<ティフェレト編>16.キタラ
16.キタラ
スノウ、エスティ、レン、ケリーの4人はERと呼ばれる乗り物に乗っていた。
(これ、まさに電車だな。こんな中世ヨーロッパみたいな雰囲気の魔法が当たり前のファンタジー世界で科学の産物を見ると自分がどこにいるのかわからなくなるな)
しかも雪斗時代の日本で利用していた電車と違うのは、ガタンゴトンと音を立てて振動するあの感覚がないことだ。
どうやらリニアモーターカーのようだった。
スノウたちはレネトーズ邸最寄りのノースノーン駅から乗車した。
この世界にはホドと違って普通に貨幣があり、レネトーズ卿から多額の謝礼を受け取っていたため、このERに乗車するのはもちろん通常の宿屋であれば一年は泊まれる程の経済的余裕があった。
駅員に聞いたところによると、このERは巨大なノーンザーレを一周するようにレールが走っているらしい。
都市の中央にキタラ聖教会本教会があるらしいのだが、外周に幅1キロメートルある堀があり、唯一教会と繋がっている巨大な橋からしか入ることができないとのことだった。
キタラ聖教会本教会とはおそらくノーンザーレに着いて以降必ずどこかしらに見えている白い塔のような建物だろうとその位置関係からスノウは推測した。
その本教会の入り口となっている巨大な橋はERキタラ駅で下車しないと行けないらしい。
キタラ駅の北側にキタラ聖教会の本教会があるらしいのだが、キタラ駅を挟んで両側に本教会の外堀から運河が流れており、その運河も渡る術がなくこのERキタラ駅から行くしかないそうだ。
なにやらキタラ駅南側は貧民街となっているらしく、都市北側に住む貴族たちが貧民街に住む者たちを閉じ込めるために本教会外堀から運河を掘ったという噂だが本当かどうかは定かではない。
ただ、事実ER運賃は高額なため、そう簡単に乗れるものではない事から強ち嘘ではないだろう。
「スッゲー街っすね!オイラ感動っす!」
「わぁぁーー!」
レンはまるで幼稚園児が外をみてはしゃぐように窓側に向いて椅子に膝立ちして外を眺めている。
馬車しか乗った事のないレンにとってこのスピードは別世界なのだろう。
同様の姿勢で外を見ているケリーに至っては人間世界に足を踏み入れるのも初めての状態だっただけに、言葉が上手く出ずただただ驚いている。
ふと反対側に座っているエスティを見ると、レンと全く同じポーズで外を見て驚いている。
(エスティ‥‥あなたガルガンチュアの総帥ですよ‥‥)
東京23区ほどの大きさのノーンザーレだが、さすがのリニアモーターカーで10分かからずノーンザーレ南に位置するキタラ駅に到着した。
「ちぇー、もう終わりっすか」
「ちぇー、おわりー」
「あー、もう終わりなの?」
(もはや3姉弟に思えて来たわ。ケリーは可愛いが)
エスティは長く綺麗な紫髪で顔は可愛くスタイルもいい。
普通の男なら放っておかない容姿だ。
だが、スノウにとっては気が強く、腕っ節も強く、瞬間湯沸かし器のようにすぐ顔を赤らめて感情を表に出す油断ならない性格の女性にしか映っていなかった。
この瞬間もやけに大人びていると思う時もあるのに、椅子に膝立ちして外を見る幼稚園児みたいな事する雰囲気の振れぶりにスノウはやれやれといった表情になっていた。
元々女性との付き合いに縁がなかった事もあり色恋に超鈍感ではあるが、エスティのそういった気分の振れに翻弄されるのを面倒に思っているようで、当然エスティが自分に抱いている感情など気づくはずもない。
北口を出ると遠方に巨大な建造物が見える。
巨大な白い円柱上の物体を時計回りに捻り、そのまま捻り切って天辺を尖らせたような捩れた線の入った円柱上の白い塔になっており、この中世ヨーロッパのような風景にも、エレキ魔法で日本のネオン街のような部分にも合致しない、その白い塔だけ異質なものに見えた。
「オイラなんかあの塔怖いっす」
「そう?でもすごいわね。どうやって建造したのかしら。スノウならわかるんじゃない?」
「いやおれも見た事ないよ。元いた世界にもあそこまで不思議な形をしたビルというか塔みたいなのは見た事がない」
「ケリー聞いたことあるよ?あれは神様が作ったって」
「神様か‥‥」
「神への信仰心はあるけど、自分の前に現れるなんてこと一生ないと思ってるからなんかピンとこないけど、天使を目の当たりにしたぐらいだから、もしかしたら死ぬまでには本当に会えるかもしれないね」
エスティは神を信仰しているのか、とスノウは思った。
(この世界の神って一体どんな存在なんだろう。キリスト教の神みたいなやつかな?)
