんて出せないだろう・・)
その時、スノウの脳裏にひとつの情景が浮かんだ。
―――――――
「音だ。弾いてみると分かる。音がなかなか止まないのだよ。恐ろしいほどの音伝導率の金属でね」
そういうとスメラギは500円玉くらいの大きさの輪っかを手でつくり話を続ける。
「これくらいのマクロニウムは持っているのだが、そこに音を吹き込むとかなり長い時間持続する事が実験でわかっていてね。例えば、炎音をマクロニウムに転写すると軽く24時間は同温を維持し続ける。地球に持ち帰るとエントロピーの観点では説明がしづらい代物で世界がひっくり返るほどの貴重な金属なのだが、あいにくこの世界ではこの金属を使いこなすほどの知識も科学力もないのでね。量的に困ることはないのだが、ただ単にそれを入手するのが難しいところにあるという状況で困っているわけだ」
―――――――
スメラギ邸に行った際に彼に聞いた話だった。
(音・・長時間・・マクロニウムへの転写・・)
スノウは物音を立てないように辺りを見渡す。
「!」
閃いたのかスノウは、エクスプロージョンを周辺に時間差で打ちまくった。
音に反応しているホワイトドラゴンは丁寧に音の発生源に向かって白熱線を吐いている。
その隙にスノウは、ひとりの音魔法に長けた冒険者を抱え銀色に輝く物体に向かってなんでも良いので音魔法を発するよう指示を出した。
冒険者はスノウの発しているエクスプロージョンの音を拾い操って銀色に輝く物体に音を吹き込んでいく。
スノウはさらにエクスプロージョンを放ちホワイトドラゴンをそれらの爆音に惹きつける。
そして、一方では方々に散らばっている銀色に輝く物体ひとつひとつに音魔法を吹き込ませていった。
『ス、スノウのやろう、いったい何をしているんですかね・・・・』
ガタガタ震えながら騎士隊の1人がヒソヒソ声で隣の先輩騎士に話しかけている。
『し、知らねぇよ、それよりこんな無茶なミッションに志願したザリウスを恨むぜ・・とにかく死にたくねぇ・・あんな風に一瞬で蒸発しちまうような死に方は絶対に嫌だ・・』
『ほんとですよ。あの脳筋、おそらくスノウの戦いっぷりを見たいってだけで志願してるはずですよ。それに付き合わされる俺らの身にもなってほしいです。動くなと言われる前に既に動けないですから・・』
『ああ・・』
今にも泣き崩れそうな情けない表情を見せながら不満を漏らしている部下をよそにザリウスはスノウが仕組む次の一手を目を輝かせながら見守っていた。
スノウと無理矢理担がれ連れられた冒険者はさらに残る銀色の物体に同じように音魔法を吹き込んでいく。
そしてついに最後の一つというところまで来た。
(こいつで最後っぽいな。さて、どうでる?白竜!)