駅の周辺はロータリーのようになっており、タクシーのような馬車が数台並んでいる。
聞くところによると、ここからあの本教会と言われる塔まで歩いて巡礼するのがキタラ聖教徒の信仰のひとつになっているようで、何やら地脈のようなものがメインストリートの下を走っているとかで、そのパワーを体に吸収して本教会で祈りを捧げると音魔法の魔力が研ぎ澄まされたり、それによって体調がよくなったりもするそうだ。
所詮は宗教だ。
救いを求めた民を利用した時の権力者がいいように書き連ねて伝承した単なる小説。
ある意味洗脳に近いものだ。
スノウはそう考えていた。
本当なら馬車を使いたいところだが、昼食の時間が近くなっている事もあり駅から巨大な白い塔までの道のりの中でレストランか屋台に入って食事を摂るため歩いていく事にした。
メインストリートを歩いているが、メインストリートと言っても馬車が3台すれ違えるほどの広さしかなく、巡礼者が多く歩いている事から馬車は思うように進めず渋滞していた。
(こりゃぁ馬車に乗らなくて正解だったな)
大金を持っているにも関わらず、無駄な出費が抑えられたと雪斗時代からの貧乏性が思わず出た。
しばらく歩くと光る音の波動が自分の額から抜け出るように前方に伸びていくのが見えた。
「あはは!スノウのおでこからなんか出てくるように光の線が伸びていったね。なんか面白かった!」
「え?!オイラには見えなかったっすよ?」
「ケリーには見えたー」
「本当?あんなにくっきり見えたのに。レン、あなた音変化できるのに音の波動が見えないなんてどういう人体構造してるの?」
「なんかアネゴって人のこと貶すの上手いっすよね?」
「な!なんて言い草!心外だわ!あなたのこと褒めたのに!もう褒めるのやめた!」
「あれのどこが褒めてるっすか?」
「む!あなた馬鹿だわ!私は滅多に褒めることがないから私が褒める時って分かりやすはずなのに!それが分からないって理解力がないんだわね!」
また顔を赤らめて怒っている。
(ヤレヤレ)
スノウは自分の額から抜け出たように見えた光の線が気になっていた。
何か話しかけられたような感覚になったからだ。
(なんだ?こっちへおいでって言われたような気がする)
お昼時でレストランや屋台が混み始めたこともあり、少し時間をずらして昼食を摂ろう考えたため、少し時間に余裕があると思ったスノウは光の線を追ってみることにした。
「ちょ!アニキ!どこに行くんすか?」
「いや、あの光の線が気になってさ。ちょっと行ってみよう!」
「そうね、面白そう。でもなんかやばそうな雰囲気になったら直ぐに逃げるからね?こんな所でリスクは冒せないから」
「そうだね。もちろん。何か怪しい動きがあったら直ぐ合図送るからとにかくあの白い塔目指して走る。これでいいな?ケリーはおれに掴まっているんだよ?」
「ええ」
「了解っす」
「はーい」
そうしてまるで光る白蛇のように空気中を泳ぐように舞っている音の波動をスノウたちは追いかけた。
光の線は路地裏の方へと続いていたがその道は細く、食べ物屋や食料品店、雑貨屋などたくさんの店が並んでいるため人の動きもあり、人混みの中をかき分けて追いかける状態となっていた。
しばらく追いかけて歩いてると一軒の店のような建物に入っていった。
看板を見ると ”占い” と書いてある。
「占い?ここで占いいるか?‥‥いや、いらないな」
すると、エスティが迷わず入っていく。
何やら自分の中に芽生えたスノウへの特別な感情を整理できていない自分に戸惑っており、占い師に見てもらおうとしたのだ。
「ちょ!おい!エスティ!勝手に入っちゃダメだろう?もしやばい奴がいたら、おれ等が危険になるんだぞ?」
エスティは軽く左手を上げて迷わず入っていく。
スノウもレンの手を引き、エスティが入っていった占い師の店に入っていく。
入ると受付に女性が1人いた。
「ノーンザーレいちの占い師、マダム・マザーレの館へようこそ。きっとここであなたはご自分の未来を見ることができるでしょう」
少し芝居がかった話し方だったが、たまたまというか常に空いているのだろうか、直ぐに占い師の部屋へと通された。
そこにいたのは、赤いローブを来た異様な見た目の者だった。
異様というのは、目が白目のみで皮膚も青白い姿だったからだがどうやらその人物が占い師らしい。
占い師は目の前に座っているエスティを既に占っていた。
その動きもまた怪しさを醸し出しており音叉のようなものを鳴らし音の波動をいくつも生み出している。
その音の波動の線は占い師が操る指に呼応してまるで生き物のように複雑な動きをしている。
「ほほう、其方、不思議な運命をたどる波動が見えています。なんと、このティフェレトを壊滅状態にするかもしれない大災害が起こる時に其方は何かの力でそれを阻止すると出ています」
「何それ!あたし英雄みたいな感じってことですか?それにしてもこの世界を壊滅状態にする大災害って‥‥」
「安心して下さい。ほとんどの人たちは助かっているような絵が見えますから」
「なんだかよく分からないけど、もしそんな状況になったらあなたのこと思い出すわね」
「ありがとうございます」
エスティは自分のこの心のもやもやの原因が何かを聞こうとしたが、スノウが入ってきたのでやめた。
「あら、スノウとレンも来たのね‥‥あなた達も占ってもらいなさいよ」
スノウとレンは渋々占ってもらうことにした。
まずはスノウからだ。
占い師は、バスケットボールほどの大きさの弓のような楽器の弦をエスティにしたように弾いた。
すると光の波動が波紋のように広がっていく。
その波紋がスノウに到達すると、スノウからだけ、波紋が占い師の方へ返っていく。
占い師は人差し指で綿飴をくるくると絡め取るような動作をする。
占い師の方へ返った音の波動は人差し指に絡みつくように光の線となり時計回りの円を描き出す。
その円を見ながら占い師は答えた。
「あら、貴方‥‥ずいぶんの不思議な音を奏でる人のようね」
「不思議な音?」
「ええ。貴方は‥‥そう‥‥ティフェレト人ではないのね。どうやら全ての世界を巡るようね。なんでしょうか、数奇な運命をたどる音が見えます。その中で貴方自身の目的を見つけてとてつもなく大きな壁に挑もうとするという絵が見える」
「!!」
スノウは剣を構える。
目の前の占い師に自分の素性を知られていると感じたからだ。
迂闊だった。
対面にいる占い師を完全に害はないと勝手に思い込み油断していた自分がいた。
「剣は必要ありません。私は占い師。この音の波動が語っているものを読み取っているだけ」
「よく言うよ。あんたのその目‥‥見えてないだろう?」
「いえいえ、見えていますよ。私の目は病気で眼球の色素が消えてしまっただけで、視力はあります。少し皆さんに比べると弱視ですが。例えば今、剣に手をかけていることを指摘したでしょう?」
確かにそうだ、とスノウは思った。
(少し警戒しすぎか。だけど用心深さで免れる攻撃もあるはずだから、警戒を怠ってはだめだな)
スノウはいつでも応戦できるように心の中で肉体強化系のウルソー魔法を掛け警戒心は解かずに剣から手を離した。
「ありがとうございます」
(本当に‥‥見えている‥のか?)
「ついでにお隣のローブの方も見て差し上げましょうか?」
「いやこの子はいい」
スノウはケリーの存在が暴かれるリスクはおいたくないと考え断った。
「じゃぁ、オイラいいっすか?」
レンは占いなど初めての体験なのでまるで子供のように嬉しそうにしている。
「ええ、もちろんです。当然お代はいただきますが。ふふふ」
先程のスノウに見せたものと同じように楽器を使っておとの波紋を光の線に変え時計回りの円を作り出しその意味を読み取る。
「おや、なぜでしょう。音が定まらない。音がざわついていますね」
占い師は再度光の線に集中した。
「はぁ、なるほどそういう事でしたか。あなたがたもまた大変な運命を背負われている」
(あなたがた?)