冒険者が最後と思われる銀色の物体に音魔法を吹き込み終わった。
すると突然ホワイトドラゴンが動きを止めた。
しばらく様子を見る一行。
突如ホワイトドラゴンの目が金色から澄んだ蒼に代わり、何かを確かめるように辺りを見回し始めた。
ザリウスたちは一体何が起きたのか理解できなかったが、ホワイトドラゴンの動きがこれまでと違う事は理解できた。
ホワイトドラゴンはスノウに目を向けた。
そして長い首をくねらせながら大きな頭部をスノウの前まで動かして、スノウを直視する。
「あなた様がこの私にかかった洗脳を解いてくださったのですね」
「あ、あぁ。そうだよ。だがやっぱりマクロニウムに仕込まれた音魔法だったんだね。何はともあれ攻撃が止んでよかった。ザリウスたち!もう動いても音を出しても良いはずだ!」
騎士隊員たちはその場にへたりこむようにして地べたに尻をつけた。
安堵の表情を浮かべている
「あなた様、お名前は?」
「え?あぁ、スノウだよ」
「スノウ様、この呪縛から解いてくださり本当に感謝します。どうやら長くこの呪縛を受けていたせいか記憶が失われてしまっているようです。自分の名すら思い出せず情けない限りです。そしてあなた様の名前にも聞き覚えがあるような気がするのですが思い出せません」
「ま、まぁ、よかった」
それを眺めていたザリウスは改めてスノウへの尊敬の眼差しを向けていた。
一方部下の騎士隊員たちは、先ほどの不満は消え命が救われた安堵もありスノウへの敬意もあったが、あの恐ろしいホワイトドラゴンと対等に会話しているのを見て化け物を見るかのような恐怖心も抱いていた。
「プログラム#21481aの解除を確認。再プログラム実行を申請・・・・承認を確認、実行する」
声の方向に目を向けると、いつの間にか最初に現れた丸い物体に顔がついた存在が姿を表していてスノウたちの方向を見ながら話し始めた。
(再プログラム?・・まさか!まずいぞ)
「えぇっとホワイトドラゴン・・言いづらいな・・飛べるか?」
「ホワイトドラゴン?あぁ私の事ですね。もちろん飛べるはずですがやってみます。ちなみにホワイトドラゴンとは種族を表すもので個体名ではないですね?もしホワイトドラゴンと呼ぶのが面倒なら好きに名をつけてもらって構いません」
「じゃ、じゃぁセリアだ。セリア、おそらくあの物体は攻撃してくる。また同じように君を洗脳するかもしれないから飛んで上空で待機しててくれないか?」
スノウは思いつきでホワイトドラゴンに名をつけた。
ホワイトドラゴンは一瞬全身の鱗を逆立て頭部を上へせりあげた。
そしてゆっくりとスノウの方に向いて話始めた。
「セリア。これが私の新たな名ですね。かしこまりました、マスター」
そう言うと、久しぶりに飛ぶのかぎこちない動きをしたが直ぐに思い出したかのように美しい翼を広げて上空に飛び立った。
(マスター?どこかで聞いたような言われた方だな・・。と、そんな事よりあの物体だ)
得体の知れない球体の顔は、銀色の物体に近づき、何やら機械音を発した。
次の瞬間銀色の物体に閉じ込められていたエクスプロージョンが発動しその顔を攻撃した。
バゴゴーーーン!!
だが、びくともしない。
再度別の銀色の物体に機械音を発するが先ほどと同様にエクスプロージョンの反動が球体の顔を攻撃する。
バゴゴーーーン!!
表情ひとつ変えない球体の顔。
「再プログラミング実行不可。次の排除行動への移行を申請・・承認を確認。実行へ移る」
(排除行動?)
スノウはすぐさまザリウスの方を向き指示を出す。
「ザリウス!次の攻撃がくる!建物の影に隠れて戦闘体勢をとってくれ!さぁ、君も向こうに戻って」
銀色の物体に音魔法を吹き込むのに連れてこられた冒険者はそそくさとザリウスの方に戻っていった。
「検索中・・、検索中・・、検索中・・」
(検索中?)
何か怪しげな光がスノウの体をスキャンするように移動する。
特に頭部のあたりを何度も光が往復する。
スノウは眩しさで手でその光を覆う。
しばらくして光が消えた。
「検索完了。実体化へ移行を申請・・承認を確認。実行する」
すると、その場の空気が一変する。
何か圧倒的な力でねじ伏せられたような空気だ。
スノウは額に汗を垂らす。
スノウはこの緊張感を知っていた。
「マジか・・・?!」
得体の知れない球体の顔のそばに、突如現れた人影にスノウは驚きを隠せなかった。
そこに現れたのは見慣れた恐ろしい存在。
一度見たら忘れない容姿。
赤い髪でトグロを巻いた髪型、はちきれんばかりの筋肉、破壊の派手さだけを追求する戦い方を彷彿とさせるその顔。
ホドでアレックスと対峙していたはずの三足烏・烈の連隊長ホウゲキの姿だった。
12/30修正
ここのところ忙しくてなかなか執筆が進まず・・。今週は3話アップ、最低でも2話アップで頑張ります。
次回水曜日アップの予定。