「まじっすか?!オイラやばいっすね!アニキやアネゴに負けず劣らず歴史に名を残すような偉業をなしとげるって感じっすかね!へへへ」
喜んでいるレンを抑えるようにしてスノウは会話に割り込む。
「今あんた、レンのことを “あなたがた” って言ったな?見ての通りレンは1人だが、なぜ複数形になった?」
「え?私はそのようなことを言いましたか?すみません。音の波動が消えてしまったため、読み解くことができません」
「怪しいな。何を企んでる?」
「企むも何も、占いのお代を払っていただければそれでよいですが」
「本当か?」
「もちろんです。もし私や受付のアシスタントがみなさんに危害を加えるような仕草があればどうぞ、その場でお斬りください」
「わかった」
「ちょっと、スノウ、警戒しすぎじゃないの?あたしも見ているから大丈夫だよ」
「ああ、だが油断は禁物ってやつだよ」
「わかったわ」
スノウは3人分のお代を置いて占い師の店を後にした。
「あらあら、お代が足りませんね」
部屋から出てきた占い師はそう言ってまた自室に戻っていった。
・・・・・
・・・
昼食を済ませたスノウたちは約半日歩いた末にやっと本教会前の巨大な橋に辿り着いた。
橋にはたくさんの巡礼者たちと観光客、そしてその観光客目当てで物を売ろうとしている露天商などでごった返していた。
橋も巨大で人混みもあって異常な混雑状態だったが、それを上回るインパクトはなんと言っても本教会と呼ばれる巨大で捩れた白い塔だ。
エスティ、レン、ケリーは呆気に取られている。
「どこもこう言う場所には人が集まるんだな」
「ん?何か言った?スノウ」
「あ、いやなんでもない」
人混みで様々な声や音で光の波動が無数に飛び交い、眩しさで目が痛くなるとスノウは思った。
だが、不思議と直ぐに慣れて眩しさや目の痛さは感じずに、半日歩いて多少疲れている足腰も軽かった。
「アニキ、アネゴ、なんすかね。やけに体軽いっすよオイラ。これも地脈効果ってやつっすかね」
「さぁな」
「冷めてぇっすよ、アニキ。少しは会話して下さいっての」
スノウは軽くスルーして歩き続ける。
「もう、待って下さいっすよー」
10分ほど歩いてようやく本教会と言われる巨大で捩れた白い塔の入り口にたどり着いた。
大きなアーチ状に開けた入り口があり、異常な広さの礼拝堂とでもいうような場所がある。
異常な広さのためか凄まじい巡礼者の数にも関わらずさほど混み合っている感じは見られない。
たくさんの白いローブを着たキタラ教徒が巡礼者を受け入れ案内している。
そしてスノウたちの前にも同じ白いローブを着たキタラ教徒が寄って来た。
「お待ちしておりました。スノウさん、エスティさん」
『!!』
ガチ!
フラガラッハの柄に手をかけたスノウの手を素早く手で抑え笑顔を見せるキタラ教徒。
同様に隣で剣に手を添えているエスティも制止している。
「まずは落ち着きましょう」
「お前は‥‥そういうことか」
「え?!どう言うことスノウ?」
「こいつだよ。おれはメルセボーで見た碧い瞳の聖教徒」
「流石はスノウさん」
「それだけじゃない。ケリーを助けに行ったレンがコグランの手下のローマンに殺されそうになった際、おれたちにその状況を記録した楽器を投げて寄越したのも、ローマンを倒した後に火事だと騒いで撤収させたのもこいつだよ」
「そこまでお見通しとはお見それしました。あの後直ぐに、コグランとやらが戻ってきましたので流石にヒヤッとしました」
「さて、どうやら敵じゃないみたいだけど、どう言うことか説明してもらおうか」
「もちろんです。まずはお疲れでしょうから少しお休みいただいた後、大司教様に会っていただきます。ご説明はその時に」
(!!)
スノウとエスティは思わず顔を見合わせる。
想定していなかった展開に困惑したが、会うのに相当苦労すると思っていた人物に会えるとなり警戒するも少し安心した。
「さぁそれでは参りましょう」
スノウ、エスティ、レン、ケリーの4人はローブの小柄な青年に導かれるままに塔に入った。
12/11修正




